「司波君もそろそろ切り上げた方がいいよ」
作業車の中で起動式のアレンジをしていた達也が、そう声を掛けられて見回せば、車内にはすでに達也以外には五十里という上級生のみになっていた。
「司波君の担当する選手の出番は四日目以降なんだから、あんまり最初から根を詰めない方がいいと思うよ」
達也の担当する競技は、一年生女子のスピード・シューティング、ピラーズ・ブレイク。ミラージ・バットの三種目。これは深雪たちの希望であると同時に、一年生男子が達也が担当となるのを嫌がった所為でもある。ちなみに、その急先鋒は市丸だった。
他の一年生は達也の実力を疑って、自分の競技成績を左右するエンジニアを任せられないと考えた。一方、市丸は自分の実力を達也に知られることを忌避したように思えた。達也が見る限り、市丸が使用しているのは市販の何の変哲もないCADだ。そして、おそらくその見立ては正しいはずだ。市丸はCADには何の秘密もなく、秘密は市丸自身にあると特定されることを恐れたのだろうが、そんなことは確認するまでもなくわかっている。
「無意味なことを」
「え?」
「いえ、何でもありません」
一年生の競技、つまり新人戦は四日目から八日目にかけて行われる。
明日から担当選手が登場するスタッフに比べて、達也に余裕があるのは確かだった。
「そうですね。では、お先に失礼します」
あえて一緒に引き上げようとは言わず、達也は作業車を後にした。
真夏の夜は、真夜中であっても、それほど気温が下がらない。
すぐには部屋に戻らず、ホテルの周りをブラブラ歩いていた達也は、妙に緊張した気配を感じた。
数は三人。場所はホテルを囲む、生垣に偽装したフェンスの間際だ。
三人はそれぞれ拳銃と小型の爆弾を持っている。
ホテルの敷地の外側でも、彼らがいるのは既に軍の管理地内。この基地のセキュリティは決してザルではない。人と機械の双方で侵入者を監視し、排除している。特に武装している相手には容赦がない。
そのセキュリティを破って侵入してきた賊だ。しかも、爆弾まで準備して。
達也の感覚は、不審者に向けて近づいている知人二人を捉えていた。
一人は幹比古。そして、もう一人は市丸だ。
最初の位置関係から、不審者への接触は幹比古が早い。
援護の為の術式を、走りながら、達也は編み上げた。
幹比古が三枚の呪符を取り出し、魔法を放つ体勢に入った。
幹比古は、現代魔法ではなく、古式魔法を使うつもりだ。想子が幹比古の手を伝って呪符に流し込み、術式が構築される。
現代魔法も古式魔法も、「存在」に付随する「情報」に干渉し、「事象」を書き換えるという基礎構造に違いは無い。
ただ、その干渉の方法・態様が異なるだけだ。
幹比古の魔法は、現代魔法に比べて速度と自由度に劣るものの、改変に対する干渉を受け難いというメリットがある。しかし、今は速度に劣るというデメリットが重要になる。
幹比古の手元には閃光が生じ、それに呼応するように賊の頭上に電子が集まっている。
一秒以内に、電撃が賊を襲う。
しかし、賊が拳銃の引き金を引く為の時間は、半秒もかからない。
「射殺せ、神鎗」
だが、賊が拳銃を撃つよりも早く、幹比古を追い抜いて伸びた刀が賊一人の額を貫く。
驚いた賊が幹比古から意識を逸らす間に、空中に生じた小さな雷が、残る二人の賊を撃ち倒した。
「市丸くん?」
刀を伸ばす魔法は市丸しか使わない。おそらくブランシュ事件の時に目撃をしていたのだろう。幹比古はすぐに自らを援護したのが誰か気づいた。
「ちょっと無茶をしすぎちゃう? ボクの他に達也も来とったんやから、少し待って合流してから仕掛けたら良かったんちゃう?」
「君や達也が来ていたことに、気付かなかったんだ」
ばつが悪そうな幹比古だが、ショックを受けている内容は達也たちに気付かなかったことではないように見えた。
幹比古の前まで小走りで近づいた達也はそのまま自己加重の術式により負の加重をかけ、二メートル超の生垣を飛び越えて賊の元に向かう。
「死んではいない。良い腕だな」
「あれ、それだとボクの腕が悪いみたいやない?」
「お前はそもそも捕らえるという気がなかっただろう?」
「いややなあ、ちゃんと一人は生かしておく気やったって」
それは二人までなら死んでもいいと思ったと言っているのだろうか。
「市丸の戯言は置いておくとして、ブラインドポジションから、複数の標的に対して捕獲を目的とした正確な遠隔攻撃を行い、相手に致命傷を与えることなく、一撃で無効化している。ベストな戦果だと思うぞ」
「……でも、ボクの魔法は、本来ならば間に合っていなかった。市丸くんの援護が無ければ、僕は撃たれていた」
「援護が無かったら、というのは仮定に過ぎない。お前の魔法によって賊の捕獲に成功した、これが唯一の事実だ」
「けど、ボクらがもう少し遠くにおるときに勝手に交戦されたら、どうにもならん。君の失敗は魔法より判断力やな」
悔しそうに、しかし、反論の言葉がないのか幹比古が俯いて押し黙る。
「市丸の考えもわからなくもないが、幹比古、お前が間違っているのは別の点だ。幹比古は本来ならば、と言っていたが、お前はいったい、何を本来の姿と思っている? まさか相手が何人いても、どんな手練れが相手でも、誰の援護も必要とせず、勝利することができる。そんなものを基準にしているんじゃないだろうな?」
「達也……」
「何故それ程までに、自分を否定しようとする? 何故、それ程、自分を貶める? 何がそんなに気に入らないんだ?」
「……達也に言っても分からないよ。言っても、どうにもならないことなんだ」
「どうにかなるかもしれんぞ」
壁を作り、その陰に逃げ込む幹比古の反論を、達也は言葉の破城槌で打ち砕いた。
「幹比古、お前が気にしているのは魔法の発動スピードだろう。その原因はお前の能力ではなく、お前が使用している術式そのものだ。魔法が自分の思うように発動しないのはその所為だ」
「何でそんなことが分かるんだよ!」
「俺には分かるんだよ。無理に信じてもらう必要は無いがな」
「へえ、おもろいやない。それ、吉田の使う古式魔法を改良できるて言うてるんやろ」
そこで、市丸が会話に入ってきた。
「そういうことだな」
「そら、是非とも聞かせてもらいたいものやな」
「俺はあくまで幹比古の魔法について言ったのであって、お前の使っている魔法に応用できるとは限らないぞ」
「そないなことはわかっとるよ。あくまで、応用出来たら儲けものってことや」
達也は「視る」だけで起動式の記述内容を読み取り、魔法式を解析できる。だが、市丸の魔法は、まず起動式自体を読むことができない。詠唱を用いていたことから、古式魔法に近いものだとは思うが、市丸の魔法は効果も対応方法もわからない。しかし、市丸の質問に答えつつ逆質問をしていけば、その秘密の一端に触れることができるかもしれない。
市丸と深くかかわれば、逆に達也の能力を知られることになりうる。けれど、達也の秘密を知られる程度で深雪の危険を取り除ける可能性があるのなら、達也としては受けないという選択肢はない。
「今日のところは、この話はここまでとしよう。それより、コイツらの処置だ。俺と市丸で見張っているから、警備員を呼んできてもらえないか?」
「わかった。呼びに行ってくるよ」
幹比古は素直にこの場から離れてくれた。
「別に呼びに行かさんでも、そこで聞いとる人がとっくに呼んどるんちゃうん?」
「……まさか、気付かれるとは思わなかった」
そう言いながら、現れたのは達也と旧知の陸軍一○一旅団・独立魔装大隊隊長・風間玄信少佐だった。達也は盗み聞きする風間の気配をつかんでいなかった。
それもそのはず。風間は達也より遥かに長い期間、九重八雲の教えを受けた、九重門下の筆頭だ。イデアにアクセスしていない状態の達也では、風間の気配を察知するのは困難だ。その風間の気配に、市丸は気付いたのだ。市丸が探知魔法を使っていることも達也は気付くことができなかった。やはり、市丸の能力は脅威だ。
「それで、もうボクは行ってもええんかな?」
「ああ、これから後は俺が引き受けよう。基地司令部には、俺の方から言っておく」
「お願いします」
達也と風間が既知の仲であることは市丸なら気付いたはずだ。けれど、市丸は達也に何も聞いてはこなかった。