市丸が侵入者の排除を行った翌日、九校戦は、何事もなかったように開幕した。
結局、昨晩の一幕は選手たちには公表されなかった。
選手は皆、一流の魔法力を持つとはいえ、まだ高校生だ。
全くの未遂に終わったことだし、不安を与えるのは好ましくない、との判断が下された結果だった。
市丸から見れば甘く見えるが、現世では高校生はまだ保護の対象だ。尸魂界ほど危機を感じる場面が少ない環境では魔法師という戦闘力を持つ者の雛たちも耐性が低くなるのはやむを得ない。
「死んだら天国に行けるとか思うとる者たちに尸魂界のことなんか知られたら、どないなるんやろうね」
「ん、何か言ったか、市丸?」
「いや、それより、そろそろ会長さんの試技が始まるんちゃうん?」
耳聡く小声を聞き取った達也を誤魔化し、市丸はスピード・シューティングという競技に出場する七草に意識を向けさせる。
スピード・シューティングは、三十メートルの先の空中に投射されるクレーの標的を魔法で破壊する競技で、制限時間内に破壊したクレーの個数を競う。いかに素早く正確に魔法を発射できるかを競う、というのがスピード・シューティングという競技名の由来だ。
市丸たちはその会場の後列に、光井、北山、達也、市丸、深雪の順で並んでいた。達也に執着している光井と深雪が達也の隣にいないのは、市丸が達也の隣を死守したためだ。魔法力は高くても魔法理論は怪しい市丸にとって達也の魔法の解説は貴重だ。そして、市丸が片方を陣取る以上、もう片方には光井と深雪のどちらかしか座れない。その結果、二人は争いを避けることを優先して北山が隣と決まった次第だ。
スピード・シューティングの試合には二つの形式がある。
予選は五分の制限時間内に破壊した標的の数を競うスコア型。
対して、準々決勝以降は紅白の標的が百個ずつ用意され、自分の色の標的を破壊した数を競う対戦型となる。
「予選では大破壊力を以て複数の標的を破壊するという戦術も可能だが、準々決勝以降は精密な照準が要求されるというわけだ」
その精密な照準に今一つ自身がないため、市丸はスピード・シューティングへの出場を見合わせた。死神の討伐対象であった虚は基本的に人より遥かに大きい。最小でも人間と同じくらい。これまでクレーのような小さな標的を狙う訓練をしたことはない。
「従って普通なら、予選と決勝トーナメントで使用魔法を変えてくるところだが……」
「七草会長は予選も決勝も同じ戦い方をすることで有名ね」
達也の解説に割って入ってきたのは遅れて会場に入ってきた千葉だった。他にレオ、柴田、吉田もいる。
レオたちが席に座ってほどなく、開始のシグナルが点った。
軽快な射出音と共に、クレーが空中を翔け抜ける。
射出数は五分間に百個。
平均すれば、三秒に一個。
それだけ聞けば、十分すぎる間ともいえるが、時には連続して、時には十秒以上の間隔を置いて、時には五個、六個の標的が同時に宙を翔ける。
この同時に六個というのが市丸には厳しい。六個すべてを巻き込む魔法なら楽だが、相手のクレーを巻き込まないよう弱い鬼道を六連射というのはやったことがない。
そもそも護廷十三隊の中でも最高位の戦力である隊長が出撃する必要があるのは、よほどの強敵の場合のみだ。威力の弱い鬼道を連射する場面など想定できない。想定できない場面のための訓練などしているはずもない。
「あの滅却師の子なら苦もなくやってのけそうなんやけどな」
あの滅却師なら六個と言わず、もっと多くのクレーが一度に射出されようと、正確に自分の物だけ撃ち抜いただろう。けれど、七草の魔法もそれに大きく劣るものではない。百個のクレーを百発のドライアイスの弾丸で正確に撃ち抜いていた。
「驚くべき精度だったな。いくら知覚系の魔法を併用していたといっても、手に入れた情報を処理するのは自前の頭だからな。余程マルチサイトの訓練を積んだのか、それとも天性なのか……十師族直系は伊達じゃない」
「会長さん、知覚系魔法まで併用していたんですか?」
驚きの声を上げたのは柴田だったが、市丸も同じように驚いていた。市丸では、対象が知覚系の魔法を使っているかは判別ができない。自分に使われたわけでもない魔法まで見ることができる達也が羨ましい。もっとも、市丸が霊圧などという達也には理解できない概念を感じることができると知れば、同じような感想を抱くのだろうが。
「遠隔視系の知覚魔法『マルチスコープ』。非物質体や情報体を見るものではなく、実体物をマルチアングルで知覚する、視覚的な多元レーダーの様なものだ。会長は普段から、この魔法を多用しているぞ?」
「それなら光波振動系魔法が得意な光井なら見つからんようにできるゆうこと?」
「そうだな。ほのかなら不可能ではないかもしれないが、会長のマルチスコープは多方向から対象を視覚するからな。全方位からの監視をかいくぐるのは容易でないだろうな」
縛道の二十六の曲光で自分を覆えば隠せないことはないようだ。しかし、市丸は曲光をそこまで極めようなどとは考えてこなかった。正面からだけなら誤魔化せても複数の視点から見られたときにも不自然さがでないようにするのは難しそうだ。
「でもよ、空気分子の運動を減速してドライアイスをつくり、これを亜音速に加速し、更に知覚魔法を併用していたんだろ? 知覚魔法は常駐、減速魔法と加速魔法は百回も繰り返して。良く魔法力がもったな」
「会長の射撃魔法の原型となっている『ドライ・ブリザード』は効率の良い魔法だからな。会長の魔法技能なら、百回どころか千回でも可能だろうさ」
七草の弾丸の速度と数はかなりのものだ。しかし、さすがに群狼を使用した状態の十刃のコヨーテとは比べるべくもない。全力で瞬歩を行えば、市丸は回避をしつつ神鎗の一撃で対処が可能だ。
それより脅威なのは、戦略級魔法と呼ばれる魔法だ。威力と範囲は死神が使用する鬼道の中でも最高峰の九十番台をも上回るほど。
しかも、戦略級魔法は詳細が隠されていて内容がわからない。縛道の中には防御魔法も複数あるが、内容がわからないのでは、どのような鬼道を選択していいのか、そもそも手持ちの鬼道で防げるのかも判断できない。
「えっ、でもよ、この真夏の気温でドライアイスを作るのも、それを亜音速まで加速するのも相当なエネルギーが必要なはずだぜ? いくら魔法がエネルギー保存法則の埒外だからといって、それだけの事象改変を伴う魔法の負担が少ないってのは、いくら達也の言葉でも俄にゃ信じられんのだけど」
「魔法はエネルギー保存法則に縛られず、事象を改変する技術だ。だが改変される側の対象物まで、エネルギー保存法則から自由になっているわけじゃない」
市丸が七草の魔法と、まだ見ぬ現世の最強魔法への対策を考えているうちに、レオと達也は小難しい魔法理論の話をしている。理論の成績で優秀者に入っていないレオでさえ、このレベルなのだ。魔法理論に関しては、現世に生まれてからそれなりに努力して学習してきたつもりだが、死神として得ていた感覚を生かしても、並みの優等生止まりなのが現状だ。
「ドライアイスを作ってそれを加速するという魔法は、ドライアイス形成過程で奪った分子運動エネルギーを、個体運動エネルギーに変換するというスキームで物理法則を欺いている。エントロピーを逆転させる、自然には絶対にあり得ない現象なんだが、ドライアイスを加速させることで、単にドライアイスを作るより、熱力学的には辻褄が合ってる」
何が辻褄が合っているのかさっぱりだ。
「……何か上手いこと騙されてるような気がすんだけど」
「覚えておいた方がいいぞ、レオ。世界を『上手いこと騙す』のが魔法の技術だ」
世界を騙すなど、達也の考え方は、もしかしたらあの人の方に近いのかもしれない。
「なんや、達也ってそのうち、俺が天に立つ、とか言いだしそうやな」
「は? 何を言っているんだ?」
残念ながら、司波達也には通じるはずもなかった。
今回ばかりは、市丸は自分の発言を後悔した。
白雷を六連射とか、訓練を積めば可能かもしれないけれども、必要性を感じないので鍛錬はしてこなかったため、この市丸は使用できません。
卍解状態なら似たようなことできそうですしね。
連射系の攻撃手段については一貫して課題として抱えることになる設定ですので、そういうものと飲み込んでくだされば。