九校戦二日目。
この日は、クラウド・ボールの本戦が行われる。
もしも、上級生たちの魔法が市丸の想定を超えないようであれば、新人戦の市丸の優勝は固いことになる。逆にここで思いもよらぬ魔法が駆使されるようなら、作戦の練り直しが必要となる。その意味で、今日は市丸にとっても大事な日だ。
クラウド・ボールはテニスやラケットボールに似た球技だが、サーブという制度は無い。
一セット三分、インターバル三分。女子は三セット、男子は五セットマッチ。
試合開始の合図と共に圧縮空気で射出されたボールは、二十秒ごとに数を増やしながらブザーがセットの終了を告げるまで、普通はコートを目まぐるしく飛び交って止まることは無い。
しかし、この日、市丸が観戦した七草の試合は、少々毛色が違っていた。
七草は胸の前で両手でCADを構え、コートの中央に立ったまま。
だが、すべてのボールは七草側のコート十センチほどに侵入した瞬間、運動ベクトルの倍速反転魔法で弾き返されていた。
あの魔法は非常に厄介だ。いかに市丸が速く動こうとも、ボールが魔法で弾き返されたのでは、身体能力では補いきれない。一応、縛道を駆使すれば対応が不可能ではないが、競技としては終わってしまうのが難点だ。
「それでも、負けそうなら使わせてもらうけどね」
そう呟きつつ、七草の試合を見守る。けれど、この試合はすでに決まったも同然だ。
実際、七草は一つの失点もないまま、一方的に第一セットを終えた。終了のブザーが鳴らされた瞬間、相手選手は両膝をついてコートにへたり込んでいた。
相手選手はすでに想子の枯渇を起こしかけている。あれでは、次のセットの終了までは持つまい。おそらく、このまま相手は棄権することだろう。
クラウド・ボールは九校戦中、一日の試合数が最も多い競技だ。
試合数はモノリス・コードの六試合が最も多く、クラウド・ボールはピラーズ・ブレイクと同じ五試合だが、モノリス・コード、ピラーズ・ブレイクが二日間にわたり競技日程が組まれているのに対し、クラウド・ボールは五試合を半日で戦い抜かねばならない。
試合時間も短いとはいえ、競技の性質上、三分間のセット中は息をつく間もないほど魔法を連発しなければならないから、決して一試合あたりの負担が小さいとは言えない。
市丸がモノリス・コードとクラウド・ボールの両競技に出場が認められたのは、豊富な魔法力を認められたということでもある。
この競技を勝ち抜く為には、一般的には、いかに魔法力の消耗を抑えるかが重要になると言われている。しかし、クラウド・ボールがいかに体力と魔法力の消耗が激しい競技といえども、五セット合計で競技時間は十五分に過ぎない。
市丸は尸魂界の隊長を務めていたのだ。強力な虚との戦いは、十五分で終えられるほど甘くはない。
三セット連取できれば五試合を戦ったとしても、合計四十五分。それくらいならセット毎のインターバルや次の試合までの時間を挟まず、通しで戦っても問題はない。ゆえに、問題となるのはこの競技に特化したような特殊な魔法の存在のみ。
そういった魔法の存在を警戒しながら観戦した七草の二試合目。今度の試合でも七草は第一セットを一点も失うことなく終えた。運動ベクトルの倍速反転魔法を突破出来ないような相手なら、市丸なら勝利は可能だ。この試合はこれ以上、見るべきところはない。市丸は席を立ち、男子の試合会場に移動した。
第一高校のクラウド・ボール陣は絶対的な存在の七草を擁する女子に比べて男子はいささか力不足の感があった。なにせ入学直後の勧誘週間の際に剣道部と揉め事を起こし、一瞬のうちに市丸に倒された桐原武明が有力な選手なくらいだ。
仮に男子が桐原と同程度の相手しかいないのであれば、鬼道を使用しなくても勝利ができるだろう。そうであってほしいと思う気持ちと、自分の予想を超える強敵とまみえてみたいと思う気持ち。矛盾した二つの気持ちを抱えながら市丸は席を探す。
「お、市丸じゃないか」
声の方を見ると、レオが壬生、千葉、柴田、吉田と一緒にいた。どうやら桐原の応援に向かった壬生に他が付き合ったという構図のようだ。
「女子の方はいいのか?」
「有力な選手は一通り見終わったから。男子の方は誰が有力なん?」
「優勝候補ってことなら、これから桐原さんと対戦する第三高校の九十九島さんがそうですね」
「へえ、それなら見とこうか」
柴田にそう返して席についてからほどなく、桐原と九十九島の試合が始まった。九十九島は優勝候補ということだが、試合の序盤、押していたのは桐原だった。桐原は剣術で鍛えた強振に加え、ラケットが触れた瞬間にボールに加速魔法を付与していた。この一撃を九十九島は受けきれず、少しずつだが失点を重ねていった。
しかし、時間が経過してボールの数が増えていくと、桐原も一球あたりに振り分けられる力は減少していく。そうなると、俄然、九十九島に勢いがでてきた。
それほど力を込められなかった球は魔法のみで返し、強い球は返しきれなくともよいから天井や壁面に打ち上げて時間を稼ぐ。徐々に魔法に比重が移っていくのがわかった。
それに対して、桐原は九十九島に劣る魔法力を身体能力で補っている。魔法は大量失点を防ぐために用い、主な得点源は身体能力と加速魔法から繰り出されるラケットでの一撃だ。必然的に運動量は多くなり、セットが進むにつれ、大量の汗を滴らせていく。
では、時間が経つほどに桐原が不利になっていたかというと、それほどでもない。桐原の運動能力を相手取るには九十九島も全力で魔法を使用しなくてはならないようで、顔こそ涼しいものだが、魔法の精度は徐々に低下している。運動能力対魔法力の、この対決は最終の第五セットまでもつれ込んだ。
「桐原くん……」
壬生は祈るようにコート上の桐原を見つめている。だが、市丸の見立てでは、この試合の勝者は九十九島だ。桐原は体力だけでなく、魔法力も尽きかけている。その予想通り、最終的な総得点差は僅かに八点の大接戦ながら、制したのは第三高校の九十九島だった。
試合は間違いなく熱戦だった。しかし、試合内容の感想としては、こんなものか、というものだ。両者とも市丸が瞬歩を使いながらボールを拾っていくだけで、余裕で勝てる相手だ。はっきり言って、魔法という意味では七草の方が数段は上だ。市丸はこれまでたいして意識をしてこなかったが、魔法師界で十師族が恐れられるのも理解できる。
それにしても、男子クラウド・ボールは完全に当てが外れた。九十九島が優勝候補となるようでは、市丸が観戦しても意味がない。
「ボクはアイス・ピラーズ・ブレイクの方に行かせてもらうわ」
「お前も少しは第一高校の成績に興味を持て……なんてことを、お前に言うだけ無駄だな。いいぜ、行ってこいよ」
だいぶ市丸のことを理解してきたレオにそう言って送り出され、市丸は達也たちのいる氷柱倒し、アイス・ピラーズ・ブレイクの会場に向かう。一試合あたり二十四本もの巨大な氷柱を要するアイス・ピラーズ・ブレイクは製氷能力の制約から一試合ずつ行われる。そのため、必然的に試合進行が遅くなる。市丸がアイス・ピラーズ・ブレイクの会場に到着したのは二回戦が始まる前だった。
「市丸、クラウド・ボールの観戦はいいのか?」
「あんま参考にならんかったからね」
いち早く市丸に気付いた達也にそう返すと、出場選手が弱すぎるという意味を込めていたことが伝わったようで、苦笑いをしていた。
しかし、そこでも目ぼしい魔法は確認できなかった。所詮は高校生たちの競技会。それなのに、どうも自分は過剰な期待をしてしまっていたらしい。市丸はそう反省してその日は宿舎に戻ることになった。