魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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市丸登場

 九校戦五日目、新人戦二日目。

 

 一条将輝は自身の試合の合間を縫って吉祥寺真紅郎とともにクラウド・ボールの会場にいた。これから行われるのは懇親会で将輝たちを挑発してきた第一高校の市丸ギンと第二高校の畠山政綱の試合。畠山は中学のときからクラウド・ボールに親しんでおり、優勝候補というわけではないが容易い相手ではない選手だ。

 

 この試合に勝つことができるか、また勝つことができたとして、どの程度の点差をつけて勝利することができるか。それにより、第三高校の七本槍の一人で優勝候補の八幡甚十郎の脅威であるか否かがわかるだろう。

 

 市丸はラケットを持つ右手にブレスレット型のCADをつけている。これは、魔法のみでなく身体能力を用いて戦う選手の特徴だ。

 

 試合には慣れているはずの畠山は九校戦の一戦目ということもあってか緊張気味。それに対してクラウド・ボールの試合は初めてのはずの市丸は、薄く笑みを浮かべて悠然と佇んでいる。そこに気負いのようなものは感じられない。

 

 そのまま緊張感の欠片も見せないまま試合が開始され、まずは畠山のコートにボールが射出される。畠山はそれを手にしたラケットで打ち返した。

 

 男子の試合は五セットマッチと女子よりも長い。一試合ならともかく、魔法だけで試合を戦っていると、途中で息切れをしてしまいやすい。そのため、ボール数が少ない序盤については魔法を控えめにしてラケットで打ち返すことが多い。

 

 畠山が打ち返したボールが市丸側のコートに入る。その瞬間、市丸がボールの進路上に現れた。

 

「えっ……」

 

 客席のあちこちから漏れ出た驚きの声が将輝の耳にも届く。畠山がボールを打ったとき、市丸はセオリー通り中央やや後方に位置していたはずだ。それなのに気付いたときには市丸はネット間際にいた。

 

「なあ、ジョージ、あれは……」

 

「うん、一色さんの魔法に似ているね」

 

 第三高校の女子クラウド・ボールの選手、一色愛梨は移動魔法に優れ、その電光石火の剣捌きから稲妻を表す「エクレール」の異名で知られている。クラウド・ボールは本職ではないものの、学内の練習では移動魔法を遺憾なく発揮し、無敗を誇っている。

 

 市丸の動きはその一色の魔法に劣らないどころか、上回っているとさえ思えた。そこから導き出せる結論。それは市丸も一色と同系統の魔法師であるという可能性だ。

 

「市丸……一丸か……」

 

「断定するのは危険だけど、可能性は高そうだよね」

 

 将輝も旧第一研究所をルーツに持つ魔法師だ。市丸が一条である自分に挑発的な言動をしたのも、或いは自らの祖父母世代が失敗作の烙印を押されて追放されたことに対する思いがあったのかもしれない。

 

 試合時間が進み、コートの中にはボールが五個にまで増えている。しかし、市丸はここまですべてのボールを打ち返している。これは身体能力を使ってボールを返していく戦い方ではありえないペースだ。基本的によほど強大な魔法力を持つ者以外は、失点を最小限にしながら得点を最大化することで勝利を掴む。

 

 だが、市丸はここまで失点を防ぎながらも得点を重ねている。たとえ畠山がほぼ時間差なく三球を市丸側に打ち込んでも、市丸は速いボールから対処をして、遅いボールがコートに着く前にすべてを打ち返してしまうのだ。

 

 けれど、さすがにボールの数が増えてくればすべてに対処することは難しくなる。畠山は完全試合のみは阻止しようと、失点は気にせずひたすらタイミングを合わせ、現在コート上にある五球を同時に市丸側のコートに打ち込んだ。

 

 一球、二球、三球、四球。市丸が目で追うのも困難なスピードでボールに追いつき、ただ返すだけでなく、畠山のコートにボールを打ちこんでいく。しかし、さすがに最後の一球は少しだけ間に合わなそうだ。点差は広がったが、畠山は完全試合のみは阻止した。そう思われた。

 

「縛道の四、這縄」

 

 しかし、ボールがコートに落ちると思われた瞬間、市丸が何やら呟いたかと思うと光の縄のようなものが伸び、今まさにコートに落ちようとしていたボールを絡め取った。市丸の左腕から伸びた縄はそのままボールを引き寄せ、右手のラケットで畠山のコートへと打ち込まれる。

 

「ジョージ、今の魔法、何だかわかるか?」

 

「いや、系統魔法ではありえない現象だから、少なくとも系統外の魔法なのは間違いないと思うけど、どういう原理の魔法かは見当もつかない。けれど、過剰に警戒をする必要はないと思う」

 

「と、言うと?」

 

「光の縄が伸びてボールを掴んだという現象自体は目を引くけど、結果だけを見れば移動魔法でも再現が可能だ」

 

 確かに、わざわざ光の縄を投げなくとも、遠くのボールを自分の手元に引き寄せるというだけなら、将輝も移動魔法で再現は可能だ。

 

「しかし、クラウド・ボールならそうだろうが、モノリス・コードでは同じようにはいかないんじゃないか?」

 

「そうだね。市丸選手の魔法は移動魔法とは違って、一度、捕らわれてしまうと物理的に体を拘束される可能性が高いだろうね。けれど、領域干渉で防げないとも思えない」

 

 確かに、見たことのない魔法だが、領域干渉を無効化できるとは思えない。それならば、普通の魔法戦と考えて対処をすれば問題ないはずだ。

 

 畠山と市丸の戦いは、市丸の完全試合ペースで進んでいた。最初は何とか一点を、と懸命に抵抗していた畠山も今や戦意を喪失している。結局、そのまま市丸は完全試合で圧勝した。

 

 市丸はそのまま三回戦までを完全試合のまま突破。準決勝で戦前までは優勝候補と見られていた第三高校の八幡甚十郎と激突した。なお、戦前まではという注釈がつくのはここまでの戦いで優勝は市丸以外にありえないという空気ができてしまっているためだ。三回戦までをすべて完全試合というのは、やはり重い。

 

 しかし、第三高校とて無策のまま次の試合に臨むわけではない。第二高校の畠山の作戦とも被ることになるが、甚十郎は市丸が高い機動力ですべてのボールを返そうとしても、返しきれないようなボールを打ちこむ方法も持っている。だが、それでも勝率は二割以下というのが真紅郎の分析だった。

 

「八幡の三段構え、一の陣、疾風迅雷!」

 

 試合開始早々、甚十郎は自己加速術式を使った高速機動でコート内を駆け巡り、市丸側へとボールを打ちこんでいく。しかし、甚十郎の高速機動はあくまで一般の魔法師と比べてだ。一色家をも上回るほどの市丸の速度に序盤は甚十郎が押される展開となった。

 

 ボールの数が少ない状態では、ネットを超えてからしか魔法を使えないルールのクラウド・ボールでは、移動魔法でネットの直前まで進出して打ち込める市丸の方が有利なのは仕方がない。

 

 序盤にリードを許すのは織り込み済み。勝負は中盤以降だ。

 

 試合が進み、四球目がコート内に投入されたとき、甚十郎が行動を起こした。甚十郎は自分のコート内に打ち込まれた四個のボールを、移動魔法を駆使して、ふわりと大きく山なりだが、同時に市丸の陣へと返るように打ち返した。

 

 無論、これだけなら市丸は持ち前のスピードで返してしまうだろう。だから、ここからが勝負所だ。

 

「八幡の三段構え、二の陣、一気呵成!」

 

 甚十郎が魔法を使って四個のボールを加速させた上で四散させる。ほぼ同時に、しかも高速で投じられたボールをすべて打ち返すことは不可能なはずだ。しかし、そんな予想は簡単に覆された。

 

「縛道の三十七、吊星」

 

 市丸が耳慣れぬ言葉を発した瞬間、ネットの内側に巨大な光の膜が出現して、甚十郎が懸命に集めたボールを受け止めて、ふわりと返してしまった。

 

「またか!」

 

 思わず真紅郎の方を見ると、同じように苦々しい顔をしていた。

 

「市丸選手のあの魔法、あの光の縄を作る魔法の応用みたいだね。あんな大きなものも作り出せるなんて思わなかった」

 

「あれは、何のための魔法なんだ?」

 

「あの膜は弾力があるみたいだから、高所から落ちた人の救出とか、衝突しそうになった物を破壊せずに受け止める、とか? けど、やっぱり移動魔法を使った方が効率的な気がするから、あの魔法自体は光の縄の魔法の発展形の別バージョンなのかもしれない」

 

「光の縄の魔法の発展形の別バージョン?」

 

「例えば光の縄をより広範にした光の網の魔法の隙間をなくしたもの、とか」

 

 なるほど、それなら確かに敵の拘束用に実戦でも使用できそうだ。

 

「八幡の三段構え、三の陣、乾坤一擲!」

 

 ボールの進入を拒む光の膜を見て、甚十郎が最後の手札を切った。全魔法力をボールを打つ瞬間に投じた、砲弾のような一球が市丸の光の膜に突き刺さる。しかし、それは市丸の膜に何らの影響を与えなかった。

 

「あの魔法、いつ効果が切れるんだ?」

 

「市丸選手は魔法を張り直す気配がないね」

 

 光の膜を突破ができない以上、残る隙は張り直す瞬間に限られる。だが、光の膜は作成から一分を経過してもまったく揺らぐ気配がない。透明な壁にしっかりと張り付き、コートの内側を完全に塞がれているため、甚十郎は得点を挙げる余地がなく、ただふんわりと返ってくるボールを移動魔法で同じくふわりと返して、ボールは浮かんでいるのと変わらない状態となっている。

 

 第二セットも第三セットも、同じ調子で優勝候補であった甚十郎は完全試合で敗退。市丸はそのまま決勝も完全試合にてクラウド・ボール優勝を果たしていた。




第三高校、変な選手ばかり出てきます。
ついでに将輝も変態の片鱗を出し始めます。
第三高校ファンの方、すみません。
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