大会六日目、新人戦三日目。
明智英美はアイス・ピラーズ・ブレイクの三回戦に臨もうとしていた。英美の試合は第三試合。まだ第一試合が始まる前であるので、時間的には随分と余裕がある。
英美が客席を臨むと、ピラーズ・ブレイク女子の会場はぎっしり満員状態となっていた。一方、男子の方は少し余裕があるらしい。
男子の方には十師族の一条家の次期当主で「クリムゾン・プリンス」の異名を持つ一条将輝が出場する。決して役者が不足しているわけではない。それでも女子の方に観客が集中してしまうのは、女子のピラーズ・ブレイクには司波深雪が出場しているためだ。
まずは単純に、その容姿に惹かれた男が会場に詰めかける。しかし、それだけでは、ここまでの混雑とはならない。実際、昨日の時点ではもう少し席に余裕があったらしい。
今日の混雑の大きな理由。それは昨日の予選第一試合で深雪が「氷炎地獄」という、時折魔法師ライセンス試験でA級受験者用の課題として出題され、多くの受験者に涙を呑ませる高難易度魔法を使用したことにある。それで軍、警察、消防、大学の関係者たちまでもが女子の会場に足を運んだのだ。
氷炎地獄を高校生が苦も無く使いこなした。それは確かに衝撃的な出来事だ。それでも、総合的に見れば十師族の次期当主である一条の方が魔法師としての力量は上と評する者の方が多いだろう。
しかし、競技の観戦という意味では、一条の試合はさほど見るべきものがない。十師族の一条家のお家芸とも言える「爆裂」という魔法のみで片をつけてしまうためだ。
加えて言えば、新人戦男子ピラーズ・ブレイクは選手層が手薄なのもある。これは十師族の一条将輝が出場が確実視されていたため、他の有力選手が他競技に出場をすることを選択したという理由もある。それならば、深雪の他にも北山雫という有力選手も出場する女子のピラーズ・ブレイクの方に客が集まることになるのも無理のないことだ。
英美とて他の競技であったならば優勝候補とまではいかなくとも、有力選手には数えられていただろう。けれど、深雪はおろか雫にも英美は遠く及ばない。そもそも深雪と雫は全国にある魔法科高校九校の中でもレベルが高い第一高校の女子の実技一位と二位なのだ。ただの優等生である英美には少しばかり荷が重い。
有力者ばかりの上位六名がぶつかる三回戦の中で、第一試合に登場したのが深雪だ。深雪は神秘的な美貌で客席を虜にし、神がかりとも思える圧倒的な力で敵陣を蹂躙した。
続いて第二試合。こちらは雫が順当に実力の差で押し切った。
そうして回ってきた第三試合。他の二人が決勝トーナメント進出を決めているため、英美が勝利すれば決勝トーナメントを第一高校生が独占するということになる。けれど、英美の相手は戦前までは優勝候補と言われていた第三高校の十七夜栞なのだ。
とはいえ、負けるわけにはいかない。今のところ深雪の兄の達也が担当エンジニアの試合では第一高校は敗北をしていない。ここで英美が負けるようなことになれば、兄思いの深雪がどのような反応をするか怖い。
まあ、実際は全力で戦って負けたのなら、深雪は無体なことはしないと思うが、いずれにせよ達也担当のうち英美だけが負けというのは避けたい。
「大丈夫、市丸くんからもアドバイスもらったんだし」
迷惑かとも思ったが、昨夜、英美は市丸にアドバイスをもらっていたのだ。何と言っても市丸は第一高校の一年では有名人。三巨頭と呼ばれる三年の七草真由美、十文字克人、渡辺摩利に対して、一年の三奇人の一人に数えられる一人なのだ。
ちなみに三奇人の残りの二人は司波深雪と達也の兄妹である。稀代のブラコン司波深雪、稀代のエンジニアとして名を馳せ始めた理論の鬼の司波達也。そして稀代の人格破綻者の市丸ギンだ。
ちなみに市丸が稀代の人格破綻者と言われ始めたのは、英美たちの入学直後に起きた学校の襲撃事件からだ。そのとき市丸は、投降をしようとしていた者たちまで一人残らず惨殺したということだ。侵入者たちを殺害したときの市丸の表情は、いつもと何ら変わらない薄い笑み。残忍な笑みを浮かべるでも沈痛な表情を浮かべるでもなく、あくまで普段どおりの姿が、逆に見る者を震撼させたという。
けれど、同じクラスで、初日に声をかけたという縁もある英美は他の人に比べれば市丸と交流がある。だから、わかる。
市丸が侵入者たちを殺害したのは、おそらく他の生徒たちを守るためだ。市丸は一見しただけでは自信家に見えるが、実は非常に慎重な性格だ。投降するふりをして攻撃をしようとする者がいた場合、良くも悪くもすれていない高校生たちでは騙し撃ちを受ける可能性が高い。そして市丸は、その兆候を感じたなら迷わず手を下す。
閑話休題。市丸の性格が破綻しているか否かは置いておいて、市丸の実力は誰もが認めるものだ。そして、市丸はこと魔法に関する感覚に対しては他とは異なる深雪と違って、極めて常識的な感覚を持っている。だから英美は市丸を頼ってみたのだ。そこで市丸からもらえたアドバイスを胸に英美は十七夜との対戦に臨む。
英美の基本戦術は自分の氷柱を移動魔法で相手の氷柱にぶつけて倒すという一種の自爆攻撃だ。当然ながら自分の氷柱を犠牲にすることになるが、それで相手の氷柱複数を倒すことができれば元は取れるという計算だ。達也がいかにCADを調整をしようと、市丸からどのようなアドバイスをもらおうと、この基本戦術は変わらない。
「いっけえー!」
試合開始早々、英美は二回戦までと同様に、まずは自分の氷柱一本を転がして相手の氷柱三本を破壊した。ここまでは順調。しかし、理論派の十七夜が自陣の氷柱があっさりと砕かれるのを静観したように見えたのが不気味だ。そして、その嫌な予感は現実となる。
相手に対策を練られる前にと放った二本目の氷柱は、十七夜の氷柱を一本も砕けずに終わる。英美の氷柱は確かに十七夜の氷柱に激突した。しかし、十七夜は最初の一撃を敢えて受けることで英美の魔法の特性を読み切り、最適化した摩擦係数の制御魔法で英美の氷柱の激突から自分の氷柱を守り切ったのだ。
もう一度、同じ攻撃を試してみる気にはなれなかった。英美の戦法では常に自分の氷柱を使用するため、一回の無駄な攻撃がそのまま敗北に近づくことになる。
何か他の攻撃方法をと考えている間に十七夜は立て続けに攻撃を繰り出してくる。情報強化をかけ、なんとか砕かれるペースを抑えているものの、このままでは敗北は時間の問題。ここにきて英美は覚悟を決めた。
氷柱を転がす戦法が通用しないなら、奥の手だ。それは氷柱を転がすのではなく、砲弾として射出して相手の氷柱を砕くというものだ。縦横一メートル、高さ二メートルにもなる氷柱を十メートル以上も飛ばすというのは、かなりの魔法力を消耗する。或いは、最後まで魔法力がもたないかもしれない。それでも、やるしかない。
意を決して放った氷柱の砲弾は見事に十七夜の氷柱三本を砕いた。相手に考える時間を与えてしまえば、十七夜はこの攻撃にも対策をしてくるだろう。その前に決着をつけるべく、もう一度、同じ攻撃を繰り出し、これも十七夜の氷柱三本の破壊に成功する。
これで、十七夜の氷柱は残り三本。あと一射で英美の勝利だ。
けれど、最後の一射を放つ前に英美の視界が白く染まり、体がぐらりと傾ぐ。魔法力が尽きかけているのだ。
あと一回、全力で撃てれば勝てる。それなのに、ここで負けるのか。自分には、本当にあと一回の魔法行使ができる力が残っていないのか。
自問の答えは否。まだ英美は全ての力を使い切ってはいない。
一直線に並ぶ十七夜の残り三本の氷柱。それを砕く為のイメージはある。
英美にイメージと同じ魔法は使えない。けれど、あの魔法以上にいかなる守りをも突破して一直線に並ぶ標的を砕くというイメージに適したものはない。
足に力を込めて体勢を立て直すと、右足と右手を引いた。左腕はほぼ直角に曲げ、右手に持つCADを隠すように。そしてイメージを現実にするための言葉を紡ぐ。
「射殺せ!」
そして、右手のCADを大きく前に突き出しながら叫ぶ。
「神鎗!」
氷柱が伸びるがごとく宙を舞い、十七夜の氷柱に激突する。十七夜は衝撃を緩和する魔法を使用していたようだが、そんなものは関係ない。英美の放った氷柱は十七夜の氷柱を砕くのではなく貫くための槍だ。生半可な魔法で防げるほど甘くはない。
一本目、二本目と十七夜の氷柱が上下に分かたれる。そして三本目、十七夜の最後の氷柱も英美の放った氷柱を防ぎきることはできずに中心を貫かれて倒壊した。だが、それでも英美の放った氷柱は止まらない。そのまま十七夜の立つ台の横の壁に突き刺さり、遂には半分ほどを壁面に埋めてようやく止まった。
あまりの破壊力に場内が静まり返る。それから少しして英美の勝利を告げるアナウンスが流れる頃には、英美の意識はほとんど途切れていた。そして、大魔法の威力の代償として英美は決勝トーナメントは棄権することとなったのだった。
ちなみに女子アイス・ピラーズ・ブレイクの一位は予想どおりの深雪で、二位が雫となり、英美は決勝トーナメント棄権ながら三位となった。