魔法科高校の蛇   作:孤藤海

34 / 88
一条将輝VS市丸ギン

 三位決定戦が終わり、決勝戦の使用ステージが「草原ステージ」と発表された。

 

 それを聞いた三高の天幕では歓声を上げる者もいた。

 

「ひとまず、望んだとおりの展開となったな、ジョージ」

 

「ついてるね、将輝」

 

 浮かれて声を上げるような真似は自制しているものの、将輝も笑顔は隠せない。

 

「一条殿、吉祥寺殿、油断は禁物でござる」

 

 そんな中、新庄継之進だけは一切の笑顔なく集中を高めている。その姿を見て、将輝は慌てて笑顔を抑える。

 

「我が校のモノリスは拙者が命に代えてもお守りいたそう。お二方はどうか思うがまま敵を倒されたし」

 

「かたじけない。市丸は必ず俺が倒し申そう」

 

「将輝、言葉がおかしくなっている」

 

「うぐ……」

 

 継之進は悪い奴ではないのだが、話していると将輝の言葉の方が乱れてしまう。実力は確かなのだが、そこだけが玉に瑕だ。

 

「では、一条殿、吉祥寺殿、出陣と参ろうか。我らに毘沙門天の加護のあらんことを」

 

「毘沙門天の加護のあらんことを!」

 

「だから将輝、それでいいの?」

 

 戦意旺盛な継之進と少し呆れ気味の真紅郎とともに将輝は草原ステージへと足を踏み出した。モニターの中、第一高校の生徒たちも草原ステージへと登場している。だが、その中に一人だけ異質な姿をした者がいた。

 

 古式魔法の名門、吉田家の魔法師。その吉田が纏うのは漆黒のマントとローブだ。

 

「あれは『不可視の弾丸』対策だと思うか?」

 

「確かに僕のあの魔法は貫通力は無いけど……布一枚で防がれるようなものじゃないし、そんな甘い考えで対策を立ててくるとは思えない」

 

「無警戒というわけにはいかないが、分からないことをあれこれ考えても意味は無い。力押しに多少のリスクは付き物だ」

 

 真紅郎の迷いを断ち切る為に、将輝は少し強い語調で言い切った。

 

 そうして、試合開始の笛が鳴った。合図と共に、将輝は第一高校陣地に向けて遠距離攻撃魔法による砲撃を仕掛ける。

 

 両陣地の距離はおよそ六百メートル。

 

 森林ステージや渓谷ステージに比べれば短い距離だが、実弾銃の有効射程で測れば、突撃銃では厳しい間合いであり狙撃銃の距離だ。普通の魔法師では有効打を与えるには厳しい距離だが、将輝ならば可能だ。より魔法力を集中させて飛距離を増した空気弾を市丸へと向けて放つ。

 

「縛道の三十九、円閘扇」

 

 しかし、市丸は円形の光の盾を作り出し、将輝の攻撃を防ぎながら前進をしてくる。

 

「予定どおり市丸は俺が受け持つ。残りの二人は頼む」

 

 将輝が市丸の相手をする以外にも、森崎と吉田に攻撃を仕掛けることで、間接的に市丸を拘束するという手段もある。しかし、力の劣る者に攻撃を仕掛けて力のある者に消耗を強いるという方法は、実戦ならともなく、モノリス・コードという試合の場で十師族である自分が行うような方法ではない。正々堂々、三対三の真っ向勝負だ。

 

 遠距離からの攻撃では市丸の盾を破れないことはわかった。しかし、市丸からの攻撃を牽制する効果はあるはずだ。幸いなことに十師族である将輝は想子の量も豊富だ。

 

 時折、攻撃を仕掛けながら、小走りで市丸に近づいていく。市丸からの反撃はなく、両者の距離は急速に縮まっていく。

 

「くうっ……」

 

 もうじき、市丸との距離が百メートルを切るというところで、真紅郎の声が聞こえた。

 

「どうした、ジョージ!」

 

「幻術だ。あのマントとローブには目視した対象に幻術を掛ける効果があったみたいだ」

 

 真紅郎は吉田家の術士の攻撃を躱しながら後退をしている。相手を視認しようとして幻術にかかったのだ。今は相手を目視しないようにしながら攻撃を回避しなければならない。真紅郎の苦戦は明らかだった。

 

「余所見しとる時間なんてないで」

 

 なんとか援護を。そう考えたところで市丸が十メートルほどの距離まで近づいていることに気が付いた。

 

 クラウド・ボールでも使っていた高速移動だ。慌てて特化型CADを向けて圧縮空気弾を放つが、市丸の盾を打ち破ることはできない。

 

「なんや、十師族ゆうても、この程度なん?」

 

「十師族を舐めるな!」

 

 一条家のお家芸とも言える爆裂ならば市丸の盾を破ることができるだろう。だが、爆裂の威力はよく知られている。使用した瞬間にレギュレーション違反と判定されるだろう。市丸は今のところ、なぜか自分から攻撃を仕掛けてこない。爆裂以外なら盾を破壊できないと高を括っているのだろうか。だが、それこそ甘い。

 

「これが、十師族の力だ! くらえ、爆裂拳!」

 

 左手に爆裂の魔法式を構築して市丸の盾を殴りつける。対戦相手を直接、殴るのは違反行為になるが、相手の障壁魔法を殴ったところで違反とはならない。将輝の全力の一撃は市丸の盾を見事に砕いた。

 

「雷鳴の馬車、糸車の間隙、光もて此を六に別つ。縛道の六十一、六杖光牢」

 

 しかし、その瞬間に市丸が古式魔法のような詠唱をするのが聞こえた。市丸の防御魔法を破ることに意識を割き過ぎたと後悔しても時すでに遅し。将輝は六枚の光の帯により拘束されてしまう。将輝の手からCADが零れ落ちる。

 

「君は多少の魔法やと破ってしまいそうやからな。詠唱破棄なしの特別製やで」

 

 市丸のその言葉の通り、落としたCADを拾うために身を屈めることすらできない。このまま何もできずに自分は負けてしまうのだろうか。

 

 いや、そんなことは認められない。自分は十師族なのだ。十師族が簡単に敗北することは許されない。いや、そんなことは関係ない。将輝が力を求めた原点。それは新ソ連による佐渡侵攻戦だ。あのとき、将輝は市民が無残に殺害される場面を目撃した。

 

 あの戦いでは、真紅郎の両親も犠牲になった。もう二度と、誰かに力で踏みにじられることがないように、万が一、そのようなことになったとしても自らの手で守ることができるように、自分は力を求めたのではなかったのか。その覚悟は、その誓いは、この程度で敗れ去るほどの甘いものだったか。

 

「否、断じて、否。そんなこと、認められない」

 

 十師族の力はこの程度なのか。十師族の力は多くの犠牲の上に作られたものだ。この程度の力のために、多くの魔法師が人体実験に近い過酷な研究の犠牲になったなど、そのようなこと、どうして犠牲になった者たちに言えようか。

 

「この程度では終われぬのだ! 十師族は!」

 

 感情の高ぶりに合わせて、身体が燃えるように熱くなっていく。当初は身じろぎすらできなかった市丸の光の帯にひび割れが起こっている。

 

「十師族の力を見せてやろう! バーニング・フル・フィンガーズ」

 

 僅かに動かせるようになった腕を強引に振るい、自らを拘束していた光の帯を粉砕した。自分でも気づかないうちに、将輝の右腕は炎に包まれていた。

 

「何や、その能力は?」

 

「さあな、俺にもわからない。だが、これでお前にも負けない!」

 

 本当に、なぜ急にこのような魔法が使えるようになったのかは将輝自身にもわからない。だが、そんなことは問題ではない。今のところは、使い方さえわかれば十分だ。

 

「この一撃、防げると思うな!」

 

 炎に包まれた腕を一閃するも、高速移動により市丸は一瞬にして十メートルを後退する。これでは腕は届かない。だが、それだけで逃げられると思ったら大間違いだ。

 

「くらえ! バーナーフィンガー1!」

 

 指先から放たれた熱線が市丸に向けて一直線に伸びる。しかし、それすらも市丸は躱してみせた。

 

「一発ではお前には当てることはできないことくらいわかっている。それならば、避けられないほど撃てばいいだけの話だ!」

 

 人差し指を市丸に向けて熱線を五連射する。それでも市丸に直撃はさせられない。だが、五発のうちの一発が市丸の肩を掠め、プロテクターに焦げを作っている。ならば、もっと多く撃てば当たるはずだ。

 

「射殺せ、神鎗」

 

 しかし、その前に市丸が腰に差したままだった刀剣型CADを抜いて何事か呟く。そして次の瞬間には刀身が伸びて将輝の肩に迫ってきていた。

 

 将輝には、その攻撃を避けることができそうにない。けれど、刺し違えてでも市丸だけは止めてみせる。

 

「バーナーフィンガー1!」

 

 恐れることなく、将輝は市丸に向けて反撃の一撃を放った。




超展開ですみません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。