大会九日目は、前日までの好天から打って変わって、今にも雨が降り出しそうな分厚い雲に覆われた、薄暗い曇天だった。
第一高校は第一試合に小早川、そして第二試合に深雪が出場する。今日の結果により優勝が決まるということもあり、一連の第一高校に対する妨害が行われる可能性が高いと達也は警戒しているようだ。
ちなみに、昨日の新人戦モノリス・コードで第一高校が優勝した場合も、第三高校の逆転の可能性は皆無となった。そのため昨日、市丸はCADを一切使用しなかった。
「モノリス・コードでは例え一試合を落としたとしても予選リーグは突破できる。それに比べて、ミラージ・バットでは予選で大きなアクシデントがあれば、それだけで本戦出場は厳しくなる。従って敵が仕掛けてくるとすれば、このミラージ・バットである可能性が高い」
達也はそのようなことを言っていたが、本音では、単に深雪のことが心配なだけではないかという気がする。もっとも、モノリス・コードの場合は試合のステージがランダムで選ばれるため、近距離で見ることができない。そのため、市丸も近距離で会場を監視することができるミラージ・バットを観戦することにした。
もっとも、市丸は魔法に対する感知力に対しては魔法師の平均程度に留まる。そのため、どの程度まで妨害防止に役立てるかは不明だ。むしろ、眼鏡を外して会場を監視している柴田の方が役に立つのではないだろうか。
そうして始まった第一試合は第一ピリオドは順位が目まぐるしく入れ替わる接戦の結果、小早川がわずかな差でトップに立った。そして、事件は第二ピリオドが始まって程なくして起こった。
小早川は光球を杖で叩こうとして飛び上がったものの、僅かに他選手に及ばずに足場に戻ろうとした。しかし、そのための移動魔法が発動せず、小早川は水面へと真っ直ぐに落ちていく。
幸いというか、競技の性質上、選手が魔法のコントロールを失って落下するという事態には当然、対策は為されている。立ち合いの大会委員が減速の魔法を放ち、彼女の身体を受け止めた。
時計が止められ、小早川が担架で運ばれているのを横目に柴田が端末を取り出す。通話の相手は達也だ。
「達也さん、小早川先輩の右腕で……多分、CADをはめている辺りで『精霊』が弾けたみたいに、その、視えました」
柴田が言ったような現象は市丸には認識できなかった。もっとも今回は吉田でさえ気づけなかったのだから、柴田が特別だと考えたほうがいいだろう。
「ええ、『精霊』が弾けて散ってしまったような、そんな感じでした。こう、とても古い電化製品が、パチッと火花を散らして止まってしまう、みたいな……」
柴田の情報は原因の特定に繋がる情報ではないように思えた。しかし、達也は何らかの仕掛けに気が付いたようだ。
けれど、すでに起こってしまった事件と、それにより自らの魔法という力そのものに疑念を抱くことになった可能性が高い小早川についてはどうしようもない。第一高校は第一試合は途中棄権ということになった。そして、第二試合のためレギュレーションチェックのために達也が深雪のCADを持ち込んだ大会本部にて次の事件であるとともに、ある意味では最後の事件が発生した。
「大会本部から『当校の生徒がいきなり暴れ出した』と連絡が入ったんだけど、市丸くんはどう思う?」
先の事件の結果と次の妨害への対策のために第一高校の本部天幕に詰めていた市丸にそう問うてきたのは七草だった。
「そら、深雪のCADに何か仕掛けられたんちゃう? あの達也が暴れるゆうたら、それしか理由考えられへんやろ」
「そうよね。まあ、その件についての喚問を受けたわけじゃないから、とりあえずは続報を待ちましょうか」
そうして続報を待っていたところに達也は何事もなかったかのように帰ってきた。
「すまんな、心配かけて」
そんな達也だが、深雪に対してだけは誠実に対応していた。
「そんなこと! だってお兄様は、わたしの為に怒ってくださったのでしょう?」
「早いな。もう事情を聞いたのか?」
「いいえ。ですが、お兄様が本気でお怒りになるのは、いつも……わたしの為ですから」
「……そうだな。俺は、お前の為にだけ、本当に怒ることができる。でもね、深雪。兄貴が妹の為に怒るのは当たり前なんだ。そしてそれは、俺の心に唯一つ残された『当たり前』だ。だから深雪、お前は哀しまなくて良いんだ」
七草が事情を聞くために待機しているのにも気づかない様子で、達也は深雪と二人だけの世界に行っている。
「大会本部から連絡を受けた時には何事かと思ったのだけど……とってもシスコンなお兄さんが、大事な大事な妹にちょっかいを掛けられそうになって怒り狂っていただけだったのね」
七草の言葉は第一高校の本部天幕にいた全員の言葉を代弁するもので、達也はすごすごと天幕の中から退散していく。その背を追って市丸も天幕を出た。
「皆、肝心のことを聞かんけど、大会本部で何があったん?」
「大会の係員がレギュレーションチェックの検査機を使ってCADに細工をした。その場に現れた九島閣下によると、有線回線を通して電子機器に侵入し、高度技術兵器を無力化する電子金蚕という魔法のようだな」
「魔法の中身はええとして、その大会係員の裏は取れたん?」
「いや、それはまだだ。今、九島閣下が取り調べをしているだろうが、内容が伝えられることはないだろうな」
九校戦の運営委員が黒幕で今回の事件が起きたとは考えにくい。それならば、わざわざ最初の事件を公道上で起こす必要がない。隠蔽のことを考えたら、大会内で仕掛ける方がよほどやりやすいはずだ。
最初の達也の推測が当たっているならば、相手はそれなりに大きな組織のはずだ。実際、国軍の施設に工作員を潜入させたり、大会委員を買収したりしているのだから、その推測は外れていないはずだ。
「九島といえば十師族の中でも力のある家だったはずやけど、達也の読みやと九島は対処をしきれるんかな?」
「さあな」
達也の返事は随分と素っ気ない。大会本部で暴れたように、達也は深雪のことになると、割と見境のない性格だったはずだ。それが、九島に任せて自分は手を引くというのは、あまり考えにくい。
「達也、君、自分で対処するつもりなんやろ」
「何を言っているんだ。裏がわからないのならば、対処なんかしようがないだろう?」
達也の言葉はもっともだが、額面どおりに受け取ることはできない。九重八雲とも繋がりがあり、加えて軍にも伝手があるのだから、独自に情報を得ていても不思議ではない。
「ま、別に達也が対処するなら手間が省けるだけやから、ええんやけどね」
市丸としては、度々ちょっかいをかけてこられるようなら面倒な上に自身も被害者でもあるために、可能なら対処をしておきたいと考えている。だが、絶対に自らの手で殲滅してやるというまでの強い気持ちはない。達也が勝手にやってくれるのならば、面倒がなくなるだけなので大歓迎だ。
「もう気が済んだか?」
「もうええよ。おおきに」
達也はこれから深雪のためのCADの調整があるはずだ。そろそろ解放しないと、深雪が万全の態勢で競技に挑めなくなってしまっては、怒りの対象が市丸にまで向いてしまいそうだ。
その後、市丸から解放された達也は、深雪に先月発表されたばかりの飛行魔法という隠し玉を使わせた。その際には第一高校だけが飛行魔法を使用したことに抗議した他校に対して術式を公開されるということも起こったが、それでも尚、深雪はミラージ・バットの優勝と第一高校の総合優勝を勝ち取っていた。
その試合の途中、少しばかりアクシデントもあったようだが、国軍の魔法師らしき者がいち早く対処していたので、市丸は出る幕がなかった。ついでに、そんなことを言っていた当の達也自身が夜間にお仕事に出かけていたようだが、それにも市丸は特に関わることはしなかった。
無頭竜の居場所を知る伝手のない市丸は結局、ほぼ干渉できないまま事件終結。