二週間前とは打って変わって、ホールは和やかな空気に包まれていた。
ノーサイドの精神は口で言うほど簡単に実践できるものではなく、若い選手たちの心に勝ち負けの拘りが無いと言えば嘘になる。
だが今は、十日間にわたる激闘から解放されたばかりだ。短くない期間緊張に曝され続けた反動から、生徒たちの多くはフレンドリーな精神状態になっているようだ。
「人気者やね」
「本当はのんびりさせてやりたいんだがな」
言った市丸に対して、達也が不本意そうに答える。達也の視線の先にいるのは、この大会ですっかりと名を上げた深雪だ。
深雪は二重・三重の人垣に囲まれている。他校の生徒、大会主催者、会場を提供した基地の高官、大会を後援している企業の幹部。加えてメディアプロの関係者と思しき人間までまとわり付いている。一応、生徒会の七草と市原が側で目を光らせているため、そこまで不躾なアプローチはされていないので、達也も抑えているようだ。
「妹さんだけやなく、達也も同じやろ」
人垣が耐えることの無い深雪に比べれば大したこともないと言えるが、達也も先程から引っ切り無しに話しかけられていた。市丸はあまり感心がないのでよくわからなかったのだが、周囲の者が言うことには、大手企業の重役も声を掛けていたらしい。
「市丸はそういうのがなくて、気楽でいいな」
市丸は競技的な魔法というより、戦闘力で評価をされた。達也のように技術者として注目をされたわけではないので、一般企業からは声を掛けられない。加えて軍関係者についても風間から話が回っていたのか、特に話しかけてくる者はいなかった。
「名を売ったはいいとして、君は何がしたかったんや?」
技術力を持っているのなら、売り込みを考えるのが普通ではないだろうか。しかし、達也は企業からの誘いにさして乗り気でないように見えた。技術者というものは、より良い環境を求めるのにも貪欲なのではないだろうか。少なくとも市丸が知っている技術者である十二番隊の面々はそういう者たちばかりだった。
「俺にも色々とあるんだ」
達也にも何らかの事情があるのだとは、なんとなく知っている。そのうちにお偉方は退出となり、会場には魔法科高校の生徒たちだけとなった。
管弦の音がソフトに流れ始めると、会場はますます和やかで浮ついた空気に包まれる。
わざわざ生演奏を用意した主催者の熱意に、少年たちはすぐ応えた。
ここまで懸命に話術を駆使して親交を深めることに成功した少女の手を取り、ホールの中央に進む。
深雪の許には予想どおり、学校、学年関係なく、少年たちが群がっていた。
だがまだ誰も、その手を取ることに成功していない。というか、誰が最初に声を掛けるか牽制しあい、誘いにまで至っていないようだ。
そんな中、人垣の奥から市丸もよく知る顔が深雪の前に進み出てくる。
「あれは放っとけんやろうなぁ」
深雪の前に立とうとしているのは今回の九校戦で因縁のできた一条将輝だ。
「なんや、誰か思うたらレギュレーション違反で失格になった間抜けやないか」
「うっ……市丸か」
市丸から指摘をされた一条は即座にばつが悪そうな顔を見せた。実際、一条は十師族でありながら率先してレギュレーション違反を行い、挙句の果てに失格で第三高校の得点を無にしたのだ。三位以下と離れていたからいいものの、あの失格で逆転を許していたら戦犯となっていたはずだ。
「だが、失格になったのはお前も一緒ではないか!」
「あれは君がレギュレーション違反の攻撃を何度も仕掛けてきた後やろ。あんだけ違反をされたら、ボクも多少はええんかと勘違いしてもしゃあないやろ」
それでも結果としては両者失格なのだが、先に違反行為を行ったぶん、市丸の方が優位に立ちやすい。
「それで、君はあれだけ無様を曝しながら、今日は何の用や?」
「う……いや……俺は少しだけ司波さんに挨拶をさせてもらおうかと……」
「へえ、あない無様を曝しても、なお司波さんに挨拶したいなんて、さすが十師族。面の皮も随分と厚いみたいやね」
「わかっている。今回の件は俺に全面的に非がある。だから俺は、司波さんに第一高校の生徒への過剰攻撃を責められたとしても、全てを甘んじて受け入れる。それが俺の十師族としての誇りだ」
良い覚悟だと感心すべきか、そこまでして司波深雪に話しかけたいのかと呆れるべきか。少しばかり考えてしまった。
「それに、司波さんから冷たい視線をもらえるなら、むしろご褒美だ」
どうやら十割で呆れるべき案件だったようだ。
「もう、将輝は! また冷たくあしらってくれそうな人のところに行こうとして! どうして将輝はいつもそうなの!」
と、そこに吉祥寺が一条の回収に来た。
「ジョージ!? いや、これは違うぞ。けして誰でもいいから罵ってほしいなんて考えてはいないからな!」
「言い訳はいいから。そんなに冷たい目で見られたいなら、そこで正座でもしていなよ」
「わかった。どのような責めであろうとも、甘んじて受ける。それが俺の十師族としての誇りだからな」
そう言うや否や、一条は他の者の邪魔にならないように隅に避けた状態で正座を始める。後夜祭合同パーティーという場でその姿は酷く浮いており、自然と他の生徒たちからの注目を集めていた。
「俺は、どのような責めであろうとも、甘んじて受ける。それが俺の十師族としての誇りだからな」
どう考えても一条は周囲からの奇異の視線を楽しんでいる。おかげで言っていることは立派なはずなのに、少しも心に届かない。立派な教えが怪物を産んでしまう結果になるとは皮肉なものだ。
誘いに向かった一条が壁際の置物になったことで空いた深雪の相手は、同じ第三高校の新庄継之進が受け継いでいた。新庄の舞は定番のワルツなどでなく剣舞に近いもので、さすがの深雪も困惑を隠せていない。
「ねえ、市丸くん。ちょっといい?」
「ん、明智やん。どしたん?」
「どうして深雪と踊ろうとしていた一条くんが、会場の壁際で膝に石を乗せて正座することになっているの」
「ん?」
言われて見ると、ほんの少し目を離した隙に一条は上半身裸になり、後ろ手に縛られた状態で、膝の上には石が増えていた。
「俺は、どのような責めであろうとも、甘んじて受ける。それが俺の十師族としての誇りだからな」
「……あれは触れんといた方がいいで」
事前情報では尚武の第三高校と言われていると聞いていたが、どうやら変人の集まりであったようだ。とはいえ、市丸に達也と深雪が揃った第一高校も、どう考えても常人の集まりであるとは言えないのだが。
「ところで、市丸くん。一曲お願いできませんか?」
「ああ、ええで」
市丸はダンスが得意というわけではない。だが、相手の動きに合わせることは長年の経験で得意としているため、ペアで踊ることはむしろ得意だ。音の流れに合わせて一歩目を踏み出し、後は明智の動きを先読みをして、動きやすい位置に自らの身体を移動させる。
「何となくだけど、市丸くんって一人で踊るのは得意じゃない?」
「あれ、なんでわかったん?」
「私はそれなりに踊りは得意だからね。市丸くんって踊り慣れていない感じなのに、やけに踊りやすいから」
舞踏は得意なつもりだったが、さすがに踊り慣れている者の目は誤魔化せないらしい。
「それより、市丸くんにはお礼を言いたかったんだ」
「ん? ボク、なんかした?」
「ピラーズ・ブレイクで私が決勝トーナメントに残れたのって市丸くんのおかげなんだ」
そう言われても、市丸には特にピラーズ・ブレイクで明智を支援した覚えはない。良く見積もっても、少しアドバイスをした、という程度だ。
「私の最後の一撃、市丸くんの神鎗って魔法をイメージしながら撃ったの。そしたら、普段の私以上の威力が出たの。だから、市丸くんのおかげだなって」
「それ、ボクあんま関係ない気もするけど。ま、参考になったんならええわ」
「うん、勝手に感謝してるだけだから、市丸くんは気にしないで」
まあ、恨みではなく感謝なら、貰っておいても損はない。正直、説明を受けても実感はわかないが、受け取っておくことにしよう。
「市丸くん、運動神経もリズム感もいいんだから、少し練習したら、きっとすごく上手くなると思うよ」
「それなら教えてくれへん? 踊れて損することはないやろ?」
「そうだね。私でよければ」
特に踊りたい相手など市丸にはいない。だが、上級者らしい明智に教えを受けられるなら悪い時間の使い方ではないだろう。
こうして市丸の九校戦は静かに終わりを迎えた。