香港系国際犯罪シンジケート「無頭竜」の首領「リチャード=孫」の養女、孫美鈴は有明の街を歩いていた。今回の日本への訪問は、暗殺された養父の代わりに新たなリーダーに担ぎ上げられる前のちょっとした息抜きのつもりだった。しかし、それは甘い考えであったようだ。
「あ、貴方たち、一体何なの!?」
六人もの男に包囲され、無言で詰め寄られるに至り、美鈴は慌てて声を上げる。しかし、気付いたときには周囲に人影はなかった。
美鈴とて何も考えずに街をうろついていたわけではない。人目を惹かなくなるという効果があるマジックアイテムのペンダントを身に付けていた。けれど、それだけでは対策として不十分だったようだ。これで万事休すかと諦めかける。
しかし、そのときに突如として現れた少年が特化型CADで男たちを攻撃し始めた。少年は別に男たちと対立しているという雰囲気ではなかった。むしろ互いに相手のことは知らないように思えた。ということは、特に裏などはなく、単に怪しい男に襲われていた少女を助けたということだろうか。
少年は瞬く間に五人の男を戦闘不能に追い込んだ。けれど、最後の一人を倒すよりも先に、男が拳銃を少年に向けていた。自分を助けようと戦ってくれた者を見捨てることなどできない。美鈴は咄嗟に銃を持つ手にしがみついた。
美鈴の行動が功を奏したのか、少年が最後の男を倒した。男にしがみついたままだったことと、助かったという思いで気が抜けたこととで美鈴は路上に座り込んでしまった。
「立てますか」
少年はそんな美鈴の元へ駆け寄ると、返事をするより先に手を取ってきた。
「ここから早く離れた方が良い。取り敢えず、駅に行きましょう。コイツらも人目を憚るようだから」
そうして美鈴は少年と一緒に駅へと走った。そこで、美鈴はこの駅で迎えと待ち合わせをしていることを伝える。
「助けてくれて本当にありがとう。だけど、もうここまででいいわ。何か……後日何かお礼がしたいのだけど、よかったら連絡先を教えてもらえないかしら」
これ以上、無関係の少年を巻き込むわけにはいかない。だから美鈴は駅に着いた時点で少年にそう提案して、そこではたと気付いた。
「あっ、ゴメン。私はリン=リチャードソン。カリフォルニアの大学に通っていて、今は旅行中なの。リンって呼んで」
「森崎駿です」
さすがに本名を名乗るわけにはいかないので、少しばかり改変した名を伝えると、少年も名乗り返してきた。
「お礼なんて、滅相もないです。それより、あれで終わりとは思えないんですが。襲われた理由に心当たりは?」
「ごめんなさい。訳ありなの」
「そうですか……分かりました。リンさんの事情は訊きません。その代わり、お迎えの方が来るまで、僕にリンさんの護衛を務めさせてもらえませんか」
森崎の申し出は、美鈴にとって驚くべきものだった。
「……何故?」
「何故なのかと問われると、自分でもよくわかりません。ですが、僕は貴女が危険な状態にあると知りながら、見て見ぬふりはできません」
「……危険だということは、さっき分かったでしょう? 現実とゲームの区別がつかないタイプには見えないんだけど」
「危険なのは僕よりリンさんの方です。この国の警察が優秀だということは嘘でも誇張でもありませんが、犯罪がゼロというわけでもありません。特に魔法犯罪を取り締まる魔法師の警官は慢性的な不足状態です」
「何処の国でも同じね、それは」
美鈴は話を濁そうとしたが、森崎は自分と離れるべきという提案に首を縦に振ってはくれなかった。そればかりか自分がボディガードになると言ってきた。自信ありげな口調に、もう少し詳しく話を聞いてみると、森崎がボディガードの派遣業を営んでいる森崎家の出身だとわかった。それで、それならばとボディガードを依頼することにした。
その後は人の少ない場所は避けるべきだ、と森崎が強硬に主張した結果、二人は美鈴の待ち人から連絡があるまで駅前のレストランで時間を潰すことにした。話をするのは専ら美鈴で、森崎は相槌を打つばかりだった。
そのうち、美鈴の待ち人からレインボーブリッジの真下に船をつけるという連絡がくる。美鈴はペンダントをハンドバッグに仕舞い、人が多く滞留している公園内を進んで目的地に向かうことにした。しかし、それが裏目にでることになった。
美鈴と森崎の前には見た目重視な武闘派スタイルの少年たち。そんな少年たちが二人を取り囲んでニヤニヤと笑っている。
「彼女のご案内はオレたちが引き受けるからさ、オマエはもう帰れ!」
「一通り見得を切って、もう気は済んだでしょう? 本当に急いでいるんです。通してもらえませんか」
すごむ少年たちに対して森崎が冷ややかに言い返す。
「……どうやら、痛い目をみてーらしいな」
少年たちが美鈴たちを簡単に解放するわけがないというのは理解できる。けれど、森崎は必要以上に少年たちを挑発しているように見えた。森崎が臨戦態勢を取ったことでCADが姿を現し、少年たちが森崎が魔法師だと気づいた。それを見て後退った少年に向けて集団のリーダーと思しき男が声を荒げた。
「ビビんじゃねぇ! マホーは拳銃と同じ扱いだ。素手の相手にマホーを使ったら、牢にぶち込まれんだよ。マホーを使えない魔法師なんざ、ただの木偶の坊だ」
「試してみるか?」
「遊んでやるぜ、木偶の坊」
しなる様なハイキックが森崎の顔面を襲う。背後に美鈴をかばっているため、森崎は後退して躱すことができない。森崎は男の回し蹴りの下を掻い潜ることで躱した。完全に自分が足手纏いになっていることに美鈴は歯噛みをする。けれど、下手に森崎から離れて他の少年に捕まってしまえば、逆に森崎の足を引っ張ることになりかねない。
美鈴が動けないでいる間に、空に向かって駆け上がった男の足が鋭く切り返されて森崎の頭上に振り下ろされる。しかし、森崎はその蹴り足に向かっていくような恰好で身体を起こし、スレスレで蹴撃を躱す。
続いての裏拳も、前蹴りも、中段突きも、ローキックも、ミドルキックも、すべての攻撃を森崎は躱していた。男の攻撃はスピーディで、連続技も洗練されていた。素人の見よう見真似ではなく、おそらくはフルコンタクト空手系統の、専門的な指導を受けた形跡があった。
だがその男の攻撃の全てを森崎は、躱し、さばいていた。
苛立った男が、一発狙いの大振りなロングフックを森崎の顎へと繰り出した。その隙を逃さず、踏み込んでの左ジャブを男の顔面に叩き込んだ。よろよろと男が尻餅をつく。
「遅いな。遅過ぎる。その程度のスピード、町の喧嘩では通用しても、僕たち実戦魔法師相手には通用しない」
森崎が一歩、二歩と男に近づく。戦意喪失気味の男に対して森崎が臨戦態勢を解くことはない。
「ま、待て! オレの負けだ!」
「戦士が命乞いをするものじゃあ無いよ」
戦意を失った男を蹴り上げ、その意識を森崎は容赦なく刈り取る。
「さようなら、路上の戦士。できれば僕を許さないでほしい」
冷たい瞳で見下ろす森崎を恐れ、他の少年は一歩も動けないでいる。それを一瞥すると、森崎は美鈴の手を取ろうとしてきた。その手を、美鈴は反射的に振り払っていた。それは自分でも無意識なものだった。一瞬、驚いた顔をした森崎だったが、すぐに美鈴の手を握り、そのまま歩き出した。美鈴たちを追おうとする少年は、一人もいなかった。
「魔法師って……戦うのが好きなの?」
船が着く、という待ち合わせ指定の場所付近に着いた後の待ち時間で、美鈴は森崎に聞いていた。
「魔法師って、争うのが好きなの? 相手を傷つけるのが好きなの? 危険なことが好きなの? 普通の人が持っていない、特別な力を見せ付けるのが好きなの?」
美鈴たちを追う者がいなかったことからも、森崎の言動には効果があったことはわかる。それでも、言わずにはいられなかった。
「……魔法師だから、争うのが好き、ということはありません。相手を傷つけるのは、少なくとも僕は、好きじゃありません」
「だったら、どうしてあの男の人を蹴ったのよ! あの男の人は、既に戦意を失っていた! そもそも逃げる為に魔法を使えばよかったじゃない! あれで争いが好きじゃないなんて言われても、信じられないわ!」
「魔法師はスーパーマンじゃありません。ドラマみたいに何もかも理想的に収めるなんてできません。敵に手加減をしてやれるほど、僕はお偉く無い」
そう語った森崎の言葉に、嘘はないように聞こえた。圧倒的に強く見えた森崎だが、本人はそんなふうには認識していないようだ。
「それに、戦いが英雄的であってはならないんです。戦いは爽快なものであってはならない。戦いとは絶望に満ち、暗く怖ろしく、陰惨なものでなくてはならない。それでこそ人は戦いを恐れ、戦いを避ける道を選択する」
森崎はどこか遠い目をしながら、そう語り始めた。
「戦いは絶望。それが僕に戦いを教えてくれた人からの教えです。だから僕は戦わなければならないときは、絶望をもって臨む」
その後、迎えの船がやってきて、美鈴は森崎と別れた。森崎の考えは、美鈴にはわからない部分もあった。けれど、森崎がけして戦いを好む人物ではないということだけは美鈴にも理解ができた。
横浜騒乱編全16話の投稿は来年から開始します。