魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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平河千秋

「待ちなさいっ!」

 

 市丸が校庭でその声を聴いたのは、ジロー・マーシャルを名乗る男を捕らえた翌日のことだった。見ると、春のブランシュ事件のときに騒ぎを起こした壬生沙耶香が一人の女子生徒を追いかけていた。

 

「……一年G組、平河千秋です」

 

 壬生に追いかけられていた女子生徒は中庭で立ち止まると、壬生に向けて名乗る。

 

「平河さん、貴女が持っているそのデバイス、無線式のパスワードブレイカーね。隠しても分かるわ。あたしも同じ機種を使ったことがあるから。あたしもスパイの手先になったことがある。だから忠告するわ。今すぐ手を切りなさい。付き合っている時間が長い程、後で苦しむことになるわ」

 

「……あたしがどれだけ苦しんだって、先輩には関係の無いことです」

 

「放っておけないのよ。半年が過ぎた今でも、あたしは時々身体の震えが止まらなくなるわ。自分でも気がつかない内に、唇を噛み切っていたことも、爪を掌に食い込ませていたこともある。貴女がどんな連中と付き合っているのか知らないけど、これだけは断言できる。相手は貴女のことなんて考えていない。ただ利用して、使い捨てるだけよ」

 

「マフィアやテロリストが利用する相手のことを考えていないなんて当然じゃないですか。先輩はそんなことも分からずに手を組んでいたんですか? 失礼とは思いますけど、先輩は随分子供だったんですね」

 

 どうやら平河という生徒は覚悟の上で第一高校に敵対をしているようだ。

 

「自棄になったって、何も手に入らないし、何も残らないのよ!?」

 

「先輩には分かりませんよ。あたしは別に、何かが欲しくて手を組んだんじゃない」

 

 つまりは我欲ということだ。それなら、遠慮をする必要はない。

 

「そんなら、自分がスパイとして処分されるのも、覚悟の上ゆうことやね」

 

 背後に立った市丸に気がついた平河が、小さなカプセルを投げる。その瞬間、激しい閃光が眼底を焼いた。視力は奪われた。だが、霊圧で位置はわかる。

 

「縛道の六十一、六杖光牢」

 

 昨日から続いての六杖光牢で平河を捕縛する。続けて白伏で意識を奪う。

 

「壬生、身体検査をしてくれへん?」

 

 平静を装いながらも内心では焦りを覚えていた。今回は相手が素人であったことから視力を奪われても問題はなかった。しかし、相手が強敵であった場合は僅かな隙が致命的な結果を招きかねない。原因は閃光を発する武器の存在を知識でしか知らず、実際に使われる場面というのが理解できていなかったためだ。これは反省しなければならない。

 

 ともかく、今は平河をどうするか考えなければ。けれど、その前に他にも怪しい品を隠し持っていないか身体検査が必要だ。

 

 さすがに市丸が剥くのは拙いので平河の確認は壬生にさせる。すると、袖口にはバネ仕掛けのダーツが仕込んであった。

 

「それで彼女はどうするの?」

 

「とりあえず、千代田の指示を仰ごか」

 

 今のところ平河には処罰に値するだけの罪は犯していない。ならば、こっそりと処分してしまえばいいだけなのだが、さすがに自身も不利益を被ることも覚悟の上で独断で行動するつもりはない。というわけで千代田に一任するつもりで聞いたところ、保健室で話を聞くので連れて来てほしいというものだった。そのまま平河は壬生に運んでもらうと、中にはすでに千代田と五十里がいた。

 

「一昨日は大丈夫だった?」

 

 事情聴取を始めた千代田の話によると、一昨日にも平河は達也たちの尾行をしていたらしい。だが、そのときも明確な犯罪行為にまでは至っていないらしい。

 

「壬生さんに、何かが欲しいわけじゃない、って言ったらしいわね。じゃあ何でデータを盗み出そうなんて考えたの?」

 

「データを盗み出すことが目的じゃありません。あたしの目的は、プレゼン用の魔法装置作動プログラムを書き換えて使えなくすることです。パスワードブレイカーはその為に借りたものです」

 

「当校のプレゼンを失敗させたかったの?」

 

 第一高校の執筆者の一人、五十里のこととなると千代田は人が変わる。それこそ深雪に関する事柄に対する達也よりは少しましというくらいには。一応は抑えているようだが、隠し切れない怒りが滲み出ていた。

 

「違います! 失敗すれば良いなんてことは考えていませんでした! 悔しいけど、あの男はその程度のことなんてリカバリーしてしまう。アイツはそれだけの腕を持ってる。でも本番直前にプログラムがダメになったら、少しくらい慌てるに違いないって思った。何日も徹夜してダウンしちゃえばいい気味だって思った。あたしはただ、アイツの困った顔が見たかったんです!」

 

「嫌がらせであんなことを……? 幸い大事にはなってないけど、成り行き次第では退学になっていたかもしれないのよ」

 

「それでも構いません! アイツに一泡吹かせられるんなら! だって、アイツばっかりいい目を見るなんて許せないんだもの……!」

 

「君が達也に意地悪するんなら、ボクが君に意地悪をしてもええゆうことやね」

 

 市丸が発した言葉に平河が怪訝な表情をする。

 

「ボク、意地悪は得意なんや。五十里、君はこの子の動機に心当たりあるんやろ?」

 

「彼女は論文コンペを辞退した平河小春先輩の妹さんだ。そして、平河小春先輩が執筆者を辞退したのは、九校戦のミラージ・バットで担当選手だった小早川先輩の仕掛けに気付かなかったことに責任を感じてだ。それを彼女は司波君のせいだと思ったんだと思う」

 

「アイツには小早川先輩の事故を防げたのに、そうしなかった。アイツは小早川先輩を見殺しにして、その所為で姉さんは責任を感じて……」

 

「もしあの事故について司波君に責任があるというなら、僕も同罪だ。僕はあの仕掛けに気づかなかった。僕も含めた技術スタッフ全員が同罪だよ。司波君だけの責任じゃない」

 

「姉さんにも分からなかったんです。五十里先輩に分かるわけ無いじゃないですか。アイツだからあの仕掛けに気づくことができたんです。あの人だってそう言ってたわ。それなのにアイツは、自分や妹には関係ないからって手を出さなかったんじゃないですか!」

 

 どうやら、平河の言うあの人というのが今回の黒幕に繋がる人物のようだ。それならば、次に接触するまで平河は泳がせておく方がいい。けれど、これ以上、無茶をやらかさないように釘くらいは刺しておくことにしよう。

 

「君は随分と勝手な理屈を言うんやね」

 

「何が勝手なんですか? 実際、アイツは何でもできるクセに自分からは何もしようとしなかったじゃないですか」

 

「できる、できない。する、しない。この間に差があることくらいも理解できんほど子供やないやろ。だから、ボクが言えるのは一つだけや。君がこれ以上、第一高校に迷惑をかけるんなら、ボクは君のお姉さんに、君のせいで妹が道を踏み外したと責任を感じてもらえるようにしたげるよ」

 

「なっ……」

 

 姉のことを持ち出せば、平河の表情が顕著に変化した。

 

「君のお姉さんは、自分の担当選手のことでさえ体調を崩すほど責任感が強い。なら、自分のせいで君が達也のことを逆恨みして第一高校のプレゼンを失敗させようとして、結果として君が退学になるかもしれへんと教えたったら、今度はどのくらい責任を感じてくれるやろうなぁ」

 

「プレゼンが失敗すればいいなんて考えていなかったって言ったじゃないですか」

 

「そないなもの、君が勝手に言うとるだけやないの。行動だけを客観的に見れば、君の行動は第一高校の技術スタッフ全員を逆恨みしたと取る方が自然や。君自身は退学になってもええて考えとるみたいやけど、君のお姉さんはどうかなぁ」

 

「ハイハイ、そこまで。ドクターストップよ。続きは明日にしてちょうだい。彼女の身柄は一晩、大学付属の病院で預かります。親御さんには私の方から連絡しておくから、貴方たちは準備に戻りなさいな。もう日が無いのでしょう?」

 

 もう少し追い込みたかったところだが、保健医の安宿に遮られてしまった。けれど、次の行動の指針は得られた。それなりの成果を得て市丸は保健室を後にした。

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