魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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克人との戦闘訓練

 論文コンペ本番まで、あと一週間と一日。

 

 プレゼンテーションのバックアップは全校一丸という体制になっていた。

 

 デモ用の装置の製作に携わっている者、舞台上の演出をプランする者、客席の効果的な応援を指導する者、移動手段や弁当の類いを手配する者……九校戦では出番の無かった生徒たちもその才を存分に発揮している。

 

 一方、体育会系の生徒たちも、自分たちの役割を果たす為、準備に余念が無い。普通に考えれば準備など必要ないはずの大物が率先して、万が一のトラブルに備えた訓練に汗を流していた。

 

 学校に隣接する丘を改造して作られた野外演習場。魔法科高校は軍や警察の予備校ではないが、その方面へ進む者も多い為、このような施設が多種多様に充実している。

 

 その人口森林の中で、吉田幹比古は息を殺して訓練相手の上級生を窺い見ていた。

 

 幹比古は木陰に身を潜め、相手は林間に開けた空き地にその姿を曝している。それ自体はこの訓練相手の部活連前会頭、十文字克人には普段のことだ。しかし、今日ばかりはその姿に緊張感が見て取れる。

 

 その理由が、幹比古の隣にいる九校戦の戦友二人の存在だ。その中でも主に警戒対象と思われるのが市丸だ。さすがの克人も市丸の存在は無視できないと見える。

 

 今回の論文コンペで克人は、九校が共同で組織する会場警備隊の総隊長を務めることになっている。他校の代表と会合を持つ傍ら、こうして自ら訓練の先頭に立つことで、警備部隊員に抜擢された生徒たちの士気を高めているのだった。

 

 幹比古がその練習相手に選ばれたのは、九校戦の活躍を見留められたからだ。練習相手の話が来た時には、危うく小躍りするところだった。一年生の、しかも二科生、何の魔法競技系クラブにも属していないとあれば、十文字家次期当主の練習相手など、こちらから頼んでも本来ならば実現は難しいところだ。

 

 そういえば、九校戦の出場の切欠となったのは、市丸が補充メンバーとして幹比古を選んだからだ。けれど、そもそも市丸はどうして幹比古を指名したのだろうか。

 

 克人は到底敵う相手ではないと分かっていたから、最初は精一杯闘って良い勉強をさせてもらう、というつもりだった。だが、現実に克人を前にすると放出されるプレッシャーに押し潰されそうだった。

 

 幹比古の心が弱いのではない。むしろ幹比古は、克人の放つ重圧によく耐えている方なのだろう。つい今しがた、五十嵐という百家本流の一年生が圧迫感に耐えかねて無謀な突撃を行い、返り討ちに遭ったばかりだ。

 

 そんな中でも幹比古が耐えられているのも、市丸の存在が大きい。市丸が余裕の表情のまま動きを見せていないのだから、きっと大丈夫と思えるのだ。

 

「さて、そろそろやな」

 

 克人一人に対して十人で始まった戦いが五十嵐の脱落により残り半分となったところで市丸が動き出した。市丸もまたこれまで姿を隠していた木陰から出て、堂々と歩み出す。

 

「ようやく出てくる気になったか、市丸」

 

「最初からボクが出ていったら、戦う気がある子らが参加できんようになるからね。さて、森崎、吉田。君らはちゃんと参加せなあかんで」

 

 二人の戦いを見守るのではなく、しっかりと参戦しろということだろう。幹比古は九校戦でも急遽召集されたため、市丸や森崎としっかりと連携訓練を行ったわけではない。それでも九校戦の際の打ち合わせを思いだしながら、市丸の歩みに合わせて右手を地面に押し付ける。

 

 地中を通した導火線を伝って、想子が呪陣へ送り込まれる。

 

 木の陰に隠れる前に設置した条件発動型魔法が、トリガーとなる術者のサイオン波動を受けてその効果を表した。

 

 克人を取り囲むように四つの土柱が噴き上がる。

 

 その柱は正確に東南、西南、西北、東北、即ち「地」「人」「天」「鬼」の四門を頂点とする正方形に配置されていた。

 

 次の瞬間、克人の立つ地面が擂鉢状に勢い良く陥没した。

 

 古式魔法「土遁陥穽」。

 

 自分が土煙に紛れて地中に隠れる術ではなく、敵に土砂を浴びせ穴に落とし、目くらましと足止めをして逃走の時間を確保する術式だ。だが、今日の土遁陥穽はただの目くらましを目的とした術式ではない。

 

 土煙を破って森崎の放った狙撃が克人の胸に飛来する。それは克人の防壁により防がれるが、無論、それで終わりではない。

 

 森崎の圧縮空気弾による狙撃が着弾するのと同時に、高速移動の魔法を使った市丸が克人の背後に現れ、手に持つ刀剣を一閃させる。しかし、それすらも克人は防いで見せた。

 

「へえ、その防壁魔法。全周囲に展開できるんやね」

 

 市丸と森崎の魔法は前後から同時に克人に殺到した。しかし、克人は視界を封じられた中で両方に完璧に対応をしてみせた。

 

「へえ、それじゃ、次はどこまで対応できるか試させてもらおか」

 

 市丸の姿が消え、今度は克人の右手に現れて刀を一閃する。それを防ぎつつ克人が防壁をぶつける形の反撃を加える。森崎がそれを牽制するために正面からの狙撃を行い、市丸は持ち前の高速移動で克人の攻撃を躱す。

 

 そして幹比古は克人の防壁魔法の範囲を確認するために雷童子で攻撃する。その結果として、克人の防壁魔法は前後左右だけでなく上方に対しても発動していると判明した。ならば最後は下方だ。

 

 地面に手をつき、泥濘の魔法を使って克人の足を絡み取りにかかる。障壁魔法は自分の周囲に壁を展開するという性質上、通常は接地面を対象とした魔法には対応が難しい。だが、克人の障壁魔法は足元にも効果範囲があった。泥沼と化した地面の上に障壁を展開し、その上に克人は悠然と立っていた。

 

 その間にも市丸は高速移動の魔法を駆使して前後左右に加えて、上方からも攻撃を仕掛けている。しかし、それでも克人の防壁は破れない。

 

「多方向から攻めても無駄ゆうことか。それじゃ、次は最高速を試させてもらおか」

 

「俺がお前たちの実力を試すつもりだったのだが、いつの間にか市丸に俺の実力が計られる側になっていたのだな」

 

 克人がぼやく中、市丸が足を止めて刃を振るい始める。市丸の刃に対応するため、今の克人は物理障壁のみを連続で生成している。幹比古は森崎と視線で合図を交わして魔法攻撃の準備を始めた。

 

 準備する魔法は隠蔽性も重視して得意としている雷童子だ。一方の森崎は物理障壁魔法を使用させるために林の中に存在する枝を魔法で射出した。側面からの森崎の攻撃は、克人の障壁魔法で防がれる。しかし、幹比古の雷童子は簡単に防ぐとはいかなかった。魔法の発動に気付いた後で慌てて展開した障壁でなんとか防いでいた。

 

「ええ判断や、吉田。射殺せ、神鎗!」

 

 魔法障壁を展開するため、僅かだが物理障壁の展開が遅れた隙を狙い市丸が固有の魔法を使う。急速に伸びた刃は克人の障壁複数枚を纏めて破り、克人の直前にまで到達した。

 

「縛道の六十一、六杖光牢」

 

 そこに市丸が得意とする捕縛術が叩き込まれた。さすがの克人もそれは防ぎきれずに光の帯の虜囚となる。

 

「まさか本当に俺の障壁を突破するとはな」

 

「そないなこと言って、君も本気やなかったやろ」

 

「当然だ。こんなところで魔法の過剰使用はしない」

 

 無理な魔法行使をすると、魔法演算領域が損傷することがある。さすがにこのような仲間内の演習でそこまでする必要はない。

 

「しかし、吉田は九校戦から急激に伸びたな」

 

「達也が僕の魔法を改良してくれたお陰です」

 

「いかに魔法を改良したとして、魔法の巧さまで上達するわけではない。吉田の実力が上達したのは、強敵との戦いを経て視野が広がったためだろう」

 

 以前の幹比古は自分だけで何かを為そうとする癖があった。しかし、市丸という自分より遥かに格上の強者と一緒に戦ったことで、どうすれば戦況を好転させるための支援を行うことができるかを考えるようになった。他者の援護をするためには、その他者の観察が欠かせない。それが視野を広げるということになったのだろう。

 

 自分の実力が確かに上がっているという実感を得て、幹比古は満足を得て、会場警備のための訓練を終えた。


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