魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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平河千秋への刺客

 日曜日、市丸は国立魔法大学付属立川病院の病室の中で暇つぶしの読書に勤しんでいた。国立魔法大学付属立川病院は第一高校の論文コンペに対して妨害を仕掛けようとした平河千秋の入院先だ。平河が何者かから偽情報を吹き込まれていたことは、彼女の発言から明らかであったため、市丸は必ず敵が平河を口封じに動くと考えて警戒していた。

 

 平河の入院した木曜日の夜から金曜日は学校を休んで一日中。土曜日も十文字との訓練の時間以外は全て護衛の名目で平河の真上の病室を空けてもらい、警戒を行っていた。そうして今日、ようやくその警戒が実ろうとしていた。

 

 突如として鳴り響いた非常ベルの音。しかも、それは暴力行為対策警報だった。暴力行為対策警報とは、暴力行為、犯罪行為に第三者が巻き込まれない為の警報であると同時に治安維持の為の協力者を募る合図でもある。

 

 それは、誰かが病院内の者に危害を加えようとしているということに他ならない。危害が加えられようとしているのが誰かは明らかだ。気になるのは、誰が警報を鳴らしたのかということだが、市丸の技能ではそれを探ることはできない。ひとまずは平河を害そうとしている者の対応に集中する。

 

 ちょうど一人、平河の扉の前に立ち止まった者がいる。この状況で平河の元を訪れるのは十中八九、刺客と考えてよいだろう。市丸は床を切り裂き、平河の病室内に着地する。

 

「い……市丸ギン!?」

 

 平河が驚いた声を上げるが、今は構っている暇はない。扉を破って侵入してくるであろう何者かに備える。が、その前に平河の病室に侵入してこようとする者に対して対峙した者がいるようだ。

 

「人喰い虎……呂剛虎! 何故ここに!?」

 

「幻刀鬼、千葉修次」

 

 どうやら、襲撃者の名は呂剛虎、援軍として駆けつけた者の名は千葉修次らしい。どちらも互いの名を知っていたということは、それなりに高名な二人なのだろう。というか、援軍の方は千葉という姓ということは、千葉エリカの親族ということだろうか。

 

 霊圧から考えると刺客の方がやや上といったところだろうか。しかし、霊圧の強さと魔法技能は必ずしも一致しない。ここで無意味に千葉を失うのは損失しかない。市丸は扉を切り裂いて破壊して病室の外に出た。二人がともに驚いているのが目に入る。

 

「ボクのことは気にせんといて。しばらく二人で遊んどいてええよ」

 

 視界に入っている状態なら介入するのは難しいことではない。呂という名の襲撃者を捕らえるのは、二人の技能を見せてもらってからでも遅くはないだろう。

 

「君、逃げられるとは思わんことや。君が生き残るためには、そこの子を倒した後で、ボクを倒すしかあらへんで」

 

 市丸の言葉を聞いた呂は戸惑いが強く見える。それに対して千葉の方は市丸が援軍と理解したのだろう。刃渡り十五センチほどの刃が飛び出る棒を懐から取り出すと、呂へと斬り込んでいった。

 

 一方の呂剛虎は無手の構え。市丸のことを気にして少しばかり出遅れたが、千葉の手に握られた刃を恐れる色も無く一直線に突進する。

 

 二人の距離が太刀の間合いに入った瞬間、千葉が右手を振り下ろした。

 

 短刀は届かない距離。であるにも関わらず呂は頭上に左手をかざした。

 

 短い刃の延長線とかざした左手の交差点で重い音が鳴った。千葉の刃は呂に届いてはいない。届いたのは千葉が短刀を起点に作り出した極細の斥力場だ。

 

 だが、その刃は呂に打撃を与えることはできていない。呂は身体の表面に鋼よりも硬い鎧を展開して千葉の攻撃を防ぎ切った。

 

「はっ、随分と弱い防御魔法やな。期待外れやったか」

 

 呂の魔法は一般的な魔法師にとっては十分な防御魔法だろう。だが、破面の鋼皮に比べればお粗末もいいとこだ。

 

「少しばかり試させてもらおか」

 

 市丸の参戦の気配がわかったのか、呂が千葉から距離を取って警戒態勢を取る。千葉も下手に加勢をしない方がいいと感じたのか、距離を詰めることなく見守っている。

 

「しっかりと避けえや」

 

 瞬歩で距離を詰めつつ、始解前の神鎗を一閃させる。危険を感じ取ったのか、呂は防御ではなく回避を選択した。この相手からは、まだ聞き出さなければならないことがある。初めから重傷を与えるつもりはなかったとはいえ、呂の回避はなかなかだった。市丸の振るう刃は呂の胸を浅く切り裂いただけだった。だが、予想どおり防御が抜けることはわかった。

 

 市丸の速度と剣の威力に呂の顔に焦りが浮かぶ。接近戦に自信があるのなら、なおさら自身と市丸の力量差に気付いたはずだ。

 

「心配せんでも、君の実力はわかったからね。しばらくはそっちの子に任すわ」

 

 接近戦ならば相手がかなりの実力者でも市丸の方に分があることがわかった。それだけわかれば今のところは十分だ。しばらく千葉の技能を観察させてもらうとしよう。

 

「市丸!? 何をしているんだ?」

 

 呂に背を向けて、悠々と歩いて距離を取っていた市丸に対して驚きの声をあげたのは渡辺だ。

 

「前風紀委員長さん、この相手は君には少しばかり荷が重そうや。しばらく外から見といた方がええで」

 

 言いながら、引き続きゆっくりと歩いて遠ざかる市丸の背に、呂は攻撃を仕掛けてくることはなかった。もし仕掛けてくるようなら、腕の一本くらい切り飛ばそうと思っていたので、正しい選択だ。

 

「なんだか、やりにくいことこの上ないな」

 

 言葉どおりに釈然としない様子ながらも千葉は再び闘志を高めると、呂へと斬りかかる。二人の対決は先ほどまでと少しばかり異なる展開となった。少し遠い間合では分が悪いと悟った呂は千葉の懐に踏み込み、腕を突き出す。

 

 突き出された呂の右腕に千葉が短刀を振り下ろす。だが、十五センチの刃は、腕に巻き付く螺旋の力場に弾かれる。

 

 千葉の身体が川の流れに浮く木の葉のようにフワリと揺れた。呂の突きを躱した体勢のまま、千葉は窓際まで後退する。

 

 すかさず突き込まれる呂の指を身体ごとスライドさせて逃れ、千葉は大きく距離を取る。呂は千葉に体勢を立て直す時間を与えないよう、拳、掌、熊手と手の形を様々に変化させ、更には肘、肩、体当たりまで混ぜて怒涛の勢いで攻め立てる。速度自体は市丸には及ばないものの、呂の白打の技能自体は市丸を遥かに上回るものだ。

 

 体格の違いもあるため、そのまま自身に応用できるものではない。だが、それでも大いに参考になるものだった。逆に千葉は技能だけで見れば呂よりも上であるものの、市丸自身の剣術技能が高いこと、また斬撃が主体で突き主体の市丸とは戦法的に合わないこともあり、あまり参考にはなりそうもない。

 

 立て続けの攻撃を受けてなお、千葉はクリーンヒットを許していない。呂にとって、この場の敵は千葉だけではない。市丸の存在を気にしてか呂の顔に焦りが浮かんでいる。

 

 呂が腕を風車の如く回転させて打ちかかった一撃を、千葉は右の手刀を合わせて軌道を逸らした。千葉の右手に握られていた短刀は左手に移っている。

 

 千葉はその刃を呂の脇腹に突き込んだ。今の呂の身体は腹部が軸となっていて千葉の刃を避けられない。それでも身体を捻り内臓深く差し込まれることを回避する。千葉の短刀は呂の脇腹を深く裂いて突き抜けた。

 

 手負いとなった呂だが、攻撃の勢いは衰えない。むしろ壁をも使った三次元的な機動で負傷前を上回る勢いで千葉に迫る。呂の傷は浅くない。短期決戦しか勝機はないので仕方がないとはいえ、このままではどちらかが致命傷を負う可能性がある。

 

「縛道の六十一、六杖光牢」

 

 千葉が大きな怪我を負うのも単なる損失なら、呂が死亡するのも情報源が失われるという点で好ましくない。介入を決めた市丸は、最近、多用している縛道で呂を拘束する。

 

「これは、君の魔法か?」

 

「ああ、そうやで。先にこの子の意識を奪っておくから、ちょっと待っといてな」

 

 これまた多用させられている白伏で呂の意識を奪う。

 

「さて、それでこの子をどうするかやけど……」

 

「それなら僕が預かろう。僕は防衛大の所属で、軍には知り合いが多いから」

 

「それなら君に任せるわ。ちゃんと背後まで含めて聞き出すんやで」

 

 本当なら自身の手で多少の尋問を行いたかったところだが、やむを得ない。市丸は昏倒している呂を千葉に任せて今日は家路についた。

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