魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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論文コンペの警備

 一○月二九日、土曜日。この日の授業はどのクラスも自習状態だった。元々実習以外は自習のようなものであり、二科生は実習も半分自習みたいなものなので、いつもと変わらないといえば、それほど変わらない。とは言っても、普段の授業中はこれ程までは騒がしくない。

 

 実習で時々爆発音が轟いたりするから「いつもならば静まり返っている校内」というと誇大広告になってしまう。だが、いつもは騒ぎが起こるにしても、もう少し秩序立っている。無秩序なざわめきは、明日に迫った論文コンペ本番へ向けての最終チェックの音だ。

 

 しかしその中で、当事者であるはずの達也は、教室の端末で黙々と課題を進めていた。

 

 昨日までの時点で、第一高校内の本当の間者であった関本という上級生を捕らえることができた。そして、平河千秋を害すために侵入した呂剛虎という大亜連合のエースを捕らえることもできた。今のところ妨害は上手く排除できている。その意味では昨日までのような緊張感は持たずにすむ。

 

 それにしても、呂剛虎といえば、対人近接戦闘において世界で十指に入ると称される大亜連合の白兵戦魔法師だ。それを市丸は赤子の手をひねるかのようにあしらったという。市丸の戦闘力は達也の想像を超えているのかもしれない。

 

 そんなことを考えながらも課題を進め、一時限目が終わったところで軽く伸びをしていると、前から声を掛けられた。

 

「達也くん、明日は何時頃会場入りするの?」

 

 名前を呼んできたエリカは努めてさり気ない様子を装っているが、隣で聞き耳を立てているレオのおかげで台無しだ。

 

「八時に現地集合、九時に開幕だ。開始三十分間はセレモニーでプレゼンは九時半からだ。持ち時間は一チーム三十分でインターバルは十分、午前四チームで昼食休憩が十二時から一時まで。午後五チームでプレゼンの終了時間が午後四時十分。その後、審査と表彰があるため終了予定時間は午後六時だな」

 

「……えっと、それで当校の出番は何時からなの?」

 

「一高は最後から二番目、午後三時からだよ」

 

 エリカとレオは明らかに第一高校の警備に参加するつもりでいる。

 

「ところで、どうしてそんなことを?」

 

「あのよ、その見張り番、オレたちにも手伝わせてくれねえ?」

 

「それは構わないが……何故そんな面倒なことをわざわざ自分からやりたがるんだ?」

 

「いや、まあ、なんだ……せっかく特訓したのに出る幕の無いまま終わっちまうのは、何となく悔しいから……だな」

 

「学校を休んでまでコイツをしごいたのに、出番がないまま事件は解決してました、なんてバカみたいじゃない?」

 

 目を合わせないまま、不機嫌な声でエリカが補足する。せっかくの特訓の成果を生かしたいとレオは言っていたが、警備というものは特訓の成果が出ない方が望ましい仕事だ。だが、軍や警察関係者に知り合いが多いエリカなら、それくらいわかっているはずだ。

 

「まあ、どんな動機にせよ、人手が多い方が助かるよ。それに、もう何も起こらない、と決まったわけでもないしな」

 

「えっ? 事件は解決したんじゃなかったのかい?」

 

 いきなり、聞き耳を立てていたとしか思えないタイミングで幹比古が乱入してきた。

 

「事件が起きるのは一度に一つ、なんて決まりはないぞ?」

 

 事件の首謀者と思しき人物として聞いた、陳祥山という者はまだ捕まっていない。そのことを達也は仲間たちに話していない。これから打ち明けるつもりも無い。だからこの答えは一般論でしかないが、今のところそれで十分だと達也は考えていた。

 

「それに論文コンペが狙われるのは毎年のことだそうだ。当日の帰り道に狙われた例もあるらしい。だったら本番前に起こった事件が解決したからといって、本番に別の事件が起こらないとは限らないだろう?」

 

「そうか……そうだね。だったら、僕にも見張り番の手伝いをさせてくれないかな」

 

「ああ、頼りにしてるよ」

 

 首謀者が捕らえられていないということもだが、そもそも大亜連合のエースである呂剛虎が第一高校へのスパイ活動のためだけに投入されるとは考えにくい。また、どちらかといえば戦闘員と考えられている呂剛虎だけが投入されるということもないだろう。他にそれなりの人数が入り込んでいると考えた方がいい。

 

「や、襲撃者に対しての相談は進んどる?」

 

 そう言いながら入ってきたのは市丸だ。

 

「何かあったのか、市丸」

 

「注意しておかなあかんかな、と思うことがあってな」

 

「何があった?」

 

「平河千秋に何者かが接触したみたいや」

 

 市丸によると、今日の午前中、市原鈴音は平河の病院を訪ねたそうだ。その際に市丸は平河の意識に僅かの乱れを感じたということだった。

 

「意識の乱れっていうのはどういうことなんだ?」

 

「詳しくは言えへんけど、ボクって相手の意識が明確かどうかは少しだけわかるんや」

 

 市丸は戦闘以外にも妙な魔法を使えるようだ。相変わらず底が見えない。

 

「それで、平河千秋の状態はどうだったんだ?」

 

「意識に働きかける何らかの術が使われたのは確かやと思うけど、それ以外に関しては保健医の安宿によると、心的外傷性意思疎通障碍やそれに類する症状は見られないって言うとったな」

 

 自身が入院している病院が襲撃されて命が狙われたとなれば、動揺していても不思議ではないが、意外と肝が据わっているのか。それとも市丸の言う意識に働きかける魔法の影響だろうか。

 

「そういえば、市原先輩はどうして平河千秋の病室を訪問したんだ?」

 

「んー、簡単に言うと、平河千秋へのアドバイス、てことになるかな」

 

 市丸の説明によると、鈴音は千秋に奮起を促すために一学期の定期考査の魔法工学の筆記試験で学年二位であったこと、達也がソフトウェアに比べてハードウェアは得意としていないことを指摘した。更には千秋ならハードウェアで上回ることができると発破をかけたということだった。

 

 それ自体は問題ない。それより問題は千秋に話した鈴音の達也の評価だ。

 

 いわく、達也は尊大な人間で、その他大勢がいくら泣こうが喚こうが、気に掛けず、同情どころか嘲笑う手間すら掛けない。嫌がらせを受けても五月蠅げに払い除けるだけ。虻蚊に集られるのと同じと言ったらしい。

 

 それを聞いたエリカとレオが爆笑していたのは怒った方がいいのだろうか。そして、必死に笑いをこらえている幹比古に対しても何か言った方がいいのだろうか。何より、人の悪い笑みを浮かべている市丸に対しては絶対に後で何か言ってやろう。

 

「あ、ちなみに市原はあの子に対して明日、会場に来るように言うとったで。精々、ええ囮になってくれたらええな」

 

「市丸、俺に対して性格が悪いとか言ってる暇があったら、自分の性格について見直したらどうなんだ?」

 

「ボクの性格は例え死んでも変わらんと思うなぁ」

 

 そう言った市丸の表情は、どこか遠くを見ているように見えた。

 

「ああ、言うとくけど、あの子に言うたことで市原に何か言うたらあかんで。あれで、結構、気にしていたみたいやからな」

 

「気にしていた?」

 

「市原が自己嫌悪に陥ったのは平河を利用しようとしたからやな。九校戦の折に一年生に技術者が不足していることに気付かされたことから、第一高校の技術者の層を厚くするために平河は必要と考えたようやな」

 

 どうやら鈴音の第一高校に対する思いは達也が考えていた以上に強いものだったらしい。その鈴音が魔法師の未来を見据え、万全の態勢で発表に臨もうとしているのが今回の論文コンペだ。

 

「やっぱり今回の論文コンペの警備は俺たちも参加させてもらうぜ」

 

「ああ、頼りにしているよ、レオ。ちなみに市丸はあまり張り切らないでいいからな」

 

「えー、ボクだけ扱いが酷うない?」

 

「お前に本気で暴れられたら、却って事態が悪化する気しかしない」

 

 市丸の全力は未だに底が見えない。そんな市丸が全力で暴れたら建物の一つや二つくらいなら崩壊しかねない。

 

 達也の本気の注意を市丸はいつもの理解しているのか理解していないのかわからない薄い笑みで聞いていた。

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