魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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森崎駿

 森崎駿は森崎家本家の一人息子だ。

 

 森崎家は百家の中でも「数字」を持たない支流の家柄で、魔法力自体は平凡だ。けれど、それを威力や難度を度外視しても、とにかく魔法を早く発動させるという目的に特化した「クイック・ドロウ」という技術をもって確固たる地位を得ている。

 

 この技術でもって「手ぶら」の状態から素早く武器を手にして襲撃者を撃退することができる。これは武器を誇示することを嫌う日本にはうってつけの技術で、森崎家は民間資産家階級の警備において社会的にも高く評価されている。

 

 森崎自身も後方から周囲に目を配るという形で、壁役ではないもののボディーガード業務に参加している。実践の場すら、既に数多くこなしてきた。それは森崎にとって確かな自信の一端になっていた。

 

 しかし、今日の昼食時、その自信は粉々に砕かれた。一科生ながら二科生側に立ったように見えた同じ一年生の市丸は、森崎を完全に雑魚として扱った。あろうことか、同じ一科生同士でも、市丸と森崎の間には明確な差があり、自分から見れば二科生と変わらない、とまで言い切ったのだ。その発言は口先だけのものではなく、本当にそう考えているのがありありと見て取れた。

 

 何よりも許せなかったのが最後の一言だ。市丸はよりにもよって森崎家が心血を注いで得た力をもって、評価を受けてきた家業を愚弄した。

 

 沸々と煮えたぎる怒りは到底、収められるものではなかった。そして、それが原因で次のトラブルを引き起こしてしまった。

 

 きっかけは、授業後の時間を使用して今度こそ司波深雪と親交を深めようとしたところ、昼間にも見た二科生たちに邪魔をされたことだ。正確には司波深雪自身が森崎たちとの交流より二科生たちと帰宅することを選んだのだが、二科生たちによって交流の時間が奪われたという結果は変わらない。

 

「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」

 

「ハン! そういうのは自治活動の中でやれよ。ちゃんと時間がとってあるだろうが」

 

 猛反発をする森崎のクラスメイトと、それに正論でもって、挑発をするような発言を返す二科生たち。初めは少し外で見ていた森崎も、一科と二科の差など気にせず主張を返す二科生たちに次第に苛立ちを深めながら輪の中心に入っていく。

 

 そして、言い争いの中で決定的な一言が放たれた。

 

「同じ新入生同士じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですかっ?」

 

 お前たちも、一科と二科の間には、自分たちの間には差などないと主張するのか。あの市丸のように。

 

「だったら教えてやる!」

 

 消化しきれていなかった昼間の怒りを加え、森崎は自らの価値を確認するために愛用の特化型CADを抜いた。

 

「あァ、こらあかん」

 

 その瞬間、輪の外から、どこか暢気にも聞こえるそんな声が響いて……気付いたときには森崎の肘から先はなくなっていた。

 

「うわあぁあぁああ!」

 

 一拍遅れて腕から血が噴き出し、同時に襲ってきた痛みに森崎は絶叫する。

 

「あかんなぁ……自衛目的以外の魔法による対人攻撃は犯罪やで」

 

 いつの間にか森崎の目の前に立った市丸が人の腕を切り落としたとは思えない調子で諭してくる。

 

「お、お前こそ、こんなことしていいと思っているのか……」

 

「ええに決まっとるやないの。ボクはあくまでこの子らの身を守るために行動しただけなんやから」

 

 今、俺は腕から大量に出血しているんだ。こんなときに、そんなことを議論している場合じゃないだろ。

 

 心の中での罵声も、音になって口からは出てくれない。そんな中、森崎を救う指示を出したのは司波深雪の二科生の兄だった。

 

「深雪、森崎の止血を頼む」

 

 兄の言葉を受けて司波深雪が傷口を凍らせるという、やや荒っぽい手段ながら出血を止める。そこでようやく森崎は市丸の顔を見ることができた。そうして、その顔が平時と同様の薄い笑みを浮かべているのを目撃した。

 

「こんなこと、許されるわけがない」

 

 震える声で一人の女子生徒が指摘する。

 

「許されるに決まっとるやないの。ボクはただ人の命を救っただけなんやから」

 

 けれど、市丸はそれを意に介した様子なく受け流す。

 

「森崎はウィードを殺そうとまではしていない」

 

「殺そうとしたやろ。殺傷力の高い特化型CADで魔法を使おうとしたんやから」

 

「それでも命までは奪おうとしていない」

 

「命を奪わなくとも魔法は失う可能性は高かったんちゃうん。それとも君らにとって魔法はその程度のものなん?」

 

 魔法に対して誰よりも誇りをもっているのが一科生だ。ここで魔法などたいしたものではないとは言えない。

 

「市丸、お前が森崎の腕を斬らなくとも、俺たちに被害はでなかった。エリカがすでに森崎のCADを弾く直前だったし、レオも動き始めていた。お前の行動は無意味に被害を広げただけだ」

 

「そうなんや。君らを救うことに夢中で気付かへんかった」

 

 司波兄の言葉は森崎にとっては衝撃的なものだった。市丸が気付かなかったという発言については、おそらく嘘だ。

 

 その上で、市丸は間に合ったということを否定しなかった。それは、森崎本家の出身である自分のクイック・ドロウに二科生が追い付いていたということだ。

 

「魔法が大事だと知っていて、俺の腕を切り落としたのか! ふざけるな! これでは魔法師として死んだも同然だ」

 

 利き腕を失って、それでも続けられるほど魔法師の仕事もボディーガードの仕事も甘いものではない。自分はもう魔法師としては終わりだ。そんな思いが知らず、口を突いて出ていた。

 

「あ、そ。それじゃ、介錯してあげよか」

 

 え、と思って顔をあげた時には、すでに市丸は刀剣型のCADを振りかぶっていた。森崎はへたり込んだ状態で、とてもではないが避けられない。

 

 ああ、自分はここで死ぬのだ。そう理解すると同時に、先ほどまで魔法師としての死は、実際の死と変わらないと思ったのが嘘だと知った。今、自分は死に恐怖している。

 

 森崎の命は風前の灯火だった。けれど、市丸の刃が振り下ろされることはなかった。

 

 市丸の刃は胸の前で横に移動している。その刃が受け止めているのは二科生の少女が振り抜いた伸縮警棒だ。

 

「あれ、君が邪魔するん。君ら、この子のこと嫌いやなかったん」

 

「さすがに目の前で人が殺されそうになってるのを放っておくわけにはいかないでしょ」

 

「ふうん、けど、ボクの邪魔をするんなら、怪我するで」

 

 一度、刃を引いた市丸が少女に向けて片手での突きを放つ。少女は伸縮警棒で弾こうとするが、躱しきれずにジャケットを切り裂かれた。魔法科高校の女子の制服はお世辞にも活動のしやすい服装ではない。動きにくそうにする少女をいたぶるかのように、市丸は右肩を突いたかと思えば左腿を狙うなどして、その体に無数の浅い傷を作っていく。

 

「君じゃボクには勝てへんのはわかったやろ。そろそろ引いたらどうなん」

 

「言ったでしょ。人が目の前で殺されるのを黙って見ているつもりはないわ」

 

「そうなん。じゃあ、もう容赦はなしや」

 

 市丸から重い空気が発せられる。本当に体が重くなったようにすら感じるほどの濃密な空気だった。魔法など使用せずとも、相手の動きを制限する。これが強者の殺気というものなのだと、森崎は理解した。それでも少女は市丸への対峙をやめようとしない。自分のために命をかけて戦ってくれようとしている。

 

「うおおおっ! パンツァァー!」

 

 そればかりか森崎たちと激しく対立していた司波兄ではない方の二科生の男子も硬化魔法を纏って市丸へと殴り掛かっていた。

 

「へえ、君も邪魔をしてくるんやね」

 

「ああ、放ってはおけないからな!」

 

「けど、二人でもボクには勝てへんで」

 

「そうだな。けど、四人ならどうかな」

 

 司波兄の言葉に周囲を見回すと、司波兄妹も市丸に向けてCADを向けていた。そこから一瞬遅れて、ようやく一科生たちもCADを構えた。

 

「はぁ、さすがにこれは分が悪いみたいやね。やめや」

 

 それを見て、市丸がようやく刃を引いた。

 

「それじゃ、お大事にね」

 

 ひらひらと手を振り、何事もなかったかのように市丸が去っていく。

 

「ありがとう、二科生の皆。俺の命が助かったのは、皆のおかげだ。もう会うことはないだろうけど、感謝は忘れない」

 

「いいえ、森崎さん。もう会えないなんてことはありません」

 

「ありがとう、司波さん。けれど、片手では魔法師としては駄目だ」

 

「いいえ、森崎さん、腕は綺麗に切り落とされていましたし、切られた腕は私が凍結処置をしてあります。すぐに手術をすれば、縫合は可能なはずです」

 

 それは、まだ魔法師を続けられるということだろうか。

 

「あなたたち、これは何の騒ぎですか!」

 

「あれは、風紀委員長か。森崎、ここは俺たちに任せてお前は治療に向かえ」

 

「森崎君、うちの車を呼んだから使って。病院も知り合いを手配する」

 

「お前は確か北山……だったか。恩に着る」

 

 多くの人に助けられて、森崎の縫合手術は上手くいった。しばらくはリハビリが必要だが、時間をかければ魔法師として働くことができるということだった。

 

 市丸の言ったとおり、一科とか、二科とかはそれほど大きな違いではないのかもしれない。少なくとも、自分の危機に真っ先に動くことができたのは二科生たちだった。

 

 家業のボディーガードを大切に思うなら、それに見合う技能を得なければならない。そんなことを、森崎は手術後の病院のベッドの上で考えていた。

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