魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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達也の出陣

 北山雫の案内で論文コンペの会場である横浜国際会議場のVIP会議室に到着した達也は、早速、教えられたアクセスコードを使ってモニターに警察のマップデータを表示した。海に面した一帯が危険地帯を示す真っ赤に染まっている。そして、達也たちが見ている間にも赤い表示は内陸部へと拡大している。

 

 敵の具体的な数は分からない。だがこの進行速度から見て、相当の規模の兵力がつぎ込まれていることは間違いないように思われる。少なくとも数百人規模、六百人から八百人の、大規模な兵員が投入しているのではないかと達也は推測した。予想を超えて悪化している状況に達也は顔を顰めた。

 

「改めて言わなくても分かっているだろうが、状況はかなり悪い。この辺りでグズグズしていたら国防軍の到着より早く敵に補足されてしまうだろう。だからといって、簡単には脱出できそうに無い。少なくとも陸路は無理だろうな。何より交通機関が動いていない」

 

「じゃあ、シェルターに避難する?」

 

「それが現実的だろうな……」

 

 幹比古の提案に頷きはしたが、それが最善手であるという確信まではない。

 

「じゃ、地下通路だね」

 

「いや、地下は止めた方が良い。上を行こう」

 

「えっ、何で? ……っと、そうか」

 

 理由を説明する前に納得顔を見せたエリカは、さすがは実戦魔法の名門出身だ。

 

「それと少し時間をもらえないか? デモ機のデータを処分しておきたい」

 

 その場の全員の同意を得てエレベーターホールからステージ裏へと回る通路で、先頭を行く達也は服部と風紀委員の沢木を従えた十文字克人に出会った。

 

「お前たちは先に避難したのではなかったのか?」

 

「念の為、デモ機のデータが盗まれないように消去に向かうところです」

 

「しかし他の生徒は既に地下通路に向かったぞ」

 

「地下通路ではまずいのか?」

 

 最初の服部の言葉に眉を顰めた達也の表情の変化を鋭く見て取り、沢木が訊いてくる。

 

「まずいという程のことは……ただ地下通路は直通ではありませんから、他のグループと鉢合わせる可能性があります。地下通路では行動の自由が狭まります。逃げることも隠れることもできず、正面衝突を強いられる可能性も。そう考えて自分は地上を行くつもりだったんですが」

 

「服部、沢木、すぐに中条の後を追え」

 

 指示を受けた二人が勢い良く駆け出すのを見送ると、克人は達也を見下ろした。その視線には、軽い非難の色が混じっていた。それには反論せず、達也たちは克人を先頭にしてデモ機が設置されたステージ裏へと戻る。

 

 デモ機が放置されたステージ裏へ戻ると、鈴音と五十里がデモ機をいじっていて、それを真由美、摩利、花音、桐原、沙耶香、明智、そして市丸が取り囲んで見守っていた。

 

「遅かったやない。戦況はどうなっとる?」

 

「そう言う市丸は正面入口を守っているんじゃなかったのか?」

 

「付近の敵は片付けたから戻ってきたんや。今回は敵が正規兵やないから楽なものやな」

 

 達也自身も魔法を使って確認してみるが、市丸の発言は事実だった。付近に敵と思われる生存者はいない。市丸はあっさりと言ったが、完全武装に近いゲリラたちを掃討するのは並の魔法師では不可能だ。今回の敵は戦時国際法下の兵士に当たらないと解釈して敵を容赦なく殺害したと思われることも含めて、やはり市丸は脅威的だ。

 

「七草たちは避難しなかったのか」

 

「リンちゃんや五十里くんが頑張っているのに、私たちだけ先に逃げ出すわけにはいかないでしょう?」

 

 達也の言いたかったことは克人が代弁してくれたが、当然のように返されてそれ以上は何も言えなくなってしまう。

 

「ここは僕たちがやっておくから、司波君は控え室に残っている機器の方を頼めるかな」

 

「もし可能なら、他校が残した機材も壊してちょうだい」

 

 五十里と花音から依頼を受けて、達也は深雪を伴って他校の控え室を回って機材を破壊してから第一高校の控え室に向かう。そのときには、第一高校の機材の処理を終えた他の者も戻ってきていた。

 

「さて、これからどうするか、だが……避難船はいつ到着する?」

 

 摩利から出された質問というより確認の言葉に、真由美は言いにくそうな顔で答えた。

 

「沿岸防衛隊の輸送船はあと少しで到着するそうよ。でも、避難するために集まった人数に対して収容力が十分とは言えないみたい」

 

「シェルターに向かっていた中条さんたちの方は、残念ながら司波君の懸念が的中したようです。途中でゲリラに遭遇し、足止めを受けています。ただ敵の数は少ないらしく、もうすぐ駆逐できる、と中条さんから連絡がありました」

 

 真由美の後を、鈴音がそう引き継いだ。

 

「状況は聞いてもらったとおりだ。中条が向かったシェルターの方はどの程度余裕があるのか分からないが、船の方はあいにくと乗れそうにない。こうなればシェルターに向かうしかない、とあたしは思うんだが、皆はどう思う?」

 

 真由美、摩利、鈴音。五十里、花音、桐原、紗耶香。達也、深雪、エリカ、レオ、幹比古、美月、ほのか、雫、明智、そして市丸。

 

 この場に残っているのは、この十七人。これに逃げ遅れた者がいないかどうかの確認をしている克人を加えた十八人が横浜国際会議場に残る第一高校生全員だ。

 

 皆から摩利の意見への反対はあがらなかった。意見が纏まりかけたとき、達也は強烈な危機感に曝されて「視野」を壁の向こうへ拡張した。そうして気付いたのは、大運動量の物体が突っ込んで来ているということだった。

 

 この瞬間、装甲板で鎧われた大型トラックの突入に対応できるのは、達也の魔法だけ。

 

 高さ四メートル、幅三メートル、総重量三十トン。

 

 そこに装甲板の重量を更に加えた大型トラックを丸ごと照準に収めて、壁の向こうに達也は分解魔法「霧散霧消」を発動した。

 

 一瞬で、塵となって消えるトラック。

 

 消えてしまった運転席から放り出され、地面を転がって壁面に激突するドライバー。

 

「……今のなに?」

 

 恐る恐る訊いて来た真由美に、達也は舌打ちしたい気分だった。懸念したとおり、真由美は今の光景を見ていたらしい。そして、より問題なのは市丸もトラックの消失に気付いているような気配があることだ。ただ、市丸の方は何らかの異変には気づいているものの、正確な状況把握はできていない様子だ。

 

 ただ、幸いなことに達也が真由美の質問に答える必要はなかった。

 

「お待たせ」

 

 急に外から声を掛けてきたのは藤林響子だった。続いて風間玄信と会場内も見回っていた克人も入室してくる。

 

「特尉、情報統制は一時的に解除されています」

 

 風間の隣に立った藤林が達也にそう言葉を掛ける。

 

「国防軍少佐、風間玄信です。訳あって所属についてはご勘弁願いたい。藤林、現在の状況をご説明して差し上げろ」

 

「我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が当地に急行中。魔法協会関東支部も独自に義勇軍を編成し、自衛行動に入っています」

 

「ご苦労。さて、特尉。現下の特殊な状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中だった我が隊も防衛に加わるよう、先程命令が下った。国防軍特務規則に基づき、貴官にも出動を命じる。続いて、国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であるとご理解されたい」

 

「すまない、聞いてのとおりだ。皆は先輩たちと一緒に避難してくれ」

 

「特尉、皆さんには私と私の隊がお供します」

 

 軽く頭を下げた達也に、藤林が口を添えた。

 

「護衛が後ろにおるなら、ボクは安心して敵の排除に専念できそうやな。護衛は任せてもええか?」

 

「ええ、お引き受けします」

 

 普通なら民間人である市丸は他の第一高校生と同じく守られる対象だ。けれど、おそらく市丸の戦闘力は独立魔装大隊の面々をも上回る。それを風間たちも認識しているということだろう。

 

「それでは、藤林少尉、よろしくお願いします」

 

「お兄様、お待ちください」

 

 達也の背中を思い詰めた顔で呼び止めたのは、妹の深雪だった。

 

 深雪は達也の目の前に立つと、手を、頬に差し伸べた。

 

 深雪はそのまま腰を屈め、兄の額に、接吻る。

 

 変化は、唐突に、訪れた。

 

 激しい光の粒子が、達也の身体から沸き立った。

 

 光子ではない、物理以外の光を纏う、魔法の源となる粒子。

 

 あり得ぬほど活性化した想子が、達也を取り巻き吹き荒れる。

 

 誰もがよろめくように達也から遠ざかる中、その場に留まる者が二人。一人は淑やかな笑顔でスカートをつまみ、兄に向けて膝を折る深雪。もう一人が愉快そうに笑みを深めている市丸だった。

 

「ご存分に」

 

「征ってくる」

 

 万感を込めた妹の眼差しと、値踏みをするかのような市丸の視線に見送られ、達也は戦場となった横浜の街へ出陣した。

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