藤林の隊はオフロード車両二台に藤林も含めて八人の分隊規模にも及ばない小集団だが、全員がそれなりに手練であると思わせる雰囲気を纏っていた。これなら短時間なら第一高校生の護衛を任せても問題ないと市丸は判断した。
「保土ヶ谷の部隊は野毛山を本陣とし、小隊単位でゲリラの掃討に当たっています。山下埠頭の敵偽装艦に今のところ動きは見られませんが、じきに機動部隊を上陸させて来ると思われます。そうなれば海岸地区は戦火の真っ直中に置かれることになりますから、やはり内陸へ避難した方が良いでしょうね」
「えっと……予定どおり、駅のシェルターに避難した方が良いと思うんだけど」
藤林に聞かれた七草が迷いを見せながらも頷いた。
「では前と後ろを車で固めますから、ついて来てください。ゆっくり走りますから大丈夫ですよ」
「藤林少尉殿、まことに勝手ではありますが車を一台、貸していただけませんか」
「何処へ行かれるのですか?」
今は別行動が許される状況ではないが、藤林は十文字の依頼に対して理由を尋ねる。
「魔法協会支部へ。私は、代理とはいえ師族会議の一員として、魔法協会の職員に対する責任を果たさなければならない」
藤林は十文字の願いを受けて二名の部下をつけた上で車一台を貸し与える。六人いれば、まだ護衛の人数としては問題ないだろう。
そうして藤林他五名とともに地下シェルターが設置されている駅前広場にたどり着いた市丸たちが目撃したのは、惨状と言ってよい有様だった。
広場が大きく陥没していた。
その上を闊歩する、巨大な金属塊。
「直立戦車……一体何処から……?」
藤林にとっても予想外の敵だったのか、呻くような声が唇から漏れる。複合装甲板で全身を覆った人型の移動砲塔。太く短い二本の脚に無限軌道のローラースケートを履かせているようなフォルムの下部構造と、一人乗りの小型自動車に様々な種類の火器がセットされた長い両腕と首のない頭部をつけた上部構造。
全高約三メートル半、肩高約三メートル、横幅約二メートル半、長さ約二メートル半の機体は、市街地において効率的に歩兵を掃討することを目的に元は東欧で開発された兵器であったはずだ。
それが二機。
弾薬フル搭載、兵員搭乗時の総重量が約八トン。二機で合計十六トンとはいえ、それだけで舗装され補強された路面が陥没するものではない。
地下シェルター、または地下通路へ向けて、直立戦車から何らかの攻撃が加えられたことは確定だ。そのことに気付いた藤林率いる兵員と第一高校生のうち戦意の高い者たちが直立戦車に対する臨戦態勢を取る。
「射殺せ、神鎗!」
怒りを見せていた第一高校生が暴発する前に市丸は直立戦車を始末する。それなりの装甲は備えているようだが、所詮は鉄屑。神鎗で貫けぬ相手ではない。
「さすがですね。手を出す暇も無かったわ」
「世辞はええ。それより、これからどうするつもりや」
苦笑気味に称賛する藤林に、次の方針を決めるように伝える。ここの皆は気付いていないようだが、この場所の周辺には多くの敵らしき霊圧がある。のんびりと長話などしている暇はない。
「こんな所まで直立戦車が入り込んで来ているのですから、事態は思ったより急展開しているようですね。私としては野毛山の陣内に避難することをお勧めしますが」
「しかしそれでは、敵軍の攻撃目標になるのではありませんか?」
「摩利、今攻めて来ている相手は戦闘員と非戦闘員の区別なんてつけていないわ。軍と別行動したって危険は少しも減らない。むしろ危ないと思う」
「では七草先輩は、野毛山に向かうべきだと?」
当然とも思える五十里の問い掛けに七草は首を横に振った。
「私は逃げ遅れた市民の為に、輸送ヘリを呼ぶつもりです。まずあの残骸を片付けて発着場所を確保し、ここでヘリの到着を待ちたいと思います。摩利、貴女はみんなを連れて響子さんについて行って」
「何を言う!? お前一人でここに残るつもりか!?」
「これは十師族に名を連ねる者としての義務なのよ、摩利。私たちは十師族の名の下で、様々な便宜を享受している。この国には貴族なんかの特権階級はいないことになっているけど、実際には私たち十師族は時として法の束縛すら受けずに自由に振舞うことを許されているわ。特権の対価として、私たちはこういう時に自分の力を役立てなきゃならない」
七草がそう言うと、政府から色々な便宜を受けている百家の五十里、千代田、千葉がこの場に残ることを宣言した。それに続いて他の者も残ると言いだした。覚悟は見事だが、市丸としては大人しく避難してくれた方が助かるが、これは言っても仕方ない。
「お聞きのとおりです。本当にウチの子たちは聞き分けが無くて……せっかくのご厚意を申し訳ありません」
「まあ心配せんでも、この周辺の敵くらいは排除したるわ」
市丸は大勢の味方を守りながら戦うことを得意とはしていない。この場の残骸処理を行おうとする皆にそう告げて、第一高校生たちから少し離れた場所で敵の迎撃を開始することにした。
霊圧を頼りに索敵を行い、市民と判断すれば駅前に逃れるように言い、敵と判断すれば視認する前から神鎗の射程を活かして止めを刺す。一度だけ、追われている市民を敵と一緒に纏めて倒してしまったことがあったが、それは死体を焼いて証拠隠滅した。やはり霊圧での探知は市街戦には向いていないと思い知らされた瞬間だった。
そうしている内に現れたのは、先程よりも洗練された直立戦車だった。新たな直立戦車は右手にチェーンソー、左手に火薬式の杭打ち機に加えて右肩に榴弾砲、左手に重機関銃を装備していた。
しかし、多少の改善がなされようと鉄屑であることに変わりはない。むしろ歩兵がわらわらと湧いて出てこられるよりも御しやすい。見たことのない新型の機械だが、霊圧で搭乗員がいる場所も明白なので神鎗で一突きにして葬った。
こちらに向かっていた敵は片付いた。しかし、それとて一方面のみ。他の方向から侵攻してくる敵に対しては他の第一高校生が対処している。第一高校生たちは二手に別れて敵の迎撃を行っているようだ。
霊圧から一方は深雪、レオに千葉。もう一方は五十里、千代田、桐原と壬生と明智、更にもう一人、知らない霊圧がいる。
深雪は元から桁違いに強力な魔法師である上に凍火を使うことができるため、火器を恐れなくてすむ。接近戦に限れば千葉の実力はかなり上位だし、レオも火器が使用されない状況ならば、そう簡単に倒れることはないだろう。それよりも、それなりに強力な魔法師たちだが、決め手に欠ける五十里たちの方が危険が大きそうだ。というわけで市丸は五十里たちの元に向かうことにした。
五十里たちの元にも直立戦車は現れていた。しかし、千代田の魔法で地面を液状化して足を止めたところに、明智の遠距離攻撃を叩き込み、桐原と壬生、そして青年が接近戦で敵を倒していた。五十里の役割はどうやら索敵と千代田の支援のようだ。
いくら身体能力を強化したとて、銃火器より早く動けるわけではない。足を止めたとして火器が健在であれば事故がありうる。なかなかに危ういことをしているので、さすがに積極的に支援に動いて敵を倒していくことにする。
「射殺せ、神鎗!」
横合いから直立戦車二機を纏めて葬った市丸に皆が視線を向けてくる。だが、問いたいことがあるのは市丸の方だ。
「明智、何でここで戦っとるん?」
「私の魔法は、こういう大型の敵には相性がいいから」
明智の魔法なら大質量の物体をコックピットへとぶつけることで直立戦車を破壊することもできる。その意味では言っていることは間違いではない。
「まあ、ええわ。戦うんなら、気をつけて戦い」
「それより、お前の魔法、便利だよな」
そう言ってきた桐原の攻撃方法は高周波ブレードの魔法を纏っての刀での斬撃だ。その性質上、実際に刀の間合いまで踏み込まねばならない。必然的に危険度も跳ね上がることになるので神鎗はかなり羨ましく感じるのはわからなくもない。
「ここはもうええで。君らは下がり」
「そうはいきません。市民の保護は警察の仕事ですから」
そう言った青年は千葉エリカの兄で警部であると言った。
「そうやない。もうこの辺に敵はおらんようになる、言うてるんや」
この周辺には、すでに市民らしき霊圧を感じない。未だ周囲に敵は多く、直立戦車を持ち出す敵は、一般の魔法師にとってはかなり危険だ。この方角の敵は速攻で殲滅して他の支援に向かうべきだ。
「何を言ってる……」
「見せたるわ。ボクの全力を」
戸惑いを見せる桐原に答えながら、市丸は神鎗の力を解き放った。