本話には特に残酷な描写があります。
苦手な方はご注意ください。
敵の襲撃を受けたとき、第三高校の一年生にして七本槍の一人である矢嶋五郎左衛門は、裏口の警備についていた。当然ながら正面出入口の異常には気付いていたが、かといって裏口を放置するわけにはいかず、第一高校の十文字や市丸を信じて待つよりない。幸いにして正面の敵は無事に排除できたようで、その後は第三高校の代表団と応援団は横浜国際会議場から来場に使ったバスで避難することに方針を決めた。
「何でこんな離れた所に……」
「そういう街の造りなんだから仕方ないでしょ」
バスは国際会議場から離れた、大型車両専用の駐車場に待機している。そのことに文句をつけた一条将輝が、吉祥寺真紅郎に割と真面目に叱り付けられていた。
閉会後に一泊せずに帰る予定で運転手を待機させていただけでも幸いなのだ。離れているといっても避難の船が着く埠頭より駐車場の方が近い。
もっとも、駐車場は会場よりも南側、つまり偽装戦闘艦が接岸している埠頭に近い。ということは襲撃の危険性は高まるということだ。しかし、尚武の気風が強い第三高校生のことだ多少の戦闘くらいならば不安はあるまい。それに、敵が来るというのなら、五郎左衛門にとって望ましいくらいだ。
「首の匂いがするで、少しばかり狩ってくるで」
そう一条や吉祥寺に言い置いて五郎左衛門は狩りに出かける。第三高校の七本槍の一人、矢嶋五郎左衛門の異名は首狩り五郎左。異名の由来は新ソ連の佐渡侵攻の折に刀一本を手に敵中に飛び入り首級七つを背負って帰還したという戦績によるものだ。
刀での戦いに特化しすぎて九校戦には出場は適わなかったが、実戦での戦闘力は上位に位置すると自他ともに認める。それが矢嶋五郎左衛門という魔法師だ。
「おう、活きのいい首がおるで」
敵を発見した五郎左衛門は早速、自己加速術式を用いて敵との距離を一息に詰め、長さが二メートル近くある大太刀、首狩り包丁を一閃させる。一振りで二人の敵を討ち取ると再加速してもう一閃。計三人の敵を葬ると首を土産にバスへと戻る。
「ロケット砲を持っている者がいるな。射抜いておいたゆえ、今しばらくは心配ないであろうが、早くここを離れた方がよいであろうな」
五郎左衛門が戻って間もなく、そう言いながら現れたのは、同じく七本槍の薄衣尚之助だ。薄衣は近場のビルの屋上に陣取り、二メートルもの大弓で周囲の敵の狙撃を行っていたようだ。尚之助も長射程と高威力という魔法の特性が九校戦に活かせないため出場はしていなかったが、狙撃手としての技能は一条をも上回る実力者だ。
「バスの進路上の敵を排除してくる。ジョージは出発の準備を進めてくれ」
「拙者たちも戦闘しか能がないゆえ、前線に向かわせてもらうでござる。吉祥寺殿、この場はお任せいたす」
そう言った新庄継之進に続いて、薄衣、そして、残りの七本槍、八幡甚十郎と久留島源之丞も前に進み出る。無論、五郎左衛門もそこに続く。
「吉祥寺殿がおられぬのは残念なれど、我ら七本槍が力を振るえる場面はそうはなし。今宵は存分に血風を吹き荒らせて進ぜようぞ」
源之丞の言葉に五郎左衛門だけでなく他の四人も獰猛な笑みを見せる。
「悪いがゲリラが相手だ。俺も遠慮はしない」
前に進む中、視界に入った敵にすかさず一条が特化型のCADを向けた。その次の瞬間にはゲリラの姿はなく、ただ散りゆく紅い花があるだけだ。
一条家の得意魔法の爆裂を人体に行使した場合、血漿が気化し、その圧力で筋肉と皮膚が弾け飛び、鮮血を撒き散らすことになる。
並みの兵士なら吐き気を催し戦線離脱をするか、良くて戦意を喪失するところだ。しかし、この場にいるのは五郎左衛門が血の滴る生首を腰にぶら下げていても表情一つ変えぬ猛者ばかり。だから、一条も遠慮なく戦えているようだ。
「さて、それでは皆で安全圏の確保といこうか」
一条の言葉に、周辺に散った七本槍たちは瞬く間に周囲の敵を殲滅していく。五郎左衛門も生首をぶら下げたまま戦場を駆ける。五郎左衛門が戦場を駆ける中、特に目を引いたのは八幡甚十郎だった。
「八幡の三段構え、裏三の陣、献魂一擲!」
甚十郎は得意の移動魔法を使って瀕死の敵兵を歩かせ、敵陣に向かわせる。そうして敵に近づいた頃には敵兵に仕込んでいた爆弾を爆発させるための着火の魔法が発動する時間となっている。そして、爆発と同時に敵兵の体内に仕込んであった短刀が四散する。
「ぐ……このような卑劣な真似を……」
「何が卑劣ぞ。戦に市民を巻き添えにする其方らは畜生ぞ。畜生が、人として死ねるなぞ思わんことぞ」
甚十郎は先の短刀で負傷した兵に魔法を使い、次の爆弾へと変えていく。
「貴様らの好きになど……」
「無駄ぞ。八幡甚十郎の移動魔法に畜生ごときが抗えると思うな」
甚十郎に操られた敵が別のところに移動し、そこで爆発させられて散る。
「相変わらず容赦のない男だで」
「畜生に人道なぞ不要ぞ」
甚十郎も新ソ連の佐渡侵攻のときに両親を失っている。それだけに民間人を巻き込む戦をする者のことは殊更に嫌っている。一方の五郎左衛門は敵兵に憎しみはない。五郎左衛門が首を狩るのは、ただ首が好きで、狩ってもいい首が歩いているからというだけだ。
こうして無事に周辺の敵を殲滅して、五郎左衛門たちは駐車場に戻った。そのときには、吉祥寺がバスの出発準備を終えていた。
「行こう、将輝。可能な限りすぐに出発した方が良い」
吉祥寺はそう言うが、五郎左衛門たちはほとんどが血濡れだ。特に多くの首をぶら下げた五郎左衛門がバスに乗り込むことには忌避感を示している者が多い。
「俺はこのまま、魔法協会支部に向かう」
「無茶だよ! 第一、何の為に!?」
一条の言葉に、吉祥寺が目を見開いて反対する。
「援軍に加わる為だ。この状況を協会の魔法師が座視しているはずがない。義勇軍を組織して防衛戦に参加しているに決まっている」
「だからって!」
「俺は『一条』だからな」
「……もしかして、みんなのことを気にしてる? みんなだって悪気があるわけじゃないんだ。ただ慣れていなかっただけで……」
「我らは気にしとらんで、吉祥寺殿も気にせんでええで」
皆が一番、忌避感を示しているのは五郎左衛門だ。だから、これは五郎左衛門が言わねばならないことだ。
「我らが戦場でしか生きられぬ異常者であることは自分が一番よう知っとるで。むしろ生首を嫌悪するのは人間として正常な感情やで」
「我らが戦場に向かうは己の生き方に従ったがゆえ。吉祥寺殿も気に召されるな」
源之丞が続けて言う。
「だったら僕も行くよ! 僕は皆の参謀だ。皆が義勇軍に加わるなら、僕も」
「ジョージは皆を無事に脱出させてやってくれ。この街はまだ戦場だ。何が起こるか分からない。正直言って、先生や先輩たちだけでは無事脱出できるかどうか心配で戦いに集中できない」
「……分かったよ、将輝。他のみんなは僕が責任を持って無事に脱出させることは引き受けよう。その上で僕にできることはある?」
「さすれば、冷凍庫を用意してもらえると助かるで」
そう五郎左衛門が答えると吉祥寺が呆れた表情をした。
「五郎左、また首を冷凍保管しておくつもりなの?」
「おお、それだけが楽しみなもので。此度は非合法戦闘員ゆえ死体に首がなくとも問題ないであろう。絶好の機会だで」
五郎左衛門が首を持ち歩くのは戦闘中のことだけではない。その後、自宅まで持ち帰り、透明な器に入れて寝室に並べるまでが五郎左衛門の行動だ。自宅の布団の周囲には、これまで自らが討ち取ってきた首が凍結処理されて並んでいる。己の狩った敵の首を見ながら就寝をするのが五郎左衛門にとっての一番の安らぎだ。
佐渡での戦いが評価されたことで、五郎左衛門は軍にスカウトをされた。五郎左衛門のように何の思想もなく、ただ命じられた相手を狩れる者は都合がよかったらしい。それにより壊れた調整体の排除依頼のときに首を得ることはできている。しかし、今日のように切り取り次第で首を得られるという機会は貴重だ。
「わかった。用意しておくよ。他の皆は何かリクエストはある?」
「じゃあ、儂は砥石を用意しておいてもらいたい。早めに手入れをしないと大事な刀が痛んでしまうゆえな」
「それは拙者もお願いしたい」
「わかった、源之丞、継之進。用意しておくよ」
五郎左衛門に続いて源之丞と継之進が武器を手入れするための道具を依頼する。
「ジョージ、そろそろ出発した方が良い」
「そうだね。それじゃ、皆、絶対に無事に帰って来て」
「分かっている。絶対に皆で無事に帰る」
一条が五郎左衛門に続いて継之進、甚十郎、尚之助、源之丞と見回す。皆が各々の得物を手に力強く頷いた。
「じゃあ、皆、武運長久を祈る」
「ああ、ジョージも」
吉祥寺がバスに乗り込むと、ほどなくバスは前に進みだした。
「しばらくは某が護衛をさせてもらうな」
そう言った尚之助がバスの上に飛び乗り、大弓を引き絞る。そこから放たれた矢は五郎左衛門には視認すら困難な敵を射抜いたのだろう。
「さて、それじゃあ、全面戦争といくとしようか!」
「応っ!!」
一条の檄に答えた皆とともに五郎左衛門は魔法協会支部に向けて歩み始めた。