「見せたるわ。ボクの全力を」
明智英美たちに向けて、そう言った市丸の雰囲気が変わった。
「市丸君の全力? それは市丸君が全力を出せば敵を制圧できるってこと?」
「そういうことや。ボクが卍解……全力を出せば刀はどのくらい伸びると思う?」
「どのくらい? 百メートルとか伸ばせるってこと?」
「教えたげるわ。十三キロや」
あまりに非現実的な数字に思考が停止する。英美が何も反応できない間に市丸は手に持つ脇差を軽く引いた。
「卍解、神殺鎗!」
市丸が、持っていた脇差を振り抜いた。その次の瞬間には、英美の視界に入っていたものが一瞬のうちにすべて崩壊した。
街路樹や電柱だけではない。家屋や小型店舗。それどころか堅牢な高層ビルまでもが綺麗に横一線に両断されていた。とてもではないが、刀で斬ったと言えるような威力ではない。レーザー兵器と言われた方がよほど納得ができる。それより気がかりなのは、瓦礫や直立戦車の残骸に混じり、人の死体が見え隠れしていることだ。
「心配せんでも、一般市民がおらん方向に放っといたから大丈夫やと思うで」
「ならいいけど……市丸君、本当にこの威力の攻撃を十三キロもの射程で放てるの?」
「さあ、どうやろね」
今になってはぐらかしているが、市丸はできないことをできるとは言わないだろう。実際、これほどの攻撃を放てるとまでは思ってもみなかった。しかし、これほどの攻撃を十三キロという範囲で放てるなら、それはもう戦略級魔法なのではないだろうか。
「さ、駅前に戻るで」
確かに、市丸の一閃で十三キロまではいかずとも、おそらく一キロ程度の範囲の敵は殲滅し終えたように見える。加えて、今の大破壊で見渡す限り瓦礫に覆われていて、直立戦車であろうとも簡単には近づけなくなっている。建物の二階などに生き残りはいるかもしれないが、這い出てこちらに向かってくる気力はないだろう。これで、こちらの方面の安全は確保されたと言っても間違いではないだろう。
そうして駅前まで戻った英美たちは、当然ながら七草や渡辺から猛烈な勢いで先ほどの大破壊について質問をされた。その質問に対して市丸は普段から使っている刀を伸ばす魔法を全力で使っただけとしか説明をしなかった。そのせいで英美にまで質問が及ぶことになった。しかし、英美としても市丸の言ったとおり刀を異常なまで伸ばしただけにしか見えなかったので、市丸の言ったとおりと答えるしかない。
そのうちに英美たちの上空にダブルローターの輸送ヘリが姿を現した。ヘリは着陸のため徐々に高度を落としていく。その最中、それは起こった。
突如として飛来した黒い雲。空気中から湧いて出た、としか言いようの無い唐突な登場を見せたのは、季節はずれの蝗の大群だった。
たかが蝗と言っても、エンジンの吸気口に飛び込まれて厄介なことになる。
それに、こんな不自然な出現の仕方をしたモノが、自然の生物とは思えない。
同じことを考えたのか、ヘリの出迎えに来ていた北山雫がポーチから小型拳銃そっくりの銀色のCADを取り出した。
銀色のCADから放たれたのは九校戦の折にも見た「フォノン・メーザー」。音の熱線が、蝗の群れを薙いでいく。
「数が、多い……っ!」
焼け死ぬのではなく、燃え尽きたように消えていく蝗の群れ。だがそれは、黒い雲を成す大群のほんの一部だ。次々とフォノン・メーザーを発動して、ヘリに近づく蝗を撃ち払っているものの、回り込んだ群れがヘリに迫る。
「これ以上、ヘリに近づかれると強いのが使えんから、そろそろ手を出させてもらおか」
多くの魔法師がいながら、誰もが手をこまねいている中、おもむろに市丸が前に出てくる。だが、市丸の剣を伸ばす魔法は地上には強いが、剣で薙ぎ払うという攻撃の性質上、空の広範囲を攻撃するのには向かないように思える。
「千手の涯。届かざる闇の御手、映らざる天の射手。光を落とす道、火種を煽る風、集いて惑うな我が指を見よ。光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔。弓引く彼方、皎皎として消ゆ。破道の九十一、千手皎天汰炮!」
心配をよそに、市丸が現代魔法では思えぬ長さの詠唱を行った。その次の瞬間、無数の光の束が空を埋め尽くした。それは、空を覆って黒雲を成すほどの蝗の大群を残らず消し飛ばしてしまう。
市丸が見せた魔法の威力は先ほどの戦略級魔法には及ばないものの、十師族の魔法をも上回るほどの圧倒的な範囲と破壊力を両立させているように見えた。この規模の魔法を複数習得しているなど、本当に市丸は何者なのだろうか。降下してくるヘリすら目に入らず、英美はただ市丸のことを見つめ続けてしまった。
「破道の六十三、雷吼炮」
英美が見ていることも気にせず、市丸は続いて雷の魔法を放つ。
「どうしたの?」
「あの蝗を作る魔法を使っていた魔法師の気配を掴んだんや」
モノリス・コードのときも思ったことだが、市丸は索敵能力も異常だ。本当にどうすればこのような能力を得られるのだろうか。
考えているうちにヘリは着陸し、集まっていた市民の収容を始めた。英美たち戦闘力のある者たちは後発便で戦場を離れるため、今は周辺で警戒中だ。とはいえ、索敵能力も殲滅能力も高い市丸がいるので、どうしても警戒感は薄くなる。
北山が呼んだヘリが北山と市民たちを乗せて離陸する。それと入れ替わるように二機目のヘリが着陸態勢を取る。二機目のヘリは一機目のヘリより一回り大きい軍用の双発ヘリだった。しかも戦闘ヘリが一機、随従している。
「動くな!」
その声が聞こえたのは皆の視線が上に向かった瞬間だった。見ると、背後から市原の首に腕を巻き、もう片方の手でナイフを突きつける若い男がいた。周囲の者が一斉にCADを手にするが、別の男が一歩前に出て手榴弾を持った手を前に突き出す。
「機動部隊で戦力を前方に引き付け、更に脱出を待って人数を減らせるだけ減らした後でターゲットを確保。中々考えられた作戦です」
市原が人質にされているとは思えないほど、落ち着いた声音で言う。
「無意味やけどな」
そう市丸が呟いた瞬間、市原にナイフを突きつけていた若い男の額に穴が空いた。
「今の見えた?」
市丸が笑みを深めて手榴弾を持った男に問いかける。
「君が動くより僕の方が遥かに早いで」
英美にも、市丸の言っていることは厳然たる事実であると理解できた。手榴弾を持って周囲を牽制していた男が今や完全に蛇に睨まれた蛙だ。
「う、うわあぁああ!」
市丸の圧力に耐えられなかったのか、男が手榴弾を爆発させようとした。しかし、それを市丸が見逃すわけがなかった。次の瞬間には手榴弾を持っていた男の腕が消失した。
そのときになって英美は初めて市丸の剣の真の恐ろしさを理解した。市丸が高層ビルまでも両断して見せた一撃を放った後、英美が見たときには脇差ほどの長さだった。つまりは何百メートルの長さまで、信じられないほどの速さで剣を伸ばした後、それと同じくらい高速で戻したということだ。
英美自身は見たことはないが、一般的に強力な魔法であればあるほど発動までの時間は長くなる。そこから考えると、戦略級魔法というものは発動までにそれなりの時間がかかると考えるのが自然だ。
しかし、市丸の魔法は発動までも一瞬ならば、攻撃が届くまでもが一瞬だ。視認することもできない攻撃など、躱すことなどできるわけがない。
「さて、他に仲間がおらんか尋問は任せてええか?」
渡辺前風紀委員長は匂いを使った意識操作を行う魔法を使うことができる。市丸が手榴弾を持った男を殺さずにいたのも情報を得るためだろう。実際、ヘリの中で手榴弾を使われていたら危なかった。その危機感があるため、渡辺の若干、非合法的な尋問に対して異論を唱える者はいなかった。渡辺が負傷した男に対して尋問をしている間にもヘリが着陸して市民の収容を始める。
「どうも、こいつらは個々で行動しているみたいで、他についてはそれほど詳しくないみたいだな」
「それならヘリの中にだれかおった方がええな。任せてええか?」
「市丸君は敵の殲滅に動くということ?」
「そういうことや」
「お前の魔法ならヘリの中での戦いより外での戦いの方が向いているな。わかった。好きに戦ってこい」
渡辺に背を押されて市丸が市街地へと向かっていく。自分の実力が足元にも及ばないと理解している英美は、市丸をただ見送ることしかできなかった。
黒棺は藍染のものなので、千手皎天汰炮を使用。