魔法協会に向けて進軍を始めた第三高校の七本槍と呼ばれる一行は多数の敵兵を屠りながら前進を続けていた。その中でも先頭に立ち、最も多くの敵を葬っているのが一条将輝だ。今は遮蔽物に身を潜め、赤味を帯びた光沢のCADを敵に向けていた。
爆裂の連発による消耗。それに加えて、敵の攻撃が機甲兵器から魔法によるものまで多様なものであることで対応に神経を使わされている。
そもそも将輝たちは六名という極めて小勢での行動だ。一人当たりの負担が大きくなるのは仕方がないことと言える。
別途、侵攻軍と交戦中の集団と出会う場面もあったが将輝たちは別行動を選んだ。七本槍の面々は戦闘力という面では非常に優れているが、人格面や嗜好には問題がある者が多い。他者との行動は却って後の禍根となりかねない。
「九つめ、今日はこれまでの最高記録だで」
その筆頭が、九つめの首を手して、もはや人の首の集合体が歩いているような妖怪じみた姿となっている矢嶋五郎左衛門だ。敵とみれば人を爆弾として使用することにも何の躊躇も見せない八幡甚十郎もかなり拙い。
そうしたわけで六人で進軍を続けていたが、今は奇妙な敵を前に足を止めている。それは隊列を組んで迫ってくる幽鬼だった。幽鬼というのは比喩でもなければ本物でもない。古式魔法によって作られた幻影だ。
古式魔法で作り出した実体の無い幻影に、「爆裂」は意味を成さない。実体は無くとも、幻影体は攻撃力を持っていた。催眠術、と同じ理屈なんだろう。幻影に斬られた者は、赤い痣を浮かび上がらせて絶命する。
魔法師はその身に纏う情報強化で偽りの斬撃を無効化することができる。だが、魔法師でない義勇兵はそうもいかない。そのため撤退する義勇兵たちに代わり、今は将輝たちがこの場を受け持っているところだ。
「偽りの刃ごときで拙者に傷をつけられるなど思わぬことだ」
そして新庄継之進は情報強化とは無関係に、圧倒的な精神力で偽りの斬撃を無効化していた。
「喝っあぁっ!」
そして攻撃では気合の乗った一喝で幻影体を情報ごと吹き飛ばしていた。継之進は幻影体にとっては天敵と言ってよいだろう。しかし、継之進の大喝で幻影体を消せる範囲はそれほど広くない。それに、新たな魔法を得た将輝にはできることもある。
「くらえ! バーナーフィンガー1!」
九校戦の折に使えるようになった能力を用いて指先から熱線を放つ。それは幻影を焼き尽くして塵に変えた。
「一条殿はその力、完全に身につけたようであるな」
幻影体に対して有効な攻撃手段を持たない薄衣尚之助が感心したように言ってくれるが、身につけたとは言っても使用方法くらいだ。原理は未だにわかっていない。
だが、このままでは拙い。継之進には効かないと悟った敵はすでに幻影体を継之進には向けていない。将輝の攻撃も命中させられるのは有視界内に限定されている。加えて、肝心のバーナーフィンガーの魔法は原理がわからないということもあり、副作用を警戒して最低限の使用しか行ってこなかったため、限界がどこかわからないという怖さがある。何より幻影体を生み出す魔法に対して強力なバーナーフィンガーは費用対効果が悪い。
やはり最善は元を断つこと。即ち幻影体を生み出している魔法師を倒してしまうことだ。そう考えて敵を探しているのだが、今のところ掴めていない。他の七本槍も武辺者ばかりで索敵が強い者がいない。
悩みながら戦っていた将輝であったが、そのうちに敵魔法師の捜索を諦める。場所がわからないなら、まとめて殲滅する方向へ方針を転換した。
今までは市民を巻き添えにすることを恐れて、単体の敵を攻撃する魔法のみ使用していたが、このまま事態を長引かせては余計に市民の被害が広がるだけだ。
将輝は三人一組で散開する敵の、人数が最も集中している辺りを狙って方形の処刑場を設定した。一辺十五メートル。念の為、高さは二メートルに留めておく。
左腕にはめたCADを操作し、魔法を発動。障碍物に関係なく、遮蔽物を呑み込む形で事象を改変する力が作用する。
最初の変化は緩やかなものだった。敵兵は身体が熱を持った程度にしか感じなかったはずだ。だがそれはすぐにひりつく熱さに変わり、地面を転がり回る激痛に変化し、三十秒後には眼球を白く濁らせた死体に変わった。
液体分子の振動による加熱魔法「叫喚地獄」。
一条の魔法師が得意とするのは液体を気化する発散魔法だが、無論それ以外の魔法が使えないというわけではない。
今、将輝が使用した「叫喚地獄」は「爆裂」の劣化版と言える。体液を一瞬で気化させる「爆裂」に対して、時間を掛けて体液を加熱する「叫喚地獄」。
威力を劣化させた代わりに対象を「物」から「領域」に拡大した魔法。
叫喚地獄もまた、対象物内部、人体に直接干渉する魔法。故に情報強化を纏う魔法師には効き難い。
逆に言えば、あの処刑場で生き残っている者は、魔法師であるということだ。
「一条殿、後はお任せあれ」
大規模な魔法を使用した直後の将輝を気遣い、継之進を先頭に七本槍が突貫する。味方を巻き込んでしまわぬように将輝は慌てて使用中だった叫喚地獄を解除する。生き残りは幻影体を作っていた魔法師の他に幾ばくかの熱耐性を持たされていた直立戦車、そして範囲の比較的外側にいた歩兵だ。
「八幡の三段構え、一の陣、疾風迅雷!」
先頭を進んでいたのは継之進だったが、最初に接敵をしたのは甚十郎だった。得意の移動魔法で一気に距離を詰めると、右手の剣で敵魔法師の首を斬り落とした。
「いざ斬り落とせ、首狩り包丁!」
続いて物騒な発言をした五郎左衛門が大太刀で直立戦車の頭部を斬り落とす。そこまではよかった。しかし、五郎左衛門はあろうことか直立戦車の頭部をなんとか持ち帰ろうとし始めた。
「五郎左、それは重いゆえ胸部に乗る者の首を落とせばよかろう」
「ん、おお、ここか」
久留島源之丞に言われて、五郎左衛門はようやく搭乗員のことに思い至ったらしい。胸部装甲部を斬り落として搭乗員の姿を露出させた。
「おお、あったで、首じゃ」
「ま、待ってくれ、助け……」
皆まで言わせず、五郎左衛門が敵兵の首を斬り落とす。その間も尚之助は大弓を引き絞り、敵を射殺している。
そうして敵を殲滅した将輝たちは、そのまま進軍を続けて中華街の北門に至った。この街は戦後の再開発の結果、ビルが壁の役目を果たして東西南北の四門からしか出入りできなくなっている。無秩序な再開発ではなく、計画的に行ったことだと思われる。
閉じ込める為か、閉じこもる為か。
おそらくは、後者だろう。
平時であれば大きく開け放たれ観光客の出入りが絶えない四方の門が、今は固く閉ざされている。
それ自体にケチをつけるつもりは、将輝には無かった。だが、余所の国で暮らしていくのに自分たちだけで固まって、しかもそこを要塞化するというのは、感情的に気に食わない。そして、それは他の七本槍も同じであったようだ。
「問答無用! 押し破るで」
五郎左衛門が首切り包丁を一閃して閉ざされた門を切り裂いた。五郎左衛門がこれほど過激な行動を取ったのは、敵がここから中華街の中へ逃げ込むのを目撃していたためだ。
いつ向こう側から銃弾が飛んでくるか、わからない。そう考えて障壁魔法の展開準備をしていた将輝だったが、切り裂かれた門の先に見えたのは意外な光景だった。
そこにいたのは、将輝より五、六歳年長の貴公子的な雰囲気を漂わせる青年を先頭とする一団だった。
彼らは、拘束した侵攻軍の兵士を連れていた。敵兵が門の中に逃げ込んでから、ほとんど時は経っていない。その間に武装した兵士をどのように拘束したのか気になるが、まずは話を聞く必要がありそうだ。
「周公瑾と申します」
青年はそう名乗った。
「私たちは侵略者と関係していません。むしろ、私たちも被害者です。そのことをご理解いただく為に、協力させていただきました」
「協力に感謝するぞ」
そう言った甚十郎が拘束された侵攻軍の兵士たちを順に切り殺した。
「捕虜を殺してしまってよろしいのですか?」
「捕虜? こ奴らはただの犯罪者ぞ」
「そうですか……」
なぜ侵攻軍の兵士が逃げ込むまで門を開けており、その直後に門を閉ざしたのか。聞きたいこともあるが、将輝たちはあくまで兵士。尋問は仕事ではない。
何か言いたそうな周公瑾を放置して、将輝たちは次なる敵を殲滅するために進軍を開始した。