達也を中核戦力とする独立魔装大隊は、遂に敵本陣である偽装揚陸艦を目視に捉えた。
敵が投入した戦力は、二十輌の装輪式大型装甲車、六十機の直立戦車、八百人の戦闘員。その中には魔法師も多数含まれていた。
占領維持には足りなくても、一局面の打撃力としては不足の無い戦力が、今や装甲車と直立戦車の残存数ゼロ、兵士の損耗率八十パーセントという壊滅状態に陥っている。その最大の立役者が謎の刀身を伸ばす魔法で敵兵多数を纏めて屠った市丸だ。
だが今、潰走する大亜連合軍を追い立てる、その先頭に立つのは達也も属する四十名の飛行兵部隊だ。
更には北からは鶴見の大隊、南からはようやく到着した藤沢の部隊。西からは保土ヶ谷の駐留部隊とこれに合流した藤沢の支隊。三方からの圧力に耐えきれず、敵は上陸部隊の収容を途中で切り上げて撤退に掛かった。
「逃げ遅れた敵兵は後詰めの部隊に任せて我々は敵艦を攻撃、航行能力を破壊する!」
敵艦が慌てて出港しようとしているのを見逃すまいと柳が攻撃司令を出す。
ムーバル・スーツの空中機動力を使えば残存兵力の頭を飛び越えて敵艦に乗り込み内部から制圧するという作戦も可能だったが、柳はそんなリスクと手間を負担するつもりは無いようだ。
指向性気化爆弾のミサイルランチャーを抱えた兵士を中心に、貫通力増幅ライフルを手に持つ兵士を護衛に配して隊列が組まれる。
だが、彼らが今まさに飛び立とうとしたその時、制止の声が届いた。
『柳大尉、敵艦に対する直接攻撃はお控えください』
「藤林、どういうことだ」
『敵艦はヒドラジン燃料電池を使用しています。東京湾内で船体を破損させては水産物に対する影響が大きすぎます』
柳が小さく舌打ちをしたのが聞こえた。その後に聞こえた、あの市丸という少年の攻撃で船体上部だけ斬り飛ばすのなら可能か、とかいう言葉は聞かなかったことにする。
「ではどうする」
『退け、柳』
「隊長?」
『勘違いするな。作戦が終了したという意味ではない。敵残存兵力の掃討は鶴見と藤沢の部隊に任せ、一旦帰投しろ』
風間の指示を受けて達也たちは移動本部に帰投する。その後、帰投した柳に指揮権を委ねると、達也は風間、真田と藤林と一緒にベイヒルズタワーの屋上に来ていた。
掃討戦はほぼ完了している。所々で散発的な閃光と銃声が生じているが、それも今晩中に落ち着くだろう。通路が崩れて地下に埋まってしまった形のシェルターも、明日には臨時のトンネルが開通する予定だ。避難している人々は、地上に作られた臨時の避難所よりむしろ快適な環境で過ごしている。
現在の時刻は、午後六時。
黄昏時、逢魔が時だ。
「敵艦は相模灘を時速三十ノットで南下中。房総半島と大島のほぼ中間地点です。撃沈しても問題ないと思われます」
「大黒特尉。マテリアル・バーストを以て、敵艦を撃沈せよ」
藤林の言葉に頷いた風間が達也をコードネームで呼んで指示を与える。
「マテリアル・バースト発動」
風間の指示に、達也はそう呟いて魔法を発動させた。
究極の分解魔法、「質量爆散」。それは、質量をエネルギーに分解する魔法だ。対消滅反応ではない。質量を直接エネルギーに分解する故に、対消滅反応の際に生じるニュートリノ発生によるエネルギーロスも無い。アインシュタイン公式のとおりに、質量を光速定数の二乗の倍率でエネルギーに変換する。
水一滴、五十ミリグラムの質量分解によって発生する熱量は、TNT換算一キロトン。
それだけの熱量が、瞬時に、水一滴の空間で発生した。
「……敵艦と同じ座標で爆発を確認。同時に発生した水蒸気爆発により状況を確認できませんが、撃沈したものと推定されます」
「撃沈しました。津波の心配は?」
モニターを見ていた藤林の報告を、達也は修正した上でそう訊ねた。
「大丈夫です。津波の心配はありません」
「ご苦労だった」
藤林の報告を受けた風間が作戦終了を宣言した。
しかし、これで作戦は終わりではない。明けて西暦二○九五年一○月三十一日。
今日はハロウィンだが、キリスト教徒でない達也に特別な感慨は無かった。
達也は今、対馬要塞に来ていた。
今から三十五年前、第三次世界大戦、またの名を二十年世界群発戦争の後期、この島は大亜連合高麗自治区の襲撃を受け、住民の七割が殺された。相手国を無用に刺激しない為という理由で、国境の島にも関わらず最低限の守備隊しか置かなかった結果だった。
対馬を奪還した後、日本政府はこの島を要塞化した。大規模な軍港と堅固な防壁、最新鋭の対空対艦兵装を備えた最前線の基地。それが、対馬要塞だ。
「予想どおり、敵海軍が出撃準備に入っている。この映像を見てくれ」
風間の言葉とともに壁一面を使った大型ディスプレイに、衛星から撮ったと思しき写真が表示された。そこには十隻近くの大型艦船とその倍に上る駆逐艦・水雷艇の艦隊が出港準備に取り掛かっている様子が写っている。
「今から五分前の写真だ。このまま推移すれば、敵は遅くとも二時間後に出港するだろう。動員規模から見て一時的な攻撃ではなく、北部九州、山陰、北陸のいずれかの地域を占領する意図があると思われる」
「本格的に戦争を始めるつもりでしょうか」
「彼らは三年前からずっと戦争中のつもりなのだろうな」
対馬要塞所属の若い少尉から飛んだ質問には柳が代わりに答えた。
「結論は、柳大尉が述べたとおりだ。我が国と大亜連合の間では、講和条約どころか休戦協定も結ばれていない。艦隊の動員について一言の通告もないということは、我が国がこれを攻撃準備と解釈しても構わないと考えているのだろう。既に動員を完了している敵艦隊に対し、残念ながら我が海軍は昨日より動員を開始したところだ。現状では敵の海上兵力に、陸と空の兵力で対抗するしかない。苦戦は免れないだろう」
会議室の空気が重量を増した。
「そこで、この現状を打開する為、我が独立魔装大隊は戦略魔法兵器を投入する。本件は既に統合幕僚会議の認可を受けている作戦である。ついては第一観測室を我が隊で借り受けたい。また攻撃が成功した場合、それと同時に……」
風間の説明は続いている。
だが達也はそれ以上、耳を傾ける必要を感じなかった。達也の仕事は「戦略魔法兵器」による攻撃までで、そこから先はやることが無いからだ。戦闘だけが役割と割り切っていた横浜での市丸の姿勢を今は見習うとしよう。
達也はムーバル・スーツを身に着けたままの姿で第一観測室の全天スクリーンの真ん中に立った。
このスクリーンは衛星の映像を三次元処理して、任意の角度から敵陣の様子を観察することができるようにしたものだ。今は達也の希望により、水平距離百メートル、海面上三十メートルの高さから見下ろした映像を映し出している。
鎮海軍港。
巨済島要塞の向こう側に終結した大亜連合艦隊。
その中央の戦艦、おそらくは旗艦に翻る戦闘旗。
その旗に照準を合わせる。
三次元処理された衛星映像を手掛かりに、情報体にアクセスする。
戦闘旗の重量は、およそ一キログラム。
「マテリアル・バースト、発動」
対馬要塞の中から、海峡を越えて、鎮海軍港へ。
達也の魔法は、約一キロの質量をエネルギーに変えた。
それにより、鎮海軍港の奥に停泊する旗艦の上に、突然、太陽が生まれた。
計測不可能の高熱は、船体の金属を蒸発させて重金属の蒸気をばらまいた。
急激に膨張した空気は、音速を超えた。
熱線と衝撃波と金属蒸気の噴流に、艦隊も港湾施設も消滅した。
竜巻と津波が生じて、対岸の巨済島要塞を呑み込んだ。
破壊は鎮海軍港に止まらなかった。
衝撃波は周辺の軍事施設にも及んだ。不幸中の幸いだったのは、鎮海軍港周辺に民間人の居住する都市が存在しなかったことだろうか。
灼熱の暴虐が収まった時、そこには何も残っていなかった。
灼熱のハロウィン。
後世の歴史家にそう呼ばれるこの事件により、大亜連合による横浜襲撃事件も終わりを迎えたのだった。
最近、執筆ペースが落ちてストックが減っているので、来訪者編は一回開けて3月4日から投稿開始する予定です。