来訪者
北アメリカ合衆国テキサス州ダラス郊外、ダラス国立加速器研究所で、余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・蒸発実験が行われた。
準備は二年前に完了していながら、リスクが読み切れないことを理由に中々ゴーサインが出なかったこの実験の背中を押したのは、先月末に極東で起こった事件だった。
事件自体は国際的にはちょっとした小競り合いという程度だ。しかし、そこで二種類の異なる未知の戦略級魔法およびその恐れがある魔法が行使されたというのが問題だった。
そのうちの一種類は完全に未知の魔法だった。そして威力の高さと最大効果範囲が不明ということから脅威といって申し分ないものだった。しかし、術者本人を中心に発動するという性質から、戦略級魔法と呼ぶには予測される最大射程が致命的に短いため、脅威度はそれほどでもない。
問題は、朝鮮半島南端において軍事都市と艦隊を一瞬で消滅させた大爆発の方だ。こちらは完全に未知の魔法というわけではなく、類似例を以前も観測したことがあるものだ。だが、その魔法がもたらした影響は単なる事件には留まらず、大事件と表明しても過言ではないものとなった。
国防総省の科学者チームは、激しい議論の結果、この爆発を質量のエネルギー変換によるものと結論付けた。三年前に観測されたときには一部の学者による仮説に過ぎなかったものが、今回は科学者たちの一致した見解となった。
偵察衛星が記録した今回の「大爆発」のデータでは、実験施設において観測された対消滅反応のデータと一致した特徴を示さなかった。核分裂や核融合の際に生じる残留物資も計測されていない。その意味するところは、科学技術によるものであれ魔法技術によるものであれ、自分たちが知らない方法で高エネルギー爆発を引き起こす技術を実用化した者がいるということに他ならない。
仮にそれが魔法によるものであるなら、同じことができないのは仕方がない。体系化が進んでいるといっても、魔法はやはり属人的なものだからだ。
だが一体どういう仕組みで引き起こされたものなのかさえ分からないとなれば、対抗策の検討すらできない。その牙が自分に向けられれば、為すがままに蹂躙されるしかない。
あの爆発の正体は何か、質量・エネルギー変換のシステムに関する手掛かりだけでも掴めないか。それがマイクロブラックホール生成・蒸発実験実行の最後の一押しとなった。
ブラックホールの蒸発による質量・エネルギー変換で観測される現象については、理論的に細かく推定されている。マイクロブラックホール実験は本来、この仮説を検証する為のものだ。そして今回の「大爆発」で観測されたデータは理論的に予想されているものと一致していない。
しかしホーキンス輻射は対消滅に比べて観測が不十分な現象であり、理論的予測に収まらない観測データが得られる可能性がある、とUSNAの科学者たちは考えたのである。
もしかしたら「大爆発」と一致する特徴が観測されるかもしれない。その可能性も、ゼロではない。
こうして、未知のリスクを無視した行為の報いが世界に襲い掛かった。
そうした人知らず危機の中にある世界が迎えたクリスマスイブの前夜。そろそろ日付が二十四日に変わろうとしている頃にUSNA南部有数の大都市、テキサス州ダラスのビルの屋上をUSNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊スターズの総隊長アンジー・シリウス少佐は部下と一緒に駆けていた。
「止まりなさい、アルフレッド・フォーマルハウト中尉! 逃げ切れないのは分かっているはずです!」
投降を呼びかける、甲高い声に逃走者であるアルフレッド・フォーマルハウトはピタリと足を止めた。
「……一体、どうしたんですか、フレディ。一等星のコードを与えられた貴方が、なぜ隊を脱走したりしたんですか?」
しかし、答えは返らない。
「この街で起きている連続焼殺事件も貴方のパイロキネシスによるものと言う者がいます。まさか、そんなことはしていませんよね?」
答えは、言葉以外で返って来た。
シリウスが肩に巻いていたストールを身体を隠すように大きく広げて飛び退った。その直後、ストールが何の火種も無く燃え上がり、燃え尽きる。
それはフォーマルハウトが持つパイロキネシス。体系化された現代魔法ではなく、かつて超能力と呼ばれた属人的異能力だ。
シリウスが紫黒色の制服の上にストールを纏っていたのは、本来の用途、寒さを防ぐ為ではなく、視線をキーとして発動するこの男の能力から身を守る為だった。
ストールの炎が消えると同時に、男の周りから一切の光が消えた。
対象を中心とする一定の相対距離で光の進行方法を逆転させることで、外界から光が入らない、完全な闇の中に閉じ込める領域魔法「ミラー・ケージ」。
シリウスの部下の一人が発動した、視線を発動キーとする異能を封じ込める為の防御術式だ。
「フォーマルハウト中尉、連邦軍刑法特別条項に基づくスターズ総隊長の権限により、貴方を処断します!」
別の魔法で闇の檻から動けないよう拘束されたフォーマルハウトに対して、シリウスはサプレッサーのついた自動拳銃を向けた。
強力な情報強化により一切の魔法干渉が無効化された銃弾は、無明結界の中に囚われたフォーマルハウトの心臓を一発で貫いた。
それで脱走兵の処断は終了したはずだった。しかし、胸を撃ち貫かれたフォーマルハウトは膝を付いたのち、左手で顔を覆ったまま再び立ち上がる。いつの間にかフォーマルハウトの顔には奇妙な白い仮面がある。すでに両脚は力強く地面を踏みしめ、撃ち抜いた胸から出血は見られない。
理解不能な状況。そして、何よりフォーマルハウトから感じる妙な重圧にシリウスの本能が警鐘を鳴らす。
「皆、下がって……」
「遅い」
そう言ったフォーマルハウトが仮面の前で握っていた腕を振り抜いた。その直後、謎の閃光がフォーマルハウトを拘束していた部下の胸を穿った。胸に大穴を空けられた部下がその場に頽れる。腕の立つ隊員だったが即死だった。
フォーマルハウトが得意としていたパイロキネシスより発動までの時間は遅い。けれど、威力はパイロキネシスとは比べ物にならない程に強い。
「接近戦を仕掛けます!」
威力は高いが、発動までに時間がかかるのであれば、接近戦に持ち込むのが定石だ。部下に指示を出すと、シリウスは大型のコンバットナイフを引き抜いた。その刃の延長線上に展開するのは「分子ディバイダー」の仮想領域だ。
フォーマルハウトには既に一度、シリウスの魔法で致命傷を与えている。それにも関わらず今、何事もなかったように行動している。生半可な攻撃では通用しないと考えた方がいいだろう。部下たちも同じ考えに至ったのか、それぞれに自身の最大の攻撃力を誇る魔法で攻撃を仕掛けようとする。
対するフォーマルハウトは、高火力の謎の閃光魔法を諦めて持ち前のパイロキネシスで対抗してきた。まだ身を守れるケープやマントを持っている者はそれらを広げ、すでに使用して失っている者は情報強化にて抵抗する。
フォーマルハウトの攻撃はシリウスにも向けられた。すでにストールを失ったシリウスも情報強化で抵抗したが、フォーマルハウトの攻撃は以前より格段に強力になっている。
幾度かの攻撃に晒されながらもスターズの隊員たちはフォーマルハウトの元に到達した。シリウスもコンバットナイフ上に展開した分子ディバイダーでフォーマルハウトを切りつけた。
謎の回復能力を目撃している隊員たちは手を緩めることなくフォーマルハウトに攻撃を畳みかける。その甲斐あって、ついにフォーマルハウトは倒れた。今度こそ、起き上がる気配はない。
「……帰投する」
フォーマルハウトの謎の能力は気になるが、今は検証することは難しい。釈然としないものを感じながら、シリウスは部下に撤収を指示した。
出だしから想像できるかもしれませんが、本作の来訪者は別物です。
原作から離れすぎる展開が好みでない場合、本作はここまでで終了とした方がよいかもしれません。