横浜の事件後はたいした事件はなく、市丸は三学期を迎えた。
だが、トラブルの種は三学期の初日から現れた。
北山雫と交換という形で留学生として第一高校に現れた一人の少女。彼女は間違いなく問題を引き起こすと市丸は確信していた。
「第二、第三、第四高校でも短期留学生の受け入れがあったそうだよ。大学の方にも共同研究の名目で何人か来ているらしい。ウチの門人が話していた」
「あっ、大学の方の話はあたしも聞いた。この前の横浜の件で飛行魔法の軍事的有用性が飛び切りのものだって分かって、焦って探りを入れに来たんじゃないかって噂してたな」
古式魔法と現代魔法、分野は違えどそれぞれ大勢の門人を抱えている吉田家と千葉家は、入ってくる情報量が個人のレベルとはやはり桁違いだ。今の話によるとUSNAは予想を超えて大がかりに人員を投入している。そこから考えても、隠すことなく派手に強力な魔法を使った市丸のいる第一高校に生半可な実力の者を送り込むはずがない。実際、感じた留学生の霊圧はかなりのものであった。
「じゃあA組の留学生はスパイってことか?」
レオの質問が身も蓋もない問い掛けであったためか、多くの者が苦い顔をした。
「その可能性は考えた方がええやろうな。けど、それに気を取られ過ぎないようにはせなあかんで」
「どういうことだ?」
「目に見える裏切りなど知れとる。本当に恐ろしいのは目に見えない裏切りや」
「なんだか妙に実感の籠った言葉だな」
「ボクにも色々とあったゆうことや」
達也にそう答えて市丸はその場の皆を順に見ていく。
「けど、警戒するって言っても、そいつA組だろ? 接点ないんじゃねーの?」
「バカね、A組には深雪がいるじゃないの。何年ぶりになるか分からない留学生よ。留学生が学校に慣れるまで、どういう形にせよ生徒会副会長の深雪が面倒を見なきゃいけなくなるでしょうし、深雪と関わり合いができればあたしたちも無関係じゃ済まないわよ」
レオの言葉は千葉に一刀両断されていた。
「それじゃ、どうすればいいんだよ」
「特に何もする必要はないで。君、そういうことに向いとらんやろ。それなら余計な警戒なんかせんで普通に接すればええ」
「それでいいのか?」
「そういうのは向いとる人間がやってくれるもんや」
そう言いながら達也の方を見たら、酷く嫌そうな顔をされてしまった。だが、実際に達也なら放っておいても必要な警戒はしてくれるだろう。それよりレオには普段どおりに行動してもらった方がいい。疑うことなく行動する者と疑って行動する者。その両者がいた方が相手は対応が難しい。
「平子隊長の二の舞はごめんやからな」
「ん、何か言ったか」
「んー、何でもあらへんよ」
そんな相談をした件の留学生の少女との邂逅は昼の学食だった。達也たちと昼食を取ろうとしたところに現れたのは深雪と光井と金髪碧眼の少女だ。霊圧だけでなく容姿からも、この少女が留学生だと知れた。
「ご同席させてもらって良いかしら」
少女の口から流れ出たのは流暢な日本語。ややアクセントを強調する話し方は仕方ないとして、さすがに日本へ留学生を装って潜入するだけのことはある。
「もちろん、どうぞ」
少女の視線はまず市丸に向いて少しばかり固定された後、達也に向かった。二科生の中に一人だけ一科生という集団がいれば、普通なら視線が向かう先は市丸であるはずだ。それは一科生と二科生という括りを知らなかったとしても、過程が異なるだけで変わらない結論であるはずだ。
達也が警戒をされるとしたら、原因はおそらく先の横浜への大亜連合の襲撃と、その反撃として日本が用いた戦略級魔法だ。市丸はその戦略級魔法を使用したのは達也ではないかと睨んでいる。
達也が戦略級魔法師であるという明確な理由はない。だが、秘めた強力な魔法力。切欠が謎の軍との関係。そして、横浜の襲撃が終わった後も帰還をしなかった。確証まではないが、有力な容疑者だ。USNAも同様に考えていても不思議ではない。
この集団で達也に一番の関心を寄せる存在。やはり少女はUSNA政府の意向を汲んで行動する者である可能性が高い。もっとも、それを比較的正直に表に出してしまっている辺りは少し判断に迷う。
少女は間諜として専門の訓練を積んだわけでないように思える。一方で感じる霊圧の大きさから戦闘力はかなり高いことが窺える。戦闘力が優先で諜報能力は二の次ということだろうか。それならば市丸にとっては比較的対処が容易い相手なのかもしれない。
「アンジェリーナ=クドウ=シールズさん。もうお聞きのこととは思いますけど、今日からA組のクラスメイトになった留学生の方です」
「ホノカ、こちらの方だけでなく、他の皆さんにも紹介して欲しいのだけど?」
光井の紹介が明らかに達也に向けてのものだったので、当の留学生の方から皆に紹介をするように促されていた。
「じゃあ改めて。アメリカから来たアンジェリーナ=クドウ=シールズさんよ」
深雪が二度目になる紹介をすると、留学生は金髪を軽やかに揺らして椅子に座ったまま一礼した。
「リーナと呼んでくださいね」
そう言って目を細め、華やかな笑みを浮かべた。
その蒼の瞳は、水の青、氷の青ではなく、蒼穹の空を思わせるスカイブルー。
頭の両脇にリボンで纏めた波打つ黄金の髪は、解けば背中の半ばを超えるだろう。もしかしたら深雪よりも長いかもしれない。
高校一年生にしては大人びた顔つきにコケティッシュな髪型は少し不釣り合いな気がしたが、それが逆にシャープな美貌の印象を和らげ、親しみやすさを演出するつもりなのかもしれない。
「E組の司波達也です。深雪と区別がつかないでしょうから『達也』で良いですよ」
「ありがとう。ワタシのことも『リーナ』でお願いします。それから、敬語は無しにしてくれると嬉しいのですけど」
「分かった。そうさせてもらうよ、リーナ」
「ボクは市丸ギンや」
達也とまだ話を続きそうな流れを切って市丸が言うと、ほんの少しだがリーナが緊張を見せた。
「ギンね。よろしく」
しかし、その緊張をすぐに押し隠し、何気ない様子で挨拶を返してくる。だが、リーナは間違いなく最初から市丸のことを知っている。
リーナが選択したメニューは蕎麦だった。危なげない手つきで箸を操りつつ、時々掛けられる質問に嫌な顔一つせず答えていた。このメンバーに不躾な質問をするような人間が混じっていなかった、ということもある。個人的には不躾な質問も混じってくれた方が、より多面的に相手の人物像が窺い知れるのだが、初日から色々と攻める必要もないので黙っておく。
昼食の間でリーナも随分と打ち解けた。そこで、達也が質問を切り出した。
「ところでリーナって、もしかして九島閣下の御血縁かい? 確か、閣下の弟さんが渡米されて、そのまま家庭を築かれていたと記憶しているんだが」
今は魔法師の国外流出を防ぐ為に国外への移動自体が制限されているが、以前は魔法師同士の国際結婚が奨励されていた。当時、世界「最巧」の魔法師の評価を受けていた九島烈の弟が渡米してアメリカ人の魔法師と家庭を持ったことは、少なくとも日本の魔法師の間では結構な話題になった出来事だったようだ。
「あら、良く知ってるわね、タツヤ。随分昔のことなのに。ワタシの母方の祖父が九島将軍の弟よ。そういう縁もあって、今回の交換留学の話がワタシのところに来たみたい」
「じゃあリーナも自分から希望したわけじゃないんだ?」
何気なく差し挿まれた千葉の疑問。そこにリーナが動揺と緊張を示した。リーナがそこに触れられたくないと考えているのは明白だった。
リーナの態度か口調からは特に日本への帰属意識は感じない。日本人の血を引いていようとも、他国で生まれ育った以上、そんなものだろう。残念ながらリーナは敵であると考えていた方がよさそうだ。市丸は、そう判断した。