お昼時、いつもの学生食堂。
今日は留学初日以来二回目のリーナが達也たちに同席しての昼食となった。そこでの雑談の話題は今日の深雪との実習のことだった。
実習の内容は同時にCADを操作して中間地点に置かれた金属球を先に支配する、という魔法実習の中でもシンプル且つゲーム性の高いものだった。
先月から始まったこの実習で、深雪はこれまで同級生をまるで寄せ付けなかった。これではお互いに実習の意味がないと教官が認めざるを得ない程に、深雪とクラスメイトの魔法力には差があった。
だが、その深雪を相手に、リーナは互角の勝負を演じて見せたという話だ。
「でもリーナって予想以上に凄かったんだね。そりゃあ選ばれて留学してくるくらいだから相当な実力者とは思っていたけど、まさか深雪さんと互角に競う程とは思わなかった」
「驚いているのはむしろワタシの方よ」
幹比古の称賛にリーナは目を丸くしてオーバーアクション気味に驚きを表現する。
「これでもワタシ、ステイツのハイスクールレベルでは負け知らずだったんだけど、ミユキにはどうしても勝ち越せないし、ホノカにも総合力なら負けないけど精密制御じゃ負けてるし、さすがは魔法技術大国・日本よね」
「リーナ、実習は実習で、試合じゃないわ。あんまり勝ち負けなんて考えない方が良いと思うけど」
「競い合うことは大切よ。例え実習でもせっかくゲーム性の高いカリキュラムなんだから、勝ち負けには拘った方が上達すると思うわ」
やんわりとたしなめる深雪に、衝突を恐れずリーナは正面から反論した。
「へえ、勝ち負けに拘るゆうことは、少なくとも力を隠した結果の敗北やないゆうことやな。それは感心やな」
そこで市丸が割って入ってきた。実はまだ能力を隠しているのではないかという問いかけにリーナの表情が引きつった。
「やっている最中は競争心を持つのも大切だろう。でも、終わった後まで引きずる必要は無いんじゃないか? 実習はあくまで練習で、実技試験とは違うんだから」
場の空気が固まりかけたのを見て、達也は話を元に戻したが、市丸の意見は意外と参考になるものだった。どうも負けず嫌いの気質があるように見えるリーナのことだ。少なくとも今日の実習に関しては全力の実力だと見ていいだろう。
「そうね。タツヤの言うとおりかもしれない。ワタシ、少し熱くなり過ぎていたかも」
「熱くなるのは悪いことじゃないさ。深雪も新たなライバル登場でモチベーションを上げているからな。その点、リーナには感謝している」
「出たよ、達也君のシスコン発言」
達也としては大真面目に発言をしたつもりだったが、エリカは『やれやれ』と言わんばかりに、わざとらしくため息をつく。
「そう言えばリーナ、大したことじゃないんだが……」
この流れはまずいような気がしたので、話題転換を試みる。
「アンジェリーナの愛称は普通、『アンジー』だと思うんだが、俺の記憶違いかな?」
動揺するような質問ではないはずだ。
しかしリーナの顔には間違いなく、一瞬、狼狽が過っていた。
「いえ、記憶違いじゃないわよ。でもリーナって略すのが珍しいって程じゃないの。小学校の同じクラスにアンジェラって子がいて、その子がアンジーと呼ばれていたから」
「それでリーナは『アンジー』じゃなくて『リーナ』って呼ばれるようになったのか」
納得、という風に達也は頷く。
リーナの動揺に気付いたことは、欠片も匂わせずに。
そうして昼食を終えたその日の放課後、達也は市丸に校舎の上に呼び出された。校舎の上というのは文字通りの校舎の屋根の上だ。
「お前は相変わらず高い所が好きなんだな。まあ、それはいい。何の用だ?」
「昼の質問の意図を聞いとこうと思うてな」
「質問で返すようで悪いが、お前はどういう意図だと思ったんだ?」
市丸がどのような内容の疑いをリーナに抱いているのか、それは達也にも気になるところだ。
「USNAでアンジーゆうたら、思い当たるのは一人しかおらんやろ」
それで市丸もリーナがUSNAの戦略級魔法師であるアンジー・シリウスであるという疑いを抱いていることがわかった。
「俺も高い確率で、リーナは『アンジー・シリウス』だと思っている」
達也は先々月、USNA軍魔法師部隊スターズが戦略級魔法マテリアル・バーストの術者の正体を探っていると、叔母である四葉真夜から警告を受けていた。その時真夜は、達也と深雪がその容疑者として情報戦の対象になっているとも語っていた。リーナが一高に留学して来たのはその一環だろうと達也は考えていた。
「だが、分からないのは、向こうに『シリウス』の正体を何が何でも隠そうとする姿勢が見られないことだ。むしろこちらに正体を気付かせようとしているようにすら見える。そして、何故、USNAは切り札とも言えるシリウスを投入して来たのか、ということだ」
「確かに、ここでシリウスが失われる危険を冒してまで大亜連合に使われた魔法の秘密を探らなならん理由は思い当たらんな」
「そうだな。それに一週間観察した限りにおいて、リーナの能力は諜報向きのものとは思えない。おそらく本命は別にいるんだろうが、隠れ蓑に使うにはシリウスは大物すぎる」
「それでもシリウスを投入するとしたら理由はなんやと思う?」
「リーナがシリウスと仮定して……スパイ任務はついで、だな。本来の任務は別にある」
最初からスパイ任務が主目的でないのなら、日本の魔法師と敵対する可能性は低くなる。それならば、仮に正体がばれても問題ないとも考えられる。
「確かに、それなら迂闊にシリウスを斬ることはできんな」
いつものことながら、市丸の思考は物騒だった。
「それで、もういいか? 俺は風紀委員の仕事があるんだ」
「ああ、もうええよ」
結局、一年生の風紀委員は補充されることがないまま三学期を迎えている。市丸という畏怖の対象がいるため問題ごとは少ないが、巡回はこなさなければならない。
「シールズさんから風紀委員会の活動を見学したいって言われているの。日本の魔法科高校の生徒自治を見てみたいんですって。司波くん、今日当番でしょ? 彼女を連れて行ってもらえない?」
だが、風紀委員本部に足を運んだ達也は、花音からリーナの案内を頼まれてしまった。
断る理由が思い浮かばず、仕方なくリーナと校内の巡回を始めたが、リーナが探りを入れて来る気配を隠し切れないせいで、なんとも気まずい。
「タツヤ、なぜ劣等生のフリなんてしてるの? 劣等生のフリをしていて、なぜ簡単に実力を見せちゃうの? タツヤのやっていることって凄くチグハグで、どうしてそんなことをするのか分からないわ」
「千代田先輩にどう聞いたのか知らないけど、フリなんてしてないよ。俺は本当に劣等生なんだ。実技試験では劣等生だけど、喧嘩は強い、ってだけだ」
「……試験の実力と実戦の実力は別物だ、という意見にはワタシも賛成よ。ワタシも、学校の秀才じゃなくて、実戦で役に立つ魔法師になりたいと思っているの」
リーナからキナ臭いオーラがユラリと立ち上る。
その直後、リーナの手が跳ね上がった。
襲い来る掌底を、達也が捉える。
最小の動作で鋭く突き出されたリーナの右手、その手首を達也は掴み取っていた。
達也の顎を目指した掌底突きは、喉の前で受け止められている。
リーナは掴まれた右手を指鉄砲の形に、人差し指を突き出した。
達也の顔に突きつきられる、形の良い爪。
達也がリーナの右手を外側に捻り上げた。
リーナが顔を顰め、突き出した指先に集まった想子の光が撃ち出される前に霧散した。
リーナの一連の行動は軍の近接戦闘を専門とする魔法師も顔負けの鋭さだった。けれど、八雲や市丸ほどではない。
「説明はしてもらえるんだろうな」
「……タツヤの腕を知りたかっただけよ」
「俺の腕を? 何の為に?」
眉を顰めた達也からリーナは目を逸らす。
「……あえて言うなら、ステイツに来ないかなって思ったの」
「俺が、アメリカに?」
「実力が有るのにそれが評価されないんだったら、評価されて活躍できる環境が欲しいんじゃないかと思って。ステイツは自由の国であり、それ以上に多様性の国よ。たった一つの物差しに合わないからって、それだけで補欠扱いされることは無いわ。タツヤは、タツヤに相応しい評価を得られるはず」
「リーナは俺の腕試しがしたかった。そういうことだな? ならばこの件は終わりだ。こういう事はこれっきりにしてくれよ」
そう言ってリーナの誘いを有耶無耶にして、達也はその日の巡回を終えた。