都内で被害者を出し続けている吸血鬼事件に対して組織的な対応を取っている勢力は、三つある。
一つ目は、警視庁を主力とし、警察省の広域特捜チームと、同じく警察省配下の公安が加わる警察当局。
二つ目は、古式魔法の名門・吉田家の協力を得て千葉家が組織した部隊。
三つ目が七草家が音頭を取り、十文字家が続く形で組織された十師族の捜査チーム。
この三つ目の十師族の捜査チームは、内閣府情報管理局のバックアップを受け警察とも部分的に連携をしている上に十師族の配下部隊が実働部隊だ。そのため、このチームは量と質の両面で他を圧倒している。しかし、この勢力が、実は最も吸血鬼事件で被害を出しているらしい。
七草家に加えて、精鋭の多い十文字家の魔法師を加えても、吸血鬼に太刀打ちできない。その話を一条将輝は父であり一条家の当主である一条剛毅から聞いた。
被害が魔法師に集中しているという話を聞いた将輝が抱いた所感は、或いは横浜の事件の報復として大亜連合が送り込んだ刺客かもしれない、ということだった。特に根拠があるわけではない。ただ、七草と十文字の魔法師に勝てる刺客を送り込める組織というのが大亜連合と新ソ連くらいしか思い浮かばなかったのだ。
学業も大事だが、貴重な魔法師を削られていくのを黙って見ていることはできない。将輝は吉祥寺真紅郎とともに東京に向かうことに決めた。
当初は将輝と真紅郎の二人だけで向かうつもりだった。しかし、将輝たちが東京に向かうと聞いた第三高校の七本槍、即ち薄衣尚之助、久留島源之丞、新庄継之進、矢嶋五郎左衛門、八幡甚十郎も勝手について来て、今は七人で都内のホテルに宿泊していた。
「吸血鬼と呼ばれるだけあり、敵は主に夜間に活動しているらしい。ということで、俺たちも夜間に行動することにしようと思う」
「将輝の言っていることも一理あると思うけど、吸血鬼は人目が少ない場所で活動しているんだろ。土地勘のない僕たちには人目が少ない場所を探すのは難しいんじゃない?」
人が多い場所に行くというのなら難しくない。けれど、人が少ない場所に行くというのはなかなか難しい。
「ジョージは何か作戦はないか?」
「素直に東京に土地勘のある人間に頼んだらいいんじゃない?」
「そうは言ってもな……」
普通に考えたら七草家や十文字家を頼るべきだ。しかし、その両家は将輝からの協力の申し出を拒否する可能性が高い。それ以外となると思い浮かぶのは司波深雪だが、将輝から連絡をするのは憚られる上に、そもそも連絡先を知らない。
「一人だけ、心当たりがある」
「ジョージ、誰だ?」
「九校戦の折に対戦した吉田家の術士だよ」
「……なるほど、それは名案かもしれないな」
というわけで吉田家に連絡を取り、将輝たちは千葉家の部隊に加えてもらうことにした。さすがに七本槍全員が同じチームで動くには多すぎるので、将輝と真紅郎、五郎左衛門と甚十郎、尚之助と源之丞と継之進の三チームで捜査を行うことにした。将輝と真紅郎と一緒に巡回を行うのは千葉家の娘、千葉エリカと九校戦では真紅郎と対峙した吉田幹比古だ。
「俺たちには戦闘くらいしかできない。捜査の段階では千葉さんと吉田さんに頼り切りになってしまうと思う。申し訳ないが、よろしく頼む」
「そういうことなら、あたしだって同じよ。けど、敵は随分と手練れみたいだから、敵と遭遇してからが本番ってことでいいんじゃない? というわけで、それまでは頼むわね」
将輝の言葉に、千葉はそう答えて吉田の方を見る。
「事件を解決するだけなら、七草先輩たちに協力した方が良いと思うけどね。街路カメラをはじめとした防犯システムを使えるようになるだけで、効率が上がると思うんだけど」
「関係ない。監視システムをフルに使える警察が尻尾を掴めないでいるのよ」
今の吉田と千葉の会話でわかることは千葉が非常に乗り気なのに対して、吉田は消極的ということだ。これは、あまり良い傾向ではない。今回の捜査でおそらく一番の鍵は、探査の術に優れているであろう吉田だ。
それでも吉田は十字路に至ると足を止めて、手に持つ一メートル弱の杖を歩道に突き立てる。突き立てたといっても、下は舗装した路面だ。単なる木の棒が突き刺さるはずもない。なのに、吉田の杖は何の支えもなく、路面に立った。
吉田は後ろ向きで三歩離れ、クルリと身体を反転させた。吉田が背を向けた直後、杖は見えざる支えを失ってパタリと倒れた。そのまま乾いた音を立てて路面を転がる。杖は、十字路の右を指していた。
それを繰り返すごとに吉田の顔から当初の苦笑が消えていく。それは標的に近づいていることを将輝に感じさせた。
そこから更に二回、行き先を占い、十分ほど歩いたところで、将輝は走り去る二つの足音を聞いた。ラバーソールの、逃げる足音と追いかける足音。
おそらくは一人の逃亡者と、一人の追跡者。
直後、何の合図も交わさず、四人は同時に走り出した。
将輝が千葉と先陣を切り、それからわずかに遅れて真紅郎と吉田が続く。
走りながら、千葉が肩に掛けていた細長いケースから鞘に収まっていない剥き出しの刀を取り出した。どうやら刃が付いていない代わりに刻印術式が刀身の全面に刻まれているようだ。一方の将輝が手にするのは愛用している特化型のCADだ。
四人は臨戦態勢を整えて、足音を追いかけた。聞こえてくるそのリズムが時々大きく乱れるのは、追跡と逃走の合間に立ち止まって交戦しているからだろう。
そうでなくとも、足は将輝たちの方が速かった。中層ビルが建ち並ぶ裏道を抜け、防災用の小さな公園で、四人は遂に標的の姿を捉えた。
交錯する二つの人影。一方はフード付きのコートに顔と身体を隠し、もう一方は目の周りを覆う仮面で顔を隠している。
「加勢するぞ!」
状況から考えて、逃走者の方が吸血鬼事件の犯人であると推測はできる。だが、より確実にするためにそう声を掛ける。これで警戒心を露わにした方が犯人の方だ。
だが、将輝の予想に反して両者が異なる反応をした。明確に将輝たちを警戒したのは追われていたフードの方。だが、追跡者の仮面の方も拙いという雰囲気を見せた。よく考えれば仮面で顔を隠すというのは、何かしら後ろ暗いところがあるということだろう。普段から身近に接している七本槍が変わり者だらけなので気にならなかった。
「あたしは仮面を抑える! 一条さんたちはコートの方を」
千葉も同じ感覚であったのか、仮面も敵に準ずる相手だと判断したようだ。仮面が敵であるかは分からない。だが、少なくともフード付きコートが敵なのは間違いないだろう。ならばフード付きコートをさっさと倒すのが一番の支援になるはずだ。
そうして対峙した吸血鬼は、フードの下は白い仮面だった。将輝たちと対峙した吸血鬼が、風を穿つ剛拳を放ってくる。コート越しにも分かる細腕からは想像もできなかったが、その拳は音速に届こうかという速さを持っていた。
だが、その拳が届くはずがないことを将輝は知っている。この中で誰よりも速く魔法を使える親友の得意魔法「不可視の弾丸」が敵の腕に叩き込まれる。それにより、逸れた腕に向かい、将輝は得意魔法である「爆裂」を叩き込む。
吸血鬼の右腕が鮮血とともに吹き飛んだ。大きく後退した吸血鬼が吹き飛んだ腕の付け根を押さえる。
「降伏しろ。今から治療すれば命は助かるだろう」
片腕を失った吸血鬼に勝ち目はないはずだ。しかし、その想像は裏切られた。
失った右腕の付け根を押さえていた吸血鬼の左腕が離れる。そのときには爆裂で吹き飛んだはずの右腕が復活していた。
「人間とは思えない回復力だね。まさか本当に吸血鬼なのか?」
「さあな。だが、回復するというのなら、それを踏まえて攻めればいいだけだ」
真紅郎にそう返して将輝は再び吸血鬼と対峙する。そのときには、将輝は吸血鬼を生け捕りにすることを諦めていた。
初手は速度の高い真紅郎の「不可視の弾丸」。回避不能の魔法で吹き飛んだ吸血鬼に対して吉田の「雷童子」が追撃として叩き込まれる。
絹を裂くと表現するには、獣じみた悲鳴が上がる。だがそれはすぐ、声に相応しい雄叫びに変わった。標的の体内に浸透して消え去るはずの閃光が、頭を抱えるようにした女吸血鬼の両手に移った。
普通の人間ならば、これで十分。だが、この相手にはこれでは不十分なのは学習済だ。
「恨むなよ」
得意魔法の爆裂を、今回は吸血鬼の胴体に放つ。最高威力で放った爆裂は吸血鬼を文字通り爆発四散させた。今度は吸血鬼が起き上がることはなかった。その代わりに死体からは黒い靄のようなものが見えた気がした。
怪訝に思いながら観察していると、靄が急に大きく膨らみ将輝の方に向かってきた。それは避ける間もなく将輝を包み込もうとする。
「バーニング・フル・フィンガーズ!」
慌てて後退しつつ、九校戦で習得した魔法で靄を切り払う。靄が消えた後もしばらく警戒をしていたが、幸いにも何の影響もないようだ。
「大丈夫なの、将輝」
「ああ、とりあえず身体は何ともない。それより千葉さんの援護に向かおう」
そう言って目を向けた先では、吸血鬼を追跡していた仮面の人物が千葉との戦いを切り上げて逃走をしているところだった。
「ひとまず片付いたみたいだな」
吸血鬼の謎の回復力、最後に将輝を包んだ靄、そして仮面の追跡者の正体。気になることはいくらでもあるが、初日から吸血鬼を討伐できた。その成果をもって将輝たちは本日の捜索を終えた。
だが、意気揚々とホテルに戻った将輝たちが目にしたのは、荷物と共に姿を消した他の七本槍たちの無人の部屋だった。