今日も発生した吸血鬼と、赤い髪の冷たい印象の仮面の魔法師の戦闘を、達也は木陰から観察していた。
この公園に着いたのは、交戦が始まる三分前。捕捉地点の予測的中を確認した時は思わず口元を緩めてしまったが、今は息を潜め気配を殺して、介入の機を窺っていた。
先日から協力関係となった真由美からの情報によれば、吸血鬼は複数、これを追う狩人も複数ということだった。そして実際、目の前で戦っているのは達也がこれまで見たことのない吸血鬼だ。
押しているのは、明らかに仮面の魔法師の方だった。吸血鬼は逃げ出す機会を探っている。そして、その逃げ道を塞ぐ包囲網はまだ不完全だ。
七草家と協力体制にない警察も含めれば四つもの勢力が複雑に牽制し合う中で、四方向から四人の魔法師がこの場に迫って来ている。街路監視機器が使えないアウェーだろうに、よくも別の勢力に気づかずに四人も集めた、と言うべきなのだろうが、立体的に広がるこの街で逃走経路を全て潰すには手が足りないと言わざるを得ない。
吸血鬼を追う全ての勢力が手を結べば、各チームがこれだけの数を出しているのだから追い込むのは簡単なはずだ。だが思惑の違いからそうも行かないのだろう。達也からして、真由美ともエリカとも目的が完全に一致しているわけではないのだから。
仮面の魔法師の反応を何通りか予想しながら、達也は腰の後ろからCADではなく銃を抜いた。手にする銃は、使用する弾丸の特殊性から中折れ式の単発銃。
サプレッサーにより発射音のほとんどを吸収された低速重量弾が、狙い通りに吸血鬼の腹部を捉える。九ミリ弾の二倍の重量を持つ弾が、速度の不足を補って吸血鬼を後ろ倒しに転倒させた。
仮面の魔法師が、達也の方へ顔を向けた。金色の瞳に射抜かんばかりの苛烈な眼光を宿して達也を見ている。そこにあるのは、誤解の余地無き敵意。どうやら、仮面の魔法師の反応は良くない予想の方となったようだ。
相手の手に握られた中型の自動拳銃。その銃身部分に魔法式が形成されているのを達也の視力は捉えた。
発動した魔法は情報強化。銃身を通過する銃弾の諸属性を強化する魔法。
達也はCADのセレクターを操作し、実体分解の魔法に切替えた。
弾速を含めた属性情報が強化された仮面の魔法師の弾丸はその飛翔の途上、微塵に分解された。
普通に「停止」や「ベクトル改変」では、今の弾丸は防げなかっただろう。克人レベルであれば話は別だが、並みの魔法師では不可能だ。十師族の実戦部隊クラスでも難しいだろう。
斯く言う達也も、「分解」が「情報強化」に対して相性の良い魔法だから対処できたのであり、そうでなければ特に対策もとっていない初見で防ぐのは困難だったに違いない。
自慢の魔法を破られて動揺する敵の隙をついた達也の対抗魔法・術式解体が外装を吹き飛ばし、仮面の魔法師の正体が露わになる。
深淵の闇を思わせる真紅の髪は、弱々しい街灯の光の下ですら煌く黄金に。
禍々しい金色の瞳は、澄み渡った蒼穹の色に。
頬の線は柔らかく、身体つきは華奢に。
身長すらも、わずかに縮んで見える。いや、今までが高く見えていたのか。
その美貌は、小さな仮面程度で隠せるものではなかった。
なる程、体格すら違って見えるなら、今まで世界中の目を眩まし得ていたのも納得できる。様々な材料とともに市丸からの助言がなければ、仮面の魔法師の正体がリーナだという確信にまでは至らなかっただろう。
「止せ、リーナ! 俺は君と敵対するつもりは無いっ」
仮面の魔法師、リーナとの戦闘は、達也にとって必要の無い、余計なもの。このセリフは、その幕を引く為のものだったのだが、これは悪手、逆効果だった。仮面の奥の蒼の瞳に光が宿った。
拳銃一体型CADを腰のホルスターに戻したリーナの右手には、スローイングダガーが握られていた。
リーナがそのまま腕を振る。ダガーは、達也の肉眼が知覚した位置より一メートルほどずれた所から飛んで来た。
横に飛んでかわしながら、達也の目はその軌道をたどる。達也が目を向けた先で、幻影が再びスローイングダガーを構えていた。
パレードの術式が作り出す情報体に記述されている要素は「色」、「形」、「音」、「熱」そして「位置」。八雲の幻術「纏衣」と同じだ。
本体とそっくりの同じ色と形と音と熱を本体からずれた位置に映し出す「纏衣」に対して、リーナの「パレード」は本体と異なる色、異なる形を映し出すことに重点が置かれていた。しかし、「パレード」から位置を偽装する機能が省略されているわけではない。九島が編み出し、リーナが受け継いだ魔法式にも、位置をずらす機能は実装されている。
魔法を掛けるためには、対象物のエイドスに魔法式を投射しなければならない。
幻影が本体と別の場所に投射されても、幻影の本体の関連付けをキーとして本体を探し出すことは可能だ。しかし座標が偽装され情報の次元に本体のダミーが用意されているとなると、五感の情報を元に放たれた魔法式はダミーの方に作用して、「何も起こらない」ということになってしまう。これが対抗魔法「パレード」のシステムだ。
故にパレードを破る為には、幻影を破壊し、新たな幻影が形成される前に本体を見つけ出して攻撃するか、五感に頼らず情報の次元における本体の座標を割り出して攻撃するしかない。もっとも、普通ではない方法でリーナの位置を割り出して、攻撃するという手もある。
「射殺せ、神鎗」
そして、その普通ではない方法で索敵ができる男が、この場に介入して来た。達也の後方から伸びて来た刃は、達也が認識しているリーナから二メートル右の位置を切り裂き、地面にスローイングダガーを散らばらせた。
「どうしてワタシの場所がわかったのかしら?」
「ボク、気配に敏感なんや。いくら魔法で位置情報を誤魔化したところで霊圧を消せんのなら意味がないで」
「霊圧って何なのよ……」
「それより、こっちに止めを刺させてもらうわ」
そう言った市丸が倒れたままの吸血鬼の白い仮面を両断するように刃を伸ばす。
「それで、何で二人が戦っとるん?」
そうして吸血鬼の仮面を割ったところで、改めて聞いてくる。
「俺としてはリーナと戦う理由はない」
「ワタシとしては……ここで引き下がるわけにはいかないのよ。理由としては、それで十分でしょ。アクティベイト、『ダンシング・ブレイズ』!」
市丸の注意が自分に向かっている間にリーナが叫ぶ。リーナのスローイングダガーは音声認識の武装デバイスだったようだ。
リーナの足元に散らばっていた五本のダガーが市丸へと殺到する。が、それを市丸は事もなげに手持ちの刀で打ち払った。
「無駄だぞ、リーナ。そこにいる市丸は大亜連合のエース、呂剛虎を赤子の手を捻るように倒せるほど、近接戦に優れている」
「そうやで。それと、今のうちに周辺におるの、引かせといた方がええで。リーナなら見逃したるけど、他の子らは殺すで」
市丸の忠告は届かなかったようだ。四方から一人ずつの計四人。警官の姿をした男が拳銃を手に近づいてくる。その接近を待たず、市丸は警官姿の男の一人の胸を、伸ばした刀で串刺しにする。それを見て、残る三人のうち一人がリーナの元に、二人が市丸に向かう。だが、その二人は五秒と持たずに市丸に切り殺された。
「ワタシの素顔と正体を知られた以上、スターズは貴方たちを抹殺しなければなりません。仮面のままであれば幾らでも誤魔化しようはあったのに、残念です」
「それやったら、ボクら二人を殺したところで無駄にしたるわ。黒白の羅、二十二の橋梁、六十六の冠帯。足跡・遠雷・尖峰・回地・夜伏・雲海・蒼い隊列、太円に満ちて天を挺れ。縛道の七十七、天挺空羅」
リーナと部下の一人が警戒する中、市丸が謎の詠唱を完成させる。
「市丸ギンや。皆、アンジェリーナ=クドウ=シールズの正体はアンジー・シリウスやで。とりあえず、それだけ覚えとって」
その声は達也の頭の中に直接、響いてきた。
「今のは大勢に強制的に伝言を届ける魔法や。今ので深雪や光井、千葉や西城ら君のことを知っとる人にはだいたい伝えたからな。君、素顔で学校に通っとったから、もう素顔を隠すのは無理やで。それより、これを伝えた直後に君がボクたちを抹殺すると、却って事が大きくなるんとちゃう?」
「それは確かにそうだろうな。アンジー・シリウスが日本で同級生を殺害。これは悪い意味で有名になるだろうな」
リーナにも声は届いていたのだろう。おそらく、対象に入ってなかったであろう部下が困惑する中、リーナが急速に闘志をしぼませる。
「それじゃ、ボクらは行くから」
悠々とその場を離れる市丸と一緒に達也も現場を離れた。