魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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第一高校に現れた吸血鬼

 週明けの教室、達也はここ数日お馴染みとなった光景に出くわした。

 

 エリカが机に突っ伏している。今日は朝早くに登校したのは良いものの、そこで力尽きてしまったようだ。

 

 そして、幹比古が教室に顔を見せたのは、二時限目が終わった後だった。遅刻ではない。今日もまた、保健室のお世話になっていたのだった。

 

 結局、エリカがようやく復活したのは昼休みになってからだった。そして、目を覚ますや否や、美月を空き教室へと連れていった。

 

 一方の達也は食事を済ませた後、校舎の屋上に来ていた。昼食時に一緒であった深雪とほのかはこの場にはいない。

 

 第一高校主校舎の屋上はちょっとした空中庭園になっていて、瀟洒なベンチも置かれた校内の人気スポットになっている。だが、真冬のこの時期に、屋外の吹きさらしのこの場で過ごす猛者はほとんどいない。だが、そんなことはお構いなしに時を過ごす者もいる。達也の傍にいるのは、校舎の屋根の上が定位置という、そんな猛者である市丸だ。

 

「それで吸血鬼の対処はどうなっているんだ?」

 

「昨日までで五体を処分したんやけど、最近は動きが少なくなっとるから、探し当てるのも一苦労なんや」

 

「なあ、市丸。吸血鬼はなぜ魔法的な資質の高い人間を襲っているんだ?」

 

「必ずしも魔法的な資質の高い人間やないとあかんゆうことはないで。ただ、霊圧が高い人間は魔法的な資質も高いことが多いゆうだけや」

 

 市丸はリーナのパレードも霊圧の感知で見破ったということを言っていた。達也の知覚力では、吸血鬼の情報を発見することはできても、解析することはできない。市丸の技能を羨む気持ちは高いが、秘密主義な市丸に聞いたところで詳細を教えてくれるわけはないことは、すでにわかりきっている。

 

「ん、どうやら敵が校内に侵入したみたいやね」

 

「校内? 細かい位置はわかるか?」

 

「通用門から資材搬入口の間やね」

 

「今日はマクシミリアンの社員が新型測定装置のデモに来る予定になっていたはずだ」

 

 つまりは、その中に吸血鬼が紛れ込んでいるということだ。

 

 何故今、何が目的で吸血鬼が一高に来たのか。前の考察にもつながるその疑問を一旦棚上げにして、達也は勢い良く立ち上がった。

 

 ベルトにつけていた飛行デバイスのスイッチを入れ、フェンスを飛び越える。その後を市丸は飛行デバイスを使用せずに、謎の空中静止魔法を使ってついてくる。

 

 魔法工学産業トップメーカー、マクシミリアン・デバイスの業務用トレーラーの付近には六人の社員がいる。そのうちの誰が吸血鬼であるのかは達也には特定ができない。そして、何より気になるのはリーナがトレーラーに近づいていることだ。戦闘態勢を取っていないので、吸血鬼の接近を感知しての迎撃ではない。

 

「市丸、誰が吸血鬼なのかわかるか?」

 

「リーナが歩み寄っとのがそうやね」

 

 トレーラーの脇に立ち止まったリーナは技術者と思しき若い女性へと歩み寄っている。リーナが迷いなく歩み寄ったところを見ると、どうやら女性はUSNA軍がマクシミリアンに潜り込ませたエージェントのようだ。

 

 となると、無暗に攻撃を加えるとUSNAのエージェントに攻撃を仕掛けたと誤認され、リーナと無用な戦闘に突入する可能性がある。

 

 どうするか迷っている間に女性の周りに、多数の「精霊」が舞い始めた。

 

 技術者然とした女性が普通の魔法師には見えないはずの精霊に向かって、虫でも追うように手を振る。それで、達也もその女性が吸血鬼であると確信を持った。

 

 次の瞬間、認識阻害の領域魔法がリーナたちを取り囲む。

 

「幹比古だな。大した腕だ。効果は視覚遮断と聴覚遮断か。実体の移動を阻害する効果は無い……な」

 

 どういう意図で動いているのか事前の打ち合わせがないのでわからない。だが、この状況ではリーナは自分に敵対の意思ありと考えて動いても不思議はない。幹比古は最近、腕を上げた。それでもリーナが相手では分が悪すぎる。

 

「何をするの、エリカ!?」

 

 市丸と一緒に幹比古の結界の中に突入した達也の耳に飛び込んできたのは、リーナの叫び声だった。その声の方ではエリカが技術者の女性に片手突きの体勢に引き絞った小太刀の先端を向けていた。

 

 リーナは技術者を守ろうと、エリカを吹き飛ばす為の魔法を発動する。

 

 だが、その魔法はエリカを覆った対魔法障壁に阻まれた。

 

「カツト・ジュウモンジ!?」

 

 リーナが愕然とする間にエリカが技術者に斬りかかる。しかし、技術者はCADを使わず防壁の魔法を掌に纏わせ、素手で小太刀を受け止めて見せた。

 

「どういうこと……?」

 

「どういうことも何も、あれが君らの言う吸血鬼というだけや」

 

 市丸の言葉に衝撃を受けたらしいリーナが動きを止める中、エリカは技術者の首へ水平に斬撃を走らせる。吸血鬼は手を掲げて防御をしようとするが、エリカの斬撃は手品のように軌道を変えて正面から胸を貫いた。

 

 だが、次の瞬間、厳しく表情を引き締めたのはエリカだった。スカートをはいていることに頭から頓着せず、足を振り上げて吸血鬼の腹を蹴りつける。その反動で小太刀を抜くと、軸足でジャンプして大きく後方に跳び退った。

 

 エリカの残像を吸血鬼の右手が薙いだ。鉤爪状に曲げられた指は力場を纏っていた。貫かれた胸の穴は、エリカやリーナが見ている前で、瞬く間に塞がった。

 

「だったら、これでどうかしら」

 

 その声と共に、冬がいきなり勢力を増した。抵抗する間もなく吸血鬼は凍りついた。

 

「深雪?」

 

 あまりに呆気ない結末に、思わず構えを解いたエリカが気の抜けた声で問い掛ける。吸血鬼を凍らせたのは、後から幹比古たちを追ってきた深雪だった。

 

「リーナ、どうやら知り合いらしいが、彼女はもらっていくぞ」

 

「チョッと待ってよ。勝手に持っていかれちゃ困るんだけど」

 

 異論を唱えなかったリーナに対し、エリカは大人しく引き下がってはくれなかった。達也としては調べた結果だけ知れれば十分なので、譲ることはやぶさかでない。

 

「まだ終わりやないで」

 

 氷の彫像と化した吸血鬼の身柄の行方についての相談を始めようとしたところで、市丸が警告を発した。その警告で、放出系の魔法により引き起こされた空中放電は、克人の展開した障壁に阻まれ、達也が放った対抗魔法によりかき消された。

 

 深雪とエリカが魔法を放った術者へ振り返る。そこで二人揃って、戸惑いに立ちすくんだ。電撃の魔法を放った吸血鬼は、凍りついたままだ。生身の人間が、いや、人間でなくてもこの状態で意識があるはずはないし、魔法を使えるはずもない。

 

 それが、覆された。氷の彫像が電光に包まれた。

 

「自爆!?」

 

 悲鳴を上げたのは、リーナ。

 

「伏せろ!」

 

 克人と達也が同時に叫んだ。達也が深雪を抱え込んで、幹比古が美月を両腕に庇い、克人とエリカとリーナが、身体を丸めて防御姿勢を取る。

 

 深雪の氷を突き破って、吸血鬼の身体が炎を発した。そうして身体が炎に包まれるかと思われた瞬間、吸血鬼の額を刃が貫いた。

 

「虚と融合した人間と戦う際は仮面を狙え言うたやん」

 

 エリカが切りつけても、深雪が氷漬けにしても倒すことができなかった吸血鬼が動きを止め、ゆっくりと消えていく。

 

「君らはあれを捕らえたかったようやけど、あれを捕らえるのは普通の人間には無理やで。諦めて倒すことに専念せんと、死ぬことになるで」

 

 仮面をしっかりと狙えば、達也でも吸血鬼を倒すことができるのだろうか。市丸の言葉だけを聞けば倒せそうだが、簡単にはいかないような気がする。

 

 市丸の持っている刀。あれが刺さった瞬間の吸血鬼の反応は、仮面の破壊とは異なるものに思えてならない。

 

「十文字、後のことは任せるで」

 

 吸血鬼を始末した市丸は、もはや用事は終わったとばかりに去っていく。その背に、呼び止める声をかけられる者は誰もいなかった。

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