達也のいるレストランの前に停車したボックスワゴンの中には、今にも飛び出そうとしている五人の敵がいる。そのことを確認して、達也はわずかに逡巡した。
この場は、逃げようと思えば逃げられる。車は後からリモートで呼べばいいのだ。逃走と戦闘。両面を考慮しながら、達也はテーブルの端末で勘定を済ませて立ち上がる。
それを見ていたのだろう、慌ただしくボックスワゴンのドアが開いた。相手の対応の速さから、達也は戦闘になる公算が高いと判断した。
店内では身動きが取り辛い。達也は早足にエントランスへ向かった。店の玄関は、ワゴンの正面だ。
スキー用の目出し帽のような覆面をつけた五人が路上に立つのと、達也が店を出たのは、ほとんど同時だった。
覆面からのぞく瞳は青、赤、黒、茶、灰色とカラフルだった。
これがカラーコンタクトで、外国人の犯罪に偽装しているというのなら徹底しているが、多分、そうではあるまい。逆に、外見を隠そうという意図は大して強くないのだろう。顔が割れても正体が特定されない自信があるのかもしれない。
先回りするように自分たちの前に立った達也に、襲撃者たちは戸惑っている。ただ、睨み合いは、長く続かなかった。
「薄汚い鼠が這い回っとるぞ」
ワゴンを飛び越えて現れた一人の少年が、襲撃者の一人の首を斬り落とす。それは、九校戦にも出場していた八幡甚十郎だった。
「お前、吸血鬼となっていたのか……」
達也は九校戦の折、一年生女子の準備にかかりきりだった。八幡のことも、それほど詳しく見ていたわけではない。それでも、懇親会などの折に何となくではあるが姿を見ている。そのときには、今のように明らかに常人とは異なる情報を持ってなどいなかった。達也は最大限に警戒を強める。
八幡の乱入に驚いたのは達也だけではない。むしろ、仲間を殺害された襲撃者たちの方が狼狽を露わにしていた。
「いざ斬り落とせ、首狩り包丁!」
そして、乱入者は一人にとどまらなかった。もう一人、飛び込んできた影が襲撃者の首を刎ねる。
今度の少年は、達也の知らない男だった。だが、八幡と同じような雰囲気を纏っており、更にはタイミングを合わせて現れたようにしか見えないことから、こちらの少年も吸血鬼であると思われた。
今度は襲撃者たちは迷わなかった。達也と襲撃者たちは未だ直接的な交戦には至っていない。それに対して吸血鬼となった少年たちは明確に敵対的な行動に出ている。
小さく、ガチャリ、と襲撃者たちが一斉に銃を構える音が達也の耳に届いた。短機関銃形態の大型CADではなく、サブマシンガンにCADを組み込んだ武装デバイスだ。
この装備だけで、彼らは自分たちがUSNAの魔法師だと白状しているようなものだ。
西欧諸国も東欧諸国も新ソ連も、こんな複雑な機構の武器は使わない。
アメリカ軍以外でこんな凝った武器を使うのは、日本の、他ならぬ独立魔装大隊くらいのものか。
「八幡の三段構え、一の陣、疾風迅雷!」
短機関銃が火を吹くのにも構わず八幡が移動魔法で距離を詰め、もう一人、襲撃者の首を刎ねる。八幡の移動魔法の発動と銃火器の発射は、ほぼ同時。つまりは八幡はその身に銃弾を受けながら敵を斬った。
襲撃者が展開した起動式から、ケイ素化合物の軟性弾丸に、射出時帯電、着弾によって放電する効果が付与されていたことが分かった。一種のテイザーガンなのだろう。どうやら達也を生け捕りにすることを狙っていたようだ。
だが、それは完全に裏目に出た。ただでさえ高い再生力を持つ吸血鬼を相手に中途半端な武器を持ち込んだことで襲撃者たちは不利な戦いを強いられている。
吸血鬼は達也にとっても敵だ。だが、達也の捕縛の命令を受けたUSNAの軍人と共闘ができるかと問われると首を横に振るよりない。下手に吸血鬼との交戦に入り、背中から撃たれたのでは堪らない。彼らには悪いが、介入をするのは襲撃者たちが全滅してからの方がよいだろう。
そう考えていたが、襲撃者たちが全滅する前に、予想外の方向から更に戦いに介入する者がいた。
「僕の名は千葉修次。君のクラスメイトの、千葉エリカの兄だ。この場は僕が引き受ける。君は後ろに下がっていなさい」
そう名乗りながら、一人の青年が達也と襲撃者の間に割り入ってきた。自分を監視している目があることは、達也も把握していた。それがUSNAとは別口であることも。
だが、未だ達也への攻撃が行われない段で介入してくるとは、予想外だった。もう少し傍観に徹するものと達也は予想していたのだ。
「ありがとうございます。ですが、俺も戦います」
千葉修次が近接戦闘では世界でも上位の実力を持つ魔法師であると聞いている。しかし、ただでさえ吸血鬼たちは再生能力が高い。得意としているのが近距離戦である千葉修次では二人の吸血鬼を相手にするのは厳しいだろう。
加えて、目の前の戦いを見ても、八幡たちがこれまで見たことのある吸血鬼たちより、数段上の実力を持っているのは明白だ。再生能力までを考慮すれば、千葉修次は吸血鬼たちに敗北する可能性が高い。
「邪魔をするのなら、容赦はせんぞ」
襲撃者の最後の一人を置いて、八幡が修次の方に向かってくる。直線的に突っ込んでくる八幡に対し、修次は突進、停止、方向転換、突進、停止を繰り返すことで、残像を生み出して八幡の攻撃を躱しつつ、すれ違いざまに八幡の手首に小太刀を一閃させた。
修次の小太刀の刃先は黒い線に縁取られていた。だが、その刃では八幡に深手を負わせることはできなかった。明らかに手首を斬り落とす勢いで振り下ろされた刃は八幡の腕を浅く傷つけただけだった。
八幡が左手に隠し持っていた短刀を修次に向けて投げる。達也はそれを分解魔法で消滅させた。吸血鬼本体は情報解析ができていないので分解魔法は使えない。だが、単なる短刀であれば分解は可能だ。分解魔法は、あまり人前では使いたくない魔法だ。だが、今回はあまり出し惜しみはしていられない。
攻撃を無効化された八幡が下がり、もう一人の少年と合流した。ちなみに、もう一人の少年はすでに最後の襲撃者の首を刎ねている。
「あの大刀を持つ少年は首狩り五郎左の異名を持つ矢嶋五郎左衛門だ。接近戦では危険な相手だから注意した方がいい」
修次がそう言ったことで、達也はもう一人の少年の名を知った。仕切り直しとなった両者が再激突に向けて僅かに腰を落とす。
その瞬間、強烈な危機感が、達也を襲った。それは八幡と矢嶋も同様だったようだ。両者、刀を正眼に構える。
直後、煌く光条が八幡と矢嶋に襲い掛かかった。光条の正体は、高エネルギープラズマのビームだ。
八幡の太刀と矢嶋の大刀が、高エネルギープラズマのビームを迎え撃つ。
何か不可思議な靄のようなものを纏った二人の刀身に当たる直前で、ビームが左右に分かれる。
不思議なことにプラズマのビームは、道沿いに並ぶ建物へ届く前に消えている。
達也は光条の推定射出地点へ目を向けた。
遠く、闇に霞む車道の中央、街灯にボンヤリと浮かび上がる、真紅の髪と金色の瞳。水平に突き出した横木のついた杖のような物の先端を八幡と矢嶋に向ける、USNAの仮面の魔法師「アンジー・シリウス」がそこにいた。
USNAの戦略級魔法師アンジー・シリウスの操る「ヘビィ・メタル・バースト」。それは、重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇と陽イオン間の電磁的斥力を更に増幅して広範囲にばらまく魔法だ。
二人から逸れたプラズマ光条が道路沿いの建物に被害を与えなかったのは、プラズマが届かなかったからだ。標的を通り過ぎるとプラズマがエネルギーを失うように術式が組まれていたのか、あるいはビームの終点にストッパーの役割を果たす力場を設定していたのだろう。
ヘビィ・メタル・バーストを正面から受け止めた八幡と矢嶋だったが、すぐにリーナへの反撃に向けて動き始める。二人は達也と修次のことを放置してリーナへと向かって走り出した。達也は修次と一瞬だけ視線を交わし、二人で八幡と矢嶋の後を追う。
リーナが杖から水平に突き出している横木の片側を握った。その杖の先端が煌く。
細く絞り込まれた光条が八幡に向かって放たれる。その直前、額に掌をかざした八幡の顔に白い仮面が現れるのを達也は見た。そして、リーナから放たれた光条は、八幡から放たれた閃光によって相殺される。
「八幡の三段構え、一の陣、疾風迅雷!」
驚くリーナに向けて八幡が移動魔法で接近して右手の刀を一閃させる。手に持つ杖状のCADで辛うじてそれを防いだリーナだったが、そこに矢嶋の大太刀が振るわれる。咄嗟に取り出したダガーで辛うじて軌道を逸らしたリーナだったが、矢嶋の斬撃の威力に押されて肩に浅くない傷を負っていた。吸血鬼と化した八幡と矢嶋は驚くべきことにUSNA最強の魔法師であるシリウスであるリーナを接近戦では押していた。
達也にリーナを助ける義理はない。けれど、吸血鬼は達也にとっても敵だ。どうにも和解が難しそうな吸血鬼とリーナでは、どちらと手を組むかは明白だ。
「加勢するぞ」
言いながら、吸血鬼に攻撃を仕掛ける。だが、霧散霧消が使えない以上、今の達也には吸血鬼に有効打を与える魔法が存在しない。ひとまず魔法をその手に宿した手刀を振り下ろすが、八幡の身体を浅く傷つけたのみだ。修次が小太刀で攻撃したときにも思ったが、八幡の身は強度の高い硬化魔法に覆われているようだ。
「ここは引こう」
達也だけでなく、修次とリーナも八幡と矢嶋に致命傷を与えられていない。そして、致命傷でなければ二人は僅かの時間で傷を再生されてしまうことだろう。人数の有利に加えて、個々の純粋な戦闘力でも達也たちが上回っている。だが、防御力と回復力の差は如何ともしがたい。
相手は何度も傷を負っても平気な様子なのに、こちらは達也以外は、一回でも直撃を受ければ終わりなのだ。一応、達也がいるので何とかできるとはいえ、それは二人は知らないことだし、教えるつもりもない。
二人も不利は自覚していたようで、リーナが水蒸気を発生させて煙幕を作る。その中に紛れる形で三人はそれぞれ別方向へと散った。