USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長のヴァージニア・バランス大佐は予想外の事態に唇を噛み締めていた。バランスたちは当初の脱走者の追跡任務から、戦略級魔法師と目されているタツヤ・シバの拘束に作戦を移した。
だが、タツヤを拘束するために送り出した部隊は、標的と交戦に入る前に乱入してきた吸血鬼たちによって壊滅させられた。更には参戦したシリウスは、一時的にとはいえ、標的と共闘した上で撤退を強いられるという有様だった。これだけでも頭痛の種なのだが、今しがた受けた報告は更に頭の痛い内容だった。
それは、シリウスの支援のために送り出した部隊が使用しているワゴンが、別の吸血鬼の襲撃を受けているという報告だった。幸いなことに、支援任務のため、ワゴン車の通信機器は充実している。
「映像は入るか?」
「メインモニタに映します」
メインモニタの映し出されたのは、一人の少年に弾幕を作って対抗する支援部隊員たちの姿だった。
「あの少年は……」
そう呟いたのは、日本に潜入してからの期間が長い部下だった。
「知っているのか?」
「九校戦に出場していた選手の一人です。第三高校の生徒で、名前は確か新庄継之進」
「シリウス少佐と交戦状態に入った吸血鬼たちも確か第三高校の生徒ではなかったか? もしやこれは吸血鬼の仕業と見せかけた日本による我らへの妨害工作……いや、その線の可能性は低いか」
吸血鬼たちはバランスたちの標的であるタツヤの他にもう一人、日本の剣士とも交戦状態に入っていた。そしてタツヤと剣士についても最初から協力関係にあるようには見えなかった。となると、バランスたち、吸血鬼、タツヤ、剣士という四勢力が入り乱れた状態であったと考える方が自然だ。
モニタに意識を戻すと、吸血鬼は支援隊員たちにより、その身に多数の銃弾を受けていた。しかし、強力な硬化魔法を纏っているのか、その身に大きな傷を与えることはできていない。仮にも他国の首都で用いるのだ。高性能のサプレッサーに加えて炸薬も特殊なものを使用しているので、銃撃音はほとんどしない。だが、そのために少なからず威力は犠牲になっている。タツヤを襲撃した部隊もそうだが、今回もそれが完全に裏目に出てしまったようだ。
「新庄流抜刀術、風斬」
その間に、吸血鬼が呟きながら抜刀した。吸血鬼の刃は支援隊員たちには届いていないはずだが、その刀身から生み出された刃が部下の身体を切り裂く。
銃撃だけでは吸血鬼を倒せないと悟った支援隊員の三人が白兵戦に切り替えるべく大型ナイフを手にする。他はそのまま牽制のための銃撃を続ける中、三人のうちの一人がナイフを投擲し、残りの二人が高周波ブレードを纏ったナイフで切りつける。
ナイフで斬りかかった二人の技量はそれなりに高かった。ただし、吸血鬼の腕はそれ以上だった。刀の間合いに入った瞬間、一人が袈裟に斬り倒される。その隙にと迫ったもう一人も返す刀で斬り倒された。
二人を斬ったときの体捌きで、吸血鬼の近接戦闘能力の高さは伺い知れた。それよりも脅威だと感じたのは、銃撃をものともしない防御力だ。通常の相手であれば、銃撃を躱すなり受けるなり、何らかの対処をする。斬られた二人は、きちんと相手が何らかの対処をした隙を突く動きができていた。想定外だったのは、吸血鬼が銃弾に対して全く反応をしなかったということだ。
支援隊員たちも戦闘訓練を積んだ兵士たちだ。玄人であればこその合理的な行動が、今回はマイナスに作用した。
残った隊員たちはサブマシンガンで吸血鬼に攻撃を仕掛ける。支援隊員の中では最も接近戦に長けた二人が、あっけなく倒されてしまったのだ。銃弾がさほど効いていないことは承知の上で、無傷ではないと信じて撃ち続けることしかできないのだ。
「シリウス少佐、支援隊員の援護に向かえるか?」
「……すぐに向かいます」
「待て、シリウス少佐、負傷しているのか?」
反応の鈍さから、バランスはシリウスの負傷を危惧して質問する。
「……左腕を骨折しています」
「わかった。シリウス少佐は援護には向かわず、帰投せよ」
シリウスは首狩り五郎左と呼ばれていた吸血鬼の大刀を、左手のみという不十分な態勢でダガーで受けていた。その際に受けきれずに負傷したのだろう。シリウスを失うことは許されない以上、負傷した状態で吸血鬼との戦いに投入することは避けたい。
「このままでは全滅する。やむを得ん、散開して撤退させろ」
支援隊員たちが全員が生き残るのは難しい。だが、散開すれば一人くらいの犠牲で助かるだろう。バランスの指示を受け、生き残りの三人の支援隊員たちが撤退を開始する。
「三十六計逃げるに如かずか。しかし、その判断は遅きに失したな」
新庄継之進と呼ばれていた吸血鬼がそう呟いた瞬間、二人の支援隊員の頭を矢が貫いた。そして、最後の生き残りも新庄の手によって命を絶たれた。
「薄衣殿、見事な二本撃ちでござった」
「新庄殿が、よく引き付けておいてくれたゆえ」
支援隊員たちは全滅したが、通信機器は未だ声を拾っている。どうやら新手の吸血鬼のようだ。
「新手の吸血鬼は確かウスギヌとか呼ばれていたな。その者の情報はあるか?」
「その者も第三高校の生徒だと思われます。今、情報を確認していますが……ありました。やはり第三高校の生徒で、薄衣尚之助という名です。どうやら弓の名手として高名な少年のようです」
「第三高校はここから離れたホクリクにある学校のはずでは? なぜ、これほど多くの生徒がトウキョウにいる?」
「わかりません。今は長期休暇中ではないはずですが……」
日本に詳しい部下でも多くの第三高校の生徒が吸血鬼となり、しかも東京にいる理由はわからないようだ。まあ、この際、第三高校の生徒が吸血鬼となった理由は二の次だ。重要なのは吸血鬼がUSNAを敵視している理由だ。
「新ソ連の佐渡侵攻の際に活躍したのは義勇兵として参戦した北陸の魔法師たちでした。ですが、彼らの犠牲も少なくなかったと聞いています。第三高校の生徒の中にはその際に肉親や親族を失った者も多いでしょう。そこに、先の大亜連合による横浜事変が発生しました。彼らの潜在的な外国人に対する敵意が影響しているのかもしれません」
部下の推測は間違っていないように感じた。
「こうなると、タツヤ・シバよりも先に吸血鬼に対処せざるをえないか……」
今の吸血鬼の戦闘力は、初期に対処したスターズの隊員の吸血鬼をも超えているように感じる。
「シリウス少佐、タツヤ・シバと休戦協定を結ぶことは可能か?」
シリウスが最寄りの隠れ家に帰還したところで尋ねると、当然だが少しばかり驚いた表情を見せた。
「敵対的な行動を取った直後に虫のいい話と思われるだろうが、貴官が吸血鬼に襲撃されている際、タツヤ・シバは援護するような行動を取っていた。可能性はあると思うが?」
「それは、再び脱走者の追跡を優先任務に戻すということですか?」
「そう考えてもらって構わない」
タツヤ・シバと吸血鬼、どちらもバランスたちの敵だ。そして、タツヤ・シバを狙って作戦行動を取るにしても、常に吸血鬼の襲撃を警戒しなければならない。それならば、話の通じる相手と休戦し、吸血鬼の処分後に本来の作戦に戻ればいい。
バランスの考えていることを理解したのだろう。シリウスは少しばかり嫌悪感を示した。バランスは吸血鬼退治の間だけ休戦し、その後はしっかりとタツヤ・シバの術式の無力化を行うつもりだ。人間としては外道だとバランス自身も思う。だが、それが国益となるのなら、バランスはどんな非道なことも行おう。
「では、頼んだぞ、シリウス少佐」
バランスの覚悟が伝わったのか、今度はシリウスもしっかりと頷いた。