翌日の朝。
USNA海軍所属の小型艦船が日本の領海を航行中、機関トラブルにより漂流していたところを防衛海軍に保護された、というニュースが活字、映像両メディアを賑わした。
戦力の運用に制限のある秘密作戦中とはいえ、相手は一国の正規軍、それも地方軍閥に毛が生えた程度の小国の軍隊ではなく、極めつけの大国の、おそらくは精鋭部隊だ。
漂流船が「保護」された時刻から見て、達也がUSNAの部隊と交戦直前に吸血鬼の介入を受けたことを報告してから、半日どころか更に半分程度の時間で精鋭部隊の作戦本部を襲撃して、指揮官を拘束した上で、海の上に放り出して保護させるという後始末まで完了された計算になる。おそらくは四葉本家が動いたのだろうが、達也から見ても驚くべき対応の速さだ。それだけUSNAに達也と深雪のことを探られるのが邪魔だったということだろう。
そんなことを考えながら、一年E組の教室に入った達也は、いつもと違う空気を嗅ぎ取り左右に目を走らせた。
原因はすぐに分かった。エリカがムスッとした顔で窓の外を眺めていた。体中から不機嫌のオーラが湧き出しているような姿だ。朝から不機嫌だったエリカだったが、行動を起こしたのは放課後になってからだった。
「達也くん、チョッといい?」
そう言って達也はエリカから第一高校主校舎の屋上の庭園に呼び出された。この場所は事実上、市丸のテリトリーと化しているので、屋上には市丸も待っていた。
「USNAの小型艦船が漂流していたニュース。あれに達也くんは関わっているの?」
達也がアンジー・シリウスことリーナと敵対する可能性があることは、すでに市丸の魔法により達也たちの間では周知の事実だ。そのシリウスが達也に攻撃を仕掛けようとしたとしか思えない事件の直後にUSNA艦船に異常が発生した。エリカが両者に関係があることを疑うことは自然なことだ。
「達也くん……貴方……何者なの……? あんな事、少なくともウチには……千葉には無理だわ。ウチだけじゃない。五十里だって、千代田だって、十三束だって無理。何をどうしたのか知らないけど、あんな結果が出せるのは、十師族の、それも……」
「もう止めないか?」
達也の短い返事は、言外に答えられることではないという意思を込めたものだった。勘の良い市丸は、それだけでも達也の意思を理解してくれた。だが、エリカはそれが理解できなかったようだ。
「特に、力を持っている一族。首都圏を地盤にしているか、地域に関係なく活動できる家。北陸が地盤の一条は除くとして……七草か、十文字。あるいは……四葉。達也くん、貴方、まさか」
「止せと言った」
達也は声を荒げたわけではない。声の調子や大きさではなく、そこに込められた意志が、エリカに口をつぐませた。
「おーこわ!」
そこに市丸が気の抜けた声をあげてきた。
「何やろね、あの言い方、相変わらず怖いなァ」
「市丸、茶化すな。それよりエリカ、これ以上は、お互いにとって不愉快なことになる」
「……そうね」
エリカがそう言ったことで、ひとまず達也の出自の話は終わりとなった。けれど、エリカはともかく、市丸にまで出自を知られてしまったのは好ましい展開ではない。
達也としては昨日の千葉修次による介入は、千葉家が一族ぐるみで七草家の、あるいは七草家に使嗾された国防陸軍情報部の手先になって探りを入れてきたものか、とも考えたのだが、少なくともエリカは関与していなかったようだ。
「それで、これで用件は終わりか?」
「これで終わりなら、ボクが立ち会ったりせえへんよ」
「それはそうだな。それで、昨日の吸血鬼との件がリーナの件を含めて千葉修次経由で耳に入ったということか? そういえば、千葉修次はシリウスの正体を知っているのか?」
「さすがに、そんな大事なことを色々な人に喋ったりしないわよ」
「それならいい」
市丸は牽制の意味も込めてリーナの正体をそれなりの人数に教えてしまったが、本来ならシリウスの正体はおそらくは国の重要な機密だ。あまり多くの人に吹聴して回って良い事柄ではない。
「それで吸血鬼の件だが、俺も放っておくつもりはない。何か分かったら教えるから安心してくれ」
「絶対、よ? その代わり、あたしもこの件では隠し事しないから」
そう言ったエリカが市丸の方を見た。この件について隠し事が最も多いのは市丸であるだろうから、当然だ。
「ボクはすでに教えられることは教えとるからね。それにボクはすでに君らから教えられとる以上のことは教えとると思うんやけど?」
確かに、この件については市丸から情報提供を受けるばかりで、達也側から有益な情報を渡せてはいない。そういった意味では、エリカは達也と違って市丸には、知っていることは全て教えろなどと言う権利はない。
「市丸は前にも吸血鬼の力が増している可能性はあると言っていたが、どう思う?」
「ボクの知っとる吸血鬼なら、何もなく徐々に力が増すゆうことはない。けど、特に相性の良い相手と一緒になった場合には本来の力を発揮できるようになった可能性はあるな」
人間と同じで虚という存在にも得手不得手があるものらしい。それならば、融合した人間の適性により能力が上下しているように見えても不思議ではない。
「それよりも重要なのは虚と融合した人間が本来、持っとる思想やな。その人間が生前から持っとる嗜好と合致する方が虚との融合度も高まるからな」
「今回の吸血鬼は第三高校の七本槍と呼ばれる生徒だ。吸血鬼となっている可能性自体は一条からも聞いていた。一条の話によると今回の吸血鬼たちは元からかなり好戦的な性格な者たちだったようだ。それも戦闘力が高くなった原因の一端なのかもしれない」
「面白いじゃない」
エリカは元は一条たちと一緒に吸血鬼の捜索を行っていた。そのとき七本槍が接近戦に長けていることを知ったのだろう。剣士としての本能がうずくのかエリカが挑戦的な笑みを見せた。
「残念だが、エリカでは吸血鬼を倒すのは難しいと思うぞ」
「あたしじゃ無理って言うの?」
「そうだ。昨日は千葉修次が第三高校の八幡甚十郎と戦闘になっていた。戦闘技術自体は千葉修次の方が上回っていた。だが、八幡は身体にかなり高強度の防御魔法を纏っていて千葉修次の攻撃でも深手を負わせることができなかった。エリカが吸血鬼に深手を負わせようと思えば、これまでとは別の攻撃手段が必要だろうな」
「威力を上げるだけなら方法はあるわよ」
エリカが不快そうに言った背景には千葉修次が敵わなかったという報告にも原因があるのだろう。それはともかく、エリカは横浜事変の際には直立戦車を両断したと聞いている。その威力であれば、さすがに吸血鬼も斬れるだろう。
「だが、そんな威力の攻撃を吸血鬼相手に当てることができるのか?」
普段の攻撃と同じ速度で、大威力の攻撃を放てるのならば何の問題もない。けれど、装甲兵器を破壊できる技を対人戦で有効に使うのは難しいだろう。ましてや、第三高校の七本槍はいずれも戦闘巧者という話なのだから。
「わかったわ。要は吸血鬼相手にも有効な攻撃を編み出せってことね」
エリカはそう言うが、戦闘巧者に当てることができる素早い攻撃と、高密度の硬化魔法を破れる大威力の攻撃を両立させることができるのだろうか。それを両立できないからこそ、全力での攻撃と速度を優先する攻撃というものが存在するのだから。
「千葉、悪いことは言わん。一人で吸血鬼を倒すことは諦めた方がええ。深手を与えることができんでも、斬撃で相手の足を止めることはできる。千葉は持ち前の速度を生かして吸血鬼を屠れる攻撃の支援に専念し」
エリカは不満そうだが、市丸の言っていることは合理的だ。エリカの長所は敏捷性なのだから、それを生かす方が良いと達也も思う。
「わかったわ。もしも有効な攻撃方法が編み出せなかったら、その方向で考えるわ」
戦闘巧者のエリカが市丸の発言の正しさを理解できないはずがない。エリカは渋々という様子ながら市丸の言葉に同意を示した。