森崎駿の家業はボディーガードだ。家業の性質上、周辺の治安状況は常に気を配っている。明確な殺意を持った相手の襲撃であれば、治安状況が良かろうと襲撃は起こるが、金銭目的であれば周辺の治安は無視できない要因だからだ。
その家業に関係する情報収集の中で、都内の繁華街を中心に不審死が多発しているという情報を得た。不審死しているのは繁華街に出入りしている一般層で、死者に富裕層がいたという話はない。そのためボディーガード業に直接の影響はなさそうだというのが、父をはじめとした皆の考えだった。ただし、不審死が続くと社会不安に繋がる可能性があるので要注意とも言っていた。
ということで、不審死は今のところ家業に影響はないということになった。ただし、その中で無視できない情報があった。
それは、不審死が起きている周辺で、戦闘の行われている形跡があるということ。そして、戦闘および不審死が起きている周辺で、度々高校生と思われる姿が目撃されているということだった。
高校生が戦闘を行っているとなれば、第一高校の生徒の関与を疑うのが自然だ。先には学校内でも戦闘が行われたのだ。森崎にとって、その情報は無視できるものではない。
だから森崎は今日、その情報の真偽を自分の目で確かめるべく都心部を訪れていた。
「さて……とはいえ、どこに行けばいいのか……」
都心部といっても広い。今のところ森崎に明確な目的地はない。けれど、妙に気になる方角があった。
「あちらにあるのは青山霊園か……」
明確な根拠があるわけではない。けれど、嫌な感じがする。
何かに導かれるように森崎は青山霊園の前にたどり着いた。霊園を囲む塀の向こうに何かよくないものの気配を感じる。
森崎は索敵系の魔法は有していない。それなのに、なぜ塀の向こうの存在を感じることができるのか。それは森崎自身にもわからない。けれど、第一高校に現れた存在と同じものがいると理解できた。
跳躍の魔法を使って森崎は青山霊園の中に足を踏み入れた。その瞬間、背中に嫌な汗が伝うのがわかった。今になって相手が自分よりも遥かに格上の相手だと思い知らされた。
「何者だ?」
森崎の問い掛けに一人の男が霊園の中の木陰からゆっくりと姿を現した。その男の顔は、森崎もよく知ったものだった。
「お前は……新庄継之進」
新庄はすでに闘志を漲らせている。完全に森崎を敵として認識しているようだ。
九校戦の折には森崎は新庄に勝っている。だが、それは相手に物理攻撃を加えてはいけないというルールに助けられた面もあってだ。戦闘力のみでの勝負となったときに新庄に勝てるかと言われると、自信はない。
「いつから辻斬りになった?」
「辻斬りなどいたす気はござらぬ。されど、我らの邪魔をするというのなら容赦はせぬ」
「その邪魔というのがよくわからないのだけどな」
「ふむ……其方は我らと敵対する第一高校の者たちとは無関係と言うのか」
問い掛けに森崎が頷くと新庄から敵意が薄れ、考え込む様子を見せた。口調から何となく感じていた、新庄が正々堂々とあることを好む人物というのは間違いなかったようだ。あるいは、このまま戦闘を回避することができるかもしれない。
「すまない、新庄。お前たちが最近、都内で起きている事件の加害者ということで間違いはないのだな」
「然り」
「……そうか。それなら仕方無い。僕は君を……敵として処理する!」
我らの邪魔という言葉から考えると、何らかの事情はあるのかもしれない。けれど、それでも新庄たちが都内で人々を殺害して回っている犯罪者ということに間違いはない。それを知った以上、新庄たちを見逃すことはできない。
「そうか。それでは、結局はこうなるということだな」
言いながら、新庄が抜刀する。それに合わせて森崎も右手に脇差を、左手には愛用の特化型CADを構える。この戦闘スタイルは九校戦での新庄との戦いを経て、近接戦を主眼にした戦い方は自分に合わないという実感から作り出したものだ。
右手の得物を脇差に変えたのは市丸の影響もあるが、より速度重視の戦いとするためだ。そして、左手の特化型CADでも速度重視の魔法を使う。また、左腕にはブレスレット型のCADを装着しているので、魔法の多様性も確保している。
新庄が右手の刀を一閃させる。今、新庄の手にあるのは刀剣型のCADではなく、普通の刀だ。普通ならば、ただの刀をその場で振るったとしても、何も起こらない。けれど、そのように高を括るのは危険だ。そう考えて身構えていたおかげで、新庄の刀から飛来した風の刃を躱すことができた。
接近戦では新庄の方に分があることは、九校戦の折に理解している。森崎は中距離戦を挑むべきだ。まずは敵の接近を阻むべく圧縮空気弾を放っておく。
だが、新庄は森崎の意図に反し、圧縮空気弾へと突進をしてくる。新庄は九校戦の折にも頑強さを見せていた。しかし、それでも森崎の圧縮空気弾を無視することはできないはずだ。けれど、今の新庄は全く痛手を感じているように見えない。
「覚悟!」
新庄が突進の勢いのままに右手に刀で袈裟に斬りつけてくる。だが、圧縮空気弾を耐えながら振るわれた刃に万全の態勢で振るわれたときほどの鋭さはない。最小の動きで新庄の一撃を躱し、逆に手首へと脇差を滑らせる。
だが、その刃は新庄の手首に傷を負わせることができなかった。新庄は非常に高強度の硬化魔法を纏っているのか、森崎の刃を完全に弾いた。
森崎の一撃は手首を斬り落とすほどではなかったが、今後は二度と剣は握れぬかもしれない程度の傷を負わせられる威力だった。それが全くの無傷というのは完全に想定外の出来事だった。一方の新庄はそうなることを予想していたようで、次の行動に移るまでが極めて迅速だ。
その結果、森崎は新庄の刀を反転させての一撃を受けきることができなかった。咄嗟に身体を捻ることで即死は免れることができたが、脇腹を深く切り裂かれた。自分でも致命傷だとわかる重症だった。
「ぐっ……」
立っていることができず、森崎は膝をつく。辛うじて右手に脇差を持ったまま、左脇腹の傷口を抑える。
「その傷では最早、助からぬのは明白。苦しませるのは拙者の本意ではござらぬ。介錯をいたすゆえ、その手の剣を離してはくれまいか」
「断る。例え結果が苦しんで死ぬだけとなろうとも、まだ死んでいないうちから生を諦めることも、君を斬ることも諦めるつもりはない」
「然様か、ならば致し方なし。されど、そうと知れば無暗に近づかぬぞ」
「合理的な考えだ。批難することはしない。それならば、君をここで一秒でも長く足止めできることで良しとしよう」
「そうか。正々堂々と言いながら、このような手段を取る己を恥じるばかりだ」
そう言った新庄は森崎が反撃の機を窺っていることを理解して、風の刃を放つ構えのまま動かない。そのうちに森崎は視界が霞んでくる。
「もう、楽になられよ」
そう言った新庄が風の刃を飛ばしてくる。辛うじて、それは見えていた。だが、躱すだけの体力は、すでに森崎には残っていなかった。
このまま自分は何もできずに死んでしまうのだろうか。また、何も守れずに。
また? 自分は何かを守れなかった経験があっただろうか?
自分の考えが自分でも理解できない。けれど、このまま何も守れないままで死んでしまうということは絶対に嫌だ。それも、自分の力を全て発揮しないままで。
全ての力? 自分にどんな力があるというのだろう?
自分の考えが纏まらないまま、心の奥に微かに見えた光に手を伸ばす。それを掴んだ瞬間、全てを思い出した。
自分はまだ、戦える。そのための力も、この手の中に。
「面を上げろ、侘助」
森崎は、自身の力を取り戻すための言葉を口にする。
当初から絶対に市丸の下には彼を出したいと考えていて、とにかくねじ込み。
けれど、そのせいで市丸と森崎の絡みという点は不自然さが出ることに。
そして、この件をぼかすための視点操作等にも苦労することに。
やっぱり変なねじ込みより最初から彼として出しといた方がよかったかも、と今更ながら考えてみたり。