魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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前世からの因縁

 市丸ギンは夜の街を駆けていた。

 

 そもそも今回の虚が関わった一件、市丸の初動は遅れに遅れた。

 

 それは市丸が現在、居住している八王子と都心部の距離が離れすぎていて、市丸の探知能力では虚の存在を感知することができなかったためだ。

 

 更に、当初は警察が不審死が連続していることに報道規制を敷いていたことも悪い方向に作用した。現在の市丸には未発表の情報を入手できるような伝手はない。そのため衰弱死という虚の関与が疑われる事例が起きていると知ったのは、すでに多くの被害が発生してからのこととなった。

 

 そして、それからの討伐も苦戦させられることになった。かつては隊長まで務めた市丸なので、虚と融合した人間の処分自体はそこまで難しいことではない。けれど、まず虚と融合した人間を捜索するのが難しかった。

 

 都心部の繁華街といっても広い。死神時代のように技術開発局の補佐がない状態で、単独で都心部を探索しきるのは無理だ。加えて言えば、どうやら融合した虚の中に中級大虚以上の知能を有している個体がいたようで、途中から襲撃の直前まで霊圧を隠すようになってしまった。そのせいで、それ以降は討伐が全く捗らなくなってしまった。

 

 情報を得る術を求めて達也にも接触してみたが、有益な情報は得られなかった。そうして無意味に時間ばかりが過ぎることになった。

 

 そうして今日、市丸は渋谷の街を巡回しているときに虚の気配を感じた。虚の気配は市丸も知ったもので、確か九校戦のモノリス・コードで対戦した第三高校の新庄。そして、どうやら新庄は森崎と交戦中のようだった。

 

 新庄と森崎では、ただでさえ新庄の方が上に思えた。その上、虚の力も得ているとなれば森崎に勝ち目はない。

 

 急いで戦場に向かうが、余程のことがなければ間に合いそうにない。そして、その予想のとおり市丸が到着する前に森崎の霊圧が消えかける。残念ながら、森崎は助からないかもしれない。

 

 そんなことを考えたところで、急に森崎の霊圧が跳ね上がった。そして、その霊圧は市丸にとって馴染みの深いものだった。

 

「面を上げろ、侘助」

 

 ようやく到着した先、そう言った森崎の手には特徴的な鉤状の刀がある。

 

「ようやく目覚めたんか。えらいお寝坊さんやったな……イヅル」

 

「申し訳ございません……市丸隊長」

 

 そこにいたのは、まぎれもなくかつては部下であった吉良イヅルだった。イヅルの残滓ともいえるものが、森崎の中に眠っていることは初めて目にしたときからわかっていた。だから当初は色々と刺激を与えることもしてみたが、効果はなかった。

 

 そして、九校戦以後は無暗に今を乱すことはないと考えを改め、接触を控えていた。しかし今、虚を前にして、ようやく自身の中に眠っていた力を取り戻したようだ。

 

 力を取り戻したとなれば、新庄などは敵ではない。そう考えて対処を任せようかと考えたところで、新庄にも異変が起こる。

 

「其方ら二人とも、死神であったか。ならば、遠慮はいらぬな」

 

 そう言った新庄の顔に白い仮面が現れた。更に、新庄は仮面に爪を突き立てる。

 

「吹き散らせ、風破鳥」

 

 新庄の顔を覆っていた仮面が割れる。その瞬間、新庄の背中から巨大な翼が現れた。

 

「破面の力を得とったようやな、イヅル、下がっとき。こいつはボクがやったる」

 

 今のイヅルは力の片鱗を取り戻したばかり。昔は持っていた力とはいえ、急に十全に力を発揮するというのは難しい。そして、市丸ならばさほど強くない破面と融合した程度の新庄を倒すことなど、難しくはない。だが、市丸が新庄を倒すことはできなかった。

 

「ここで配下を失うわけにはいかんな」

 

 その前に、話に入ってくる存在があった。これまでは霊圧を極限まで抑えていたのだろう。急に体が重く感じるほどの霊圧を感じた。それは今世では初めて感じるほどの強力な霊圧だった。同時に、それがかつて感じたことがあるものであることにも驚く。

 

「久しいな」

 

「えらい知恵の回るのがおるとは思っとったが、まさかキミやったとはな……バラガン」

 

 現れた強力な虚の外見は外套を纏い王冠をかぶった骸骨。それは、紛れもなくかつて藍染が率いた破面たちの一人。第2十刃であったバラガン・ルイゼンバーンであった。

 

「随分と弱まったようだな、市丸」

 

「そういうキミも十刃であった頃から比べると、えらい弱うなっとるやないの」

 

 バラガンはかつては藍染の部下であったので、市丸とはいわば同僚のような間柄ともいえる。とはいえ、バラガンが藍染の部下となったのは、藍染が絶対的な力で押さえつけてのものだったので、むしろ藍染に対しては明確な敵意を抱いていた。藍染の右腕と認識されていた市丸に対しても敵意を抱いていると考えた方がいいだろう。

 

 十刃であったバラガンが相手では、今の市丸では歯が立たない。けれど、今のバラガンは帰刃後の外見をしているにも関わらず、感じる霊圧は普通の最上級大虚であったときの方が大きいくらいだ。今のバラガンが相手であれば、相当に不利ながらも、一応は戦いらしき状態には持ち込めそうだ。

 

 もっとも、それは霊圧のみを比べた場合のことだ。バラガンの能力はすべてに「老い」を与えるというもの。それにより相手の攻撃の能力を著しく減衰させることができる。この能力をどこまで使えるかによって、ただでさえ低い勝機はかなり低くなるだろう。

 

「それにしても、どうやってか知らんけど、せっかく蘇ったというのに死神に目ぇつけられんように魂魄に手を出さんようにするなんて、虚圏の王もえらい丸うなったものやな。その割には従属官を作ってみたりして……何が狙いや」

 

「ふん、そもそも蘇ったのは儂の意思によるものではない。儂は人間どもに呼ばれただけ。わざわざ儂を呼び出した報いは受けさせても問題はないと思わぬか?」

 

 どうやらバラガンの復活には人間側に原因があったようだ。

 

「それで、わざわざ姿を現したのは、そこのを回収するためだけやの?」

 

「そうだな……ここで決着をつけてもよいが、今日のところは退いておこう。察するに、貴様たちは敗れたのであろう?」

 

 百年前と何も変わらない今を見れば、藍染が敗れたのを察するのは難しくない。そして、バラガンであれば市丸が転生を果たした後であることも気づいているはずだ。

 

「最初に言っとくで。ボクは藍染のことは敵やと思っとった」

 

「ふん、そのようなこと、興味はないわ」

 

 藍染に対しての敵意を、そのまま市丸に向けられても困るので釘を刺しておいたが、どうやら余計なことであったようだ。前世のことは前世のことと割り切っているのだろう。

 

「お互い図らずもおかしな環境に放り込まれたものやな」

 

 市丸の言葉に、バラガンからの返答はなかった。けれど、同意をしているような気配は伝わってきた。

 

「それで、この後はどうするつもりなん?」

 

「少しばかり立場は変わったようだが、儂と貴様が敵であることは変わりない。それに貴様の器は儂にとっても有用だ。雌雄を決した後は儂の手駒として使ってやろう」

 

 なるほど、バラガンが魂魄を食わなかったのは、虚と融合するのに適した人間を選別し終えるまでは死神と敵対しないための策だったようだ。そうして適切な器を手に入れた後に魂魄を食らって一気に強化を行い、死神との戦いに備える。おそらくはそんなところだろう。それならば、市丸とイヅルは最高の器ということになる。そういうことなら、今ここで市丸を放置するのは、今から派手に戦うには準備不足ということだろう。

 

「次に会う時は、雌雄を決するときということやな」

 

 相変わらずバラガンから返答はない。けれど、今の無言は雄弁な肯定だった。次の戦いはバラガンが手駒として加えた人間たちも加えた激しい戦いになるだろう。それを避けるための最善は、ここでバラガンを斬っておくことなのだが、正直、今の市丸では勝率は低い。次の機会では勝率は上がるとは言えないが、打つ手はあるはずだ。

 

 そう考えて、市丸は消えるバラガンと新庄を黙って見送った。

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