達也が襲撃者たちと交戦状態に入ったエリカ、レオ、幹比古や一条たちに加勢しようとしたところで、青山霊園の中から異様な気配が膨れ上がるのを感じた。それは、これまでに感じたことのないものだった。あまり恐怖というものを感じない達也が、魂が恐れを抱いていると感じるほど。それだけの重圧に達也は身体を硬直させる。
重圧を感じたのは達也だけではなかった。エリカや一条に敵側の襲撃者など、その場にいるすべての人が動きを止めてしまっていた。
「お兄様、これは……」
「何が起こっているのかはわからない。けれど、こんなところで人間同士で争っている場合ではなさそうだ」
「そうね。ここは一時、休戦ってことでどう?」
エリカの提案に襲撃者たちは答えを返さなかった。だが、互いに顔を見合わせた後、微かに頷くと、こちらを向いたまま後退して姿を消した。命令を受けて行動する者たちが独自の判断で命令を放棄する。それだけの異常事態だと思わせるだけの重圧は、今も青山霊園の中から発せられ続けている。
「貴方たちはここで周辺を警戒していて」
襲撃者たちが姿を消したところで、エリカは自分が連れてきた千葉道場の者たちにそう伝える。エリカが連れてきた者たちはいずれも腕の立つ者たちだった。けれど、それでも感じている重圧から考えると力不足だ。それと、千葉家の関係者は治安維持に関わっている者たちが多いので、自分たちに何かが起きたときにも適切に対処ができるだろうという信頼もあるのだろう。
そうして、達也は深雪、エリカ、レオ、幹比古、一条、吉祥寺の七人で青山霊園の中に突入した。敵の居場所は今も感じる異様なほどの重圧が教えてくれる。だが、達也たちが到着する前に、その気配は消えた。
「気配がなくなったな。どうする、司波」
「何か情報が得られるかもしれない。警戒は続けながら進もう」
聞いてきた一条にそう答えて歩みを進める。それまでは異様な気配の存在が強すぎて気付いていなかったが、この段階では達也は異様な気配が存在していた辺りに市丸と森崎の情報があることに気付いていた。
市丸が異様な気配の側にいることは、さほど不思議ではない。悪霊退治の専門家であると言っていた市丸が渦中にいることは、むしろ自然なことだ。問題はなぜ森崎がいるのかということだが、九校戦の頃から森崎は市丸に師事を受けていたように感じた。その流れで悪霊退治を手伝っているのかもしれない。ともかく気配を感じた場所まで向かうと、そこには自分の傷を治療している森崎と、その傍に立つ市丸がいた。
「森崎、その魔法は?」
森崎は治療魔法を使えなかったはずだ。何より森崎が使っている魔法は達也の知る魔法ではなかった。
「君らが知らんでええことや」
どうやら魔法の秘密については教えてくれる気はないようだ。
「市丸、ここで何があった?」
そう聞いたのは一条だ。聞かれた市丸は少しだけ考えた様子を見せた後、口を開く。
「第三高校の新庄が虚……まあ悪霊みたいなものやな。それに取り込まれた」
「取り込まれた新庄はどうなる?」
「元に戻るってのは、まず無理やろな。新庄なんか背中から羽が生えとったからな。あれが普通の人間に戻れるとは思えんな」
とりあえず新庄が敵となったことは、ほぼ間違いないようだ。けれど、新庄の現状については、急に背中から羽が生えたなどと言われても達也には今一つイメージが掴めない。それは一条も同じであったようで困惑した様子を見せていた。
「さて、人間に戻せんとして、君らは新庄をどうするつもりや」
「簡単なことだ。新庄が人の敵に回ってしまったのなら、俺たちは新庄を討つ」
九校戦の折に見ただけだが、一条はそれなりに新庄を信頼していたように見えた。けれど、新庄を討つと言い切った一条に迷いはないように思えた。
「そうか、けど、それは難しいと思うで。新庄は虚の中でも特殊な固体しか使えん帰刃ゆう能力を使っとったからな」
「それを使ったら、どうなるんだ」
「帰刃した人間はかなりの強敵やと思うで。全員が使えるとは限らんけど、攻防ともに強力な能力を身に着けていると思った方がええ」
「その強力な能力というものはどういうものなんだ?」
吸血鬼は達也たちにとっても敵だ。その敵が新たな能力を身に着けているのだとしたら、情報はあるに越したことはない。
「まず攻撃面では、虚閃ゆう強力な閃光状の攻撃を放つ能力、虚弾ゆう虚閃の威力を弱める代わりに連射できるようにしたもの、この二つが主やな。そして防御面では鋼皮ゆう皮膚に強固な防御能力を持たせるもの。代わりに高い治癒能力を得られる超速再生は失うことになる場合が多いな。そして、響転ゆう高速移動能力を持っとる可能性も高いな」
つまり攻撃、防御、機動力の全てで強力な能力を得たということになる。それでは、市丸が強敵と評するのも頷ける。
「ちなみに、その能力は人間に近い状態でも得ることはあるということでいいか?」
達也の頭に思い浮かんだのは第三高校の八幡甚十郎だ。少し前に千葉修次と八幡が交戦した際、八幡は千葉修次の攻撃を手首に受けながら、ほぼ無傷だった。その時は元から使用できていた硬化魔法の能力が強化されているだろうと思ったが、今の説明を聞くと、鋼皮という能力だったのかもしれない。
「達也には言ったことがあるけど、虚は個体差が大きいんや。こればかりは可能性はあるゆうことくらいしか言えんな」
「けれど、最悪はそれらの能力すべてがあると見て備えておくべきということか?」
「最悪ゆうことなら、駄目やな。今しがた伝えた能力は一般的な虚の上位種なら持っとると思っとった方がええ能力や。それ以外に固有の能力を持っとる可能性も高い。けれど、それは想定するのが難しいんや。予想が難しい能力に対して、あれこれ想像しても自分の手足を縛るだけや」
確かに可能性が無数の状態であれば、想定をするだけ無駄だ。それにしても、達也はなまじ魔法の知識が豊富であるがゆえに、本当に未知の魔法というものには出会うことは少なかった。その数少ない例外が市丸だ。市丸の使う魔法は達也にとっては未知のものばかりで、次に何をするのか想像ができない。ということは、市丸を相手にしていると考えればいいということだろうか。
「いや、それだと想定する相手が強すぎるか」
市丸は達也が知る相手の中でも最高クラスの強者だ。市丸を敵と想定したのでは、対応が後手後手となりかねない。
「想定でいいから聞いておくぞ。先ほどお前が言った鋼皮というのは、どのくらいの力であれば破ることができる?」
達也は分解以外に強力な魔法が使えない。そして、分解が吸血鬼には発動させられないことは、これまでに経験済だ。当然、より強力な虚と融合したとみられる第三高校の生徒たちにも効かないと思った方がいいだろう。そうなると、鋼皮の強度によっては達也に有効な攻撃手段がなくなってしまうおそれすらある。
「それについても、はっきりしたことは言えんなあ。ボクの知っとる中で最高の硬度を誇るノイトラの鋼皮を破れる者はここにはおらん。けど、鋼皮は力の強さによって強度が増すものやからな。さっき見た新庄の鋼皮くらいやったら一条のあの魔法なら、破れると思うで」
市丸が言った一条の魔法とは、一条家の代名詞の爆裂のことではなく、九校戦の折に使用した謎の魔法のことだろう。達也はカメラ越しに見ただけなので確かなことは言えないが、新魔法でありながら目視のみでレギュレーション違反と判断されたのだ。弱い魔法ということはないだろう。
「つまりは俺の魔法なら七本槍とも戦えるということだな。なら、教えてくれ、市丸。新庄たちは次にどこに現れると思う?」
「確実とまでは言えんけど、想定くらいならできとるよ」
「どこだ?」
「ボクのところや」
市丸がそう言った瞬間、皆が一斉に息を飲んだ。わざわざ皆に向かって言うということは、市丸の自宅という意味ではないだろう。
「それは昼間にということで間違いないか?」
「そうやね。ボクを倒すだけなら夜やろうけど、昼なら質の高い魂魄を一度で多量に集められるからな。昼の第一高校を襲撃される可能性の方が高いと思った方がええ」
「なるほどな」
そうなると、達也としても全力で迎撃をせざるを得ない。他の皆も第一高校が襲撃を受ける可能性を指摘され、改めて緊張感を漂わせている。
次の戦いは自分がこれまで経験した中でも、最も激しいものになるだろう。達也はそう確信を持った。