「全く、なんでこんなことになるのよ……」
もう何度目になるかわからない愚痴を、リーナは持ち場となっている実習棟の屋上でこぼしていた。
リーナがこれから相手にするのは第三高校の七本槍の一人。リーナの目的は一見すると吸血鬼退治とも思えるが、実際の任務はあくまで脱走兵の始末だ。たまたま脱走兵が吸血鬼化していたために同じように見えていたかもしれないが、本質は別物だ。
それに対して、攻めてくる七本槍は日本人だ。従って、任務という面で考えれば七本槍はリーナにとっては敵ではない。
もっとも、吸血鬼化した日本人も情報収集のために捕獲しようとしていたので、自分は関与しないと言い切ることはできない。そして、第一高校生に大きな被害が出て大騒ぎになるということは、元はUSNAの問題であるという裏事情から考えても、あまり望ましい事態ではない。加えて言えば、リーナ自身も、ただの高校生から多くの死者が出ることを是とするほど、冷酷なつもりはない。
リーナの持ち場が実習棟となったのは、リーナの切り札ともいえる魔法が直線上の敵を倒すことに向いた魔法であること。そしてパレードも下手に障害物が多い場所よりも、ある程度は開けた場所の方が、位置情報も誤魔化しやすいという理由からだ。
そうして待ち構えていたリーナの視界に一人の高校生の姿が見えてくる。身に着けている制服から、その男子生徒は第三高校の生徒だと知ることができた。
「恨まないでよね」
そう呟き、ブリオネイクを構えて対個人向けのヘビィ・メタル・バーストを放つ。それは並大抵の魔法師では到底、防ぎきれる威力ではない。
「散らばれ、乱鏡獣」
だが、ヘビィ・メタル・バーストが直撃する前に謎の呟きと共に敵の顔に角の生えた怪物のような仮面が現れ、砕かれる。それとほぼ同時に吸血鬼が七体に増える。そのうちの二体はリーナの魔法で消し飛んだが、すぐに残りの敵の付近に二体の敵が出現した。
「名乗りもせずに開戦とは、相変わらず夷狄は常識がないと見える。それゆえ、貴様らは殲滅されねばならぬのだ」
「あら、これまでワタシはあなたのお仲間と何度も交戦しているのだけど、誰からも名乗られてなんていないのだけど?」
「それは貴様らなぞに名乗る名など持ち合わせておらぬという意思表示ゆえ」
今回の場合は事前に敵に情報は受け取っているため、自分の相手が吸血鬼と化した七本槍の一人、久留島源之丞であることは分かった。しかし、久留島の支離滅裂な言い分が元からなのか、吸血鬼した後の弊害かまではわからない。
「貴方が外国人に良い感情を抱いていないことはわかったわ。けれど、それならば、どうして第一高校を標的にするのかしら? ここにいるのは、ワタシを除いて全員が日本の国籍を持つ人のはずだけど?」
「知れたこと。夷狄を撃ち払うにも、まずは力が必要ゆえ。それだけのこと」
「目的を達成するためには手段を選ばないというわけね。今更こんなことを言っても無駄でしょうでけど、力を持つ者がそんな考えを抱くのは危険よ」
リーナ自身、シリウスとして様々な恩恵を得ているが、同時に多くの制約も受けている。そして、それを当然のことと考えている。
「危険? 夷狄を放置することの方がよほど危険であろう?」
「……思い留まる気はないということね」
リーナにとっては久留島を倒すことも、第一高校生を守ることも、命をかけて果たさなければならないことではない。最悪の場合は、撤退を視野にいれねばならない。そう考えていたのだが、それは誤りだったようだ。
第一高校に留学生がいるということは、第三高校の生徒も知っていたはず。つまりは敵方にとって最大の標的はリーナだったということになる。達也は第三高校生が外国人を憎んでいることは知っていたのだろうから、リーナを前面に出したことも理由なきことではなかったということだ。
「最早、問答は不要。いざ!」
七体に別れた久留島たちが仮面の前に手をかざした。それは以前フォーマルハウトを討伐するときに見た挙動に似ていた。まず間違いなく市丸から聞いていた虚閃という閃光攻撃だろう。フォーマルハウトの使ったものを見た限り、正面から受け止めるには少々厳しい攻撃だ。リーナは敵の攻撃を回避するためのパレードを使う。
一斉に放たれた虚閃はリーナの情報体を包み込んだ。パレードを直前まで自分がいた位置に作り出すと同時に全力で後退していたのでリーナ自身は傷を負っていない。今回はすべての虚閃がリーナの幻影に向かっていたため、容易に対応できた。だが、もしリーナの逃げ道を塞ぐように少しずつ軌道を変えて撃たれていたら、どうなったかわからない。
問題なのは、それをしなかったのか。できなかったのか。
しなかった場合は複数の射撃を集中させることで威力を上げることを企図したものだと考えていい。逆にできなかったという場合は、七体のうち本体以外の攻撃には破壊力がないということになる。
「確かめておかないと危険ね」
リーナは校舎の上から飛び降り、消費の少ない圧縮空気弾を放って牽制しつつ、壁を背にした状態とする。そこに七体の久留島たちから虚閃が放たれる。今度は、前回と異なり、虚閃はある程度、分散されて放たれていた。
「最悪ね」
すべての虚閃が、確かにリーナの背後にある実験棟の壁に損傷を与えていた。こうなると、七体の久留島全員からの攻撃を躱さねばならなくなってしまう。そして、今の二回でそろそろ久留島もリーナが幻影魔法に類する魔法を使って攻撃を回避しているのだと気づいたはずだ。今後はより広範囲への攻撃が主体になるかもしれない。
次の問題は、本当に本体は一体だけで、本体さえ倒せば片はつくのかということだ。最初に放ったヘビィ・メタル・バーストで倒した敵が復活していることから、少なくとも分体だけ倒しても無駄なのだろう。
最善は、七体全員をほぼ同時に倒すこと。次善は本体を探し出すこと。あまり取りたくない手段は、再生させる力が有限であると信じて相手の力が尽きるまで何回も倒すこと。最善策は一度に大量の力を消費してしまうため、倒し損ねたときには一気に危機に陥る。それに相手もそれは警戒しているはず。
となると、まず試みるべきは本体を探すことだ。そのために、まずは全員に対して弱い攻撃を試みる。狙うのは操作性に優れたダンシング・ブレイズによる攻撃だ。しかし、さすがに正面から撃っても防御される可能性が高い。まずは普通にダガーを射出する。
七本のダガーは七体の久留島に向けて一直線に向かっていく。だが、そのすべては久留島の右手の刀により弾かれてしまう。
久留島たちは散らばったダガーに目を向けようとしない。どうやらリーナの得意魔法までは把握していないようだ。ダンシング・ブレイズはこれまでの吸血鬼戦でも使用したことがある魔法なので、知られていることを心配したが、大丈夫だったようだ。
再び実験棟の屋上へと後退して、七体の久留島たちがダガーを超えるのを待つ。そうしてダガーが完全に視界から外れたところで仕掛ける。
「アクティベイト、ダンシング・ブレイズ!」
音声認識により起動したダガーが久留島たちの首筋に背後から突き刺さる。すべての刃は久留島の首を捉えた。その結果は、すべての刃はきちんと久留島に当たってから地面に落ちるというものだった。
高威力のヘビィ・メタル・バーストであれば、久留島の分体を消滅させることができた。だが、ダンシング・ブレイズでは倒すことができなかった。こうなると、久留島たちを倒す難易度は格段に上がってしまう。
「けれど、困難な任務から簡単に逃げるようなら、ワタシは今の地位にはいなかった。思い知らせてあげるわ、シリウスの力を」
完全に本体が七体に分裂する。そんな便利な魔法はないはず。必ずや何かしら弱点があるはずだ。それを探るためのリーナの戦いが始まった。