魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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コキュートス

 司波達也は妹の深雪とともに正門前の防衛に当たっていた。第一高校を包囲するように全周囲から迫る敵の存在を、達也はすでに把握している。

 

 迫る敵のうち、達也の方に向かってくるのは九校戦に出場していた八幡甚十郎だ。達也にとっては千葉修次とともに戦ったこともあるという因縁のある相手でもある。

 

「深雪、八幡は高速移動と移動魔法が得意だ。移動魔法は深雪の領域干渉を上回ることはないだろうが、高速移動魔法を用いた接近戦には注意しろ」

 

「ええ、わかっています。お兄様」

 

 千葉修次と戦ったときの八幡であれば、深雪であれば負けることはない。けれど、妙な能力を得ていた場合は、百戦百勝とはいかないかもしれない。

 

 普通に戦力だけを評価すれば、達也と深雪はそれぞれ別の敵に当たるべきだ。だが、達也にとっては深雪が何より大事だ。そのため、万全を期すために達也が深雪の護衛をすることにしたのだ。

 

 そのうち視界の先に八幡の姿が見えてきた。移動魔法が強化されていた場合には遠距離から急接近してくる可能性もある。達也は深雪を背後に隠すように立つ。

 

 吸血鬼対策はしてみたが、通常の魔法を上手く使えない達也の攻撃は、射程が短い。深雪の魔法も移動魔法の得意な八幡が相手では、避けられてしまう可能性がある。まずは八幡の足を止めるために達也の射程まで引き込みたいところだ。

 

「其方ら相手に全力を出さずに挑むのは危険ぞと忠告は受けている。悪いが、最初から全力で挑ませてもらうぞ。駆け抜けよ、纏雷馬」

 

 刀を引き抜いて横に構えながら呟いた八幡甚十郎の足が馬に似たものに変わる。けれど、その太さは馬よりも太めだ。更に尻からは新たに二本の足が生えてくる。その様はさながら伝説の怪物、ケンタウロスのようだ。

 

「鋭さを増した八幡甚十郎の移動魔法をぞ見よ、八幡の三段構え、一の陣、疾風迅雷!」

 

 警戒はしていた。だが、その警戒を上回る速度で八幡が達也へと迫ってくる。予想以上の速度だったが、全く反応できないほどではない。突っ込んでくる八幡に対して対吸血鬼向けの遠当てを放つ。

 

 達也の遠当ては確かに八幡に命中した。しかし、僅かに突進の足を緩ませただけで傷を与えるまでには至らない。

 

「鋼皮というやつか、なかなかの防御力のようだな」

 

 千葉修次の攻撃を防げた時点で八幡に傷を付けられないことは想定していた。だが、もう少し足止めができると思っていた。達也が稼いだ時間を使って深雪が八幡を氷漬けにしようとする。だが、八幡は素早く後退して深雪の魔法の範囲から逃れた。

 

「深雪、八幡を捉えられそうか?」

 

「もう少し足を止められますか?」

 

 修行に励んだが、達也の対吸血鬼魔法は痛手を与えられる域には達しなかった。その結果、達也は攻撃を深雪に任せることにしたのだ。

 

 八幡の速度はかなりのものだ。何とか達也が攻撃を当てないと、深雪が吸血鬼を仕留めるための強力な魔法を当てるのは難しそうだ。

 

「俺が八幡の足を止める。深雪はいつでもアレを使えるようにしておいてくれ」

 

 そうとわかれば、後は実行をするだけだ。八雲仕込みの技を使い、今度は達也の方から八幡へと接近する。

 

「八幡の三段構え、二の陣、一気呵成!」

 

 その魔法自体は、九校戦のクラウド・ボールの際に使われたことのあるものだ。しかし、今日は短刀を展開して一気に射出するという使い方だった。その攻撃は、少し操作性は劣るもののリーナのダンシング・ブレイズを彷彿とさせる。だが、この攻撃ならば達也には対処可能だ。

 

 達也は術式解体を使って短刀に付与された移動魔法を無効化する。推進力を失った短刀は地面へと散らばった。術式解体は使用者が少ない魔法だ。それを使って防がれたのが予想外だったのか、八幡が一瞬だけ驚きに動きを止めた。

 

 達也はすかさず八幡に接近すると、仮面めがけて魔法を纏った手刀を振り下ろす。だが、八幡は得意の移動魔法を用いて、人間には不可能な速度で後退する。

 

「一筋縄ではいかぬ相手のようであるな。さすがは一条が警戒をしていた相手ぞ」

 

「そういうお前も市丸には少し劣るがたいした実力だ。それ程の実力がありながら、なぜこんな行動に出る?」

 

「薄汚い異国の輩を排除するためには更なる力が必要。ただ、それだけのことぞ」

 

 一条からも、八幡は特に異国人に対する憎しみが強いと聞いている。今回の行動の根底にも憎悪があったようだ。

 

「自分の目的のためなら無関係の人を巻き込むことも厭わない。そのような人に第一高校を好きにさせるわけにはいきません」

 

 あまりにも自分勝手な言い分に、深雪も怒りを隠せていない。

 

「お前たちに恨みはないが、国のために礎となってもらうぞ」

 

「させません」

 

 深雪の怒りとともに漏れ出した魔法力が周囲に薄っすらと霜を降り積もらせる。達也としても、そんなことのために友人たちを犠牲にしようとするなどという行為は、許容できるものではない。

 

「押し通らせてもらうぞ。八幡の三段構え、三の陣、乾坤一擲!」

 

 距離を取った八幡が四本の足に力を込めて突進してくる。達也が躱せば深雪に攻撃が当たってしまう可能性がある。つまり、達也に回避という選択肢はない。

 

 今の八幡甚十郎はかなりの強敵だ。けれど、八幡にはひとつ弱点がある。それは、元からの自分の能力に対する自信か、虚というものと融合して得た能力よりも通常の魔法を用いた戦法を多用しているということだ。今も、以前から使用していた八幡が三段構えと呼んでいる魔法を使っている。

 

 けれど、普通の魔法ならば術式解体で対応が可能だ。達也は術式解体を用いて八幡の突進の勢いを削ぐ。

 

 それでも四本に増えた足による力強く大地を踏みしめての突進は、常人が受け止めきれるものではない。だが、それは真正面から受け止めるのならばの話だ。達也は左腕を犠牲にして八幡の剣を受け止めると、八雲の指導で身に着けた技を使って、突き出されたままの腕を捻って投げ飛ばす。

 

 それだけでは八幡は得意の移動魔法も用いてすぐに起き上がって体勢を立て直してしまうだろう。だから、達也は投げ飛ばした八幡の仮面に向けて遠当てを放った。仮面に衝撃を与えると、八幡の身体が一瞬だけ硬直する。

 

 達也と八雲との特訓の様子は、深雪も見学していた。だからこそ、達也がここで投げ技を使うということも、投げ技で倒れた相手に遠当てを使うことも予測してくれていた。

 

 まずは文字通り八幡の足を止めるために、得意のニブルヘイムを使う。ニブルヘイムは広範囲を攻撃する魔法だが、達也は投げを放つと同時に後退しているため、すでに深雪の魔法の範囲内にはない。

 

「さすがの魔法力だな。だが、何も対策をしていないなどと考えるでないぞ」

 

 深雪は九校戦の折にニブルヘイムを披露していた。それだけに危険性も把握していたようだ。八幡は自らへのダメージを厭わず、虚閃を自らの足元に放つ。しかし、それすら深雪の想定範囲内だ。

 

「いいえ、終わりです」

 

 ニブルヘイムから脱する手を有していようと関係ない。ニブルヘイムから脱するために足を止めさせることこそが深雪の真の目的だ。

 

 深雪の切り札ともいえる精神干渉系の系統外魔法、コキュートス。それは対象の精神を凍結させる魔法だ。肉体を凍結させる魔法であれば八幡は逃れることができただろう。けれど、精神を凍結させる魔法からは逃れることはできない。

 

 八幡も一拍遅れて深雪が使った魔法の危険性に気付いたようだが、時すでに遅し。何の抵抗もできずに精神ごと凍結させられ、八幡は動きを停止させた。

 

 達也が新魔法を開発することを諦めた最大の理由が、達也が新魔法を開発せずとも、深雪が使える魔法で吸血鬼対策が可能だったからだ。唯一の欠点が、発動までに僅かに時間が必要なことだが、そこは達也のサポートと深雪のニブルヘイムで稼げると考えたのだ。

 

 以前、第一高校に現れた吸血鬼のように、八幡が動き出すことはない。達也が知覚を全力で働かせても、敵の気配はない。

 

「倒せたようだな、行こう、深雪」

 

 他の場所では、未だ激しい戦いが続いている。左腕に負った傷を再生魔法で治療すると、そちらに加勢するために達也たちは次の戦場へと向かった。

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