一条将輝は第一高校の前生徒会長である七草真由美から指定された持ち場で、迫っているという第三高校の七本槍の一人を待ち構えていた。七本槍の誰が来ても将輝にとっては辛い戦いになるだろう。けれど、強敵である七本槍を止めるのは将輝の役目だ。
闘志を高めつつ、建物の上で敷地外を見張っていた将輝の視界の先が一瞬だけ光る。その直後、将輝に向かって閃光が飛来してくる。
「バーニング・フル・フィンガーズ」
とにかく迫りくる脅威から身を守るべく、自身が使える中で最大の威力を誇る技で身を守る。炎で焼け落ちる矢羽が見えたことから、飛来したのが矢であることがわかった。同時に攻撃を仕掛けてきたのが弓での狙撃が得意な薄衣尚之助だと知れた。どうやら吸血鬼化したことで、更に長距離射撃に磨きがかかったようだ。
「尚之助か! なぜ俺たちを裏切った!」
何とか視認が可能という程の距離だ。普通では声など届かないだろうが、吸血鬼化して聴力も強化されていると信じて叫ぶ。
「一条を裏切ったつもりはないな。だが、我らにはやらねばならぬことがあるのだ」
尚之助は甚十郎と異なり、外国人に明確な敵意は示していなかったと思う。だが、横浜の事件で考えが変わった可能性はある。
「俺たちの元に帰ってくるつもりはないということか?」
「悪いな」
「……それならば仕方ない」
「本当に仕方のないことよな。では、全力で参らせてもらおう、千里を走れ、虎落笛」
民家の屋根の上に立つ尚之助の右腕が銃身のように変化する。尚之助はそのまま銃身に変化した腕を将輝へと向けてくる。
本能的に脅威を感じて、将輝は左へと飛んだ。将輝のいた箇所を強烈な閃光が通過する。元来、将輝は障壁魔法のような防御魔法がそれほど得意ではない。その閃光は、現在の将輝の力では防ぎきれないように感じた。
この距離では爆裂は発動できない。今の将輝にできる攻撃はバーナーフィンガー1くらいのものだ。だが、長距離戦に長けた尚之助相手に打ち合いで勝機を掴むことは難しいと言わざるをえない。
とはいえ、尚之助の方から接近してくることはないだろう。また、将輝から接近していくということも現実的ではない。
これで勝てるのかという確証はないまま将輝はバーナーフィンガー1を放つ。だが、この距離では細い光線のような範囲にしか影響を与えられない。尚之助は難なく回避し、逆に銃身上の右腕に力を込めてくる。
足を止めていたら、おそらく尚之助に撃ち抜かれてしまうだろう。それを避けるために将輝は走り回りながら射撃を行わなければならない。対する尚之助は最小の回避で将輝の攻撃を躱しつつ、反撃を行ってくる。
魔法で強化しているとはいえ、体力は有限だ。加えて、魔法力も消耗してしまう。対する尚之助は吸血鬼ということもあり、身体的な能力は将輝を凌駕している可能性が高い。更に回避自体も最小限だ。
このまま戦っていては、まず将輝の方が力尽きる。しかし、悪いことばかりではない。
そもそも将輝の戦いの目的は第一高校生たちを守ることであり、尚之助を討ち取ることではない。ここで膠着状態を維持できれば、制圧した他方面から脱出することや、他の戦線から援軍を得ることもできるだろう。
将輝が千日手上等の持久戦を覚悟したことを理解したのか、尚之助が打開に出た。将輝の攻撃を容易に躱せる安全圏を捨て、距離を詰めてくる。将輝にも勝機が出てきた。
そう考えてしまったのが甘かったのだろうか。前に出てきた尚之助を迎撃するため将輝が攻撃を加えようとしたところで、尚之助が不意に左腕を前に突き出し、肘を天へと直角に曲げて向け、そこに銃身と化した右腕を添えた。
それは、さながら弓を引くが如き動作だった。弓という尚之助本来の射撃体勢を取った攻撃が生半可なものであろうはずがない。
反撃を中断した将輝は、とにかく回避と防御に専念する。まずは何とか尚之助の射撃から逃れようと、一度、建物の裏に隠れることを試みる。しかし、狙撃の専門家である尚之助が射撃体勢を取った時点で、すでに将輝が逃れられる状況ではないのだ。
次の瞬間には、強烈な閃光が将輝へと放たれた。尚之助の放った閃光攻撃は一瞬で通過するものではなく、継続性があるように感じた。バーニング・フル・フィンガーズは防御にも使える魔法だが、それでも防ぎきれそうにない。
このままでは将輝の負けだ。そう考えたとき、不意に頭の中に浮かび上がった言葉がある。それは、さながら九校戦の折にバーナーフィンガーという魔法を習得したときに似ていた。将輝は頭の中に浮かんだ新たな魔法に手を伸ばす。
「クインシー・フォルシュテンディッヒ」
その言葉を呟いた瞬間、将輝の身体が炎に包まれた。噴きあがった炎は将輝の身に着けていた衣服のみならずCADすら溶かしたが、その炎が体を焼くことはない。他者の目に触れるのは、いささか拙い状態になったが、見えてはいけない部分は分厚い炎により隠されているので問題ない。
「その姿は何ぞな」
「さあな、俺にも詳しいことはわからない。だが、これは紛れもなくお前たちを倒すための力だ」
この新たな力は今の尚之助のような存在を倒すための技だ。この力であれば間違いなく尚之助を打ち倒すことができる。
「さすがに一条よな。立場逆転とは口惜しきものよな」
言いながら、尚之助が後退を始める。どうやら、今度は尚之助が時間稼ぎに出るようだ。確かに、今の将輝が他戦線に援護に向かうのは脅威だろう。
だが、そのような時間稼ぎに乗るわけにはいかない。尚之助には悪いが、速攻で終わらせてもらう。
「バーナーフィンガー2」
威力を増した熱線を放つが、尚之助は足場にしていた家の陰に隠れてしまう。こうなると、民家に被害を出すわけにはいかない将輝としては対応に困る。もっとも、それならば遠距離戦をやめればいいだけの話だ。
元から将輝としては近接戦の方が望むところだ。物陰に隠れるようになった分、尚之助側からの射撃は頻度が減っている。それに新たに得られたのは攻撃力・防御力の向上だけではない。
足元に何か細かい粒子があるのが見える。この粒子は自分が操ることのできるものだと何故か見た瞬間に理解した。
何かに背中を押されるようにその流れに乗れば、川の流れに乗ったかのような速度で進むことができた。瞬く間に尚之助との距離を詰めていく。狙撃後に家の陰に隠れ、次に顔を覗かせたときには将輝が目の前にいたことに、尚之助は驚愕の表情を見せる。
「悪いな尚之助。だが、お前を許すわけにはいかないんだ」
「是非もなし。ただ、これから先に佐渡や横浜に似た事件があったときには、その力を用いて国と民を守ってほしい。撃たねばならぬときは先制攻撃も辞さずで臨んでほしい。それだけが望みでな」
「わかった。俺は十師族だ。その責任を放棄するようなことはないと誓おう」
「ならば、思い残すことはなし。この仮面を砕くといい」
尚之助の動機は、あくまで真紅郎のように他国の攻撃により肉親を失う者がでないようにしたいというものだろう。その動機自体は責められるものではないが、だからといってそれを防ぐためという名目で、他国に真紅郎と同じ者を作ることも、目的のために犠牲を出すことも容認できない。
だから将輝はせめて苦しまぬようにと仮面のみならず身体をも両断する勢いで指の間に炎を纏わせた腕を振り下ろす。尚之助は言葉どおり抵抗することなく将輝の攻撃を受け入れた。
仮面を両断された尚之助の身体が、崩れるように消えていく。その範囲は徐々に広がり、やがて遺体すら残さず消え去った。尚之助の生きた証は遺体の側に落ちている愛用していた弓のみだ。
横浜では共に戦った同級生の最後に思うところがないわけではない。けれど、今は感傷に浸るよりも犠牲を減らすために戦うときだ。
そう考えて、将輝は次の戦場へと向かって走り出した。