吸血鬼を追っていた新庄継之進が標的を発見したときに、最初に感じたのは激しい憤りだった。吸血鬼と呼ばれていた存在は明らかに外国人だった。大亜連合による沖縄侵攻と歩調を合わせた、新ソ連の佐渡侵攻では現第三高校生の多くが、人生を変えられた。そして、この夏には横浜も襲撃された。その全てが相手側からの一方的な攻撃だった。
そして、今また外国人が日本に入り込んで人を襲っている。継之進は得意の風の刃で吸血鬼の足を止めると、すかさず敵の首を斬り飛ばした。
その直後、継之進の前に現れたのは、死神という言葉がぴったりの姿をしたバラガンと名乗る骸だった。虚という存在の王と名乗ったバラガンは継之進に力は欲しくないかと聞いてきた。
見るからに怪しい存在に心の内を語ることに戸惑いがなかったと言えば嘘になる。だが、気付けば継之進は力が欲しいと答えていた。何故かと問われても、理由はわからない。ただ、明確に人とは異なる存在であるからこそ、人の理に囚われずに判断を下してくれるのではないかと考えたのだ。
本音を言えば、継之進は今の日本の在り方に苛立ちを感じていた。ほんの五年ほどの間に度重なる侵攻により、何十人もの魔法師と、何百人もの民間人の命を失っている。それでもなお、この国では武力を忌避する傾向がある。理不尽な攻撃を受けても、強い対応を取らないから相手に侮られるのだというのに、未だに強い対応を取ることができない。
だったら、自分たちだけでやるしかないではないか。だから、継之進はバラガンの言葉を受け入れて、虚という存在と融合を果たした。
その後、バラガンから聞かされたのが死神という存在だった。どうやら継之進たち虚と融合した者たちにとっての天敵で、力を得るために行動を取れば、妨害してくる可能性が高いらしい。
そうして死神に近い存在であり、何より警戒すべき相手として挙げてきたのが第一高校の市丸ギンだった。九校戦の折にも市丸は圧倒的な戦闘力を見せつけていた。だから、市丸を警戒するというのは、わからなくもなかった。
その後、継之進は青山霊園にて九校戦の折には敗北した森崎と戦い、勝利した。森崎は悪い魔法師ではないが、今の継之進にとっては敗北する相手ではなかった。
けれど、その直後、森崎は継之進の目の前で不思議な力を発現して見せた。そのときの森崎は継之進が思わず帰刃をするほどの圧力を感じた。どうやら森崎は死神の力を持つ者であったようだ。
そうして今日の襲撃に当たり、継之進は森崎の持つ斬魄刀と呼ばれる刀、侘助の厄介な能力を聞いた。それは、斬りつけたものの重さを倍にするというものだった。二度斬りつければ更に倍。三度斬りつければそのまた倍と重さは二乗で増えていく。そのため侘助との剣での斬り合いは悪手だという話だった。
そして今、第一高校へと進む継之進の前には、見知った顔。バラガンから追加の警戒対象と聞かされていた森崎駿がいた。
「其方と戦うのもこれで三度目。今日で決着をつけようぞ」
「君も戦いに誇りを持ち出す人なのかな?」
「誇りはともかく、戦いに美学がなければ、それはただの殺戮であろう」
「僕と君とでは考え方は合わないようだね」
「ふむ、元々拙者と其方では敵同士。そのようなこともあるであろうな。まあよい、拙者たちは問答をするためにこの場に立っているのではない。決着は剣でつけようぞ」
バラガンが森崎は注意に値すると言っていたのだ。全力で戦わねばならぬだろう。
「吹き散らせ、風破鳥」
継之進は帰刃を行い、背中に翼を生やす。そして、そのまま空中へと飛び上がった。
「其方の剣の能力はバラガン殿より聞いておるぞ。心のままに斬り結べないことは残念なれど、刀に触れられないのであれば是非もなし。ここは勝利を掴むことのみ目指させてもらおうぞ」
「気にする必要はないよ。戦いとは所詮は絶望だ」
「面白みのない男よな」
森崎は剣を持ってはいるが、斬り合いを行う気がないとしか思えない。そうでなければ、斬りつけたものの重さを増すなどという能力を身に着けはしないだろう。
「面を上げろ、侘助」
森崎がそう呟くと、剣の先が二度折れ曲がり、下を向く。どう考えても斬り合いには向かなそうな剣だが、見た目に反して、そもそも触れることすら危険という恐るべき剣だ。
「悪いが、距離を取らせてもらうぞ」
森崎が始解というものを使ったのを見て、継之進は更に高度を上げた。継之進には遠距離から風の刃を飛ばす攻撃がある。それを主体に攻めるしかないだろう。
「新庄流抜刀術、風斬」
翼を用いて上空で待機したまま、継之進は抜刀する。その軌道から風の刃が生まれて森崎へと襲い掛かる。
「縛道の三十九、円閘扇」
継之進の風の刃は九校戦の折より鋭さを増している。だが、森崎はその攻撃を簡単に防いで見せた。
「バラガン殿から聞いておるぞ。それが鬼道というものであったのだな。円閘扇で済ませたというのは、倒山晶を使うまでもないということか?」
継之進は市丸と森崎が使ってきそうな鬼道という術について、バラガンからある程度は教えてもらっている。その中には今しがた森崎が使った円閘扇の情報もあった。
「では、これは防げるか?」
継之進は仮面の前に手をかざして力を込める。森崎は継之進の現状と動作を見て虚閃を使うと予測したのだろう。発射前から回避行動を取り始めており、余裕を持って継之進の虚閃を躱していた。
この距離ではさすがに攻撃を当てることは難しそうだ。だが、不用意に近づいて敗れた部下がいるとバラガンから聞いている。
「この距離では其方を倒すことは難しいか。しかし、其方を相手に接近戦は禁物と言われておるし……難しいところであるな」
継之進がそう呟いた直後、別働隊の甚十郎の気配が消えた。どうやら敗北したようだ。
「ふむ、このまま臆病風に吹かれて決着を先延ばしにしている間に邪魔が入られては悔やんでも悔やみきれぬな。ここは覚悟を決めて勝負といこうぞ」
森崎が空中を足場にして飛び上がってきても、ぎりぎり届かないと思われる距離まで高度を下げる。森崎はそれを見てエア・ブリットの魔法で迎撃してくる。
「今更、そのような魔法で拙者を防げると思うてか! 侮るのも大概にせよ」
死神が用いるという強力な魔法を得たはずなのに、ごく普通の威力の魔法で攻撃してくる森崎に怒りを覚える。だが、これすら挑発の一環である可能性もある。怒りに任せて安易に近づくことは自重すべきだ。
現在の高度を保ったまま虚閃で攻撃を仕掛ける。森崎が虚閃を走って躱しながら右手を継之進へと向ける。
「縛道の二十一、赤煙遁」
森崎が使ったのは攻撃魔法ではなく、自身の周辺に煙幕を発生させる魔法だった。どうやら他方面の戦局が有利なのを見て持久戦を志向するようだ。煙が晴れたとき、森崎は刀を鞘に納めてしまっていた。
「どこまでも決着を避けるというのか、臆病者め!」
継之進が剣の届く距離にいないとはいえ、森崎は刀を収めるとは、戦う気がないようにしか見えない。
「そこまで馬鹿にするのなら、こちらにも考えがあるぞ!」
これまでは最低限の礼儀は欠かぬようにしようと考えていた。けれど、森崎の方が礼を失した行動を取るなら、こちらも遠慮は不要だ。視界内にある第一高校の建物に向けて虚閃を放つ。さすがに建物を吹き飛ばすことはできないが、一室を破壊する。
その直後、背に何かが当たる感触がした。傷を負った感触まではないが、無視をするのはよくない気がする。
ひとまず何が起こったのか確認するため、振り返った継之進が見たのは、宙に浮かぶ侘助だった。直後、肩に重圧を感じて継之進は地上に落ちる。
「僕は幻影魔法は苦手でね。鞘に納めた姿を再現するので精一杯なんだ」
どうやら森崎は煙幕に隠れて侘助を投げ、それを移動魔法で操作したようだ。一方で幻影魔法で未だ手元に侘助があるように見せかけていた。これが森崎の戦い方か。
「さようなら、現代の侍。できれば僕を許さないでほしい」
森崎の刃が継之進の首に当てられる。首に当てられた鋼の冷たい感触が、継之進の最後の記憶となった。