魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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虚の王

 市丸ギンは迫りくるバラガンの霊圧を感じ、警戒感を高めていた。バラガンの能力である「老い」は市丸にとって相性のよい能力ではない。というより、強敵であるバラガンと相性のよい者など、そうはいない。

 

 一番簡単な「老い」の力の突破方法は威力を減衰させられても打撃力を与えられるほどの強力な攻撃を仕掛けることだ。しかし、バラガンは破壊力だけが自慢の砕蜂の雀蜂雷公鞭でも倒せなかったのだ。市丸の卍解も強力だが、砕蜂の卍解ほどの威力がない以上、力押しでの突破は難しいと考えた方がいいだろう。

 

 他の方法として、空座町に侵攻した折に有昭田鉢玄は「老い」の力をバラガンの体内へと転送することにより倒したが、市丸に転送のような超高度な鬼道は使えない。それに仮に使えたとしてもさすがにバラガンも警戒をしているだろうから、同じ手は二度は通じないだろう。

 

「さて、どうしたものやろな」

 

 神鎗では「老い」の力を貫通してバラガンを倒すことは難しい。それゆえ何か手を考える必要があったのだが、残念ながら、今日までには名案は思い浮かばなかった。

 

 今の段階でも行いうる最も簡単な手段は、バラガンが「老い」の力を展開する前に攻撃を行うということだ。戦場でバラガンがそんなに愚かなことをするわけがないが、戦闘が始まる前なら機会がないとは思わない。その場合には、バラガンが市丸の卍解を知らないという点が有利に働くかもしれない。

 

 だが、そもそも「老い」の力を展開する前に攻撃を仕掛けるなどという夢のような前提を置いている時点で問題なのだ。正面からなら卍解でも突破が難しいということは、即ち勝算が低いということに他ならないのだから。

 

 ゆったりと歩いてくるバラガンの姿が視界に入ってくる。青山霊園でのときと異なり今は人間の姿をしている。

 

 今のうちに攻撃を仕掛けるか。だが、誘いである可能性の方が高い。

 

「相変わらず簡単に動かぬ男よ」

 

 市丸はなるべく力を隠す為、戦闘は極力、避けていた。そして、藍染に本心を悟らせぬように動いた結果、破面たちも市丸のことは測りかねていた様子だった。

 

「朽ちろ、髑髏大帝」

 

 藍染に抱いていた敵意の延長だろうか。忌々しげに市丸を見たバラガンが帰刃を用いる。弱体化した市丸のことを侮って帰刃をしないまま攻撃を仕掛けてくれるのが理想であったのだが、そう上手くはいかないようだ。

 

 漆黒の外套を纏った髑髏の姿と変わったバラガンが巨大な斧を構える。あの斧の一撃も脅威には違いないが、それよりも「老い」の力の方が脅威だ。

 

 バラガンの死の息吹は触れたものを「老い」の力で侵して朽ちさせる。死神は圧倒的に長命ではあるが、寿命が存在しないわけではない以上、「老い」からは逃れることはできない。実際、空座町での戦いで攻撃を受けた砕蜂は掠めた個所から白骨化していた。

 

 威力以上に恐ろしいのは、死の息吹は死神の中でも最速クラスの隠密機動総司令官の砕蜂でも避けきれない速度があるということだ。市丸自身、瞬歩を用いた速度は高いレベルにあると自負しているが、死神時代と同等の速度は出ない。

 

 救いがあるとすれば、バラガン自体も破面の頃と比べれば大幅に弱体化していることだ。ただし、死の息吹の速度が落ちているかはわからない。大事なことは、死の息吹の威力や速度が、どの程度まで落ちているかということだ。仮に速度が落ちていたとしても、市丸が低下した速度を上回っていれば、脅威度は増している可能性もある。

 

 バラガンにとっては死の息吹も絶対の必殺技というわけではない。けれど、重要な技であることには変わらない。現在の死の息吹の速度や射程を隠匿したいはずなので、今くらいの距離を保っていれば、簡単には放ってこないだろう。

 

「破道の五十八、闐嵐」

 

 以前のバラガンであれば鬼道ですら「老い」の力で無効化していた。闐嵐がどの程度まで通用するかで今のバラガンの力の程度が測れるだろう。

 

「この程度なのか?」

 

 手加減なしの市丸の闐嵐を、バラガンは簡単に消滅させた。その「老い」の力は今の市丸では防ぎきれない力を秘めているように見えた。

 

「相変わらず厄介な能力やなぁ、何か弱点とかないん?」

 

「……そのようなもの、存在せぬ」

 

「そうやって油断しとるから、虚になり損なった死神にすら敗北するんやろ」

 

 その一言で、バラガンの雰囲気が変わった。バラガンとしても先の戦いでの不覚は腹立たしいことであったようだ。これで、怒りに我を忘れてくれるようなら楽なのだが、そう簡単にはいかないだろうとも予想できていた。

 

 そして、市丸が考えたとおりバラガンは腐ってもかつての虚の王だった。怒りはしても、怒りに身を任せるようなことはしなかった。冷静に虚弾を使って市丸の回避能力を確認してくる。

 

「縛道の三十、嘴突三閃」

 

 何とか少しでも動きを封じられればと放ってみるが、バラガンの纏う「老い」の力により消滅させられた。予測できてはいたが、詠唱破棄の嘴突三閃では、全く通用しない。

 

「縛道の二十一、赤煙遁」

 

 煙に紛れて物陰に身を隠す。これは奇襲の成否を確認するためバラガンの探査回路の精度を知るための行動だ。

 

 身を隠して様子を伺うが、バラガンは真っ直ぐに市丸の方へと向かってくる。どうやら市丸の位置はしっかりと把握されてしまっているようだ。となると、身を隠しての奇襲は成功しないと考えた方がよさそうだ。

 

 残念ながら、現段階では勝率が高くなる要素は見つけられなかった。だが、持久戦となると他方面の味方が援護に来てしまう可能性がある。

 

 通常であれば、援軍はありがたい。けれど、相手がバラガンであれば徒に犠牲を増やすだけになってしまうだろう。それは、十師族である七草や一条であっても同じだろう。ただ、一人だけ可能性がある人物がいる。

 

 それは十文字克人だ。彼のファランクスは多重障壁魔法。一枚が「老い」の力により劣化して破られても、次の障壁は新品の状態で待機状態となっているということだ。

 

 死の息吹は持続性の高い攻撃ではない。強力な一撃を叩きつける攻撃だ。つまりは死の息吹との相性は悪くない。それに、おそらくバラガンは鬼道には詳しくとも、現代魔法には詳しくない。

 

 だが、十文字は自家の部隊を率いて、七本槍以外の吸血鬼一体と交戦中だ。現在の持ち場から十文字を引っ張るとなると、吸血鬼を抑えることができなくなる。十文字の力を借りなければ拙いことになる可能性は考えていながら、バラガンに当てることを躊躇ったことが裏目に出た。

 

「黒白の羅、二十二の橋梁、六十六の冠帯。足跡・遠雷・尖峰・回地・夜伏・雲海・蒼い隊列、太円に満ちて天を挺れ。縛道の七十七、天挺空羅」

 

 ひとまず天挺空羅を用いて十文字と達也、深雪の三人に繋げる。

 

「十文字、敵の総大将の魔法を防ぐのに力を貸してほしいんやけど、来てくれへん? 達也と深雪は目の前の敵を倒したら、十文字の持ち場に移動して」

 

 霊圧の様子と各部隊の配置から、最も早く援護に向かえるのは達也と深雪であると考えて十文字の穴を埋めることを依頼する。ただし、天挺空羅は相手からの返信は受け取ることはできない。十文字たちが依頼の通りに動いてくれるのか確認する術はない。

 

「時間稼ぎしかできぬのか。少々買い被りすぎていたようだな」

 

 内容まではわからなくとも、霊圧の波動から市丸が何らかの通信を行ったことを感知したバラガンが、漆黒の顎の奥に嘲りを見せる。

 

「勝手に買い被っておいて、勝手に失望なんて、滑稽やな。そない死神が怖いん?」

 

 藍染には圧倒的な力で服従を強いられ、空座町の戦いでは死神を侮った結果、敗北を喫することになった。口では偉そうなことを言っていても、バラガンは死神のことを恐れるようになっている。

 

「言うではないか。まあよい、すぐにその口を動かなくしてやろう」

 

 市丸に有効な反撃手段がないことに気が付いたのだろう。バラガンがこれまでよりも強気に市丸に迫って来る。市丸としてはこれから十文字が援軍に来るまで厳しい時間となる。けれど、一方でバラガンが接近をしてくれなければ、最終的な勝利はない。

 

 だから市丸は、勝利を得るために敢えてバラガンの攻撃を躱し切れるかわからない危険領域へと足を踏み入れた。

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