古いデータ漁ってたら、冒頭も冒頭だけ書いて満足していたのが出てきたので供養。
人は誰もが人生という物語の主人公だ。
はじめにそう言ったのは誰なんだろう?
最近の若者であるところのあたしとしては、しっかりソース確認したいところだけど、この件に関しては寡聞にして知らない。
知らなくてもいいや、と思うくらいにはそこら中、どこにでも溢れているセリフだ。
たしかにその通りではあるだろう。
人はどうやったって、自分の主観でしかモノを見れないし、だとするなら自分の物語の語り部は自分でこなすしかないはずだ。
そこに異論はない。
だから、あたしが首を傾げざるを得ないのは、このセリフが往々にして前向きな意味で用いられることの方だ。
主人公、主役、ヒーロー、ヒロイン、中心人物。
なんと言い換えても構わない。
様々な物語を引っ張っていく彼ら彼女らには力がある。
それは異能だったり、強烈な個性だったり、はたまた平凡な自分を変えようとする意思だったり。
どんな類いのモノであれ、物語を前に進ませる因子を持っていることに疑いはないはずだ。
だから、彼ら彼女らの物語は盛り上がる。
だからこそ、彼ら彼女らの物語は面白い。
そう、面白い。ここが重要なのだ。
オレは〇〇、どこにでもいる平凡な男子高校生だ。なんて言った主人公に対し、「どこが平凡なんだ」「イケメンが何言ってんだ」なんてツッコミが読者視聴者から入るのは、もはや見慣れた光景だと思う。
けど、そんなものは当たり前。
本当にどこにでもいる人物を描写したって微塵も面白くないんだから。
たしかに、自分の人生という物語の主人公は自分だろう。
けれど、その物語が面白いかどうかは誰も保証してはくれない。
面白くしようと頑張ったところで、本当に面白くできる能力が自分にあるとは限らないんだ。
だから、あたし物部滝子はこう思う。
世界を物語だとするのなら。
主人公じゃなくていい。脇役でなくたって構わない。
十把一絡げのモブキャラでいいから、面白い物語の登場人物でありたい、と。
それが“モブキャラルール”大前提だ。
早口でそんな内容のことを捲し立てた。
ポカンとした表情でそれを聞いているのは、ちょっと大人しめの女の子だ。
ここは私立雲雀高校。その片隅、ひと気のない階段で、わたしたちは向かい合っている。
始業式。早朝という時間帯。そのふたつが合わさってそもそも校舎そのものに人が少ないんだけど、それでもここまでこの娘を連れ込んだのには訳がある。
見られたのだ。ばっちりと。
とある教室にて、とある男女の言い争いを偶然にも盗み聞きしていた現場を。
「ぐふふ。“主役理論”……“脇役哲学”……何その面白面倒な考え方……」
というか、最高の主役格たちを見つけたことに興奮して、変な笑いを漏らしているところを。
マズいマズいマズい。
せっかく一人暮らしまでして知り合いのいない高校に入学したうえ、最高のエンカウントまで果たせたっていうのに、やらかした!
目の前に集中しすぎて、近づいてくる気配に気がつかないなんて!
混乱する頭のままに、なんとか次の言葉を探していると、ワタワタする様が良かったのか、目撃者ちゃんが口元を隠して控え目に笑ってくれた。
お、なんか以外と好感触?
「まさか、ですね」
こんなこともあるものなのか、と彼女は微笑む。
「そういう意味では感謝です。先程の面白そうなお二人に気付かれる前に離れられたのは僥倖でした。読者足るもの、よけいな口出しは厳禁ですから」
今度はあたしがポカンとした顔をしていたんだろう。一人心地ついていた目撃者ちゃんは、こちらを見て、イタズラを思い付いた子供みたいに口角を上げてこう言った。
「世界を物語だとするのなら」
それが、劇的でも刺激的でもない、裏方たちのプロローグ。
「主人公でなくていい。脇役でなくても構わない。ただ眺めるだけでも十分だから、最高の物語を楽しませて欲しい」
彼女は最高の笑顔を浮かべながら言ったのだ。
「それが“読者のマナー”大前提です!」
…………わたしが言うのも何だけどさ。この学校、変な主義のひと多過ぎない?