羅刹の希求 作:蒼林檎
「……遅くない?」
集合の時間からもう既に数時間が経過しており、待ちくたびれたラセツとナルトは廊下を確認したり、室内を忙しく歩き回ったりと暇を持て余していた。
「ナルト!ラセツ!じっとしてなさいよ!」
「だって遅いし暇だし!」
「そうだそうだ!なんでオレ達七班の先生だけこんなにおせーんだってばよ!」
「他の班の皆は新しい先生と行っちゃったし!」
「イルカ先生も帰っちまったし!!」
あまりにも退屈な時間に、ナルトは黒板消しを扉に挟むという古くて典型的な悪戯を仕掛け始める。
ラセツは頬杖をついてつまらなそうに外に視線をやるサスケの視界に入り込む。
「……なんだよ」
「特に意味は」
会話をする気がないのか、サスケはラセツと視線を合わせず、変わらない風景をじっと見つめる。
対して室内はナルトの悪戯にサクラが注意するものの、どこか緩んでいる表情をしており、かなり騒がしい。
「サクラ、内心楽しんでるね。…サスケは悪戯に加担しなくていいの?暇でしょ?」
「そんな低俗なことするかよ。それに…」
風景から視線を外し、黒い双眸はナルトが仕掛けた黒板消しを映す。嘲笑うように鼻で嗤った。
「こんな初歩的なイタズラに上忍が引っ掛かる分けないだろ」
「…じゃ、ラセツは引っかかるに1票!当たったら栗饅頭奢ってね」
「フン、いいだろう」
ラセツとサスケの賭けの交渉が成立したその瞬間、扉に手がかかり、黒板消しが担当上忍と思われる銀髪の男の頭に落ちる。
「ギャッハハハハハ!引っかかった引っかかった!」
「御免なさい先生!私、止めたんですけど…、ナルト君が勝手に」
「チッ。賭けはお前の勝ちだ。………ラセツ?」
ナルトは腹を抱えて笑い、サクラは優等生の皮を被り、サスケは疑惑を込めた様な、それぞれの反応をしていた。 しかし、ラセツのみが反応を示していない。
紫紺の瞳が大きく見開かれ、口が開きっぱなしの所謂唖然とした表情で、ゆっくりと僅かに震える指で銀髪の男を指した。
「……師匠!?」
「「「師匠!?」」」
「やぁラセツ。昨日ぶり」
チョークの粉を払いながら軽い調子で挨拶をしたのは、ラセツを拾った人物であり、忍の師匠でもあるはたけカカシだった。
「え!?師匠、ラセツ達の担当上忍だったの!?知らなかった!」
「そりゃあ、言ってないからね」
班編成と担当上忍は発表される日まで極秘として扱われる。いくらラセツがカカシの一番弟子だろうが明かすわけにはいかない。
カカシは地面に落ちた黒板消しを拾い、静かな瞳に担当する第七班のメンバーを映す。
「お前らの第一印象だけど…ま、嫌いだ」
清々しいほどにきっぱりと言い放たれ、室内の空気が重く沈む。 担当上忍に嫌われるスタートを切った第七班にラセツの胸中に少なからず不安が溜まった。
その後、白い雲が蒼い空を飾る綺麗な晴れの日を楽しむかの様に、建物の屋上に移動した。
「そうだな…。まずは自己紹介でもしてもらおうかな」
「自己紹介って…どんなこと言えばいいの?」
「そりゃあ、好きなもの、嫌いなもの、将来の夢とか趣味とか…。ま、そんなのだ」
「あのさ、あのさ!それより先に先生、自分のこと紹介してくれよ!」
「そうね…見た目ちょっと怪しいし」
カカシは顔の半分が黒のマスクで覆い隠されており、額当てで片目を隠すなどをしている。
忍としてその格好は正解なのだろうが、大遅刻をした上に軽い言動が怪しい印象を増強していた。
「オレは、はたけカカシって名前だ」
「知ってる!」
「知ってる事を知ってる。ラセツは黙って聞いてようね」
「ししょ…カカシ先生の好きなものは…ふがっ、」
カカシの言う事を聞かないどころか、得意げな笑みを浮かべて代わりに自己紹介を始めようとするラセツの口を塞いだ。
「さっき、黙って聞いてなさいって言ったよね?ラセツの頭は鶏なの?」
「だって…」
「はい黙る。……好き嫌いはお前らに教える気はない。将来の夢は…まぁ、うん。…趣味は色々だ。」
「ねぇ、カカシ先生。それだけだと名前しかわかんないよ?」
「そうだね。…じゃ、次はお前らだ。右から順に…お前から」
ラセツの指摘をそよ風を受け流すかの如く躱し、カカシはナルトに視線を向けた。
先程『嫌い』と言われた上にトップバッターを振られたナルトだが、持ち前の図太さでカカシに言われた自己紹介に沿って話す。
「…ラーメン情報ばっかり。ナルトらしいけど」
好きなもの嫌いなものだけでなく趣味までラーメンに関連したものだった自己紹介に予想は出来ていたものの、苦微笑をする。
「こっからはラーメンじゃないってばよ!なんせ、将来の夢だからな!」
片手を拳を握りしめて、もう片方の手で忍の証である額当てを掴み、何処までも真っ直ぐな蒼い双眸をカカシに向ける。
「将来の夢は火影を超す!ンでもって里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ!!」
初めて出会った時からずっと変わらないナルトの夢で目標。力強く語るナルトにラセツは苦笑ではなく嬉しげな微笑を浮かべた。
カカシはナルトの発言に僅かに瞳を見開き、一瞬考える様に沈黙した後、ナルトの隣に座るサスケに視線を移し、サスケは自己紹介を始める。
好きなものと嫌いもの、趣味も特に語らない簡素なものだった。しかし、将来の夢にあたる野望を語る時、サスケの纏う雰囲気が厳しいものに変わる。
「一族の復興と。ある男を必ず殺すことだ」
ある男、と濁してはいるものの『うちは事件』を知っている者からすれば明らかな人物だった。 それはカカシとて例外ではない。僅かに瞳を伏せてからサクラに自己紹介を移した。
「私は春野サクラ。好きなものは…っていうか好きな人は…、将来の夢も言っちゃおうかな…」
チラチラとサスケを見て、可愛らしく口元に手を当てて黄色い悲鳴をあげ、嫌いなモノはナルトだと言うサクラにラセツは頬を膨らました。
「最後、ラセツ」
「あ、はい!名前はラセツ、好きなものはナルトと山菜鍋と焼き魚と栗饅頭と……」
「はい。そこまでね。あげたらキリがないから。嫌いなものいこうか」
「嫌いなものは酸っぱいもの。趣味は山菜採りとどんぐり集め!!将来の夢は、ナルトの役に立つ立派な忍びになって、争いのない平和な世界をつくること!」
「いつも思うが…なんとも強欲な夢だな」
「夢はね。欲張りなくらいが丁度いいんだよ」
望みが大きければ大きいほど、夢までの道のりは険しく辛いものになるだろうが、達成される業績も大きく、それを成しとげるだけの力を求め、夢の為ならと耐える根性と情熱を持てる。証拠にラセツはその根性と情熱に、挫けそうになった心を何度も必死に支えてもらった。
「…自己紹介はそこまでだ。明日から任務やるぞ」
その言葉に全員丸くなり始めていた背中を伸ばす。しかし、カカシの口から告げられたのは任務ではなく、サバイバル演習だった。
最初は落胆した。演習なんてアカデミーで嫌と言うほどやらされたからだ。しかしカカシの不気味な笑い声に、ラセツの背中に冷たい物が走り、顔から血の気が引くのを感じた。
「ラセツは勘づいたか」
「カカシ先生のその顔はだいたいヤバい時だし……」
カカシに師事して数年。今の様な笑みは嫌な事を予感するモノとなっており、ラセツは唾を飲み込んでカカシの言葉を待った。
「卒業生のうち下忍と認められる者は約3割。残りは再びアカデミーへ戻される。…この演習は脱落率約7割の超難関試験だ!」
カカシが口にした内容にラセツは思わず頬を引き攣らせる。他の3人もドン引きした様な反応を示しており、そんな子供たちを見てカカシは予想通りという様に声をあげて笑う。
カカシが言うに、アカデミーの卒業試験は下忍になれる可能性がある者を選抜するだけで、下忍になれるわけではないという。
「忍の入り口ってそんなに狭いんだ…」
「そりゃそうでしょーよ。命懸けなんだから適当には選べない」
カカシは明日のサバイバル演習が行われる日時と持ち物、集合場所などが書き込まれたプリントを各自に渡し、今日は解散となった。
「あぁ、そうだ。朝メシは抜いてこい……吐くぞ」
帰ろうと腰をかけていた段差から立ち上がった下忍候補者にカカシは低い声でそう忠告し、僅かに息を呑んだ後、建物の屋上から姿を消した。
「……で?ラセツは帰んないの?」
「ひとつだけ言いたいことがあって」
ラセツは他の3人とは違い、建物の屋上に残り、愛らしい顔立ちを顰め、カカシが渡したプリントと睨めっこをしていた。
「ねぇ…師匠。遅れてこないでね?」
顰めっ面のままカカシに向き、ラセツが指を指していたのは『集合時間 午前5時』と書かれた部分だ。 ラセツがカカシに修行を見てもらう際、もちろん時間を指定し集合するのだが、カカシが遅刻どころか大遅刻しなかった事は一度たりともない。
無駄だろうと予想はしていたが、一応の釘刺しだ。
「善処はするよ」
「それ絶対来ないやつ」
カカシの返答を聞くに、ラセツの釘差しは本当に無駄に終わりそうな結果が容易に予想できてしまいラセツは溜息をつく。
「ーーー痛っ」
突然、額に衝撃が走った。
じんわりと痛む額を抑え、手をデコピンする構えにしているカカシを睨む。
「オレのことより自分のことを考えろ。素質がなかったらお前でも落とすからね」
「お手柔らかに…」
「しないよ」
「デスヨネー」
ハハハ、と乾いた笑みが溢れる。
ラセツはまだじんわりと痛む額を押さえながら、栗饅頭を奢る約束を忘れてしれっと帰るサスケを探しながら帰路についた。