羅刹の希求 作:蒼林檎
時計の針が空をさしてお腹の鳴る時間、ナルト、サクラ、サスケの3人はそれぞれ構え、ラセツを囲む様に立っていた。
「じゃ、始めるよ。準備はいい??」
「いつでもいけるってばよ!」
「オレもいいぜ」
「私も!」
「じゃあ、行くよ…3、2、1」
0の合図でラセツの姿が消え、代わりに現れたのは赤トラの猫。その猫を目視できた瞬間、構えていた3人は赤トラの猫に飛びかかった。
「つっかまえたぁーー!」
ナルトが猫を包み込む様に捕まえ、カカシが持つ依頼書に書かれる『迷子猫』の特徴と一致するかを確認する。
「右耳にリボン…目標の『トラ』に間違いはない?」
「あぁ、ターゲットに間違いない」
「それにしても…猫捕獲に時空間忍術を使うとか…ものすごい高等忍術の無駄遣いだな」
「ラセツもそう思った!!文句なら作戦を考えたサスケにどうぞ!」
「有効活用と言え」
時空間忍術は高等忍術中の高等忍術。 いくら効率がいいとはいえ、時空間忍術を最低ランクの任務に使うなど前代未聞だった。
「ま、スムーズにできるし文句はないよ。…よし、迷子ペット『トラ』捕獲任務終了!帰還するぞ」
迷子猫であるトラが脱走しない様に抱えて、猫を飼い主に引き渡し、3代目に任務完了を報告した。
「なー、これってホントに忍者の任務?」
依頼主の姿が見えなくなった瞬間、ナルトが両腕を頭の後ろに組み、唇を尖らせて不満を洩らす。
これまでの任務は子守りに、おつかい、ペット探し、農作業の手伝いなど幅が広く、日常的で比較的安全な任務だ。 しかし忍者らしいかと問われれば首を縦に振るには難しかった。
「当たり前だろう。これも立派な忍者の任務だ。それに、誰でも簡単な任務からだ場数を踏んで繰り上がってくんだ」
イルカは三代目と相談し、引き出しから『D』と書かれた巻物を取り出す。 どうやら次の任務もDランクの任務が与えられるらしい。
イルカの説明を理解したものの、ナルトが納得する訳がなく、腕を胸元あたりでクロスさせて大きなバツ印を作った。
「そーいう気遣いはノーサンキュー!!オレってばもっとこう、スゲェー任務がやりてーの!他のにして!!」
火影室のど真ん中で嫌だ嫌だと駄々を捏ねて騒ぎ始める。が、カカシ以外誰もナルトを注意しない。
サクラは駄々を捏ねるナルトを単に面倒臭がっているが、サスケとラセツはナルトに同感だと言わんばかりに沈黙を貫いていた。
全く収まる気のないナルトの駄々にイルカが痺れを切らしたように一喝した。
「馬鹿野郎!経験を積んだ下忍ならともかく、お前はまだペーペーの新米だろーが!」
「でもさ、でもさ!それにしてもショボイ任務ばっかで忍者になった気がしねーってばよ!!」
ラセツ達4人はアカデミーの授業で『忍とは、命懸けで里の為に任務を遂行する』と聞いており、信じて疑わなかった。
だが、いざ忍になってみれば日常的で平和な任務しか回って来ない。自分達が思い浮かべていた忍像の差が大きすぎた。
「……ラセツ。ナルト止めて」
ナルトの忍像が崩れない限り、ナルトの駄々は長く続く。しかし、ナルトの忍像を崩す事は困難であり、今後のモチベーションにも大きな影響及ぼしてしまう可能性が高い。 なら、カカシに残された道は1つ。
ナルトの幼馴染であり、最も信頼を寄せているラセツを頼るほかない。 三代目も「頼む」と言わんばかりの視線を向ける。
ラセツはその視線に悪戯っぽく口角を上げる。 その瞬間、カカシと三代目は選択を誤った事を察し、止めようとするがもう遅い。
「ラセツもそろそろ実践を積んだ方が良いと思います!」
「だよな!!」
カカシや三代目の言葉を無視し、溌剌とした笑顔でナルトの味方をしたラセツに、カカシは拳でコツンと殴り、三代目が呆れたように重い息を吐いた。
「ナルト、それにラセツ。お前らには任務がどういうものか説明しておく必要があるな」
里には毎日DランクからAランク任務まで多くの依頼が来る事。 忍は上・中・下忍と能力に応じて分けており、依頼は火影を筆頭にした上層部がその能力に合った忍者に任務として振り分けられている事。 任務を成功させれば依頼主から報酬金が入ってくる事を丁寧に教える。
「イルカの言う通り、お前らはまだ下忍になったばかり。Dランクがせいぜい良いとこじゃ」
「昨日の昼はとんこつだったから、今日はミソだな。…でも、しょうゆも捨てがたい…!」
「じゃあラセツはしょうゆにする。一口あげるよ」
「きけェェェイ!!」
三代目のありがたい直接特別授業は当の本人達には届いていないどころか昼飯の話をしていた。
里の長である火影に対して失礼極まりない態度を取る2人をカカシは拳骨で殴り三代目に頭を下げる。
「…そうやって」
ナルトは拳骨を食らった頭をさすりながら、蒼い双眸を吊り上げて鋭く三代目を睨みつける。
「じいちゃんはいつも説教ばっかりだ。…けど、オレってば、いつまでもじいちゃんが思ってる様なイタズラ小僧じゃねェんだぞ!」
「うんうん。ナルトはもう忍だもんね」
「そう!オレはもう木ノ葉の立派な下忍なんだ!!だからスッゲー任務寄越せってばよ!」
そうだそうだとノろうとした時、自分よりも大きく授業を重ねた硬い皮膚が口を塞いだ。 見上げるとそこには見慣れたカカシの顔がある。
「ラセツ…、それ以上ナルトを煽んないで。あとでどやされるのオレなんだから」
その声は低いがどこか弾んでおり、その割には瞳はひどく静かで冷やかだ。 嗚呼ヤバいなと思ったのと同時にラセツの頭の中で警報音が鳴り始める。
「あとでクナイ投げ1000本ね。あ、的は最小のやつで当たんなかったやつはノーカウントだから」
「ーーー!!」
「ハハハ、聞こえない」
口を塞がれたままのラセツに抗議は叶わない。助けを求めて他に視線を向けるが、サクラとサスケは自業自得だと視線を合わせず、ナルトに至ってはまだ三代目に抗議を続けており、ラセツはひとつ諦めて俯いた。
「……分かった」
姿を見ずとも異質な貫禄が感じ取れる声にラセツは弾かれたように顔を上げる。 声を出したのは三代目で、向けた相手はナルトにだ。
三代目は引き出しからいつもとは違う模様の巻物を取り出し、蒼い瞳を輝かせるナルトに手渡した。
「お前がそこまで言うならCランクの任務をやってもらう。……ある人物の護衛任務だ」
初めてのCランク任務が言い渡され、橋作りの自称超名人『タズナ』という人物を国まで送り届けて橋を完成させるまでの間、護衛をすることになった。
✳︎✳︎✳︎
「出発ーー!!」
「おーー!!」
まだ日も登りきっていない明朝に、やる気のこもったナルトとラセツの高らかな声が2つ重なる。 その姿はまさに遠足に行く前のアカデミー生そのものであり、タズナは不満げに眉を寄せる。
「おい!本当にこんなガキで大丈夫なのかよ」
「ハハ…、上忍の私がついてます。そう心配いりませんよ」
アカデミー生のようにはしゃぐ阿保2人を尻目に少し乾き気味の笑みで返す。 その後、ナルトがタズナに突っかかって一悶着を起こすという最悪の滑り出しでCランク任務が開始された。
タズナの隣を歩くように木が立ち並んだ静かな道を歩く。いまいち護衛の実感が湧かないのは護衛対象が超名人(自称)と言ってもただの橋づくり職人だからだろう。そんな人を狙うとしたら餌に飢えた獣くらいだ。
「ねぇ……カカシ先生。これから行く波の国には忍者っているの?」
あまりに静かで平和な護衛任務にサクラの意識は散歩感覚まで下がっており、暇を持て余したのか、ふと思い浮かんだ軽い質問を投げた。
「いや、波の国に忍者は居ない…が、大抵の他の国には文化や風習こそ違うが隠れ里が存在し、忍者がいる」
カカシは忍の隠れ里についての説明を始める。
それはラセツが理解するには少し難しい内容であった。 取り敢えず、忍の隠れ里の中でも木ノ葉、霧、雲、砂、岩が『忍五大国』と呼ばれるほど国土も軍事力も強く、何万の忍者の頂点に君臨する忍五大国のトップが『五影』であり、凄い人達だという事を理解した。
「へー、火影様ってすごいんだぁ!」
と、サクラは感心したように言っておきながら、笑みには隠し切れない疑いが滲んでいた。 それは他の3人も同じだった。 貫禄こそあるが、何処までも温厚で優しく平和を愛するお爺さん、というイメージが強かったからだ。
しかし直後、内なる気持ちをあっさりカカシに見破られ、全員が肩を震わせた。
逃げるように歩幅を大きくして歩行を早めると、ラセツはふと、目の前にある水溜りに首を傾げた。
周りの土が湿っているならともかく、周りの土は乾いており、水溜りのある場所だけ特に地面が窪んで水が溜まりやすい場所のわけでもない。にも関わらず水溜りは存在している。
「あ、気づいた?」
「え?やっぱりこの水溜り、意味あるの?」
「うん。気を引き締めてね」
それはどう言うこと、と疑問を口にする事はなかった。 背後に気配を感じたからだ。反射的に振り返ると、硬質な音が鼓膜を震わせ、銀色の煌めきがラセツの視界に走った。
「1匹目」
痺れる程低く殺気立った声に急いで銀色の煌めきを視線で追いかけると、目的地は隣で、そこにはカカシが雁字搦めにされており、直後。息つく暇もなく引き裂かれた。
「キャーーー!!!」
「カ、カカシ先生ェ!」
サクラとナルトの悲痛な声が響き、ラセツは悪寒に痺れて固まる身体を叱咤する。 カカシの死に浸っている暇はない。 すぐに切り替えるが、ラセツが固まっていたその一瞬は大きく、すでに敵はナルトの背後に迫っていた。
「2匹目」
カカシを引き裂いた武器を残酷なほど迷いなく振るう。 サスケがいち早く動き、手裏剣で相手の武器の軌道をずらし、そのまま木に打ち付け、クナイで固定をする。 ラセツも参戦しようとするが、一瞬サスケがラセツに視線をやり、すぐに視線をタズナにずらした。
言葉はないがこれは指示だ。 ラセツはサクラと共にタズナを守るようにクナイを持ち、いつでも空間転移が可能なように座標を安定させる。
敵が固定されていた武器を外し、自由を手に入れ、1人がタズナの方に向かってくる。 また一瞬サスケと目が合い、サスケはナルトを狙っている方へ視線を滑らす。 指示を受けたラセツは座標を合わせる。
「サクラ」
上忍であるカカシを死に追いやった敵を前に、クナイを持つ手が震えるサクラに優しく声をかけた。
「大丈夫」
うっすらと見せるその微笑みは何処か力強いものだった。
もしもの時の為に、サクラの震えがおさまってくれるのを待ちたかったが敵は待ってくれない。 サクラの確認を終える前にラセツは敵の背後に転移し、敵が驚愕に身体を固まらせた瞬間を好機とし、一片の躊躇もなく大木をも潰す威力を持つ拳を振り下ろした。
「……ーーふぅ、」
それなりの手加減はしたとは言え、十分驚異的な破壊力を持つ拳を諸に受けた敵は意識を保つことができず、その場に崩れ落ちた。
もう一方の敵を受け持っていたサスケの方を見るとカカシが立っていた。 慌ててカカシが引き裂かれた所を確認するとボロボロになった木がたくさん落ちており、《変わり身の術》を使っていた事を理解し、安堵の息を吐いた。
「ナルト…すぐに助けてやれなくて悪かった。怪我さしちまったな……でも、お前がここまで動けないとは思ってなかった。……取り敢えずラセツにサスケ。よくやった良い連携だったぞ」
サスケは最速で行動に移して相手の武器を奪った上に指示を出し、ラセツはいつでもサスケのサポートできる様に準備を整えた上に、技量があってこそ成り立つ実行能力でタズナを敵から守り切った。
この2人は初実戦だと思わせない働きをした。対してナルトはカカシの言葉を否定できない。 その事実に拳を強く握りしめる。
「よォ、ケガはねーかよ。ビビリ君」
「ーーーッ!!!」
「ナルト!」
ナルトの劣等感をさらに掻き立てるような言葉を放つサスケに、飛びかかろうとしたがカカシが静止する。
「喧嘩はあとだ。こいつらの爪には毒が塗ってあった。ナルト、お前は早く毒抜きする必要がある。毒がまわるからあまり動くなよ。……で、タズナさん。」
「な、なんじゃ!」
「ちょっとお話があります」
カカシの話曰く、襲ってきたのは霧隠れの中忍であり、タズナを狙っていた。
この任務はCランク任務であり、他里の忍からな護衛は対象外である。その上、中忍以上が狙ってくるとなるとそれはすでにCランク任務の範疇を大幅に超え、Bランク、もしくはAランク任務となってしまう。
「……流石にこれは荷が重すぎるよ。……ナルトの毒抜きもしなきゃいけないし、帰ろう」
「そ、そうよ!!それに、ナルトの傷口を開いて毒血を抜くにも麻酔が要るわ…里に帰って医者に見せないと……!」
「…ま、一理あるな。ナルトの治療ついでに里へ戻るか」
この依頼は自分たちの実力と任務の難易度が釣り合っていない。それどころか難易度が高すぎて天秤が機能すらしていない。 その上これは詐欺の依頼であり、受ける理由が見当たらない。 ラセツは自業自得だと顔を真っ青にしていくタズナを見ないふりをする。
突如、肉が抉られる不快な音を耳は拾った。不快な音の発生源であるナルトは自分の手の甲にクナイを刺していた。
「な、ナルト!?何やってんの!?」
浅くはない傷にサクラは慌てるが、ナルトに反応はなかった。ただ、藍色の髪に紫紺の瞳を持つ少女と黒髪黒目の少年をまるで睨みつけるように強く視線を縫い付けている。
強くなっている自覚はしていた。任務をこなして術の修行も体術の修行もサボらず毎日行っていたから。 それでも2人に届かず敵わない現実に悔しさを滲ませる。
しかし諦めたわけでも絶望したわけでもない。
これは誓いだ。もう2度と助けられる様なマネはしない。怖気付いて逃げ腰になったりもしない。近いが遠い2人に置いて行かれたくはない。その思いを絶対に忘れない為に刻み込むようにクナイを更に差し込んで左手に激痛を走らせる。
「オレがこのクナイでオッサンを守る。任務続行だ!」
カッコいい。
しかしそれはフィクションならばだ。
「ナルト…景気良く毒血を抜くのは良いが…それ以上は出血多量で死ぬぞ」
失血死。
その単語の破壊力は絶大なもので、ラセツにとっては、過去に鼓膜を破壊しかけたカカシの脅威の目覚ましを遥かに上回っており、思わず足元がフラつく。
「ら、ラセツ!!しっかりして!!」
「だ、大丈夫……」
本当に失血死しないよう、カカシは騒ぐナルトを言葉で押さえ込んで手当てする。 その光景を見て何を思ったのか、覚悟を決めた様に口を開いた。
「先生さんよ、ちょっと話したいことがある。依頼の内容についてじゃ…」
タズナの話によると、どうやらタズナはガトーという世界有数の大富豪のトップに命を狙われているという。 ガトーカンパニーは表向きは海運会社として活動しているが裏では非道的で悪どい商売を生業としているらしい。
ガトーは1年程前に波の国に目をつけ、海上交通・運搬を牛耳り、富を独占している。そんなガトーが唯一恐れているのが建設中の『橋』だという。
「つまり、橋を作ってるオジサンが邪魔になったってわけね…」
これで先程の忍者達はタズナを狙うガトーの手の者であるということが推測できる。
相手は忍すら使う危険で未知な存在。これは立派なB及びAランク任務だ。 しかし、波の国は貧しい国で、高額なBランク任務を依頼することが出来ず、Cランク任務として依頼をしたらしい。
これは任務外であり、天秤も機能していない詐欺の任務だ。 話を全て聞いてやはり断ろうとしたがタズナを説得しきれず、カカシは任務続行を決めた。
「意外。反対しないんだ」
「……反対したいに決まってるでしょ」
一般人1人、上忍1人、新米下忍4人。その内の1人は毒をくらい、抜く為に失血死しかけた怪我人。 対して相手はどんな切り札を持っているか分からない未知の相手。 天秤の傾き方は尋常ではなく、反対しない方がおかしい。
「でも、ナルトがやるって言ってるんだもん。…だからやる」
「ラセツは本当にナルトが好きね」
「当然」
実力と高難易度が不釣り合いな任務に、ラセツは最後になるかもしれないと、憎らしいほどに清々しく澄んでいる青空を視界いっぱいに広げた。