羅刹の希求   作:蒼林檎

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第十五話『羅刹』

カカシと再不斬の忍術戦は大胆にみえるが、目線や呼吸、意識を意図的にずらすフェイクを入れるという異常な練度と緻密さを魅せていた。

 お互いの忍術練度と発動速度、破壊力のある攻撃に卓越した体捌き、いろいろな技術が互角に噛み合い、奇跡的な均衡を創り出していた。が、カカシの僅かな油断からその均衡は簡単に崩れた。

 

 

「…くッ」

 

 

 カカシは再不斬の《水牢の術》にて捕らえられ、自由を奪われる。 再不斬は標的をカカシからラセツ達に移し、水分身を創り出す。

 ラセツ達は各自クナイを構えて戦闘態勢を取るが、経験不足故か、あまりの拙さに再不斬は嗤う。

 

 

「偉そーに額当てまでして忍者気取りか…だがな本当の『忍者』ってのはいくつもの死線を超えた者のことを言うんだよ」

 

 

 忍者の任務の中には暗殺や国家機密などの、死と隣り合わせな危険な任務がいくつもある。 しかし、今のラセツ達は実績も経験もなく、殺気だけで足が竦んでしまうほど未熟であり、再不斬から見れば赤子同然だった。

 

 

「つまり、オレ様のビンゴブックに載る程度になって初めて忍者と呼べる…。お前らみたいなのは忍者とは呼ばねぇ」

 

 

 瞬間、再不斬が《霧隠れの術》で姿を晦ます。 再不斬の姿は何処かと辺りを見回した直後、ナルトに蹴りかかり、その拍子に額当てが外れ、硬質的な音を鳴らして地面に落ちる。

 

 

「…お前らは、ただのガキだ」

 

 

 そう、地面に落ちた額当てを勢いよく踏み躙りながら非情に言い放つ。

 

 下忍4人と再不斬の間に、あまりにも大きすぎる実力の差がある事を理解しているカカシは『逃げろ』と叫ぶが、上忍レベルの忍から下忍が逃げられる訳がなく、ラセツの十八番である《空間転移》もナルトが居る為除外せざるを得ない。

 

 全員が生き残るには再不斬と唯一渡り合えるカカシを助け出す選択しか用意されてなかった。

 しかし、その為には水分身の再不斬を倒し、本体の再不斬を動かさなければならない。

 

 サスケも飛び出すが、敵うはずがなく玩具を扱うかのように遊ばれてしまう。

 

 ラセツは僅かに震える身体を叱咤し《空間転移》の境界を、ギリギリ座標の中にいる水分身の再不斬のど真ん中に設定し、発動する。

 水分身の再不斬はなす術なく《空間転移》の境界に断裂され、水に還る。

 

 

「本当に厄介な能力だな、小娘」

 

「ーーぅあ!!」

 

 

 再不斬は1体しか水分身できないわけでは無い。

 音もなく現れたもう1体の水分身に反応が遅れ、反射的に防御はするも、ラセツの軽い身体は容易に吹っ飛ばされる。

 

 ラセツは神がかり的な体幹と身体能力を駆使して、地面に着地する。

 その後即座に座標を安定させ、再度《空間転移》を発動させる。が、予知していた様に対応される。

 

 

「ーーッ勘のいい奴…!」

 

 

 《空間転移》の指定場所は術者であるラセツにしか分からない。 しかし、再不斬は予知した様に動く上に、回を重ねる度にその勘は鋭く研ぎ澄まされている。

 

 

「違う」

 

 

 勘が鋭いと言ったラセツを再不斬は即座に否定し、今度は転移する場所を確信していた様に、ラセツが《空間転移》をした直後、容赦ない蹴りを入れた。

 

 

「ーーッ!」

 

「お前が単純なだけだ」

 

 

 蹴り飛ばされ、咳き込むラセツに再不斬は冷たい視線で射抜いた。

 

 

「覚えておけ。忍は相手の手、指、筋肉、視線、呼吸……身体のあらゆる場所の情報を読み取って相手の思考や行動を予測する」

 

 

 再不斬の言うその技術の難易度は常軌を逸している。 再不斬は実力のある忍だと理解していたつもりだったが、本当に『つもり』だった事を理解する。

 

 

「…お前ら程度の奴だったら何を考えてどう攻撃するか丸わかりだ」

 

 

 忍術や体術の技量の差は誰にでも明瞭で、経験で磨かれた観察眼はラセツ達の次の行動さえも予測され、手も足も出ない。 水分身相手にもこれかと、絶望したその、直後。

 激しい咆哮を上げながらナルトが再不斬に向かって馬鹿正直に真っ直ぐ走る。

 

 

「フン、バカが」

 

 

 そう鼻で嗤い、小さく呟く再不斬に今回ばかりは否定できなかった。

 案の定ナルトは蹴り飛ばされ、呆気なく地面に転がる。

 

 

「ほんっと学ばないわね!?いくらいきがったって下忍の私達に勝ち目なんてあるわけ……!!」

 

 

 いつもとは比べ物にならない程無謀な事をしたナルトをサクラは叱りつけたが、突如説教を止め、ナルトの手に握られている、先程まで再不斬が踏み躙っていた額当てを凝視した。

 

 

「…おい、そこのマユ無し」

 

 

 ナルトは少し汚れた額当てを自分の額に当てて紐部分を強く結び、不快そうな表情を隠さず表に出す再不斬に、激しい闘志を燃やした蒼い瞳を向ける。

 

 

「お前のビンゴブックに新しく載せとけ!いずれ木ノ葉隠れの火影になる男…木ノ葉流忍者!うずまきナルトってな!!」

 

 

 その姿は何処までも堂々としており、忍にしては目立ちすぎている。 木ノ葉が掲げる忍像からはかなり遠いだろう。

 しかし、恐ろしい敵を前に震えを止めて逃げる事なく堂々と立つ姿は酷く格好いい。

 

 

「サスケ、ラセツ!ちょっと手ェ貸せ!」

 

「……後でちゃんと返してね?」

 

「そういう意味じゃねぇよ阿保。…で、なんだ」

 

「作戦がある!」

 

 

 相手はカカシと互角の戦いをしせみせた上忍レベルの忍。

 下忍昇格試験の時に行ったサバイバル演習と同じで、下忍が協力しあったところで勝利の可能性は雀の涙ほどしか上がらない。

 しかし、何もやらないより雀の涙程だとしても賭けてみた方が絶対にいい。

 

 

「…わかった。任せて」

 

 

 サスケの無言の了承と心強いラセツの返答に、ナルトは口元に流れる血を拭いながら過去1番挑戦的に笑い、再不斬も苛ついた表情から歪んだ哄笑を浮かべる。

 カカシの指示を無視し、再不斬に挑む形をとった4人にカカシは叫んだ。

 

 

「お前ら何やってる!逃げろって言ったろ!オレが捕まった時点でもう白黒ついてる!!オレ達の任務はタズナさんを守る事だ!!それを忘れたのか!」

 

 

 そこでこの任務の目的は再不斬を倒すことではなく、タズナを守る事だと言う事を思い出し、ナルトは不安げにタズナを見上げる。

 するとタズナは力強く笑い、戦いの許可を出し、ラセツ、サスケ、ナルトは戦闘態勢を取った。

 

 気持ちが切り替わったとはいえ、ほんの数分で構えの拙さが変わるわけでは無い。

 

 

「…お前ら、ほんっとに成長しねぇな」

 

 

 再不斬から見れば赤子か幼児が向かってくる様なモノだ。

 一か八かで逃走を図ればいいものの、それをせずに無謀な事を選択するラセツ達に声をあげて嗤った。

 

 

「…いつまでも忍者ゴッコかよ。オレはなぁ、お前らくらいの歳にゃ、もうこの手を血で赤く染めてんだよ」

 

 

 再不斬の口から出た衝撃の言葉にラセツ達の身体は思わず固まる。 しかし、再不斬の口は止まらず、霧隠れに所属していた頃に起こった壮絶な『鬼人 再不斬』の過去が話される。

 

 住む世界が違う様な話と、卑しく嗤う再不斬から発せられる狂気に当てられて、ラセツ達の身体は強張る。 それは再不斬にとって隙だらけの好奇であり、見逃すはずもなく、一瞬で距離を詰め、サスケに襲いかかり、転がったサスケの腹部分を容赦無く踏み躙る。

 

 

「《影分身の術》!!」

 

 

 個で勝てないなら数で。

 天性のチャクラ量を活かし、数十人の影分身を一瞬で出し、クナイを構えて一斉に攻撃を仕掛けるが、

 

 

「…甘いな」

 

 

 等身大ほどある首切り包丁を掴み、軽々と振り回し、遠心力を贅沢に使ってナルトの影分身を一掃され、地面に転がっては消えていく。

 

 

「サスケェ!!」

 

 

 ナルトは背負っていた鞄から取り出した風魔手裏剣をサスケに投げ渡す。 

 風魔手裏剣を受け取った瞬間、サスケは少し瞳を見開き、納得したように薄く笑った後、風魔手裏剣を開く。

 

 

「あぁ、なるほど」

 

 

 ここでやっとラセツはナルトの作戦を理解した。

 ラセツはこれから再不斬に向かっていくサスケをいつでもサポート出来るように《空間転移》の境界を近くに設定し、その時、境界は2人分を感知した。

 

 

(…なら、ラセツはこっちだね)

 

 

 サスケから座標を滑らし、新たに空間を設定した場所は水分身の再不斬だ。 サスケは大きく振りかぶり、風魔手裏剣を勢いよく投げる。

 

 

「ラセツ!」

 

「了解!!」

 

 

 風魔手裏剣に視線を奪われている再不斬に、ラセツが《空間転移》を設定した場所を予測する思考は無い。

 

 

「ーーーな、」

 

 

 短い驚きの後、再不斬を象った水分身は真ん中で割れ、それぞれの場所で水へ還る。 風魔手裏剣はそのまま飛び、真っ直ぐ本体の再不斬の方へ向かっていく。

 

 

「なるほど、今度は本体を狙って来たって訳か…が、甘い!」

 

 

 風魔手裏剣を素手で止めるが、手裏剣の死角に隠れていた手裏剣に気づく。 完全に不意をつけたと思ったが、再不斬は息をする様に風魔手裏剣を避ける。しかし、ナルトの作戦はこれで終わりではない。

 

 

「ーーココだぁ!!」

 

 

 再不斬が避けた風魔手裏剣はナルトが変化したものであり、驚愕に目を見開く再不斬にナルトはクナイを投げた。 本来なら水牢を作っている腕を狙ったのだろうが、さすがは手練れ。身体を捻り、肌を僅かに掠めるものの、カカシを捕らえる水牢は維持してある。

 しかし、問題はない。 ナルトの『鬼札』はまだ残っている。

 

 

「やっちまえ……ラセツ!!」

 

 

 自分の意図がバレないように珍しく気を回し、呟くように『鬼札』を切った。

 ラセツは《空間転移》するが座標が足りず、転移した場所は再不斬の少し手前だった。しかし、今回はそれでいい。

 ナルトに気を取られている再不斬は《空間転移》で音もなく現れたラセツに気づかない。 あと少し、あと少しでラセツの持つクナイが再不斬に届くと思った、その瞬間。

 

 

「ーーー」

 

 

 ナルトの気回しは牙を剥き、再不斬は一切の無駄がなく精錬された流れるような動作でナルトに向かって風魔手裏剣を投げた。

 その速度はサスケが投げた時と比べ物にならない。 このままではナルトは風魔手裏剣に引き裂かれてしまう。 それは絶対に避けなくてはいけない。過去に自分を救ってくれた英雄を絶対に殺させてはいけない。 

 

 しかし、ラセツよりもチャクラ量が多いナルトに《空間転移》は使えない。 ならどうすればいい。と、考える間も風魔手裏剣とナルトの距離は容赦なく狭まっていく。

 

 

(絶対に助けなくちゃ。どんな手を使ってでも)

 

 

 そう、思考が支配された瞬間、ラセツの額は酷く熱を持ちはじめ、周囲のエネルギーと膨大な量のチャクラを喰らい尽くす勢いで吸い上げては急速に練られ、全身に駆け巡り、異常な速度で消費される。

 常軌を逸したチャクラの巡回に、全身の筋肉と骨が悲鳴をあげるように軋み、激痛が走った。 あまりの激痛に思わず落ちてしまいそうな意識を必死で繋ぎ止める。

 

 

「ーーーぁ、」

 

 

 壊れて消えてしまいそうな意識とは裏腹に、視界は酷く鮮明で、再不斬が投げた風魔手裏剣でさえ止まって見えてしまう程だった。

 

 

「……ラセツ?」

 

 

 心臓を撫でられるような異質の緊迫感を発するラセツに誰もが視線を持っていかれ、額に出現した美しい純白に輝く2本の《鬼》の象徴に釘付けになる。

 

 踏み出していた足が一歩、少し大地を触れただけで地面は振動し、踏めば大きくひび割れた。 次の瞬間、再不斬でも認識が出来ないほど常軌を逸する速度でラセツは再不斬の懐に入り込んだ。

 

 

「ーー羅刹」

 

 

 思わずこの少女と同じ名を持つ鬼神の名を溢す。

 この美しい鬼の剛力は人間の領域を遥かに超えている。 人なんて撫でるだけで喰らうように肉を抉り、骨を砕くだろう。

 そんなラセツは破壊と滅亡を司る地獄の怪物『羅刹』に相応しい。名は体を表すとは正にこの事だろうと再不斬は思い、迫り来る敗北を予期し、受け入れた。

 

 

「ーーーは」

 

 

 しかし、震えるほど美しい横顔に埋め込まれた紫紺の瞳と一瞬視線が交わっただけで想像した衝撃と痛みは再不斬を襲わず、鬼と共に突風が横をすり抜けた事に呆けた声を洩らした。

 

 

「ーーラセツ!!」

 

 

 悲鳴のような声に再不斬は正気を取り戻し、鬼神の名が聞こえた方を見れば、そこには純白の角を持つ『羅刹』の姿はもうなかった。

 膝をついて紫紺の瞳からは血涙を流し、酷く咳き込む口から大量に吐血する弱々しいラセツの姿と、名前を必死に呼ぶナルトと心配そうに背中を摩るカカシの姿があった。

 その光景を見た時、空になった左手を見て《水牢の術》がラセツによって力技で破られたことに今更気づく。

 

 

「お前は……甘いな」

 

 

 空になった左手で動く心臓を肌の上から確認するように摩りながら、敵の撃破と仲間の命を天秤にかけるまでもなく仲間をとったラセツを再不斬は嗤う。 

 

 

「仲間、の…命に変えられるものなんて、ないもの」

 

 

 途切れ途切れに血を唇から零しながら答える。

 カカシの教えを大事にしているラセツの瞳には後悔は全くないどころか、皮肉げに口角を「……そんなことより」と言葉を続ける。

 

 

「……自分の、心配した方がいいよ??ラセツ達の役目はもう終わったんだから…」

 

「あぁ、本当によくやった。……あとは任せろ」

 

 

 カカシの言葉にラセツの身体からは全ての力が抜けた。

 《鬼化》によって膨大なチャクラを消費、循環させ、負担をかけすぎた肉体はもうとっくに限界を迎えていた。

 霞む視界にフラつく足元。力が抜けたせいで身体が支えきれず前に倒れる。 地面とぶつかると思った瞬間、側まで駆け寄ってきたサスケに受け止められた。

 

 

「…サスケ、ナイス」

 

「いいから寝てろ」

 

 

 ラセツはサスケの言葉に甘えて、返事も忘れて意識を手放した。

 

 

 

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