羅刹の希求 作:蒼林檎
あれから修行の数日が過ぎ、ラセツ、ナルト、サスケの3人は苦戦していたものの見事に出された課題をクリアして帰還し、再度タズナの護衛につくことを命じられた。
「……なんで、なんでそんなに必死に頑張るんだよ…!!」
何処までも必死に真っ直ぐと努力をするナルトの姿にイナリは英雄だった父の姿を思い出し、テーブルを両手で強く叩きつけ、滂沱の涙を流している瞳は酷く怒りに蝕まれており、敵視する様に強く睨みつけてダムが決壊したようにイナリの口から言葉が溢れた。
「修行なんかしたってガトーの手下には敵いっこないんだよ!いくらカッコイイこと言って努力したって本当に強いヤツの前じゃ弱い奴はやられちゃうんだ!!」
「うるせーなァ、お前とは違うんだってばよ」
「お前を見てるとムカツクんだ!!この国のことも知らないくせにでしゃばりやがって!」
眩しいくらい立派な英雄だった父親同然の人間をガトーに潰されている過去を持っているからこそ、英雄になろうとするナルトに対して声を荒げ、怒りをぶつけた。
イナリは子供だ。感情のまま誰かに押し付け、ぶつけることがあるだろう。だから、誰もがイナリの叫びを黙って聞いていた。
「お前にボクの何が分かるんだ!辛いことなんか何も知らないでいつも楽しそうにヘラヘラやってるお前とは違うんだよォ!!」
「…あなたこそ」
恵まれてはいない子供の叫びにラセツも沈黙を護っていたが、英雄と尊敬するナルトに対するイナリの言葉に、ずっと耐えていられるほどラセツは大人ではなかった。
「あなたこそ、ナルトの何を知ってるっていうの??……悲劇の主人公気取りもいい加減にして」
紫紺の双眸は厳しく細められ、鋭い視線がイナリを射抜く。 独特な緊張感を放つラセツにイナリは思わず口を閉ざし、身を硬くする。
「ラセツ、言い過ぎだ」
冷たい言葉を続けようとしたラセツを止めたのはカカシだった。
ラセツは懸命になると周りが見えなくなる事が多々あり、ナルトの事になるとその欠点は加速し、尚更目立つ様になる。
ラセツもまだ12歳。カカシから見れば成長中の子供もいいところで、その欠点も子供ならではの純粋さ故に現れるもの。
里の中ではまだ良い。しかし、任務の時のラセツは木ノ葉に所属する1人の忍。大人の対応を覚えなければならない。
「………すみません。頭、冷やしてきます」
ラセツは阿呆だが察しは悪い方ではない。むしろ察する能力なら鋭い方だ。故にカカシの意図を理解していた。 しかし、素直に受け入れ消化できるほど出来た器をラセツは持っていなかった。
飛び出しそうな感情的な言葉を押し殺し、酷く丁寧で静かな声音でその場の雰囲気を更に冷たくしてラセツは扉から出て行く。
「オレ、追いかけてくる!!」
「やめとけ」
「なんで!」
「今やここら一帯はラセツの庭だ。絶対に追いつけないよ」
ラセツの十八番は《空間転移》。ここ数日で座標の記録も済んでおり、今ここにラセツと鬼ごっこをして勝てる者は居ない。
「何なんだよ…!」
ラセツの冷気を真っ向に当てられたイナリは、怒りと混乱を混じり合わせた感情に耐えきれなくなり、部屋から飛び出した。
✳︎✳︎✳︎
頭に昇っていた熱を冷やすように夜風に当たりながら木と木を渡りながら散歩をする。
「……はぁ…」
頭が冷えれば冷えるほど、振り返れば振り返るほどラセツがイナリに放った言葉にため息が出てくる。
「っああぁあ……ラセツ、ホッント大人気ないぃ…」
あまりの羞恥に思わず足を止め、しゃがみ込んだ。
ラセツは大人ではないとはいっても木ノ葉に忍として認められた1人。 だと言うのに、年下の、それも一般人の男の子に言われた言葉に突っかかってしまうなんて未熟も良いところだ。
「…イタチなら、こんな時どうするかな……」
アカデミーを飛び級で合格し、『天才』と謳われ、何処までも真っ直ぐ我が道を生きる彼ならなんと言っただろうか。 しかし、ラセツはすぐに頭を振った。
まずイタチはラセツの様に感情的になったりなどしない。常に最善を考えて行動し、もしかしたらイナリとの和解も済ませてしまうだろう。
根本から間違えてしまったラセツとなにひとつ噛み合う事はない。なら、自分の犯してしまった間違いをどう正せばいいのか。 その答えは容易に出てくる。
「謝るしか、ないよね」
今回はラセツにも非がある。
ラセツは首元から下がる首飾りの先端にある『鬼の瞳』を祈る様に両手で包み込んだ。
「…仲直り、出来ますように」
別にイナリと仲がいいわけじゃない。 だが謝れた後、友人の様になれていたらという思いも込めてそう願った。
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謝るとは決めたとはいえ、心の準備は出来ていない。その為ゆったりとした歩行でタズナの家に戻り、扉を開けようとしたその時、ベランダの方から話し声が聞こえた。
気配を消したまま家の影からそっと覗くと、そこにはイナリとカカシが座っており、何やら話していた。
「………で、どうした。ラセツ」
「ーーッ!?」
唐突に名前を呼ばれ、肩が飛び跳ねた。 隠れるラセツをカカシは真っ直ぐ視ており、空耳でもない事を理解する。
そして、同時にこのままでは盗み聞き野郎だと思われてしまう事にも気づき、反射的に背を向けて逃げ出すが、
「に"ッ」
「コラコラ。何逃げようとしてんの」
まるで猫を掴むかの様に首根っこを掴まれ、捕獲されてしまう。 あぁ、これから盗み聞きの罪で断罪されるのだとラセツは両手で顔を覆った。
「無罪です」
「いきなり何言ってんの。…ま、《空間転移》で逃げなかっただけ良しとしようか」
「あ、」
「頭になかったのね」
今回の逃げはほぼ本能なところがあり、究極の逃げ技である《空間転移》の存在をすっかり忘れていた。
カカシは掴んでいる手を離し、ラセツは戸惑いがちにおずおずと向かい合う。
「で、どうしたんだ」
「……謝りに来たの、言い過ぎたから」
「なら、今言えばいいさ。邪魔者は退散するよ」
そう、ラセツの横を通り過ぎて手を振った。 ラセツは覚悟を決めて足を踏み出し、イナリの隣まで歩み寄った。
一言断ってからイナリの隣に腰をかけ、指を突き合わせ、目を泳がせながらも頭を下げた。
「さっきは言い過ぎた。本当に御免なさい」
「ボクも…ごめん」
謝罪を交わし、お互いに眉を下げ、うっすらと笑みを浮かべた。
イナリは少し気まずそうに唇を噛み締めた後、目の前の景色に視線を向け、口を開いた。
「さっき、あの先生からラセツの姉ちゃんの話とか、ナルトの兄ちゃんの話を聞いたんだ」
「そうなんだ」
「ラセツ姉ちゃんが頭悪い事とか、ナルトの兄ちゃん至上主義だとか」
「……あンの教師…」
事実ではあるがあまりにも碌なことしか話していない担当上忍に、ラセツは後ほどブッ飛ばす事を決意し、拳を力強く握りしめた。
「…それと、ラセツの姉ちゃんがナルトの兄ちゃんを英雄だって思ってることも教えてもらった」
「……!」
「…ねぇ、ラセツの姉ちゃん」
目の前の景色に視線を向けていたイナリの視線がゆっくりとラセツの方を向いた。
「ラセツの姉ちゃんの英雄について教えてよ」
「…もちろん、いくらでも教えてあげる。今夜は寝かさないよ」
「それは流石にヤダ」
「むぅ…最近の子ってノリが悪い…」
期待していた返答と違った返しが来た事に頬を膨らませるが、根に持っていたって仕方がない。すぐに切り替えて今までの出来事を確かめる様に紫紺の瞳を少し伏せた。
「ナルトはね、いつも誰かに元気を振りまいて、誰かに認めてもらいたくて一生懸命で、夢のためだったらいつだって命懸けな人なの」
月が1番高い所で輝く頃にはイナリは無邪気な寝顔をラセツの膝の上に乗せて眠っていた。
ーーーこの世に英雄がいるってことを証明してやるんだ
父親同然で、自分の、町の英雄を無惨な形で殺されてしまい、英雄を信じられなくなってしまったイナリに向けてナルトはそう言った。
「ーーきっと、ナルトはあなたの英雄になってくれる」
ナルトの言葉に説明できる様な根拠はひとつもない。しかし、有言実行するだろうと思えるほどの力がある。 きっと、英雄を信じられなくなった子供にもう1度希望を見せてくれるだろう。 そう、ラセツは確信していた。
ラセツは眠ってしまったイナリを起こさない様に抱き上げて布団に運んだ。
✳︎✳︎✳︎
カカシから課せられた課題をクリアし、護衛任務に完全復帰した翌日。
ラセツはすでに任務服に着替え、忍具を装備し、朝ごはんもバッチリ食べて準備万端だ。他のメンバーも同じ様に各自の準備を終わらせていた。ーーーナルト以外は。
「……お、起きない…」
いくら揺さ振っても、サスケが乱暴に叩いてもナルトはいっそ清々しいほど気持ち良さげな寝息を立てており、一向に起きる様子がない。
「ラセツ姉ちゃん、英雄は選んだほうがいいと思うよ」
「ぐぅ…っ、いつもはこうじゃないんだけど…!!」
「イナリ君。ラセツはナルト至上主義なの。ナルトへの評価は当てにはならないわ」
「なんとなくボクも気づいてた」
「イナリくん!?」
昨日ナルトについて語ったというのに全く味方についてくれそうにないイナリにラセツはがっくりと肩を落とした。 しかし、まだナルトを起こすという問題は解決していない。
最後の頼りと言わんばかりに、縋る様な瞳でカカシを見た。
「カカシ先生!お得意の目覚ましを…」
「使わないよ」
「えー…」
「これから戦う可能性もあるのに、そんな勿体無いことするわけないでしょーが」
あれからもう数日。もし再不斬が生きているとしたらあちらも回復している頃だろう。なのでナルトを起こす為だけに少しでも調子を落とす訳にはいかない。
それに、ナルトは昨日限界まで身体を使った為、今日はもう動けないだろうという見解から本日は休息させるという結論に至った。
「じゃ、ナルトをよろしくお願いします。」
カカシはナルトをツナミに頼み、タズナと共に完成間近となった橋に向かいーー突然濃い霧が辺りを覆った。
「久しぶりだな、カカシ」
視界の悪い霧の中から聞き覚えのある声がする。 目を凝らしてみればそこには凶悪な首切り包丁を背負った再不斬とお面を被った少年が立っていた。
「……どうやら、オレの予感は的中しちゃったみたいだね」
再不斬を回収した暗部の少年は再不斬の仲間なんじゃないか、という当たってほしくなかった最悪の予想が見事に当たってしまい、カカシの肌から一筋の汗が流れた。