羅刹の希求 作:蒼林檎
木ノ葉にきて数日。ラセツは静かな草原の広場に転がり、憎らしいほどに美しく晴れた空を眺めながら、首から下げている中心部分がヘコんだ奇妙な形の石を強く握っていた。
「……おかあさん」
つい数日前までそばに居た温もりを思い出す。その思い出はじわじわとラセツの視界を歪ませ、溢れるように雫が頬を流れていく。
「お前、何泣いてんだってばよ」
「ーーひゃぁ!?」
唐突に、日に反射して輝く金髪に蒼穹を閉じ込めた瞳を持つ少年がラセツの視界に飛び込み、ラセツは思わず飛び起きた。
「だ、大丈夫か??」
「…い、いきなり、話しかけないで!!びっくりした!!」
「わ、悪かったってばよ…、」
心臓は先程の驚きによってまだ痛いほど鳴っており、ラセツは服の上から心臓の位置を押さえ、そんなラセツを見て少年は申し訳なさそうに眉を下げて謝る。
「…大丈夫。ラセツも怒鳴ってごめんね」
「ん!いーよ!!」
ラセツが謝るとナルトは表情を一気に明るくし、大輪の花が咲いたような満面の笑みをラセツに向けた。
「お前さ、ラセツって言うんだな!!」
「あれ?ラセツ、名乗ったっけ?」
「え?だってラセツは自分のこと名前で呼んでるだろ?」
「あ…」
うっかり、と言わんばかりにラセツは自分の口を押さえ、ナルトは愉快そうに大きく笑う。 その笑顔を見てラセツも釣られたように笑った。
2人でたっぷり笑い終わった後、ナルトはラセツに手を差し出した。
「オレはうずまきナルト!!未来の火影だってばよ!!」
「うん!ナルト、よろしくね」
ラセツも手を差し出し、ナルトの手を握り返した。 直後、ナルトがラセツの顔を覗き込むようにして見る。突然の行動にラセツは驚いて声をあげそうになるが、ナルトの蒼穹を閉じ込めた瞳に心配が滲んでおり、口をつぐんでナルトの言葉を待った。
「あのさ、あのさ!ラセツ大丈夫?」
「えっ?何が?」
「何がって…さっき泣いてたから」
ラセツが涙を流していた理由を問われ、ラセツは俯いた。
言うか言わないかを迷うが、純粋に何処までも真っ直ぐ心配しているナルトに、ラセツの口は自然と言葉を紡いだ。
「……この前、ラセツ以外の一族の人が亡くなってしまって1人になっちゃって。それが少し、ね」
ラセツの声はどこか震えていて、表情も暗く沈んでいた。 ナルトは蒼い瞳を大きく見開き、耐えられなくなったようにラセツから目を逸らした。
「…なんか、悪ぃ…、」
「あ、ううん!気にしないで」
そう言って笑いかけると、ナルトは「よし!」と叫んで立ち上がり、親指だけを立てた拳を自分自身に向けた。
「ラセツにはオレがいる!!」
「…は?」
「オレは、ラセツの一族じゃねーし、家族にもなれねーけど、友達にはなれる!!」
突然、何を言い出すのだろうとラセツは呆気に取られるが、ナルトは気にせずラセツの魂に語りかけるように大きな声で叫ぶように続けた。
「ラセツは1人じゃないってばよ!!…オレが1人になんかさせねぇ」
その時、ラセツは目の前の少年が英雄なのだと思った。
争いによって奪われ、孤独となり、新しい土地にて良くしてもらっても孤独になった喪失感と哀しみ、そしてこれからへの不安は尋常ではなく、ラセツの中で受け入れて消化する事は出来ていなかった。
ナルトは、そんなラセツの1番欲しい言葉をどこまでも真っ直ぐ誠実に言葉を紡ぎ、ラセツの暗く沈んだ心に、暖かな一筋の光を差し込ませた。
ラセツは思わず笑いを溢す。
「ふ、ふふっ」
「な、なーに笑ってんだよ!そこはオレに礼をいうところじゃねーのかよ!!」
「それ、自分で言っちゃう?」
「うるせーってばよ!!」
「で…も、そうだね。ありがとう」
そう、礼を言ったラセツにナルトは思わず息を呑んだ。暗く固かったラセツの表情は無く、白い頬を紅潮させ、艶やかな藍色の長髪を風に揺らして柔らかく微笑んでいた。
「ラセツを1人にしないでくれてありがとう。ナルト」
その笑みと言葉はどこまでも真っ直ぐ純粋なもので、同時に自然とナルトからも笑顔が溢れ、溌剌と笑った。
「ヘヘっ、どーいたしまして!」
その時、ラセツは奇妙な形をした石をずっと握っていた事に気づき、石から手を離す。するとナルトの興味はその石に注がれた。
「…すっげぇ綺麗な石だな!!形は変だけど」
「これはね『鬼の瞳』っていう石でね。なんでもひとつだけ願いが叶う石らしいの」
「え!?それ、すっげェな!!」
「とはいえ、叶ったことは無いけどね」
「なーんだガラクタじゃねぇか」
「でもね、お母さんからもらったとても大切な物なの」
「ラセツのかーちゃん?」
「うん」
この『鬼の瞳』をラセツが首にかけたのは一族が襲われた時だ。 最後、元々母がかけていた首飾りをラセツにかけて、母は亡くなった。
ナルトはラセツの表情が曇った事に気づき、立ち上がってラセツの手を引いた。
「ラセツ、木ノ葉来たばっかなんだろ??未来の火影が案内してやるってばよ!!」
突然の行動といきなり変わった話題にラセツは驚きから数度瞬きをするが、すぐにナルトがラセツを気遣ってくれたのだと理解する。 ラセツはナルトを真似たように溌剌とした笑顔を浮かべた。
「さすが未来の火影様。お願いしちゃいます!」
「おう、任せろ!!」
ラセツは案内をしてくれるナルトの半歩後ろを歩く。
里に所属せず、放浪する一族生まれのラセツに、里は珍しい食べ物や建物、その他にも多く存在した。 それでも数度1人で里を歩いているので見慣れてはきている。
しかし、今日の里の景色はいつもと違った。
「やだ…例の子よ」
「穢らわしい」
「…近づいちゃダメ」
「あんな奴、居なくなればいいのに」
嫌悪、恐怖、怨嗟、憤怒、憎悪、軽蔑。色々な負の感情が混ざって溶けて、ラセツの半歩前を歩く少年に投げつけている光景は酷く不快でラセツは眉根を寄せた。
「オレさ、用事思い出した!!悪いけどこっからは1人で…、」
ナルトがそう振り返る。その表情は笑顔であるものの、引き攣っていて無理をして笑みを作っている事も、この言動がナルトの優しさからくるナルトなりの最善な配慮なのだと言うことは明瞭だった。 そして、里人から向けられる不快な視線に不安や困惑を抱いている事も。
「…ラセツ?」
ラセツは全てを言い終わる前にナルトの手を掴み、親が子の手を引くように止めていた歩みを再開させる。 ナルトはラセツの行動に困惑したようにラセツの名前を呼んだが、ラセツの足は止まらなかった。
「……里を案内してくれるって言ったのはナルトでしょ??途中放棄は許さないんだから」
この行動がナルトの優しい配慮を蹴る行動だということはわかっていた。しかし、今ナルトを1人にしたら後で絶対に後悔するとラセツは確信しており、もっともらしい理由をつけてナルトの手を離すことをしなかった。
「途中、ほーき??」
「役目を投げ出すのは許さないってこと。…火影の役目についた時もそうやって投げ出すの??」
夢を此処で出され、ナルトはカッとしたようにラセツを見るが、すぐ悔しそうに俯いてしまう。
「ラセツはさ、オレが火影になれるって本当に思ってんのか?」
隠れ里の長である『影』は信頼、能力共に里の皆から認められた者のみがなれる名誉ある存在だ。きっとナルトにとって火影とは何処までも偉大で雲の上の存在なのだろう。
「なるんでしょ?」
しかし、それは今だけだとラセツは思う。
ラセツの恩人であり、英雄とまで思わせたナルトは言葉では言い表せない、どこか不思議な力を持つ少年だった。
きっとラセツに見せた力はどんどんと広がっていくだろうとラセツは思った。
「火影になる男なんでしょ。…あれはただの夢なの?」
「違う!!」
「なら、自分の言葉を曲げないで有言実行するべきだと思うよ」
「ゆ、ゆうげんじっこー?」
「言ったことを実行すること。……火影に、なるんでしょう??」
「ーーおう!!オレは、火影になる男だ!」
親指だけを立てた拳を自分自身の身体に向けて、ナルトは堂々とそう言った。 その様子にラセツは満足そうに喜色を浮かべる。
「期待してる」
「え?」
「ナルトは火影になる男だって期待してる」
「へへっ、オレが火影になったらラセツはオレの右腕な!!」
「……!!」
ナルトの描いた未来にラセツが存在している事に、ラセツは少し驚くが、じわじわと嬉しさに変わっていき、莞爾と笑った。
「うん、そうなれる様にすっごく頑張っちゃうんだから」
そう答えると、ナルトは蒼い双眸に水の膜が張り始め、ラセツは急いで人気のない場所に移動した。
「…どうしたの??」
「あ、あっはは、なんで涙が、すっげー嬉しいのに…」
人気の無い場所に着いた時にはナルトの涙腺はもう崩壊しており、大粒の涙がいくつも溢れ出していた。 ナルトは手の甲や腕で涙を拭いながら、声を絞り出すように口を開いた。
「ラセツも里の皆、見ただろ??なんでかわかんねーけどオレ、嫌われ者なんだ」
「うん」
「オレ、親も友達もいねぇから、夢を否定されなかったのも、期待してくれたのも初めてで。」
「うん」
「嬉しくて……んで泣くなんて、オレ、ダッセェってば……。」
「大丈夫。ダサくなんてない」
自分を肯定する言葉に、瞬きで涙を零しながらもナルトはゆっくりと顔を上げると、そこにはこの数時間で見慣れた可憐な顔があり、魅入ってしまうほど美しい紫紺の瞳が真っ直ぐナルトを映していた。
「ナルトはラセツの英雄なの」
「英雄…?」
「ラセツね?住んでる所を襲われて、奪われて、1人になって、知らない土地に来て、凄く不安だったの。……でも、ナルトが1人じゃないって言ってくれた。…すっごく救われたし、嬉しかった」
自分の胸に手を当て、ナルトに向けてうっすらと震えるほど純粋で綺麗な微笑みを向けた。
「本当にありがとう。ラセツを1人にしないでくれて。…ラセツもナルトを1人になんてさせないから」
その言葉にナルトの涙腺は再度決壊し、今度はしゃがみ込んでしまった。 ラセツも同じようにしゃがみ込み、薄く微笑みながら柔らかな癖っ毛の金髪を撫でる。
「泣き止んだら里の案内続けてくれる?」
「…すっげー、美味いラーメン屋教えてやるってばよ」
「らーめん??」
「ゲッ!!ラセツ、ラーメン食ったことねぇの!?」
「な、無い…」
その瞬間、ナルトは先程まで大泣きしていたのが嘘のようにピタリと涙を止めた。今あるのはただ愕然とした顔だった。
「…こうしちゃいられねぇ!!ラセツ!!早く一楽に行くってばよ!!」
「ちょ、えぇっ!?」
いきなりの急展開にラセツは呆気にとられるも、ナルトに強く手を引かれ、一楽というラーメン屋に案内されて本日おすすめのラーメンを食べた。 初めは経験した事のない濃い味に驚くも、どこか柔らかな味の虜となり、最後まで美味しく味わった。
しかし、ラセツはお金を持っておらず、取り敢えずカカシにツケてもらう事にした。
「…た、ただいま帰りました」
蒼かった空が段々と橙色に染まってきた黄昏時。ラセツは現在お世話になっているカカシの家の扉をそっと開けた。
「なんでそんなそっと入ってくるの。普通でいいのに」
カカシは相変わらず『イチャイチャパラダイス』という本を読んでいた。 ラセツは靴を脱ぎ、手を洗う。 その足取りは朝見た時と間違えるくらい軽くなっており、その表情もどこか柔らかいものだった。
「……なんかご機嫌だね。いい事あった?」
「…友達が出来たの。その後、らーめんっていう不思議な味がする食べ物を食べて…」
ラセツは以前とは見違えるほど朗らかな顔つきで今日の出来事を話し始める。カカシは本を閉じてラセツの少しぎこちない話にしっかりと耳を傾ける。
全ての話を聞いた後、ラセツにひとつ説教をし、財布を掴んで一楽に向かった。
明日も投稿…できる様に頑張ります