羅刹の希求 作:蒼林檎
砂漠を抜け、森を抜け、辿り着いた先は五封結界が張られている大きな岩の前。 封印術が張られた大きな岩の扉は『暁』の3人を待っていたかのように開き、その下を潜って中に入る。
洞窟の中には《幻灯陰の術》にて幻身を創り出しているペインが待っており、輪廻眼を嵌め込んだふたつの瞳をラセツ達に向けていた。
『遅かったな……すぐ準備しろ』
「思いのほか強くてな、人柱力ってのは…うん」
疲れからか、いつもより気力なさげに話し、乱暴に我愛羅を地面に転がす。ペインは人柱力である我愛羅を確認した後、印を組んだあと、地面に手をついた。
すると地鳴りと共に、9つの瞳を閉じて、口には巻物を噛んでいる形で固定されており、両手には枷が嵌められている異形の像、『外道魔像』を口寄せした。
「じゃあ、頑張ってね。ラセツはそこらへんで見てるから」
尾獣を封印する《封印術・幻龍九封尽》には『指輪』が必要だ。 今ラセツが嵌めている指輪は仮に過ぎず、この封印術に参加はできない。
ひらひらと手を振るラセツにでデイダラは拳を暴れさせ、地団駄を踏む。
「くっそぉ、ずるいぞラセツ!うん!」
「だって指輪持ってないしぃ」
「ラセツ。実力は十分ついただろ。さっさと大蛇丸のとこ行って指輪取ってこい」
現在、『空』の指輪は『暁』を抜けた裏切り者、大蛇丸のところにある。 元々、十分な実力がついたら取りに行けと言われており、現在、その条件は達成されていると言ってもいいだろう。
忍術はほぼ扱えないと言っても過言ではないが、鬼族特有の強靭な肉体に卓越した身体能力や動体視力。それらの能力を更に底上げできる血継限界《鬼化》。 それだけでも脅威であるのに、空間を交換する時空間忍術《空間転移》まで持ち合わせている。
闘いと殺戮にひたすら特化した天賦の才能。破壊と滅亡を司る地獄の怪物『羅刹』に愛されし女、それがラセツだ。
『サソリに一理あるな』
「げ、」
経験や知恵は、他のメンバーと比較すれば圧倒的に足りないものの、圧倒的な天賦の才を持つラセツの戦闘能力は『暁』内でも上位に位置し、申し分はない。
ペインは嫌そうに顔を歪めるラセツを無視し、命令を下した。
『ラセツ。今度大蛇丸のアジトへ行き、『空』の指輪を取ってこい』
「えー…相手、伝説の三忍だよ?」
『お前なら問題ないだろう』
伝説の三忍の1人と謳われる大蛇丸は忍としての能力は超一流だ。
戦神の寵愛を受けるラセツは単純な戦闘能力では大蛇丸を上回るだろうが、経験と戦略を練る知性が足りない。 勝利の天秤は僅かだが大蛇丸に傾く。ーーーしかし、それは大蛇丸が万全ならばの話だ。
現在の大蛇丸は三代目火影の奮闘により、かなり弱体化している。
更に、ラセツには最強の逃げの一手である《空間転移》を持っており、大蛇丸がたとえ万全だったとしても、ラセツが窮地に追い込まれる事はそう無い。 それになにより、今回の任務は大蛇丸と戦闘し、その命を刈り取ることでは無い。ただ『空』の指輪を取ってくる、所謂おつかいだ。
そして、幻身でもくっきりと浮かび上がる輪廻眼は『ただのおつかい』を断る事を許さない。デイダラもサソリも味方してはくれない。ラセツに逃げ場はなかった。
「わかった、わかりました。今度指輪取ってくる」
ラセツの返答に1番反応したのはデイダラだった。 飛び跳ね、喜びを感情のままに叫び、まるで宝の山を見つけた子供のように、満面の笑みでラセツを指さした。
「よし、言ったな!!聞いたからな!!絶対行けよ!!うん!」
「分かってる!」
デイダラは満足げに頷き、サソリはいつも通り不機嫌そうに鼻を鳴らし、各自担当の指に乗る。 ペインも背を向け、顔の半分だけラセツに向ける。
『次の尾獣を封印するまでには取ってこい』
「なんつー無理難題用意するの、リーダー。大蛇丸のアジトいくつあると思ってんの」
『む……早めに取ってこい』
「はーい」
ペインは一瞬姿を消し、担当の指に乗る。 デイダラとサソリはラセツとペインの会話を聞いてなんとも言えないような表情になる。理由は簡単。
「…リーダー、ラセツに弱いな、うん」
デイダラの言葉が全てだ。 ペインはかなり冷徹な性格をしており、容赦がない。 しかし、相手がラセツになれば緩くなる。 任務内容について素直に譲歩するのはラセツくらいだ。
「まぁ、阿保だが…かなり素直なガキだしな」
『暁』の中でラセツは最年少であり、年相応の文句をつけたりしつつもしっかりと任務をこなす。 一癖も二癖もある『暁』のメンバー内でダントツの素直と従順を併せ持つ貴重な存在だ。
素直が故に角都と飛段のコンビとは気が合わないらしいが、ペインや小南とは気が合うらしく、それなりに可愛がられている。この譲歩もその内のひとつ。
『集合しろ』
ペインは印を組み、声を『暁』の各メンバーに通信する。 直後『暁』各メンバーが担当の指に幻身を現し、ペインの幻身も担当の指の上に乗った。
『これから3日3晩はかかる。皆、本体の方にも気を配っておけよ。…それからゼツ、本体で一応外の見張りをしろ。一番範囲のデカいヤツでだぞ』
『ワカッテル』
人柱力に封印されている尾獣のチャクラは膨大だ。『暁』の目的の為に必要な事とはいえ、時間とチャクラと精神を一気に削りに来る尾獣の封印に鬼鮫は「3日ですか」と溜息をこぼし、ラセツを責めるように視線を向けた。
『ラセツさん、そろそろ指輪を取りに行ってもいいんじゃないですか』
加入当初は荒削りだった強さが磨かれたのは勿論の事、任務遂行の実力も桁違いに跳ね上がっている。
資金集めの為の賞金首狩りや、緊急脱出要員としての任務は当然として、ラセツは既に五尾の人柱力を捕らえており、『暁』の至上命令は達成している。
大蛇丸のところへ『おつかい』くらいもう行けるだろうと言う鬼鮫の訴えにラセツは不機嫌そうにそっぽを向いた。
「それ、さっきサソリにもデイダラにもリーダーにも言われた。もう耳タコ。言わないで」
『なら早く行ってください。これ、かなり面倒なので』
「分かったってば!!もう!」
『逆ギレをしないでください』
『無駄口はここまでだ。始めるぞ』
ペインの声に両者は口をつぐみ、ラセツは岩壁に体重を預けて座り、鬼鮫含む他のメンバーは印を組んで集中する。
ペインは《封印術・幻龍九封尽》を発動し、『外道魔像』の口から巻物が外れて龍のような形をしたエネルギーが放出され、我愛羅を喰らうように包み込んで封印されている一尾を抜き出し、『外道魔像』に封印していく。
「……」
人柱力は尾獣のチャクラが経絡系に癒着しており、尾獣を抜かれてしまえば人柱力の経絡系は全て機能しなくなって命を維持できなくなってしまう。
現在、目の前で人柱力の命を奪う儀式が行われている。 それも、かつての友人候補の。
その光景に何を思ったのか、ラセツは自然な動作で目線を逸らし、つまらない地面と睨めっこを開始した。
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つまらない地面と睨めっこを開始して、どのくらい経ったのだろうか。数時間か。それとももっとか。
「飽きた」
ラセツの口から出てきたのは、なんの飾りもない素直な言葉であり、当然の事だった。
人柱力の封印には3日3晩かかる。その間、ラセツはなんの仕事もない。 強いて言うならば、現在無防備である封印を行なっているメンバーの護衛くらいだ。 しかし、何事も起きないのならば、ラセツは暇でしかない。
『ソンナラセツニ良イ知ラセガアル』
「ホント?なになに?」
『コノアジトノ近クニ敵ガ近ヅイテイルゾ」
ラセツの暇を紛らわせてくれるものはなんだと聞けば、敵の排除、または足止めだった。
そんな、暇潰しとして敵と戦いたい戦闘狂に見える?と問いたかったが、敵が木ノ葉隠れの忍マイト・ガイとその一行だと聞き、問いを呑み込んで立ち上がった。
「んじゃ、行ってくるね」
『イヤ、私が行きましょう。その人には個人的な因縁がありまして。リーダー、あの術をお願いできますか?』
『あの術か…確かにチャクラ量の多い鬼鮫向きだ。いいだろう』
師匠である鬼鮫が乗り気な上に、ペインが許可してしまってはラセツに口は挟めない。ラセツは不機嫌そうに眉を顰め、再び腰を下ろした。ーーーそして再び、その時は訪れる。
『マタ来タゾ。コノハノ忍ダ』
『さて、今度は誰が行く』
「今度こそラセツが行く。暇」
『イヤ、オレが行く』
「ホントなんなの動物コンビ」
「ぶっは!動物コンビって上手いな、ラセツ!うん!」
デイダラが集中を見出して笑い始める。 イタチはジトリと紫紺の瞳を細めて視線を送ってくるラセツにひとつ溜息を吐き、子供を宥めるように言葉を発した。
『ラセツ、今は一応非戦闘員だろう。己の役割を忘れるな』
「ぐぬぬ…!」
『決まりだな』
ラセツの今の役割は緊急脱出要員であり、一応がつくが非戦闘員だ。 引き際を見誤って戦ってしまい、重要な時に使えなくなっては困る。
ペインは鬼鮫の時と同じ術を発動させ、ラセツは拗ねたのか、不貞腐れて地面に絵を殴り描き始めた。
そして、地面の約三分の一がラセツの絵で埋まった頃、鬼鮫、暫く遅れてイタチが戻り、ペインの術が解けたことを示していた。
「いいなぁ、楽しかった?」
『普通だな』
『私はそれなりに楽しめましたよ』
動物コンビの感想にサソリ隠す気もなく舌打ちする。
現在行った《象転の術》は生きている人間の身体を生贄として、対象の同一体を生み出し操る忍術だ。絶命するかチャクラ切れにならない限り術が解けないので、2人が戻ってきた時点で生贄は死んでいる。
そして、今回生贄となった2人はサソリの部下だった。不機嫌になるのは当然だ。しかし、そんな事は誰も気に留めない。
『そろそろだな』
段々と吸い出すチャクラが弱くなっていく我愛羅を見て、ペインから笑いが洩れる。 そして、あぁ、そうだ。と思い出したようにゼツに視線を送った。
『ゼツ、《象転の術》に使った2人を処理しておけ』
『ワカッタ』
『イタチ、奴らの人数と特徴を教えろ』
『木ノ葉のはたけカカシ、春野サクラ、九尾の人柱力うずまきナルト。それに砂の相談役チヨのフォーマンセルだ』
「……!」
4人中3人が知っている名前。というより、ラセツが木ノ葉に所属していた頃に編成されていた第七班の班員だ。
ガリガリと絵を描いていた手を止めて、手に持っていた石をほっぽり出して、立ち上がる。
『ラセツノ知リ合イカ?』
「うん、元カカシ先生は担当上忍で、サクラとナルトは同じ班の班員だったんだ。久しぶりだからすっごく楽しみ」
『楽しみなのはいいが、あまり出しゃばるなよ』
「分かってるよ、多分」
『はぁ……』
全くの無自覚だが、ラセツも十分な戦闘狂だ。 緊急脱出要員なので一歩は控えるものの、気づいたら戦闘に加わっている事なんてしばしばある。
今回もちゃっかりと戦闘に加わる事だろう。 ペインは引き際を間違えないようにと釘を刺した後、『外道魔像』に視線を移して3つ目の瞳が浮かび上がってくるのを見た。
『終わったな』
『外道魔像』の口から出ていたエネルギーは消え、我愛羅は力無く地面に落ちた。その直後結界が震え、岩壁を挟んでいくつかの気配がする方へ視線に移す。
『外の奴らは始末しておけ。ただし人柱力は生捕にしろ。では解散だ……連絡を待つ』
ペイン含む『暁』のメンバーの幻身は消え、『外道魔像』の口寄せも解除された。 デイダラとサソリは地面に着地し、暇そうに伸びをしているラセツに問いかけた。
「ラセツ、九尾の人柱力はどんなヤローだ?」
「1番最初にラセツの名前を叫ぶ奴がナルトだよ」
「…もっと具体的に説明出来ねーのか?うん」
「出来るけど《変化の術》使ってくる場合もあるし…」
「フン、どうせ素人に毛が生えたような《変化の術》だろ。そのくらい見分けられる。だからさっさと具体的な特徴を出せ」
「はいはい」
ラセツは先程ほっぽり出した石を拾い、ガリガリと地面にナルトの絵を描き、特徴を説明する。
ふと、五封結界が揺れるのを感じとり、ラセツは立ち上がって軽く準備運動を始めた。
「…ラセツ、お前は非戦闘員だろ」
「だって久しぶりの再会で楽しみなんだもん。はしゃぎたい。…それに、サソリも楽しみでしょ?」
「否定はしねェ」
砂の相談役チヨの名を聞いた時、サソリの身体は僅かに揺れた。 サソリとなんらかの関係があるのは明白だった。
「そろそろ来るぞ」
突如、岩の扉に亀裂が入り、ガラガラと無惨に崩れていく。 光明に浴びながら『暁』のアジトに踏み込んだのは、知らないお婆さん1人と、懐かしい記憶に存在する3人。
「久しぶりだね、会えて嬉しいよ。みんな」
まだ幼さが残る可憐な顔立ちにうっすらと笑みを浮かべ、懐かしげに紫紺の瞳を細める『暁』のラセツ。
サクラは思わず後退り、悲痛な表情で口元に両手を当て。カカシは顔の半分以上が隠されていて尚分かるほど顔を顰め。ナルトは肩が、腕が、手が震えるほど力を込め、唇を震わせてーーーー、
「ーーーラセツ!!!」
かつて、自分を認めて、『英雄』だと讃え、夢に向かう勇気をくれた少女の名前を思い切り叫んだ。