羅刹の希求 作:蒼林檎
ラセツの名前を叫ぶナルトの声が、洞窟を何回も反芻し、激しく鼓膜を叩くように揺らした。
「そんなに大きな声出さなくても聞こえてるよ」
「随分とうるせェ人柱力だな」
「それがナルトのいいところだよ。…で、なぁに?どうしたの?」
そんな事聞かずとも分かっている。 砂隠れの里長である風影を攫ったのだ。『暁』を追ってきたの理由はそれだけで十分。ただ、ラセツがその場にいることが主に木ノ葉の忍にとって予想外だっただけだ。
ラセツはまるで自分の好きなモノを見たかのように頬を染め、微笑を浮かべて、立ち位置をずらす。
「お目当ては…我愛羅?」
ラセツが立っていたことによって隠されていた我愛羅の遺骸が露わになり、息を呑む音が僅かに響く。
空を閉じ込めたような蒼い瞳は柘榴色に染まって瞳孔は縦に大きく開き、感情の昂りに比例して頬の3本髭は太く濃くなった。
「…ッ我愛羅!!そんなとこで何呑気に寝てんだってばよ!!立てよ!」
「ちょ、ナルトうるさい」
現実を受け入れられずに否定するナルトに、ラセツは咎めるように冷たい声を発する。 その冷たさは異常であり、感情が昂るナルトでさえも肩を揺らし、意識をラセツに向ける程だ。
ラセツは片目を閉じて唇に人差し指をあて、まるで悪戯を隠す子供のように笑った。
「気づいてないわけじゃないでしょ。せめて安らかに、ね?」
「ーーーッ!!」
空気が震える。じわじわと『九尾』という化け物に侵食されていく。憤怒、驚嘆、困惑、苦渋ーーーあらゆる激情がナルトの中で混ざり合って渦を巻き、ナルトを飲み込んで逆上させる。
「うん、それでいいよ。ナルト」
ナルトは優しい。だからこそ全てを救おうと努力し、手を伸ばす。 きっと堕ちる所まで堕ちたラセツにさえも慈悲をかけ、手を伸ばすだろう。だが、ラセツはそれを望まない。
だからこそ今、自身に向けられている激情にラセツは恍惚とした笑みを浮かべた。
「ラセツ…変わったな」
我愛羅を返せと逆上し、飛びかかるナルトを抑えたカカシは、溢すように言葉を発して2年半前までの日常を思い出す。
自他認める究極のナルト至上主義で頭が壊滅的に悪いが、戦闘センスは抜群で明るく愛らしい少女、それがラセツの評価だった。 何故、ナルトの憤激に笑みを浮かべるような少女になってしまったのか。
そう思考するカカシに、ラセツは首を横に振った。
「何言ってるの?ラセツは変わらないよ。ずっとずーっとね」
カカシの言葉を否定したにも関わらず、ラセツに浮かぶ妖艶な笑みは真意を丸ごと隠し、ナルト達に不信感だけを募らせる。 その姿は正に『道化』。
何処までも滑稽な自分をラセツは嘲笑った。その嗤いはナルト達に更なる猜疑心を煽り、何処までも救いようのないくらい堕ちた愚かな鬼に成る、と決めた自分には好都合なモノだった。
「なんで…」
手放しかけていた理性を取り戻したナルトは、ただの肉塊となった我愛羅と『暁』となったラセツを交互に見つめる。その瞳には縋るような涙が浮かんでいる。
「なんで…ラセツ、何があったんだってばよ」
この2年半、ずっとナルトはラセツが何らかの事情を抱え、『暁』に加入しなければならなかったのだと信じて疑っていなかった。
だが、実際に会ってみれば、今までの認識が徐々に塗りつぶされていくことを感じてしまう。
「オレと…火影になったオレの右腕になって、世界を平和にする。それが…それが!!ラセツの夢だろ!!」
塗りつぶされていく認識を堰き止めたいが為に叫ぶ。それがラセツの心に届き、肯定の言葉を返されることを信じて。
道化の皮を剥いでしまえば『自他認めるナルト至上主義』のラセツだ。他人には理解出来ないほどナルトの言葉は響いており、ナルトが望んでいる返答も理解している。しかし、自分は『道化』である。
ナルトの望みを叶えられないどころか叩き壊しにいかなくてはならない。酷い罪悪感に転げ回りたいくらい衝動を堪え、密かに深呼吸をする。
「……」
ラセツは鬼鮫とイタチの推薦で『暁』に加入した。 基本的に『暁』は加入動機を問わないが、罪を犯す前に勧誘され、加入を希望したラセツに、ペインは動機を問うた事がある。 その際、勧誘にてイタチが語った『暁』の目的に物凄い共感を受けた。と、事前に用意していた動機を返答にしたラセツは、ペインに一晩中『平和とは』について語られたことがある。
洗脳するように語られた記憶をほじくりかえして、必死に纏めてその内容を全て自分が被る『道化』のアイテムに利用し、ラセツは話し始めた。
「今の平和を、平和と思わなくなったからだよ」
常に力バランスを取らねば第四次忍界大戦の火種になりかねない睨み合いを続ける『忍び五大国』。 忍界大戦まではいかなくとも大国同士の戦争に巻き込まれて戦地にされ、困窮による疲弊が進行し衰退していく小国。 大国が平和な時の仕事は信頼も厚い大国に回り、信頼の薄い小国には依頼が回らず、困窮は加速し続ける。
今の忍界システムでは強者である大国のみが潤い安定を手にし、弱者である小国は強者の顔色を常に伺い、理不尽に踏み躙られる。
そして、踏み躙られて奪われた者は、復讐に駆り立てられ、その復讐は更なる復讐を生み出し、いつしか憎しみの連鎖が始める。
「そんな平和、ラセツは認めない」
「……」
「…どうせ人は理解し合う事なんて出来ない。だから今ある忍界のシステム全てを壊して、圧倒的な『脅威』で全ての人々を恐怖に煽り、制御する。…それで、世界を安定と平和に導くの」
「だからってそんな平和…」
「嘘っぱちだって言いたいんでしょ?でもいいの。人間はそんなに賢い生き物じゃないから」
人間は忘れていく生き物だ。何十年も時が経てば『脅威』で刻まれた傷も癒えてまた戦争を起こし、『脅威』を扱って、大きな傷を負った世界にまた一時の平和が訪れる。
「ずーっとずっとその繰り返し」
憎しみだけが世界を支配し、戦いだけが連鎖する不安定な世界を、恐怖により世界を支配し、戦争と平和が交互に連鎖するよう世界を制御する。
「ラセツが目指す新たな平和は、この世界システムを崩した先にある」
『暁』が目指す平和に必要な圧倒的『脅威』に尾獣は大変都合がいい。『暁』が全て尾獣を保有してしまえば、戦力の天秤は音を立てて『暁』に傾く。最早バランスなんてありやしない。
「……わかってる。受け入れられないよね」
『暁』が掲げる平和は今の平和のあり方や忍界システムを否定し、全て崩壊させた先にある。 同じ平和を掲げていても、中身や方向性がまるっきり違う。 『暁』は世界にとって、アカデミーで国語をやってるのに、算数をやりたいと騒ぎ、癇癪を起こす迷惑野郎共と同じだ。 そんな事『暁』は理解している。
「でも、引く気はないよ。だからね戦おう。昔も今も、正義を決めるのは勝ち残った方だから」
いつの時代だって勝者が時代を作り、人々を導いてきた。勝者が描き、掲げる世界こそが正義。それは今でも変わらない。
今は犯罪者であっても『暁』が勝ってしまえば、今までの常識は『暁』に塗り潰され、新しく掲げられる正義こそが世界の中核となる。 それ程までに人の世界とは勝者に便宜なものなのだ。
「ラセツは勝者となって平和を得る。その為にナルト、貴方を殺す」
人差し指を真っ直ぐナルトに向ける。否、九尾が封印されている封印式があるナルトの腹部を指さした。
強烈な狂気を纏う話を全て言い終えたラセツは、自分の『道化』ぶりに思わず自画自賛し、対してナルト達からは言葉が失われた。
「なんかラセツ、リーダーみたいなこと言うな、うん」
「そりゃ、考えが同じだからに決まってんでしょ。違ったら『暁』入ってないよ」
「ふーん?」
「まぁ…ディー君には分かんないか」
『暁』にはS級に指定される犯罪者ばかりが集まっている。その全員がラセツのように『暁』と目的を共にして協力しているわけではない。否、そちらの方が少ないだろう。『暁』のメンバーは個々に目的を持っており、その目的を達成する為の都合の良い場所として所属している者も居る。デイダラもそのうちの1人だ。
「分かんないか…じゃねぇよ。組織の目的全部話しちまいやがって。怒られるぞ」
「ラセツは『暁』の目的としてじゃなくて、ラセツ個人の目的を話しただけなのでセーフ!」
「目的が一緒じゃ意味ねぇんだよ。アウトだ」
「まぁ、旦那。別にバレてもなんも変わんねーだろ。だから旦那も止めなかったんだろ?うん?」
「フン」
『暁』が禁術や尾獣を集めているのは周知の事実。その最終的な目標がザックリと明かされただけであり、ラセツが話しても話さなくても状況は大きく変化しない。
「そうだ。この際だからオイラも教えてやるよ!!オイラの最終目的はーー、」
デイダラの言葉を切り裂くように、鋼がぶつかる硬質的な音が洞窟中を全員の鼓膜を震わせた。
「!!?」
「相変わらずせっかちだね、ナルト」
呑気に喋ろうとするデイダラに向かって、ナルトが投げた大型の手裏剣を、ラセツは尻目で確認しただけで的確にクナイを当て、2つの武器を自分の手元に見事に収めた。
カカシの指導もあり、アカデミー時代から中忍顔負けの武器の扱いを見せていたが、今の技巧は当時の比ではない。
相手の投げた手裏剣の大きさ、形、速度、向き、威力を一瞬で把握し、相手の武器と、これから投げる自分の武器。どちらも手元に収まるように計算してから武器を投げる。最早人間技と呼べるものではなかった。
そんな神業を目の前にしたというのに『暁』2人は特に驚くことはない。それどころかサソリは「65点だな」と辛口な評価を付けており、デイダラはラセツの技術に目を向ける事無く、地団駄を踏んでナルトを睨んでいた。
「オイ、九尾の人柱力!!後で覚えてろよ!!うん!」
話を遮られ、強制的に終了させられる事はあまり気分のいい事じゃない。 それにデイダラは気が長い方ではない。 少し揶揄っただけですぐに沸点に達し、命懸けの喧嘩をする事もしばしばある。
そして今回、デイダラは沸点に達した。 瞳孔の開き切った瞳でナルトを見やり、デイダラの中に渦巻く怒りを爆発させたいと拳を震わせる。
「つーことで旦那。九尾はオイラがやる。…こいつはオイラが連れてくぜ」
「理由を省くな。それに、ノルマは1人1匹だろうが。オレがやる」
「悪いが異論を認める気はねーよ、うん」
「…図に乗るなよ、デイダラ」
激毒が塗ってある傀儡を振り回し、デイダラに牙を剥く。 しかし、デイダラはなんて事ないように地面を蹴って攻撃を避け、鳥を模した起爆粘土に我愛羅を咥えさせ、起爆粘土の上に乗る。
そのまま飛び去っていくデイダラと、一瞬ラセツを見た後にデイダラを追っていくナルトを見てサソリは響くほど大きい舌打ちをした。
「チィ…ラセツ。デイダラのお守りをしろ」
「了解」
サソリとデイダラの戦闘能力はほぼ互角だ。しかし、経験の質と量がサソリとは雲泥の差だ。 それにナルトを追ってカカシもデイダラの方へ向かった。
デイダラは土遁を得意とし、カカシは雷遁を得意とする。それに人柱力もいるとなればサソリよりもデイダラの方が勝利の天秤は厳しいものになるだろう。
「うっかり死なないようにね」
「お前もな」
トン、と軽くサソリの傀儡に手を置いてからラセツは軽めに走る。 そのままサクラの横を抜け、洞窟から出る瞬間。
「ラセツ、待って!」
色々な感情をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような震えた声を大きく叫ばれ、ラセツは振り返る。そこには顔を涙で濡らしたサクラが弱々しく立っていた。
「ねぇ…私が中忍試験を受ける前日、甘味処へ行って交わした約束、覚えてる?」
勿論覚えている。
授業や他人の話、環境や多くの書物から吸収して知識を溜め込でいたサクラは第七班班員の中で1番頭が良かった。しかし、実技はあまり褒められる出来ではなかった。
だが実力主義な忍の世界だ。実力ではなく頭脳で勝負する事は、ただでさえ厳しい忍の道よりも過酷なものになる。 それはサクラもよく分かっていた。だからこそ自信を失っていた。
サスケ至上主義なサクラは普段、可愛らしい女の子だが、ふとした時に誰よりも男前になる。それほど芯の強い女が弱々しく肩を落としている光景は、ラセツにはとても衝撃的なものだった。
このままでは崩れてしまうと思ったラセツはサクラの腕をひいて甘味処へ行き、話を聞き、また、ラセツも心のままに話した。
全てを曝け出した後、思わず魅入ってしまうほど美しく強く微笑み、ラセツに栗饅頭を奢る約束をしたサクラは、弱々しかった姿を塗りつぶしてしまうほど印象的だった。
『覚えてる?』だと?
覚えている。覚えているとも。大切な友達との約束なのだから。でも、
「そんな約束、知らない」
ラセツに『覚えているよ』なんて、希望のような言葉を言う選択肢など存在しない。何故ならこれからもっと、救いようのないくらいまで堕ちなければならないのだから。
紫紺の瞳を細め、冷えきった視線でサクラを厳しく睨みつけた後、ラセツは静かに走り去っていった。
サソリは何かの劇場のようなモノを繰り広げた2人にくつくつと満足げに低い笑い声を洩らし、いくつもの武器が仕込んである傀儡を展開した。
「さぁ、始めるか。……!!」
ガシャン、という硬質的な音が洞窟に響き渡る。 なんだと音の発生した方を見れば傀儡の仕掛けがいくつか地面に落ちていた。 上機嫌だったサソリの表情が不機嫌に染まっていく。
「……チッ、メンテ不足か」
最近は戦闘任務続きだった為、普段のメンテナンスでは足りなかったのかもしれない。確かにそろそろこの傀儡は繋ぎ部分や、仕掛け武器を買い替えなければと思っていた所。
こんな時に限って壊れるなんてタイミングが悪いんだとサソリは舌打ちをする。だがまぁ、サソリにとってはあまり問題ではない。手札が多少減った程度。
目の前に祖母であるチヨと桃色髪の女。女は知らないが、チヨは強敵と認識していい存在だ。サソリは目の前の強敵に意識を重点的に向ける。だからこそ確認を怠った。
落ちている傀儡の仕掛け武器が数本足りない事に。
✳︎✳︎✳︎
外に出れば、空にはデイダラ、洞窟の前に立つ鳥居にはナルトとカカシが立っていた。 ナルトとカカシの意識は完全にデイダラに持っていかれている。 ほんの少しの悪戯心で、ラセツは背後から慎重に近づきーー、
「ーーーッナルト、下がれ!」
常に冷静さと周囲への警戒を忘れないカカシが、ラセツに気づき、ナルトを背後に引っ張り、守るように構える。 気づかれてしまったラセツは僅かに肩を落とし、高い跳躍で起爆粘土の上に着地した。
「ディー君、ラセツも混ぜて」
「仕方ねーな。邪魔だけはすんなよ、うん」
「分かった。多分」
ラセツの曖昧な返事に、デイダラは殺傷能力が低めの小さな起爆粘土をいくつかラセツに向けて投げる。 しかし、それはラセツの各指に挟まれた無数の武器によって撃ち落とされ、空中で爆発した。
その時、デイダラから『戦闘の邪魔をされないように』という思考は隅に置かれ、ラセツの武器に目を向けていた。
「ラセツ、そんな武器持ってたか?うん?」
「貰ったんだ。色々ね」
自慢げに小さく特殊な形をした武器を挟んだ手をヒラヒラと振る。
これは先程サソリの傀儡からこっそりと引き抜いた仕掛け武器だ。これまでサソリと任務を共にする機会は何回かあり、傀儡について教えてもらったことがある。
勿論、羅刹は覚えが悪い為、あまり詳しくはないが、構造の知識だけは死ぬ気で詰め込んだ。
(これだけじゃ気持ち程度だけど…頑張ってね、サクラ)
サソリは経験が豊富が故に、戦闘の引き出しがかなり多い。 仕掛けを数個破壊した程度ではサソリの弱体化はあまり望めないだろうが、しないよりはいいだろう。 これがラセツにできるサクラへの精一杯の応援だった。
「……我愛羅を返しやがれ!!」
呑気な『暁』の会話に待ってやる義理はない。ナルトは起爆粘土が咥える我愛羅に向けて手を伸ばす。が、起爆粘土の高度が上がり、ナルトの手は虚しくもからぶった。
「……さぁ、仲間割れはここまでにしよ?善処はするからさ」
邪魔される可能性は消えていないことにデイダラは不満げに唇を尖らすが、これ以上は無駄だと判断し、渋々了承する。
「で?ナルトの相手はディー君がしたいんだっけ?」
「ナルト??あぁ、人柱力な」
「なら、カカシ先生の相手はラセツがするね」
「…さっき善処するって言ったばっかだろーが……てか、お前今日、戦闘員じゃねーだろ。うん」
「でも、ディー君はカカシ先生と相性最悪だし」
「相性?……あー、」
「これはディー君にとってもいいお話じゃない?」
土遁が得意のデイダラと雷遁が得意のカカシでは相性が悪い。 それに、人柱力であるナルトと邪魔者であるカカシを引き離すにも良い。
「じゃあ、任せた。……帰れるようにはしとけよ?うん」
「了解」
瞬間、ラセツの紫紺の瞳が静かに、ナルトとカカシに向けられた。 今までとは何かが違う違和感にカカシは写輪眼を細め、ラセツのチャクラが急速に練られていくのを視た。
「ーーまさか!!」
カカシはラセツの行動を察し、鳥居から飛び降りる。 ラセツの《空間転移》の副次的効果である《境界》を警戒したが故だ。 カカシの察し通り、ラセツは先程座標登録した鳥居の上、それもカカシがいた場所に《空間転移》していた。
だが、カカシの行いは愚行だったという事を直後思い知った。
「ナルトはあっちね」
「ラセ……ぐぁッ!」
ナルトが状況を判断するより早く、ラセツはナルトを蹴り飛ばし、カカシとの距離を離した。
「やられたな…」
ナルトの方へ飛ぶデイダラと微笑を浮かべるラセツを見て、悔しげにカカシは呟いた。
ナルトは強くなったが、相手は風影を攫った『暁』だ。ナルト1人では厳しい部分が多い。だからこそ連携をしなくてはならないのに、ラセツが立ち塞がる。
「ナルトの心配なんて、する暇あるの?」
「ーー!!」
藍色の髪を踊らせ、悪戯っぽく口角を上げた愛らしい顔を息がかかる距離まで迫り、その下で握られた凶悪な拳が振われる。 咄嗟に流して防御はしたものの、あまりの威力に腕が痺れる。
「強くなったな……ラセツ」
「えへへ、でしょ?」
拳の重さが2年半前のラセツとは雲泥の差だ。 今のラセツは通常時で2年半前の角1本状態とほぼ同じくらいの実力を持つだけではなく、技量や戦いの立ち回りも以前とは全然違う。
「一番弟子の成長を、こんな形で知りたくはなかった、ね!」
目線と呼吸、手の動きを意図的にずらし、混乱を誘ってからの一撃。 ラセツはカカシの狙い通り混乱し、行動が遅れ、防御はしたものの正面から攻撃を受ける。
長年錬磨された体術の威力はサクラや綱手には劣るものの、少女の骨を折り、再起不能にするには十分すぎる威力を持っている。しかしーー、
「…それはごめんね?」
「……!」
「あと、この程度じゃ効かないよ。ラセツ頑丈に成長したから」
鬼族の身体は頑強だ。その上『暁』に鍛え上げられ、そのタフさでは『不死身コンビ』と呼んでいる2人に次ぐ。
ラセツはカカシの拳を押し返し、素早くクナイを取り出し、直線的だが最短距離で刃を走らせる。 それを写輪眼の眼力は見切る。 間一髪のタイミングで横に重心移動し、首の横をラセツの攻撃が走る。
懐に入り込んだカカシは既に練っていたチャクラを片手に集め、独特な音を響かせる《千鳥》を発動した。
「…わ、危ない」
真っ直ぐとラセツの腹を目掛けて放たれた一撃は、呑気な一言と共にカカシの両肩を掴み、上へ身体を逃したラセツに当たる事はなかった。
「…ーー問題ない」
ラセツほどの反射神経を持ってすれば《千鳥》が避けられる事など予測していた。 カカシは素早く巻物を取り出し、起爆札がついたクナイを口寄せし、ラセツの体勢が整う前に投げる。
カカシの《千鳥》が避けられるほどだ。この程度のクナイは当然避けられる。 しかし、起爆札の煙によって視界が一気に悪くなってしまい、ラセツはカカシの気配を追った。
「でも…なんで起爆札……」
ラセツに制限がないこの場所で起爆札が効かない事はカカシも理解していた筈だ。それなのに何故起爆札を使い、視界も悪くして自ら写輪眼の効果を消したのだろうか。
「…理由はどうであれ、邪魔だな」
煙は邪魔だ。ラセツは大きく腕を振るって煙を霧散させ、視界をクリアにする。 そして背後。クナイを握ったカカシがすぐそこまで迫っていた。
(あぁ、なるほどね)
カカシの姿を見た瞬間、カカシの作戦を理解した。
鈍く遅いカカシの攻撃を、握っていたクナイで弾き、カカシに一撃喰らわせる。そこに手応えは勿論なかった。
(…影分身)
カカシにとって今1番重要な事は、ナルトを『暁』に渡さない事。 ラセツを倒すことではない。
「まさか、再不斬と同じ事をするなんてね」
波の国、橋の上での戦いを思い出す。
再不斬が行った作戦を応用し、目的に走ったカカシに思わず笑みが溢れた。
「ディー君に怒られるなぁ…」
ナルトも強くなったとはいえ、相手は風影を相手にしていたデイダラ。デイダラと相性抜群であるカカシを早めに逃して、ナルトの元へ向かわせなければと考えていた。
足止め、と言えるほど時間を稼げなかったラセツにデイダラは怒るだろうが、それくらいは良いだろう。
「んー…!」
『暁』の目的の情報提供を満足に行い、意図せずデイダラとサソリの連携が消え、カカシを逃すことも成功した。 あとラセツに残る仕事は疑われないようにデイダラを補佐し、『暁』の役割を務めながらナルトを捕獲させないように立ち回れば良いだけ。
満足げに伸びをした後、ラセツはデイダラの方へ走った。