羅刹の希求   作:蒼林檎

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第三十四話『酷い人』

 

 此処はラセツが用意した畳の部屋。 

 部屋の真ん中には茶と菓子が置いてあるテーブルと、少し潰れた座布団が2枚敷いてあるだけの質素な部屋だった。

 

 『暁』に『裏』の依頼をした依頼主の前まで、ラセツは茶を軽く飲んだ後、テーブルに沢山の文字が書かれている書類を滑らせた。

 

 

「では、依頼の前金を」

 

「……これだ」

 

「はい、確かに」

 

 

 札束が隙間もないほど詰められているケースの中身を軽く確認し、しっかりと鍵を閉じた後、ケースを持って部屋から出ようとだ立ち上がった。

 

 

「あ…最後に1つだけ」

 

「なんだ」

 

「…出されたお茶はひと口は飲むのがマナーです」

 

 

 愛らしい顔に弧を描く唇に人差し指を軽く当て、余裕を示しながら注意をする。

 なんだ、この餓鬼は。と思った時にはもう遅かった。頭蓋骨を叩き、脳を直接揺らすような酷い頭痛が依頼主を襲った。

 

 

「ぁ、が…!!!」

 

「お薬の効果、出てきたね」

 

 

 依頼主はべしゃりと畳に倒れ込む。

 息を乱し、絶え間なく全身に嫌な汗を吹き出させながら、焦点の合わない瞳を精一杯持ち上げ、ラセツのいる方向に、なんとか忌々しげな視線を向けた。

 

 

「な、何故…」

 

「だって、貴方この依頼でラセツを嵌めようとしてたでしょ」

 

「……!」

 

「はい、図星。忍の情報収集能力、あまり舐めない方が良いですよ」

 

 

 忍は戦闘だけでなく、情報戦のプロでもある。 

 依頼主の交流や、言動、売買物を調べ上げる事は、裏社会では基本中の基本であり、人物の思想を割り出すことも基本中の基本。つまり常識だ。 それが忍となれば情報収集の質がぶっ飛ぶほど上がる。

 

 依頼主が自分を害すると分かっていながら何もしないわけがない。 ただすぐ殺すのも勿体無い。 何故なら、高難易度で高額な依頼ばかり請け負っている『暁』に依頼し、『暁』側も依頼料金を支払えると認めた依頼者だ。少しでも搾り取っておきたい。

 

 なので、今のタイミング。

 金が払われる、このタイミングに合わせてラセツは罠を仕掛けた。

 

 しかし、どこで罠に引っかかったのだろうか、と朦朧とし始めた意識で思う。何故なら依頼主は、この部屋で何も口にはしていないし、毒針などのダメージもない。 

 何故だ、どこで間違えたと罠を必死に探っていると、ふとある言葉を思い出す。

 

 

『…出されたお茶はひと口は飲むのがマナーです』

 

 

 このひと言で、この場所に来る事自体がもう罠だったのだと悟った。

 ラセツの用意したこの部屋には毒を充満しており、ラセツの言葉から察するに、解毒剤を混ぜた茶を用意していたのだろう。 席は依頼主が先に座るのでおそらく、解毒剤入りの茶を2つ。

 S級犯罪者の集まりで、危険な組織である『暁』に出された茶など、相当図太く無いと飲めるわけがない。『暁』を罠に嵌めようとしていた依頼主なら尚更飲めない。 この時点で勝敗はもう決まっていた。

 

 

「……地獄に、堕ちろ……」

 

「心配せずとも堕ちるよ」

 

 

 瞳から生気が消え、身体から力が抜けた瞬間を見届ける。 金の詰まったケースを軽く持ち直し、依頼者の裏切りの処分をした後にリーダーから告げられた『飛段、角都の救援』に向かう為、札を取り出した。

 

 

「ーーー…あれ、転移が…」

 

 

 何度も何度もチャクラを流し込むが、術は発動しない。 まさか壊したのか、と殺意を宿らせた、その瞬間。

 

 

「飛段と角都なら死んだよ」

 

「ぎゃっ!!!…ちょっとゼツ!!脅かさな……って、え??ちょっと待って、嘘でしょ。不死身の不死身コンビが死んだの?」

 

「ソウダト言ッテルダロ」

 

「あの2人、死ぬんだ…」

 

「そうそう、ラセツが来るの遅いから〜」

 

「ちょっと、責任転移は頂けないんだけど。ラセツは別で仕事を済ませてたの。ラセツが来るまで持ち堪えられなかった2人が悪い。文句言わないで」

 

「確カニ一理アルナ」

 

 

 毎度毎度完璧な尻拭いを期待されては困る。 それ以前に、S級犯罪者なのだから基本、尻拭いには頼らないでほしいのが本音だ。

 

 

「で、あの2人が死んだって事は、不死身コンビの転移はしなくて良いのね」

 

「アァ、ソウナル」

 

「分かった。じゃあラセツは自由行動させて貰うよ。必要だったら言って」

 

「了解〜」

 

 

 座標登録をしている中で、人気がなく、お気に入りの場所は何処だったか。脳内で検索していると、ゼツが思い出したようにポンと手を叩いた。

 

 

「あ、そうそう。…不死身コンビを倒したのは木ノ葉だよ」

 

 

 飛段と角都を下した忍の名前を次々に呼んでいく。ゼツに呼ばれる名前は全員がラセツの知る名前であり、馴染み深かった名前ばかりだった。

 

 

「…まっさか、あの2人を倒すくらいになるまで成長するとはね……」

 

 

 懐かしさと愛しさが込み上げるが、表情に出るより前に、全て噛み殺し、ボロボロに砕いていく。

 道化の仮面を崩さないまま、ラセツはゼツに別れを告げた。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 飛段と角都の訃報から、暫く。

 大蛇丸、トビ、デイダラ、サスケの訃報がラセツの耳に届き、世界の状況は目まぐるしく動いていた。 そんな中、ラセツは大得意となった変化の術を使って姿を変え、呑気に甘味処を訪れていた。

 

 

「あれ、」

 

 

 店に入ると、馴染み深いチャクラの気配を察知し、首を傾げる。 

 ラセツの視線の先には三色団子を頬張る男。 姿は違えど、その手つきは写輪眼を持つ青年、否、手練れの団子野郎のものと同じだった。

 

 

「…偶然だな」

 

「嘘。偶然じゃ無いでしょ。…此処、いい?」

 

「どうぞ」

 

 

 店員に栗饅頭とオススメのお茶を頼み、イタチの向かい側に座る。 ふと、イタチの最愛の弟であるサスケの死が頭に強くよぎり、開きかけた口をつぐむ。

 その行動でラセツの思考を全て読み取ったのか、軽く舌を湿らせた後、イタチは微笑んだ。

 

 

「…安心しろ。サスケは、まだ死んでいない」

 

「え、」

 

 

 あまりの驚愕に、身体が固まり、紫紺の瞳を大きく見開き、あんぐりと口を開く。 驚きすぎて大きなリアクションさえ出来ていないラセツにイタチは軽く声を出して笑った。

 

 

「…それを含めて、お前に話したい事がある」

 

「……ッう、ん、分かった」

 

 

 運ばれてきた3つの栗饅頭とお茶のうち、ひとつ栗饅頭を引っ掴み、口に放り投げ、一気に咀嚼して腹に流し込むように茶を飲んだ後、準備は万端だと言わんばかりの体勢を取る。

 

 

「…どうしたの?」

 

 

 しかし、一向に開かれないイタチの口に、ラセツは困惑したようにイタチに視線を向けると、イタチもまた、困ったように眉を下げて苦笑いを浮かべていた。

 

 

「あ……えっと、」

 

「いや、悪い。此処じゃ話しづらい。場所を変えよう」

 

「わ、わかった!」

 

「コラ、そう詰め込むな。喉に引っかかるぞ」

 

 

 残り2つを口に放り込み、茶を飲み干した後、速攻で勘定を済まし、イタチの手を引っ張りながら一般人の常識の範囲内で走り、人気の全く無い場所に移動した。

 

 

「…で、話って?」

 

「……自来也様に、『暁』のリーダー、ペインが雨隠れにいる事を話した」

 

「最初っからすっごくクライマックスだね」

 

 

 またもや驚愕。同時に、自来也が少しでも『暁』の謎を引っ張り出すために雨隠れに行くことが予想できた。

 しかし、雨隠れには侵入者を察知する雨が降っている。なので、雨隠れへの立ち入りだけならば簡単だが、生きて帰るのは至難の業だ。

 つまり。情報収集だけだと言って潜入しても、必ずペインに見つかってしまう為、『潜入だけ』だということは絶対にあり得ないのだ。

 

 ラセツの目的は、悪行を積んで、最終的にナルトに殺され、ナルトを英雄にする事。

 その目的があるならば。自来也の情報は最高だ。 ナルトの恩師をペインと共に殺せるチャンスなのだから。

 

 しかし、そのような意味でこの情報を流した訳ではないという事を察せないほど、ラセツは鈍くなかった。

 

 

「お揃いじゃ、なかったの?」

 

「……」

 

「今更、全ての覚悟をひっくり返せって、そう言いたいの?」

 

 

 イタチがラセツに情報を流した意味は、ラセツの目的とは全て逆に向いていた。 鋭く睨みつけるラセツの瞳に怯む事なく、イタチは「そうだ」と、肯定した。 

 

 つまり、イタチはこの情報を活かし、ペインを倒せと言っているのだ。

 たしかにペインは必ず倒さなければならない強敵だ。 ラセツ、又は自来也1人ではおそらく勝機はない。 しかし、自来也と共にならばーーーー。

 

 しかし、それではラセツの計画に大いに支障が出る。 

 

 

「ーーー巫山戯ないで」

 

「巫山戯てなどいない」

 

 

 地を這うようなドス黒い雰囲気を纏った声音に、平然とした声で間髪入れずにイタチは答えた。 だからこそラセツは一瞬怯む。 その怯みをチャンスだとイタチは口を開いた。

 

 

「お前だって気づいているんだろう」

 

「なにを、」

 

「ナルト君に、お前は必要ない」

 

「ーーーー」

 

「ラセツの目的にお前はもう、用済みだ」

 

 

 ガツンと頭を殴られたような感覚。 しかし、頭の隅でイタチの言う事実に納得しているのか、握りしめた拳が。固めていた身体の力が抜ける。

 

 

 ラセツは今まで1度もナルトが自分の英雄であるという事を。そしてナルトがこれから木ノ葉の壁を超えて世界の英雄になる事を。今も昔も一瞬たりとも疑ったことはない。

 

 だが、まだナルトの持つ英雄の火は小さく乏しい。少し強い風が吹けばすぐに消えてしまう程に弱い。ならばどうするか。答えは簡単だ。護ればいい。 ナルトや仲間達と敵対することになっても。大罪を犯した大罪人として軽蔑されても。 脅威から護り、最後はその罪を利用してナルトを英雄にして仕舞えばいい。 ーーーそう、思っていた。

 

 脅威に吹き消されそうになる蝋燭の弱く小さな火だったナルトは、いつのまにか、その脅威を消し飛ばす力を持った、轟々と燃える英雄の炎の片鱗を見せていた。

 その炎の勢いは増すばかりで、誰にも止めることはできない。それは、ナルトはラセツの手助けがなくても『英雄』になると言うこと。ーーーつまり、ラセツの目的にラセツ自身はもう用済みだと言うことだ。

 

 

「用済みのお前が、これからすべき事……それはお前が1番わかっている筈だ」

 

 

 ナルトが英雄になれるように。安心して暮らせるように。幸せになれるように。そう、世界をナルトで回してきたラセツにこの返答は簡単だった。

 

 輪廻眼を有し、物凄い脅威である『暁』のリーダー『ペイン』とペインの側を唯一許されている『小南』。そして、『伝説の三忍』でありナルトの恩師でもある自来也は、近い未来でぶつかり、おそらく自来也は敗れるだろう。

 

 しかし、それはペイン&小南VS自来也ならばの話だ。 

 

 2対1の戦いにラセツが加わり、2対2になれば、かなり結果も違ってくるかもしれない。きっと戦いは成立し、勝敗も五分五分だろう。 しかし、『死』はない。少なくとも自来也は。

 ラセツは逃げのスペシャリストだ。戦況が苦しくなれば転移で自来也を逃し、自来也を、追いかけられないように。 ペインと小南の次なる行動を遅くする為に時間稼ぎくらいは出来る。

 

 つまり。ナルトを脅威から守り、自来也を護ることでナルトの幸せは護られる。 最初と目的の方向は違うが、ラセツの通過点は確かに果たされる。

 

 

「あの時…選択肢を与えておきながら。お揃いだと誓っておきながら、すまないと思っている」

 

「ホント、自分勝手……自分は目的を果たすのに」

 

「………!」

 

 

 イタチがラセツに情報を流した理由。

 ラセツが『暁』を裏切り、自来也の手助けに行っている間、イタチが行う行動。 それは、生きているというサスケとの戦いだと、予想は容易だった。

 

 

「イタチは、ラセツとお揃いになる気なんか、ないんでしょ。………ううん。させる気なかったんだ。最初っから」

 

「………」

 

「……ラセツが『ラセツ』のままでいられるように」

 

 

 あのまま木ノ葉に居れば、ラセツは名前を失い、忍として生きる事さえ恐らく許されない人生だった。 ラセツが『ラセツ』として、自分の目的の為に動けているのは、今この状況を選択したから、否、『させられた』からである。

 

 

「……ナルトが、『英雄』の器じゃなかったら、どうしたの」

 

 

 今の状況を作り上げるには、絶対的なナルトの素質と実績が必要になってくる。 実際、ナルトは『英雄』としての片鱗を強く輝かせ、イタチの期待以上に成長してくれたが、そうでなければイタチの作戦は成立しなかった。

 

 

「そんな筈はない」

 

 

 ラセツがラセツのままで居られるように。 ラセツが自分の憧れた『英雄』に殺されるのではなく、生きて生きて生きて、最後まで『英雄』を裏から護り、朽ちていけるように。

 その自己満足を満たす為だけに、木ノ葉を動かし、『暁』でさえも糸をつけた人形とし、世界を舞台に変えて掌で踊らせた。

 

 

「お前が『英雄』になる。と信じて疑わなかった男だ」

 

 

 ラセツの言葉を信じて土台とし、世界の流れに合わせて調整を入れつつ、全てが整った今、一瞬であれど、イタチが作り上げた世界が完成した。

 

 

「……ホント、酷い人」

 

 

 今のラセツの立場は世界の敵『暁』のメンバーだ。 平和に生きることなど出来ない。世界中に敵がいる息苦しい世界。それでも、どうにか生きて欲しいと、この戦いの行く末を見届けてほしいと言わんばかりのイタチに苦笑を漏らした。

 

 

「ねぇ、イタチ」

 

「なんだ」

 

「愛してる」

 

 

 お互い告げなかった、否、告げることのなかった愛情の言葉に、イタチは珍しく漆黒の瞳を見開いた。

 驚愕からか、返事のないイタチに、ラセツは薄らと水の膜が張られた紫紺の瞳を隠すように閉じた。

 

 

「…………分かってる。こんな事じゃ、イタチは止まらないって。知ってる」

 

 

 仕返しのつもりだった。

 ラセツの覚悟を踏み躙り、無理矢理方向転換させたイタチへの仕返し。イタチが止まらないのは重々承知している。なので少しでも『死』に後悔が残るように、呪いのような仕返しをした。

 

 

「ーーー、」

 

 

 ささやか、だと思っていた仕返しは、どうやらささやかではなかったらしい。 イタチの心の中にラセツはそれなりを占めていたらしい。

 いつもとは違う、力強い抱擁に、ラセツは唇を噛み締めた。 対してイタチは僅かに震える唇をゆっくりと開く。 らしくもなく、弱々しく。

 

 

「……来世があるなら」

 

「うん」

 

「逢おう。平和な木ノ葉の里で。また」

 

「…うん、」

 

「そしていつか。こんな任務の誘いではなく、お前を俺のモノにする為に、お前に苗字を与える為に。ラセツ、お前を迎えに行こう」

 

 

 固く抱かれていた腕が、温かい温もりが離れていく。 ラセツはゆっくりと顔を上げ、唇を真一文字に結んでいるイタチを見て、笑った。

 

 

「ホント勝手で、はっずかしい奴」

 

 

 来世なんて確証もないのに。来世を信じて真剣に語ったイタチにひとつ、緩めにデコピンをし、ラセツはイタチに背を向けた。

 

 

「早く逝きなさい。……来世の約束、忘れたら承知しないからね」

 

「ああ、肝に銘じておく」

 

 

 今生の別れにしてはあまりにも短い言葉のやりとり。 しかし2人にはそれで十分だった。

 

 

ーーーーまた、『  』で。

 

 

 夢物語な希望を胸に、今生の別れを済ます。

 1人になった寂しげな場所に似合わない笑みをラセツは浮かべながら、両耳についている柘榴石の耳飾りに触れる。

 

 

「もう、必要ないね」

 

 

 真実、変わらない愛情や変わらない友情、忠実さなどの、自分の心をそのまま閉じ込めたような意味を持つ、柘榴石。

 これからラセツは『暁』を裏切り、なんとか自来也と共闘し、ペイン、出来れば小南を倒す。 今からは全て行き当たりばったりのノープランとなるが、不安はない。やることは決まっている。そこに向かってただ走ればいい。

 

 写輪眼のような深い赫を両耳から外し、その場に放り投げる。 まるで道化の皮をそのまま捨てるかのように。

 

 

 

 

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