羅刹の希求 作:蒼林檎
木ノ葉のアカデミーに入学して暫くの時間が経ち、アカデミーの環境にすっかり順応している頃。 本日の授業をする演習場にラセツのクラスは集められていた。
「本日の演習内容はクナイを用いた、いつもより実戦の装備に近い演習をする」
ラセツの学年の担任であるイルカは、硬い砂の上に三角座りをしている生徒たちの前に堂々と立ち、何もなかった手に、魔法のように一瞬で各指の間に計4本のクナイを挟んだ。
「まず、クナイ投げの練習を15分、その後5分の休憩を挟み、ペアを組んでクナイを用いた体術の練習を15分だ。3日後にクナイを用いたテストがあるから気を引き締めてやれよ」
テスト、と言う言葉に愚痴をこぼす生徒達に構わず、イルカは練習用のクナイを配る。
生徒達は的がある場所まで移動し、受け取った練習用のクナイを順番に投げ、回収するという作業を繰り返す。
この単純で忍の基本ともいえる技術だが、忍の名家と一般の出や孤児は明らかに差が出た。 しかし、その差が霞んでしまうほど異質な存在があった。
「……ーーふ」
先程のイルカのように各指にクナイを挟み、短い息と共に4本のクナイを同時に投げる。その複雑で微細なコントロールのされたクナイは当然のように各的の中心部に刺さった。
あまりにも桁外れな技量に誰もがクナイを投げる手を止め、息を呑み、視線を奪われた。
「ら、ラセツ!!すげーってばよ!!」
この異様な空気に一番最初に抜け出し、声をあげたのはナルトだった。
その声に藍色の長髪を靡かせながら、まだ幼さが残る可憐な顔立ちを喜色に染め、魅入られそうなほど綺麗な紫紺の瞳に輝きで満たす。
「えへへ、未来の火影様のお役に立てるように、日々頑張ってるから!」
カカシに師事してからこれまで、ラセツは1度も修行をサボったことはない。 それにカカシはチャクラコントロールの次に体術、そして手裏剣術などの武器を使用する技術に厳しい。 ラセツは忍術がまるでダメであり、鬼族特有の驚異的な身体能力や強靭な肉体を生かせる戦術が体術や武器を扱う戦術だった為だ。
クナイや手裏剣を百発百中どころか千発千中させなければもう千本追加などの、鬼族であるラセツなんかよりよっぽど鬼な指導をするカカシの修行を思い出してラセツは思わず乾いた笑みを洩らした。
「オレも負けてらんねぇってばよ!!」
ナルトは乱暴にクナイを握りしめ、勢いと力任せに投げる。 しかし、クナイはただ力任せに投げて真っ直ぐ飛ぶほど簡単な技術ではない。
「あーー!!」
案の定クナイは的の方には飛んでいかずに、見当違いな方向に向かっていく。 しかし、威力だけは一丁前のクナイはかなり遠くまで行ってしまうだろう。そうなったら拾いに行くのがかなり面倒くさい。 それを想像したのかナルトは顔を顰める。
「…ーー」
見惚れてしまうほど精錬された姿勢から、短い息と共にラセツはクナイを投げる。 あまり力を入れていないように見えたが、投げられたクナイのスピードはナルトの投げたクナイのスピードを優に上回っていた。
次第に距離を詰めていき、ラセツの投げたクナイはナルトのクナイを弾き、方向を変え、どちらのクナイも各的の中心部へ刺さった。
「す、すっげー!!」
目の前で起こった出来事にナルトは感情を素直に言葉にする。 ナルトだけではない。周囲の生徒達や、イルカでさえ、ラセツの技量に感嘆の息を洩らす。
しかし、時間が経つたびにナルトは次第に表情を暗くしていく。
「ラセツは、すげーな。…それなのにオレってば…、」
ナルトとラセツの付き合いは長く、ナルトの中で1番多くの時間を過ごしたのもラセツだ。 そんなラセツとの差は誰の目にも明瞭であったからこそ、まるで地面に叩きつけられるような感覚に陥った。
「……大丈夫、ナルトは投げ方が少しヘンテコなだけだよ」
「へ、ヘンテコ…」
「ラセツが教えてあげるから。……まずは持ち方」
ラセツはナルトの斜め後ろに立ち、ナルトの利き手を優しく弄る。 薬指・中指・人差し指を合わせ、それに沿うようにクナイを載せて、持ち手の細長い所を親指で覆うように持たせた。
「棒立ちじゃ難しいから足を広げて少し腰を落として姿勢を安定させて。投げる時、肘をなるべく固定して安定させてそのまま真っ直ぐ振り下ろす」
手本を見せるようにラセツはクナイを投げ、当たり前のように命中させ、優しく、だが促すようにナルトに紫紺の瞳を向けた。
少し戸惑いを滲ませながらも言われた通り、そして見た通りにクナイを投げてみる。すると、中心とはいかないが、的にしっかり命中していた。
「で、出来たってばよ…!!」
「当たり前でしょ。ナルトは天才だもん」
「オレってば天才ーーッ!!」
さっきの沈んだ表情は嘘のように、ナルトは快哉を叫んだ。
そして周りは、お世辞にもクナイ投げや手裏剣術が上手いとはいえないナルトがしっかりとクナイを投げられた事実に誰もが目を見張る。
「ラセツー!オレらにも教えろ!!」
クナイ投げに苦戦していた1人であるキバが手を振ってラセツを呼ぶ。
するとラセツは指の間に2本ほどクナイを挟み、先程と同じように精錬された姿勢でクナイを投げ、的の中心部に刺さったことを確認した後にキバを見た。
「だから、教えろって…」
「見て覚える。それも修行。」
「えー…ナルトの時と態度違くね??」
「そんなことないよ。多分。」
「あるよな」
その時、丁度クナイ投げ練習が終わる音がした。 キバは「次はちゃんと教えろよ!」とラセツの前から去っていく。
次はクナイを用いた体術の練習だったはずだ。誰と組もうか辺りを見回した時、服の裾が微かに引っ張られ、その方向を見ると、濡羽色の短髪に白銅色の瞳を持つ愛らしい顔立ちの少女、日向ヒナタがいた。
「よ、よかったら、一緒に…組まない??」
遠慮がちでかなり控えめではあるが、ヒナタなりの精一杯でラセツを誘う。
ヒナタはこのアカデミーに入学してから出来た友人の1人であり、中でもラセツと親しい関係を築く人間だ。 断る理由はどこにも無かった。
「勿論だよ、ヒナタ」
そう、笑顔で答えると、不安げに揺れていた白銅色の双眸を大きく見開き、じわじわと喜色を滲ませた。
丁度いいタイミングで5分休憩の音が鳴り、ラセツとヒナタはお互いにクナイを構える。
「ーーはぁッ!!」
最初に地面を蹴ったのはヒナタだった。 真面目で努力家、心の芯が強いヒナタらしい、優しいがどこか力強い攻撃がラセツに向かう。
ラセツはヒナタの繰り出す攻撃より低い体勢で踏み込み、半円を描くようにヒナタが手に持つクナイを弾いた。
「…ッ、」
しかし、日向一族であるヒナタの強みはクナイでの戦闘ではない。幼少期から鍛えられてきた体幹を駆使し、低い姿勢になっているラセツを利用するように、ラセツの背中に手を当て、上から逃げて距離を取り、備えておいたクナイを引き抜き構える。
「…さすがヒナタだね」
「ううん、ラセツちゃんの方が凄いよ」
ラセツの賛辞にヒナタは間髪入れずに賛辞を返す。その褒め言葉に一切嘘はない。何故なら、ラセツはまだまだ本気ではないからだ。
ラセツが手を抜いている事実に気づきながらもヒナタは苛つきを持たない。 それは、ラセツが本気で相手をすれば一瞬で終わってしまい、練習の意味が発揮されない故に必要な手加減であることを理解しているからだ。
「ラセツちゃんは…、なんでそんなに強いの…??」
「強くないよ。まだまだ全然。」
「…なんで、そんなに強くなりたいの?」
ラセツは強い。座学は下から数えた方が早いが実技に関しては頭1つどころか数個飛び抜けていた。その実力と技量はあの天才一族である『うちは』の少年でさえ霞んでしまうほど。
「争いのない世界を作りたいから。……あと、ナルトの役に立って護れる忍びになりたいから。」
「ナルトくんの…?」
「ナルトは未来の火影だから。堂々と隣に立てる様に立派な忍にならなきゃダメなの!」
「……あ、あの、ラセツちゃんは」
「ん?」
「ナ、ナルト君の事、好きなの?」
「うん!大好き!!」
大好き、と答えた瞬間、ヒナタの身体がグラリと傾き、ラセツは慌ててその身体を支える。 その時、ヒナタがナルトを恋愛感情として好きなのを思い出し、ヒナタが勘違いしていることに気づいた。
「あ、恋愛的な意味じゃないから大丈夫だよ。安心して。」
そう、口にすると、ヒナタは分かりやすく安堵の息を洩らす。 どこまでも素直なヒナタにラセツはうっすらと微笑みを浮かべ、ナルトとの出会いを思い出すように瞼を閉じた。
「ナルトはね。ラセツの英雄なの。」
「英雄…??」
「そう!ラセツを孤独から救い出してくれた英雄」
あの日の出来事は今でもはっきり思い出せるほど酷く衝撃的で、ラセツの人生が変わった瞬間だった。
その時、練習時間終了の音がした。
「あ、15分経っちゃったみたい」
「最初の方しかちゃんとやってなかったね…」
「ま、大丈夫でしょ。…集合かかってるから行こっか」
ラセツはヒナタの手を優しく取り、妹の手を引くようにゆっくりと歩き出した。
次で一章完結です