迷ゐゴ街(シティ)郊外
鉄塔の軋む音がはっきりと聞こえてくる。こんな耳障りな音さえも心地が良い。春名美やびはひとつひとつの動作を、わざと大げさに、舞う様にこなしてゆく。風が吹けば倒れてしまいそうな巨大な鉄のモニュメントだけが、傅くようにその姿を見守っていた。
「何をしているのですか?」
漆黒の影の中から空野日咲が現れる。美やびとは全く対象的に、彼女の動きは満ち欠ける月のように静かで、無駄が無く、幻のように儚かった。土埃を上げながら爪先で円を描く美やびに近付きながら、名残惜しそうに街の方を振り返っている。
「あぁ、そら、来てくれたんだ」
動きが止まると、そこで世界も止まったかのような錯覚に襲われるほど、ここは静かだった。
唯一、重く鈍く響く鋼鉄の悲鳴が、灯台の光の代わりに彼女らの姿を照らす。
「はるが騒がしくするからです。またそうやって倒れるまで踊るつもりですか?」
少しの静寂の後、美やびは再び動き始める。
手を叩き、靴を鳴らし、袖口をパタパタと振り、そうして幾つもの遠回りな、騒がしい手順を得て、気が付けば何も無かった荒野には小さな丸テーブルと丸い椅子が用意されていた。
「もううるさくしないから、座りなよ」
美やびは可笑しそうに日咲を見たが、日咲といえば不機嫌を絵に書いたような仏頂面で、何度も何度も街の方を見てはすごすごと、半ば諦めるように椅子に座った。
「私の気持ちも考えてください」
文句の1つを吐き出してみたが、美やびは全く動じる様子がなく、手品を披露するように恭しい手付きでティーセットを取り出した。
本当に手品のように見えたので面食らった様子でいると、美やびは袖の中に収納があるんだよと自慢気に話した。
「砂糖は幾つ入れましょうか?お嬢さん?」
「あぁ、そんなに入れたら風味が消えてしまいます!」
日咲が慌てて腕を振っても、布の擦れる音1つしない。彼女の薬指にぶつかって、ティーカップに入りそこねた角砂糖がテーブルの上を転がっても、ティースプーンがカップの底にぶつかっても、それらは不気味なくらいに絶対的な静けさを湛えている。
「…そんなに入れたら虫歯になっちゃうよ、かな?」
美やびの声色に少しだけ影が差した。2人で紅茶を囲んでいるのに、聞こえる音は1人分。
日咲の声は、美やびには聞こえない。
日咲の音は、世界に響かない。
ふとした瞬間に、どちらも流れ星に取られてしまった。
広く静かな星が、静寂に拍車をかけ消えそうになってからというもの、美やびは2人分の叫びと歌を土煙に乗せて踊り続けている。流れ星がこの星をもう一周りして、意地悪をやめてくれるまで。踊る。歌う。言葉と、言葉じゃないものを、叫ぶ。
「あつい!」
テーブルとティーカップがガチャンと音を立て、日咲が膝を抱えて恨めしそうに天を仰いだ。甲高い糾弾が星空に浮かんでは溶ける。
「もう来ないで下さい!」
春名は日咲を見て、空を見て、息を吐く。そうして足をゆっくりと地面につけて、静かに笑った。
「ふーふーしないからだよ!」
日咲は春名を見て、嬉しいような悔しいような面持ちを見せた。そして差し伸べられた手をしっかり繋いで、街へと歩みを進める。
振りかえった先の鉄塔は、遥か遠くでもう気にならないくらい小さく軋んでいた。
声が出せないのは辛いことですね。我々に残された有数のコミュニケーションツールなので、返してほしいです。