タニ=ユウコとメカゴジラ温泉
メカゴジラ=シティで開発中の“試作兵器”。その設計データの修正作業を終えたタニ=ユウコは、小一時間程度の休憩を入れた。
アラトラム号のそれよりも豊富な有機資源から合成されて作られた美味しい食事、適切に浄化されて使いたい放題の清潔な空気と水。メカゴジラ=シティが提供する設備はどれもこれも優れたものばかりだ。
特に、先日からの戦いと冒険の連続で身も心も疲れ果てていた地球人たちのために、ビルサルドが用意してくれた入浴施設は素晴らしかった。
イオンやナトリウム濃度を初めとするお湯の成分や水温、浴室の湿度や室温までを絶妙に制御し、人体が安らぐために最も適した空間を造り上げてくれている。怪獣が出現する前の時代、いわゆる〈プレ=エイジ〉には、“温泉”と呼ばれるこうした入浴施設が世界各地の観光地にあって、人々はそれらの観光地に旅行してはそれらに浸かってリラックスするのを楽しんでいたらしい。
メカゴジラ=シティの浴槽の成分は、それらを疑似的に再現したものだという。ここはまさにメカゴジラ=シティが作ってくれた温泉、いわば『メカゴジラ温泉』だ。
「んーっ……」
そして『お風呂』というものがこんなにも心地よくて、心安らぐものだったなんて。
ユウコは思い切り伸びをして、長時間没頭したデスクワークのために凝り固まっていた全身をほぐした。アラトラム号ではこんな浴槽にお湯を張るなんて論外、シャワーだって贅沢品だった。
……叶うものなら、おじいちゃんも入れてあげたかったな。
湯船で疲れを癒しながら、ユウコは物思いに耽る。
考えていたのはハルオのこと、そしてフツアのことだ。
……フツアはとても強い。
身体能力はずば抜けたものがあるし、有毒な大気で満たされた外の世界でも暮らすことができる。さらに食事を一緒にしたが、ユウコからすれば身の毛もよだつような得体の知れない昆虫食やコケ団子だって、フツアは美味しそうに食べていた。
きっとこの先の地球で生き残ってゆくのは自分たち旧人類ではなく、新人類フツアだろう。旧人類であることを辞められないタニ=ユウコとしてはとても悔しいけれど、それが現実だ。
(……だけど、言うほどわたしも負けてないと思うんだけどな。)
たとえば、ゴジラとの戦いである。
フツアが強いのは人間のスケールでの話だ。ゴジラやその亜種怪獣たち――マーティン博士は『ゴジラのしもべ』というフツアたちの言葉から翼竜やワームのことを総称して〈セルヴァム〉、あの身長50メートルのゴジラ亜種のことは〈ゴジラの
他方、タニ=ユウコにはパワードスーツやホバーバイク、電子小銃を操る技術と知恵がある。ハルオ先輩だって言ってたじゃないか、「人間の武器は知恵と勇気だ」って。
ハルオと共にゴジラ=フィリウスやセルヴァムたちと戦って打ち倒したのも自分:タニ=ユウコの方だし、ゴジラ=アースを前にハルオと肩を並べて共に戦う資格があるのは自分の方だ。動物としては負けているかもしれないけど、人間として格が上なのは自分、タニ=ユウコのはず。それは自信をもって言える。
それにハルオとは長い付き合いだ。一年二年じゃない、家族同然の絆がある。ハルオによれば、ゴジラ=アースの奇襲で怪我をして動けなくなっていたところをフツアの双子に助けてもらったらしいが、たかだか数日介抱してくれただけの変な女たちなんかに、生まれてこの方の幼馴染であるタニ=ユウコが負けるはずがない。
……と思う。たぶん、きっと、おそらく。
フツアの巫女、ミアナとマイナ。
あの双子は可愛い。まさに小美人だ。異種族と言えど、彼女たちの可憐さはユウコ自身も認めざるを得ない。蝶のような全身の鱗粉模様も、入れ墨やボディペイントのようなものと見ればむしろ御洒落で綺麗に見える。
……ハルオ先輩は、フツアをどう思っているのだろうか。
ハルオの思惑を図りかねる一方、双子がハルオをどう思っているのかは実にわかりやすい。
ミアナとマイナ、どちらがどちらなのかユウコにはまだちゃんと区別がついていないが、少なくとも片方がハルオにとても好意的なのは明白だ。もう片方はとても警戒している、だが裏を返せばそれだけ興味関心を持っているということでもある。
どちらか、あるいは両方がハルオとくっついたとしても不思議はない。
反対に自分、タニ=ユウコときたらどうだ。
想いを打ち明ける勇気も出ず、真正面から向き合うこともできず、こんなところで一人悶々と悩んでいる。
こんな自分なんて……と思う気持ちもなくはない。
いけない。弱気になっている。
頭の中に浮かんだ考えを追い払うように、ユウコは頭を振るった。
格が上とか下とか、そんなことにばかりこだわり過ぎるのは自分に自信がない証拠。かつて軍事教練で弱音を吐いた時に、教官からそう教えられたのを思い出す。そんな自分の弱さが、ユウコは心底嫌なのだった。
……強くなりたい、と思う。
そういえば、ゴジラ=フィリウスとの戦いでパワードスーツ部隊に参加したとき、止めようとするハルオにユウコはこう啖呵を切ったのだった。
『強くなりたいんです!!』
咄嗟に出た言葉だったが、今振り返ってみれば、これこそがタニ=ユウコという人間の核になる願いなのだとユウコは気づいていた。
強くなりたい、大切なものを守り抜くために。
……さて、そのためには十二分に休息を取らなくては。
ユウコは温かい湯船の中で再び伸びをし、手足を屈伸したり背筋のストレッチをしたりする。人に見られたらちょっと恥ずかしいけれど、今この浴場にいるのはタニ=ユウコ一人だけ。他に人目はない、構うものか。
そうやって全身全霊でもって寛いでいたところ、浴室に入ってくる者があった。ペタペタと響く裸足の足音。
……誰だろう。ユウコはすぐさま振り返り、濃厚な湯気の向こうから現れたその人物に驚いた。
「せ、先輩!?」
「ユウコ!?」
サカキ=ハルオだった。ユウコは咄嗟に浴槽へ身を沈めて、自身の体を隠す。そんなユウコに慌てて背を向けながら、ハルオはぼやいた。
「メトフィエスのやつめ。『風呂で休むと良い』なんて言ったかと思えば、こういうことだったのか……」
……メトフィエスさんの差し金か、とユウコは思った。
皆からは人格者として知られるエクシフ大司教:メトフィエス。ハルオと違ってメトフィエスとあまり話をしたことがないユウコは、メトフィエスのプライベートな人となりをあまり知らないのだが、ハルオの日常の会話の端々から推察すると、かの大司教様もごく親しい間柄にはこんな茶目っ気を見せることがあるらしい。根は案外悪戯好きで、とてもお茶目な人なのかもしれない。
「すまない、ユウコ。おれは出直すから、おまえはゆっくり休んでいてくれ」
そう言ってハルオはくるりと背を向け、引き返そうとしてゆく。
「ま、待って!」
そんなハルオを、タニ=ユウコは呼び止めた。
「しかし……」
「わたしは構いません! それに、ハルオ先輩こそゆっくり休んだ方が良いでしょう? いざというとき倒れてしまったら困ります!」
「う、む……」
ユウコは咄嗟に出鱈目(そういえば何故出鱈目を述べてまで引き留めたのだろう?)を述べただけなのだが、考え込むハルオを見て、ユウコは存外自分の言っていることが正論であったことに気が付いた。
たしかに、ハルオはリーダーとしていつも気を張って皆のために働いている。休憩なんてなかなか獲れないだろう。ましてやゆっくり風呂でくつろぐ時間なんて、後から確保できるかどうかわからない。
……これはチャンスだ、とユウコは思った。ハルオと二人っきりになれる時間なんて、これで最後かもしれない。
精一杯の勇気を振り絞り、タニ=ユウコは切り出した。
「……ゆっくり、話でもしませんか? 昔の思い出話とか」
結局、ハルオとユウコは、背中合わせで入ることになった。
本当はもっと近くに入りたかったユウコだったが、元々広い浴槽なのだからとハルオは頑としてユウコを近づけさせなかった。
……せめて、横隣ならよかったのに。
それ以上踏み込めない自分が、ユウコはちょっと恨めしかった。タニ=ユウコ、おまえは意気地無しだぞ。そんなことを心の中でぼやきながら、ユウコは口を開く。
「……先輩、覚えてますか? 小さい頃、よくこんな風に互いの体を洗ったことがありましたよね」
それはハルオとユウコの幼少期、アラトラム号での暮らしにまだ余裕があった頃だ。
もちろんこんな大浴場ではないし、蒸した濡れタオルで互いの体を拭いただけのことだけれど、ユウコにとってはかけがえのない大切な思い出の一つだ。
……いつからだろう。こんな風に、ハルオ先輩と共に過ごす時間の何もかもを大切に、そして愛おしく感じるようになったのは。
「あ、ああ。そういえばそんなこともあったな……」
そう言いながら、ハルオは懸命に目線を逸らしている。彼とて男、ユウコの裸が気になるのだ。
……いつもあんなに勇敢で逞しい、ゴジラにさえ立ち向かう札付きの不良大尉:サカキ=ハルオが、こんなか弱い女の子一人相手にまるで男の子みたいにどぎまぎしている。そんなハルオの姿が、ユウコにはとても可愛らしく思えた。
「……なんか、可笑しかったか?」
「え?」
「いや、なんか笑ったように聞こえたから」
ハルオにそう訊ねられ、ユウコは自分の口元が笑んでいたことに初めて気が付いた。指で触れてみると唇の両脇、口角がニヤニヤと吊り上がっている。背中合わせのハルオに気づかれたということは、笑い声まで出てしまったのか。
はしたない、恥ずかしい。思わずユウコは全身がカッと熱くなり、危うくのぼせてしまいそうになる。
咄嗟に誤魔化そうと、ユウコは別の話題を振った。
「いやあ、ハルオ先輩は変わらないなあ、って」
「変わらない?」
「小さい頃、よくいじめられていたわたしを庇ってくれましたよね」
それはアラトラム号での暮らしのことだ。物資も人員にも余裕のない、水と酸素も限られる真空と絶対零度に閉鎖された苛酷な宇宙生活。その中で暮らす人々の心は荒んでゆき、生まれつき体が小さかったユウコは子供たちの間で横行した“いじめ”のターゲットにされた。
それを庇ったのがハルオだった。
「こんな弱い者いじめをして、人として恥ずかしくないのか!?」
ハルオはそう言いながら、ユウコを傷つけるいじめっ子たちに立ち向かっていった。
多勢に無勢、それでも渾身の力で暴れ回っていじめっ子たちを追っ払ったあと、ハルオはユウコにも声をかけた。
「大丈夫かユウコ、ケガはないか?」
身体中を青痣だらけに腫らしながら、それでもユウコを気遣うハルオ。
……ハルオくんはいったい何を言ってるのやら、自分自身こそボロボロじゃないか。ユウコは泣きじゃくりながらそう思ったのをよく覚えている。
ハルオは昔からそうだった。人として、みたいな小難しいことを幼い頃から一生懸命に考えていた。どんなにバカにされても、どんなに嫌がらせを受けても、ハルオは自分を曲げなかった。
そんなハルオの優しさと強さにユウコは感化され、ひ弱な自分を鍛え抜くことに決めた。勉強も山ほどしたし、キツい筋トレだって凄く頑張った。
そうしているうちにビルサルドのリルエル=ベルベ教官に認められ、のちに若者たちの間でリーダーとして頭角を現すことになるエリオット=リーランドとも親しくなったこともあって、ユウコは周囲からいじめられることは無くなった。
今のタニ=ユウコといえばアラトラム号随一のメカニックであり、パワードスーツやホバーバイクを扱わせたら右に出る者はないエースパイロットの一人として、皆から一目置かれる存在にまでなっている。
それもこれもハルオ先輩のおかげだ、とユウコは思う。もしも自分がハルオ先輩と幼馴染じゃなかったら、『強くなりたい』なんて奮起できずに、きっと惨めないじめられっ子のままだったろう。
そんなことを回想していると、ユウコの背後で水音がした。振り返ると、ハルオが湯船から立っていた。
「すまん、おれはやっぱり上がる」
「え、あの、ちょっと……」
ユウコは慌てて呼び止めようとしたものの、今度のハルオはもう引き留められなかった。ハルオはユウコの方を見ることもないまま、そそくさと浴室を出て行ってしまう。
広い浴室に、タニ=ユウコが一人だけ取り残される。
……タニ=ユウコの馬鹿、弱虫。どうしてもっと強く引き留めなかったんだ。
せっかくのチャンスをモノに出来なかった自分が嫌になり、ユウコは湯船に顔を沈めてぶくぶくと泡を吹いた。
そうやって散々自分を責めたあと、タニ=ユウコは決意した。
……よし。今度チャンスがあったなら。
そのときこそは伝えるんだ。この気持ちを。
その前にまず“一仕事”、終わらせないと。
ユウコは意を決し、湯船から上がった。浴室を出て、濡れた頭髪と柔肌を乾かし、作業服に着替えるタニ=ユウコ。メカゴジラ温泉を出たユウコの表情は、幼馴染へ恋する少女の顔ではなく、課された使命に立ち向かう戦士のそれへと変わっていた。
開発中の新兵器:ヴァルチャーは直に完成、設計データが仕上がって試験飛行を済ませればまもなく量産体制に入る。
ゴジラ=アースとの決戦はまもなくだ。
……その前に、“伝えるチャンス”があったらいいな。
そんなことを頭の片隅に想いながら。
Q、なんでいつも入浴シーン入れるの?
A、好きだからだよ、決まってんだろ!!!!
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