メカゴジラという供物を食らい尽くした高次元怪獣が、ハルオの眼前で鎌首をもたげて君臨している。
……なんて綺麗なのだろう。
三つの頭、広げた翼、二股の尾、そして黄金の輝き。
美の化身、稲妻の権化、まさしく神の風格。実際に拝んだ〈黄金の終焉〉、その姿は筆舌に尽くしがたいほどに美しい。
エクシフたちはこいつの姿を拝むために手段を選ばなかったが、実物を目にしたハルオの目から見ても、それだけの価値はあるかのように思えた。こいつを見るためなら何もかも、それこそ自分の命さえ差し出してもいい。
降臨した神、その名はギドラ。
その壮絶な美貌に見惚れていたハルオの脳内へ、『神の声』が呼び掛けてきた。
〈 ……ハルオ 〉
それはかつてハルオを幾度となく諭し、支え、導いてくれた男の声だった。
〈 よく決断してくれたね、有難う 〉
懐かしい、誰よりも優しいその声。ハルオは目を閉じ、自らその手に掛けた『親友』の姿を思い浮かべる。
……もう一度、たった一度だけでいい。その声をどれだけ聞きたいと願ったことだろう。
〈 キミは長きに渡って戦い続けてきた。もう充分だ。だから、もうそろそろ楽になってもいい…… 〉
迷い惑ったそのとき、その助言にどれだけ導いてもらっただろう。
挫けそうになったとき、その励ましにどれだけ支えてもらっただろう。
苦しんだとき、その言葉にどれだけ救われたかわからない。
その声が聞きたかったがためにこうしているのだ、という気さえした。
〈 さあ、ゆこう。長い巡礼の果て、人類最後の英雄、そして安らかな終焉へと 〉
……メトフィエス。
あんたの声をまた聞きたかったんだ。
けれどもう、充分だ。
目を開いたハルオは拳銃を抜き、ゲマトロン演算結晶を撃ち抜いた。
緑色の輝きを放っていた結晶が破裂音とともに粉々へと砕け散り、途端ギドラの体から黄金の神々しい輝きが喪われてゆく。
〈 なッ……!? 〉
どうだ驚いたか。
動揺するギドラに構うことなく、続けてハルオは眼帯を剥ぎ取り、自らの右眼窩へと指を突き入れた。
〈 な、何をする気だ……!? 〉
こうするのさ。ハルオは唸りながら、右眼窩に差し込んだ指先へ力を込めてゆく。
生きたガルビトリウムと化したハルオの右眼球。潰して抉り出してみても、痛みは全く感じなかった。ブチブチと視神経が千切れ、溢れた生暖かい流血が頬を濡らし、そしてハルオの右目の視界から高次元世界の風景が消え去る。
ギドラの悲鳴が響き渡った。
〈 ハルオ、気でも狂ったのか!? 〉
ゴジラさえ手玉にとった高次元怪獣にしてエクシフの神、
「おまえなんかと一緒になると本気で思っていたのか。ふざけるな」
冷たく嘲笑いながらハルオは、残った左目で改めてギドラの姿を見た。
ギドラの体からは先の黄金の輝きが完全に喪われ、今やみすぼらしく褪せた錆色へと塗り替えられていた。神であることを否定され、醜悪で禍々しい高次元怪獣の本質が露わになったかのようだ。こうして見てみると、何故こんな怪物があれほど神々しく思えたのか疑問にさえ思える。
そんな中、ギドラがメトフィエスの声色で喚き立てた。
〈 そうだ、サカキ=ハルオ、おまえにも永遠を約束しようではないか! しがらみからの解放、とこしえの安息、それこそおまえが何より望んできたもののはず! 我らと合一すればそれらすべてが手に入るのだぞ、だから…… 〉
「『永遠なんてものはない』、そう言ったのはおまえだ」
ギドラの誘惑を一蹴する、ハルオの態度は冷徹そのものだった。
……永遠なんてものはない。
信じていた未来に裏切られ、真実を突きつけられたエクシフたちは壊れてしまった。そんな彼らの絶望につけこんで利用し、沢山の星々を食い物にしてきたギドラ。そして、ギドラに喰われることこそが真の救済だと信じて疑っていなかったメトフィエスの姿。
そうやって弄ばれてきた人たちのことを思えば、ギドラごときにかけてやる容赦など微塵も湧いてこない。
永遠なんてものはない。
そしてそれは
ハルオは怒りを込めてブーツの足を振り上げ、辛うじて残っていた結晶の破片を踏みにじった。
硬いブーツの一撃で、ゲマトロン演算結晶は完全に粉々になり、明滅していた緑色の光が消え失せた。
〈 なぜだ、なぜ我々を拒絶する!? 〉
「……おまえにはわからないだろうな」
憑代を粉砕されて動転する高次元怪獣ギドラに、ハルオは告げる。
「誰かを誑かして支配したり食い物にしたり、そういうことしか出来ない。自分を捨ててでも護りたい、そういう大切なものが何もない。そういうおまえみたいな怪獣には、絶対に」
〈 おのれ、小癪なムシケラ風情が!! 〉
怒り狂ったギドラが、牙をむいてハルオへ迫る。
ゲマトロン演算結晶を破壊するだけでは、ギドラは消滅したりしない。こちら側の世界の法則へ都合よく乗り換えるだけだ、
〈 もう貴様には救済など与えん! 我らの糧となり、永劫の苦しみを味わうがよい!! 〉
……とうとう馬脚を
ギドラに全身を巻かれながら、それでもハルオは冷静だった。
「……やはり、おまえはメトフィエスとは違う」
〈 ……なんだと? 〉
怪訝に小首を捻るギドラに、ハルオは告げる。
「あいつはおれを騙しはしたが、最後はいつだっておれの決断を尊重してくれた。今のおまえみたいに、気に入らないからと捻り潰そうとなんてしなかった。そもそも喋り方も全然違うしな」
そう語るハルオを、ギドラは鼻先で笑い飛ばした。
〈 ふん、当然だ。詐術を弄するのは力なき故。あの雑魚どもならまだしも、我らのような真の強者にそんな小細工など無用よ! 〉
そうやって勝ち誇るギドラのくだらない自慢話を、ハルオは聞いていなかった。
おまえがそう来るのは
「……それにあいつはこうも言った。『
その刹那、駆け抜けたのは青い閃光。
ハルオを丸呑みにしようとしたギドラの首が宙へふわりと舞い上がり、
直後、ギドラが耳障りな悲鳴を上げながらもんどりうって引っ繰り返った。見ればギドラの三本首、そのうちの真ん中の一本が根元から無くなっている。
〈ぎゃああああああああ……!〉
頭を一つ喪ったギドラがのたうち回る最中、ハルオにはその遠い彼方に『青白い雷光』が煌々と灯っているのが見えた。
体高300メートル、推定体重10万トン以上。茨の背鰭に、大木のような手足、自身の背丈よりも長大な尾、そして爛々と光る二つの目。
青い光の主、その名はゴジラ。
放射熱線の一撃で、ギドラの首を刎ねたのだ。
ギドラの巨体越しに、ハルオはゴジラの顔を見た。
敵を発見したゴジラの表情は憤怒に燃え滾っていた。背鰭に青白い光を湛えたまま、森の木々と廃墟の化石たちを早足で踏み潰しながら、ギドラへと駆け寄ってくる。
ギドラも事ここに至ってようやくゴジラの存在に気づき、翼を広げてその場から飛び去ろうとする。
そのギドラの翼を、青い閃光が再び穿つ。
ゴジラによる二発目の放射熱線。一旦は空へと舞い上がったギドラだったが、しかしその途端に今度は翼を切り落とされて撃墜される羽目に陥った。ギドラの巨体が森の中へと墜落する衝撃と、迫り来るゴジラの進撃。森の木々がけたたましい音と共に薙ぎ倒され、大地が大いに揺れる。
高次元怪獣ギドラの強さは『此岸の法則に囚われない高次元怪獣であること』。そしてそれを裏支えしているのはゲマトロン演算結晶とガルビトリウム。その二つを砕かれたのに撤退を選ばなかった時点で、ギドラの敗北は確定していたのだろう。
その光景を眺めながら、ハルオは呟く。
「そしておまえの最大のミスは、本物のメトフィエスならこんなしょうもない罠には引っ掛からない、ってことだ。……もう聞いちゃいないだろうけどな」
サカキ=ハルオが決着の舞台としてこの場所を選んだ理由は4つある。
1つめはユウコに説明したとおり、ミアナが勧めてくれたデートスポットに近かったこと。
2つめは、メカゴジラに成り果てたユウコをマーティン博士たちに見せたくなかったこと。
そして3つめは、ちょうどこの辺りにゴジラがいるのがわかっていたからだ。
ゴジラの徹底ぶりは、幾度となく戦いを挑んできたハルオ自身が身に沁みて理解している。そしてメカゴジラやギドラが再び目の前に現れれば、絶対に見逃すはずがないだろうことも。ムルエル=ガルグの言葉を思い出す。
『人知を超えた者に打ち克つことは、既に人の行ないの範疇にない!』
……たしかにそのとおりなのかもしれない、と今は思う。
ならば『人の手に負えない怪獣はゴジラに始末してもらう』というのも、これはこれで正しいのではないだろうか。かつてこの星の霊長だった種族の一人として、また戦士として忸怩たる思いはなくもないが、それはそれ。万一ハルオが失敗してもゴジラが確実に始末をつけてくれる、そういう計画だった。
ハルオがギドラの方へ見遣ると、ギドラはなおも逃げようとしていた。
大穴を空けられた翼を引きずり、地面を這いずりながら、ゴジラから少しでも離れようとする。先ほどの神々しい印象からはかけ離れた、惨めな敗走だった。
だが、しかしもう遅い。ゴジラはもうすぐ傍にまで迫っている。地面を這っているギドラの背中へ、ゴジラの巨大な足の一撃が叩き込まれる。ギドラは長い首と尾を必死にくねらせて往生際悪く逃れようとしているが、身長300メートルに及ぶゴジラの巨体に抑え込まれては到底逃げられないようだった。
……どこまでも皮肉なもんだな、とハルオは独り言ちた。
星を喰う者:ギドラが今や地に伏せ、餌に過ぎないはずのゴジラに倒されようとしている。
さらに、ゴジラの位置を割り出すためにハルオが用いたのは、ゲマトロン演算による移動予測だ。ギドラは、自らがエクシフを操るために用いたゲマトロン演算に足を掬われたのだ。
そしてなによりの皮肉はハルオ自身のこと。ゴジラを誰よりも恨み、憎み続けてきたはずのサカキ=ハルオが、その怨敵であるはずのゴジラを信じて自らの戦いの決着を託している。
そんな運命の皮肉に想いを馳せていたハルオは、ギドラを足で押さえつけているゴジラの背中から、青い光が溢れ出ていることに気がついた。
最大出力はテラワットにも及ぶという破壊的な放電現象、青い雷光はゴジラの鼻先へと集束し、激烈な稲妻へと結ばれる。
……ヤバい!
ハルオは咄嗟に物影へと飛び込み、自分の頭をかばった。
ギドラの絶叫と共に、爆発音が轟く。
刹那に吹き荒れる壮絶な閃光と爆風。
衝撃波で木々が巻き上げられ、砕けた地盤から膨大な土砂が巨大なキノコ雲を噴き上げる。
それらに飛ばされそうになりながら、ハルオは懸命に地面へとしがみついた。
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